113.花泥棒の正体
クロウディア様の葬儀が執り行われてここに収棺された翌日には、公爵様はアルフリードとともに皇城にお勤めに行かれてしまったのだという。
それは意気消沈してしまっていたお屋敷にいるのがおツラかった為。
ヘイゼル家の霊廟の閉ざされた門の近くにあるベンチに腰掛けて、マグレッタさんは当時のことをそう振り返った。
そして、公爵様とアルフリードがいなかった昼間の時間帯に、事件は起こった。
「不思議なことに、私も騎士団長も他の使用人たちも、その間の記憶が完全に抜け落ちてしまっているのです……旦那様がお戻りになり、今朝咲いていたお庭のお花がなくなっている事をご指摘されるまで、誰もその事に気づきませんでした」
なかなかの非現実的なお話ではあるけど、このヘイゼル邸でこれまで接してきた中、彼女が冗談でそんな事を言う人だとは思えなかったので、なんとか真剣に耳を傾け続けた。
「侵入者がいるのではないかという事で、お屋敷中の捜索が行われたのです。そして、そのお花の一部がこの霊廟の周りにいくつか落ちているのが発見されました」
侵入者は根こそぎ取ったお花を、前日ここに納められたクロウディア様のところまで、本館からわざわざ運んだってこと……?
するとマグレッタさんは顔を上げて、表情のないお顔でこうおっしゃった。
「ここでは、花泥棒の正体をこのように考える者も少なくありません。滅ぼされたご祖国に未練を残したクロウディア様の魂が、あちら側へお花達も引き連れて行ってしまったのだと……」
おぉ……これはあえて別に聞かなくても良かったっていうパターンではないだろうか?
感情のない人形のような表情のマグレッタさんを前に、周りからは生温かい風が吹いてきた。
このオカルトな雰囲気に、背筋がただただゾクゾクとしまくっている。
「しかし、旦那様はそのような不可思議なことで、大事な奥様のお庭が荒らされた事にご納得できませんでしたから、調査を騎士団に任されました」
ふぅ~……このままホラー系に話が進んじゃうのかと思ったけど、ミステリ系に留まってくれてまだ良かった。
「それから少したち、私はあることを思い出したのです。それがお屋敷のどこなのか思い出せないのですが、頭から全身に紺色のローブを羽織った人物を見かけた事を」
マグレッタさんは私から視線を外して、少し遠くの方を見た。
「そして、その事を団長に話すと彼はこう言ったのです。その話は決して、他言してはならないと。おそらく、花泥棒は存在するのです。そして、そのお花達を坊っちゃまの婚約者様が再び植えているとロージーから聞き、私は心配になったのです。また、花泥棒が現れるのではないかと……」
それを聞いた後、休憩の終了時間が近づいてきたマグレッタさんと一緒に本館に戻ることになった。
初めて会った時、だから彼女は“花泥棒にお気をつけ下さい”と言っていたのか。
だけど、その目撃したローブの人物が犯人だとしたら、どうして公爵様と団長はそれを隠すんだろう?
それは、知っている人の犯行だから?
うーん……分からない、また謎がさらに深掘りされてしまった感じがするよ。
「口止めされていたのに、花泥棒の話を私にしてくださって、ありがとうございました! で、でも安心してください。私は帝国式の騎士訓練を積んでますから、またあの花園を荒らすようなヤツを見つけたら、今度こそとっ捕まえてやるから!」
そう意気込んでる私の事を隣りにいるマグレッタさんはふっと笑って見やったけれど、またすぐに寂しげな表情に変わった。
「あの時、無くなっていた物はもう1つあったのですよ。奥様の日記です。私は1度だけ、開いたままになっていたそれを見てしまった事がありました。そこにはこちらに嫁がれる前、公にはされていなかった、ある事が記されていました」
マグレッタさんのお話を聞いていると、徐々に本館のお屋敷が近づいてきた。
「奥様にはご祖国が滅びる前、将来を約束した許嫁殿がいたのです。私は……その元許嫁が花泥棒と関係している。そんな気がしてならないのです」
本館に到着すると、マグレッタさんは使用人経典の掟通り、普通の会話を辞めてメイドのお仕事へと戻って行った。
自宅邸へ戻る馬車の中、私は最後に聞いた“クロウディア様の元許嫁”の存在のことが頭から離れなかった。
アルフリードに愛情を向けず、一途に想い続けていた公爵様の気持ちも理解しないまま生涯を閉じてしまったという、クロウディア様……
ご祖国が滅んでしまった事を嘆き悲しんでいた、というのもあると思うけど、心に決めていた人がいたのに、それを引き裂かれた事をずっと引きずっていた。
そのために、現実を受け入れられなかった……
そう考えた方がしっくり来るものがある。
もし、その許嫁がマグレッタさんの予測通り花泥棒だったとしたら、彼はそのお花をクロウディア様に見立てて、どこかにあの花園を作り彼女を想い続けているんだろうか。
その光景はすごくもの悲しいし、私も公爵様だったとしたら、犯人を追い詰めるようなことが出来るか迷ってしまう。
しかもそれが、自分が愛する人がずっと想い続けている人だったとするなら……
そして、次のアルフリードのお仕事のお休みの日。
皇城にいつも行くより遅めにヘイゼル邸にやってきた私は、彼を呼びに行くよりも先に、厩へ行ってガンブレッドに鞍を乗せて、玄関まで引っ張ってきた。
そして、お屋敷の使用人さんに彼を呼びに行ってもらうと、しばらくして渋々ながらも普段着姿のアルフリードが姿を現した。
そのタイミングで私はガンブレッドの前に顔を差し出して小声で、
「ガンブレッド、顔を舐めて、早く……!」
何この人、言ってんの? と、自分からするのは好きなのに、こちらから迫るとやってくれないペットの子特有のたまに見せる態度を示す彼の首を下げさせて、半ば無理やりながらその口に顔をくっつけさせた。
そして、わざとらしく、そばに来たアルフリードに笑いながら、
「ほら、アルフリード覚えてる? あなたが初めて帝都の案内に連れて行ってくれた時に、こうして私の顔をガンブレッドがベロって舐めてきた時のこと!」
そう、この日の“過去の私”復刻作戦は、再現不能のため諦めた披露会をすっ飛ばしてやると決めた、帝都の観光ツアーだ!
