107.回復のきざし
「やはり、よく似合っている。これからはそのカッコで参上するのだぞ」
とっても真面目にお話される濃紺の軍服姿の皇女様は、用意された衣装に身を包んだ私をシゲシゲとみやった。
私の足は今、前の部分だけ膝上15センチくらいまで切り取られたドレスのスカートによって、完全に丸見え状態にさせられている。
「話によれば酒断ちに、なかなか苦慮しているそうではないか。ならば、もっとアルフの注意をエミリアに惹きつける必要があると考えたのだ」
髪もバッサリ切られて、王子様の事を割り切って元気になったのかと思っていたけど、やっぱりまだショックにより、皇女様は正常な思考ができないでいるのかな?
モヤモヤするけど、何か視線を感じてそちらを見てみると、無表情だけど腕組みした状態のアルフリードが……私の足を凝視してくれている!
一応、皇女様の狙いは当たってきてるってことか?
そ、それなら仕方ない……私は彼のためなら何でもやるつもりでいるんだから、これも受け入れるしかない。
ちなみに皇族騎士団長さんは、これは見たらマズいという空気を察して、横を向いてくれている。
こっちの世界でこんな大胆な格好をしているのは、これと同じデザインがお気に入りの、あの方くらいだよね……
「ちょっと、ユラリス! お待ちなさい! また、わたくしを置いてどこ行くつもり!?」
私がちょうど頭に思い浮かべていた人物の、久々に聞く甲高い声が廊下の方から響いてきた。
そして、ドンドン! というノックがした途端、間髪入れずに執務室の扉が開いて、
「もう姫! 僕は帝国の方々と大事な話があるから、君は部屋にいてくれよ!」
扉から体を半分差し入れて、廊下に向かって大声を出しているのは、白い民族衣装に金髪の三つ編みをした隣国の王子様だ。
全身傷だらけだった彼は、婚約者のリリーナ姫の献身的な介護と、帝都に湧き出す切り傷にも効能がある温泉により、すっかり傷も癒えてキレイな姿を取り戻していた。
「わたくしが一緒にいたら困るようなことでもあるの? 何か隠してるんじゃないでしょうね!?」
逃げるように私たちの方にやってきたユラリスさんを追って、吊り上げた猫目の近寄り難い表情をしたリリーナ姫が登場してきた。
そのお洋服は……やっぱりおヒザから下まで露わになってしまっているドレスを着用されている。
すると、姫は私の姿を急に目を細めてジッと見つめてきた。
「あら、このデザインを着こなすなんて、あなたなかなかやるじゃない。足も細くて、いい形をしているし。名はなんというの?」
お、おお……あのリリーナ姫様にどうやら褒められてしまっているみたいだ。
だけど、そっか……私はずっと彼女の女騎士をやっていたけど、これまで名前で呼ばれたこともないし、そもそも自己紹介もろくにしないまま抜擢されてしまっていたんだった。
「リ、リリーナ王女殿下、お久しぶりでございます。エミリア・エスニョーラでございます」
スカートの両端を持っておじぎすると、
「わたくしの話を聞いていた帝国令嬢の1人かしら? 1人1人の顔を覚えていないけど、今後はエミリアのことは記憶させていただくわ」
えーっと、どういうことだろう……
以前、皇太子様の歓迎パーティーの時、姫は自分軸を持つことの大切さを参加してたご令嬢方に説いてたことがあった。
……多分、私もそこにいたご令嬢の1人だと思っているみたいだ。
ということは、ずっとお側にいた女騎士である私の顔は全く記憶されていない、って事だろうか?
