108.毒の真相
「キャルン国がリリーナ姫を消そうとしてる!?」
突如として響き渡った物騒な話題。
「はい、姫が僕から片時も離れようとしないので、お伝え出来ずにいましたが……お父様に盛られた新種の毒は、本来は姫を狙ったものだったのです」
その日の午後のこと。
ユラリスさんが帝国にやって来てから、彼の女騎士のごとくずっと一緒にいるリリーナ姫だったけど、彼女はいま専属エスティシャンのアリスの施術を受けて、いい具合にお眠りに就いていた。
こんなショッキングな事を姫の耳には入れまいとして、ユラリスさんは午前中、逃げ回りながら姫にお部屋にいるように説得していたらしい。
「どういうことだ……なぜ自国の王位継承者の命を狙わねばならない?」
皇女様が誰もが頭によぎった疑問を口に出しておっしゃった。
ちなみに、ここは皇城の応接室。
皇太子様、側近のお兄様、アルフリードに監視役の皇族騎士団長さんも同席している。
「お父様はリリーナ姫のことを目に入れても痛くないほど可愛がっていますから。彼女が飲みたくないと言ったお茶を、代わりに飲んであげようとして……その毒がどこにも出回っておらず、キャルン国のイモを使って開発されたものなら、そう考えるのが妥当ではないでしょうか」
「しかし、キャルンに濡れ衣を着せようとしている輩の仕業とは考えられないか?」
皇女様がそう反論した時だった。
微妙に暗めのメロディが響いて、皇太子様がピアノで何かをお話になられた。
「す、すみません、殿下は何とおっしゃったのでしょう?」
良かった……
私はいつもの感覚で、皇太子様が何を言ったか分からずじまいかと思ったけど、ユラリスさんも意味が分からないので、そんな声をあげてくれた。
「キャルン国ではリリーナ姫が国費で贅沢三昧していると、国民や城の家臣から反感を持たれているのは事実だ。それを国王陛下やエリーナ姫といった家族は本人に隠そうとしているが、そのような者に王位を継がせまいと、刺客を差し向ける者がいてもおかしくはないだろう」
お兄様が淡々と通訳を開始した。
そういえば……皇太子様とエリーナ姫が皇城にやってきた時、お土産のイモの下に敷いていたキャルンの新聞に、リリーナ姫に関するひどい醜聞が載っていたのを思い出した。
“世紀の悪女リリーナ、贅沢三昧また財政をひっ迫!! 王族追放の声 国民の半数超える”
この記事を目にしたエリーナ姫はとっさにそこだけ破ってポケットに入れてたけど……これは完全に皇太子様の話を裏付けてしまっている。
姫は帝国に来てから大量におしゃれグッズやらドレスやらを買いまくり、1泊の料金ですら度肝を喰らうくらいのスパホテルの高級スイートに何ヶ月も滞在していた。
その全てをキャルン国で賄ってたのだとしたら、あの新聞が発行された時より、相当な財政ひっ迫だし、国民のほぼ全てが王族追放の声を出しちゃってたとしても不思議じゃないかも……
「ナディクスの王族は閉鎖的なこともあって、身内の争いが絶えなかったりして昔から毒を盛られる事が多い文化でした。そのため、僕も姫も幼い頃から色んな毒を少量ずつ取り入れて、耐性を高めているんです」
ユラリスさんはついに自国のマイナスイメージを認めるような発言とともに、またまた耳を疑うようなトンデモ話を開始した。
「だけど、また耐性のない新種の毒を使われたらお父様みたいに、姫がいつまた危険にさらされるか分かりません。本当は王位継承となった僕がナディクスに帰らないといけないんですが、僕とお兄様を襲った黒い騎士の事もありますし、しばらく帝国に僕らを置かせて頂けないでしょうか」
ユラリスさんは、悔しげな様子で細くて整った金色の眉毛の間にシワを寄せていた。
そうだった! 黒い騎士は、リューセリンヌのお城に以前入っていくのを見かけた、キャルン国の解雇された騎士たちがその正体じゃないか、っていう話だった。
リリーナ姫も、ナディクスの王子様たちも襲うなんて、キャルン国は一体何を考えているんだろう……?