あの1日で巡ったコースを再び辿ることで、彼の楽しかった思い出を呼び起こすんだ。
ガンブレッドと同じように、何この人、言ってんの? といった冷めた表情で、横に顔を背けているアルフリード。
そんな彼の手を掴んで、ガンブレッドの鞍に手を掛けさせると、そこは本能の従うままに彼はその鞍にふわりと身軽に飛び乗った。
ドレス姿の私は、なんとか鞍をよじのぼりアルフリードの前に横向きに座った。
「あの時は舐められた所が乾いてバリバリになっちゃったから顔を洗いたいって、まず最初はスパに行くことになったんだよね。だから、今日もそこからスタートだよ!」
アルフリードは乗馬の基本姿勢が身に染み付いているようで、ちゃんと片方の手で手綱を持っていた。
そして、もう片方の手は……ほとんど体には触れていないくらい軽ーくではあるけど、一応私の体を支えるように回してくれている。
彼は私を避けるような態度はするけれど、無意識にでも危険な目には合わせないように、してくれている様だった。
私の事を少しでも大事にしてくれている……そう感じれることが元の彼を取り戻すことへの、唯一の希望だった。
ガンブレッドがトコトコと駆け出すと、温泉が湧き出す帝都のスパに到着した。
ガンブレッドは馬用のエステサロンへ、アルフリードは前回の通りに屋外プールへ行ってもらって、人泳ぎしてもらうことに。
そして私は、なぜか同じドレスを着こなす帝国令嬢として気に入られてしまったリリーナ姫からお許しを得て、彼女の専属エスティシャンであるアリスを事前にサロンに待機させて、あの時と同じふうにお顔を綺麗にしてもらって、髪型も整えてもらう手筈を整えていた。
ちなみに、アルフリードは私が見ていないとどこかへ行ってしまいそうなので、今ではスパ内にあるナディクスのコスメショップ店員をやってる元白騎士さんに、彼の見張りをお願いしていた。
「エミリア様、お久しぶりですね。久々に職場に戻ってこれて、なんとお礼をすればいいか……!」
ずっと姫に付きっきりで皇城の使用人部屋で暮らしていたアリスは、懐かしい仕事場や同僚との再会を喜んでいる様子だった。
そして……
「できましたよ! あの日と同じ、ナチュラルメイクに、動きやすいポニーテールヘアです」
短縮バージョンでのエステや支度が得意になったアリスは、アルフリードを待たせている状況も考慮して、かなりの速さで準備を整えてくれた。
鏡で見た自分の姿は、本当にあの日を思い出すような姿そのものだった。
これでアルフリードと1日を過ごせると思うとウキウキしてきてしまう。
プールに行くと、アルフリードはあの時と同じ様に、上半身裸で筋肉に覆われた胸板を晒し……てはおらず、プールサイドに置かれた寝っ転がれるイスに腰かけて、ユラユラ揺れている水面を静かに見つめているだけだった。
そのもの寂しい光景に切なくなってきそうだったけれど、気を取り直して、
「アルフリード、お待たせ! ガンブレッドのサロンケアが終わるまでは、歩いて街を散策しよう!」
そうして彼の腕を掴んで、引っ張りながらスパを出て、宿屋街を進んで野菜やパン屋さんなどの市場が出ている賑やかなエリアに出た。
「あ、最初に来た時に食べたソーセージの串刺しだ! あれを買って食べ歩きしよ」
そう言って、アルフリードの方を振り向いた時だった。
バチンッ
何かが弾けるような音がしたかと思うと、顔の周りにバサバサと自分の髪の毛が落ちてきた。
え……?
後頭部に手をやると、アリスに結ってもらったポニーテールが解けてしまっている。
そして下を見ると、かわいい色をした、紐状の髪飾りが千切れて落っこちていた。
一瞬、何か不吉な予感が頭の中をかすめていったけど、何事もなかったように私はそれを拾い上げてポケットにしまった。
そして、フランクフルトみたいな食べ歩きフードを2人分、屋台で購入するとアルフリードに手渡して、長い髪を下ろしたまま観光ツアーの続きを再開した。