なかなかのショックな事実に呆然としていると、騎士団長さんが小声で、
「エミリア様、10分経ちましたよ」
ちゃんとヘイゼル騎士団長さんから例の件を引き継いでいらっしゃるので、皇城に来てから何度目かになる、お声掛けをして下さった。
「アルフリード、キスの時間になったから、今するね」
そう言って、どういう心境なのかよく分からないけど、私の足に目線を向けてる彼の腕を引っ張って、低い姿勢にさせながら口づけをした。
すると、
「エミリア、それは何をしているの? ……なんですって、10分に1回キスしてるですって!? わたくしも、それをやりたいわ!!」
どうやら、この行為は姫の興味を一心に受けてしまったようだ。
「えー! やだよ、こんな人前で恥ずかしいでしょ!? ちょ……姫、リリーナ姫、やめて……」
「何言ってるのよ、あなた温泉でわたくしに同じことしてきたじゃない! 今さら恥ずかしいも何も……」
「わー! ダメ、それも言わないで!!」
真っ白な顔を真っ赤にして抵抗するのも虚しく、ユラリスさんはリリーナ姫に顔をくっつけさせられた。
温泉で何があったのか気になるけど、怪我の功名か、お2人は以前に比べてとっても仲良しになったようだ。
ふぅ……
アルフリードとの婚約を破棄してから、私は衰弱して変わってしまった彼のことでいっぱいいっぱいで、パンク寸前で、他のことは何も考えられない日々が続いていた。
でも久々に皇城にやってきて、見知った人々と再会して、少しだけ心がホッとしたような気分になった。
変化のない皇城のように見えるけど、実は世の中的には少し動きがあったりもした。
まず、エルラルゴ王子様のこと。
皇太子様がナディクス国に使者を出していた、王子様の扱いについて、2回お返事があった。
最初のお返事は、王子様は行方不明扱い、ということで国を挙げて捜索を行う、という内容だった。
でもその後、月に1回の定期郵便にて2回目のお返事が来た。
ナディクス国の切り立った山の下の東側には、ユラリスさんが迷い込んで傷だらけになってしまった茨の森が広がっているそうだ。
そして、その森の近くにて……いつも王子様が肌身離さず持っていたスケジュール帳が落ちているのが見つかった。
その他には何もなくて、王子様は崖からこの茨の森の中に落ちてしまったとナディクス国は見立てていた。
それなら、この森の中を探せば良さそうだけど、ユラリスさんが棘に服が引っ掛かって身動きできなかったように、この深い森に落ちてしまったら最後。
もう永久に脱出することもできないし、外側から救出に行くこともできない……
そのため王子様の扱いは、”行方不明”のまま捜索は打ち切り、となってしまった。
これによって、
皇女様→ナディクス国へのお輿入れ中止。
ユラリスさん→ナディクス国の第2王位継承者から、第1王位継承者に引き上げ。
リリーナ姫→キャルン国の第1王位継承者だから婚約者ユラリスさんと祖国に帰る予定だったのが、出来ない状態。
3国の王位継承者が元人質先の王族と婚姻を結ぶ、という3国同盟の条件が果たせない事態となっていた。
それによって何が起こるか……
もともと争いばっかりしていた3国の同盟に反発していた人々を、この条件によって納得してもらってたのに、また反発が広がるんじゃないか、
ひいては……これまで平和だった3国に不穏な空気が流れるんじゃないか、っていう懸念だった。
皇太子様のお部屋に戻って、側近のお仕事に早速復帰したアルフリードは、前みたいにニコニコする様子はもちろん無く、むしろ全く無駄のない動きでテキパキと書類をまとめたり、皇太子様と言葉少なくも指示を受けたりしていた。
「エミリア様、10分たちました」
定期的に声を掛けてくれる団長さんに従って、仕事に集中している彼のそばに行って、チューをする訳だけど、なんだか邪魔をしてしまっているようで、申し訳なくなってきてしまう。
たまにお父様やお兄様もここにやってきて、近頃の近隣諸国の不穏な動きとか、ビジネスライクな難しい議論をしていたりするけど、どう考えてもこんな足丸出しな私には不釣り合いの場所のように感じてしまう。
それに、皇太子様の理解できないピアノ会話により、話の内容も断片的にしか分からないので、これまでヘイゼル邸でアルフリードがベッドの上でしていたように、今度は私がウトウトしてきてしまっていた。
「エミリア様、都市開発部門で打ち合わせの時間ですので、行きますよ」
声を掛けられて見ると、アルフリードと彼の監視役である団長さんはもう部屋の出口の方に足早に向かっていて、私は慌てて彼らを追いかけた。
やっと、建物の外に出た所で追いつくと、
「エミリア様、10分たちました」
またそう言われて建物内よりも、さらにたくさんの人がいて、一般の市民さんもいるような所で、アルフリードに抱きついてアレをしなければならない場面が遂に来てしまった。
「……まあ! なんて格好かしら……」
「……あれは、他の男を知りたいがためにヘイゼル子息を一度振ったというエスニョーラの令嬢だ……」
「……でも結局、彼を超える人はいなかったとかで、またヨリを戻したんでしょ?……」
くっ……
アルフリードと唇を合わせながらも、周りからザワザワと色々言われてしまっているのが、嫌でも耳に入ってくる。
すると、今まで私しか彼の体に腕を回してなかったのに、私の体にも腕が回された感覚がしてきた。
ど、どういうこと??
目を開いて顔を離すと、アルフリードも目を開いて一瞬……寂しげな憂いのこもった微笑を浮かべた気がした。
けれど、すぐにまた冷めた表情に戻った彼は瞳を私から逸らしてパッと体を離すと、都市開発部門の建物の方へ歩き出した。
この半ミニスカドレスに着替えたら足を意識してたり、今度は抱きしめたり、微笑まで向けて……アルコールから私に注意を向けさせるのには成功している感じはするけど。
以前となんだか違う反応……すなわち、原作で表現されていた彼に近い反応が垣間見えた。
もしアル中を克服したとして、以前の爽やかな笑顔の彼に戻すことなんて本当にできるんだろうか……
長い足でどんどん遠くへ行ってしまう彼を追いかけながら、私の中に言いようの知れない不安が生じていた。
※
・リリーナ姫と帝国令嬢たちの話「69.ナディクス国との通信網」
・王子様の扱いに関する使者を出した話「91.新たなる後ろ盾」