また皇太子様がユラリスさんに答えるように、ピアノでメロディを奏でていると、騎士団長さんが私に小声で話しかけた。
「エミリア様、10分たちました」
こんな真剣な話をしている最中ではあるけど、腕も足もなんだか偉そうに組んで、ユラリスさん達の話を聞いているのか聞いていないのか分からないような様子で隣りに座っているアルフリードに、私は仕方なくキスをした。
「もちろん、帝国としてはあなたとリリーナ姫を同盟国としてお護りさせていただきます」
お兄様の通訳により、お2人はこれまで通り、皇城に滞在することになった。
ちなみに、亡くなったと思っていたのに、実は生きていたと分かったユラリスさんのお祖父様で、前ナディクスの国王様。
あの方もなんと、当時リリーナ姫が食べたくないと言ったお菓子を代わりに食べてあげたことで、毒を服することになってしまったんだそうだ。
ただ、その時に使われた仮死状態を引き起こす毒は成分解析が難しくって、今だに何の毒だったのか判明していないのだそうだ……
「フローリア、元気にしてた? ずっと会いに来れなくて、ごめんね」
その日の皇城帰り。
ヘイゼル騎士団長さんが先導して護衛してくれる馬車にアルフリードと乗って、久々に自宅邸に寄ることにした。
ロージーちゃんからアルフリードの様子がおかしいとクロウディア様の部屋着を着たままヘイゼル邸に向かった日から、私は一度もここへ帰ってきていなかったのだ。
そのため、ずっと自宅邸に置きっぱなしにしていた愛馬のフローリアに会うのも、久々だったのだ。
「エミリア、それに公爵子息殿も……あら、イメチェンしたのかしら? クールな雰囲気も素敵だわ~」
「お嬢様、やっと縁談状の返事が片付いたんですよ。あ、それはお嬢様の大好きな皇城のパティシエさんのスイーツじゃないですか!」
「エッミ、エミー!」
アルフリードの手を引っ張って、お屋敷に入ると、これまた久々に会うお母様に兄嫁イリス、そして甥っ子のリカルドからの熱烈な歓迎を受けた。
家族の前で、この足丸出しのドレスと、10分に1回のチューをするのは気が引けてしまったけど、マイペースな彼らは私が以前からそう振る舞っていたかのように、自然と受け入れてくれているようだった。
そうして、ティールームで一緒にケーキとお茶をしていると、
「おお、これはギャザウェル団長殿、こちらでお目にかかる事になるとは、思いもよりませんでした」
アルフリードの監視役のヘイゼル騎士団長さんに話し掛けてるのは、エスニョーラ騎士団のウーリス団長だった。
「これは、息子さん? 前に見かけた時より大きくなりましたな」
そんな驚きの声をあげてるヘイゼル騎士団長さんの前には、ヤエリゼ君も一緒にいる。
やはり、帝国の中で皇族騎士団に次ぐ強さを誇っている騎士団の長ということで、彼らはちゃんとご挨拶しに来たようだ。
そんな、よくありそうな上下関係を美味しいケーキを頬張りながら、横目で見ていると、一通り挨拶の終わったヤエリゼ君がこちらにやってきた。
「お嬢様、前にロージーがお土産に渡したチャームありますか? あれに各騎士団の団長のサインをしてもらうと、すんごいレアものになるし、持ってるといい事もあるらしいですよ」
騎士フェチの彼女であるロージーちゃんの影響で、そんな世俗的なジンクスを知ってる彼から言われるままに、これまた自室に置きっぱなしになっていたエスニョーラの騎士服をうちのメイドちゃんに持ってきてもらった。
そして、腰の部分についている鋼でできたヘイゼル騎士団と、エスニョーラ騎士団のチャームに、今そこにいるそれぞれの団長さんにサインをしてもらった。
これには、皇族騎士団のチャームも付いてるので、また明日皇城に行った時に、皇族騎士団長さんにサインをもらう事にした。
あとは……黒い騎士の最新情報もエスニョーラ騎士団の諜報力で何か分かったか聞きたかったけど、アルフリードから離れられないので、それはあきらめた。
久々の自宅邸でのひと時を終えると、フローリアも一緒にヘイゼル邸へと帰ってきた。
「ガンブレッド。フローリアもここにいる事になったからね。もう心配しなくて大丈夫だよ」
あの日……私がアルフリードの心をズタズタにしてしまった婚約証を破り捨てた日。
アルフリードの愛馬ガンブレッドとフローリアは、もう今生の別れのようにお互いにソワソワした様子で平常心を失っているようだった。
私のせいで、この子達まで振り回す事になってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、2人は顔を寄せ合って嬉しそうにしている。
「はい、10分たちました」
今度はヘイゼル騎士団長さんから促されて、この立派な厩の中で私はアルフリードの首に両腕を回して、下に引っ張った。
そして目を閉じて、もう1日に100回くらいはしている事をまたしようとすると……
私がするより先に……なんと、その感触が唇に触れたのだ。
驚いて目を開くと、アルフリードの閉じた瞳がすぐ目の前にあり、今日の午前中に皇城の外で人がたくさん見てる所でされたみたいに、私の腰には腕がちゃんと回されている。
ということは……か、彼の方から私を求めてくれている、ということ……?
前みたいに……?
戸惑いながら、彼の意識をアルコールからより離せてる実感と、以前の彼に戻るような希望が私の中に湧き始めていた時だった。
「ピギィィーーーー!!!」
すさまじい悲鳴のような声が聞こえて、アルフリードから思わず身を離して、とっさにその方をみた。
そこには、ガンブレッドが顔を出している彼の部屋の前で、横たわって苦しそうに喘いでいるフローリアの姿だった。
さっきまでガンブレッドと仲良さそうにスキンシップして、元気だったのに……
「フローリア……どうしたの? フローリアーー!!!」
私は慌てて彼女に駆け寄って、その芦毛色の体をひたすら、さすり続けた。
私のそばで黙って立ったままでいるアルフリードが何を思っているか分からないけど、周りでは厩係の使用人さん達が慌ただしく、動き回っている。
ガンブレッドがまたソワソワしながら激しくいなないている中、馬のお医者様が彼女の診察を開始した。
私は涙を溢れさせながら、ただただ不安の中でその様子を見つめていることしか出来なかった。
※
・リリーナ姫の新聞記事の話「68.イモにまみれた帝都」
・騎士団のチャームが出てきた話「63.騎士の宣誓」