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98.恐ろしい事態の幕開け

「エミリア! 何を考えているんだ!!」


 フローリアにまたがってエスニョーラ邸に戻ると、その日の晩餐の席で私は早速、アルフリードと婚約破棄したことを家族に報告した。


 食卓の席では温厚キャラなお父様もさすがに、怒りを爆発させた。

 既に私がそうすることを知っていたお兄様は、皇城からまだ帰宅していなかったのでこの場にはいなかった。


「お父様ごめんなさい、事後報告になってしまって……」


 私は食事にも手をつけずに、その場で頭を下げた。


「公爵はまだ目覚めていないし、婚約が決まった当初、私は彼らの前で絶対に破棄しないと誓ったのだぞ!?」


「エ、エスニョーラ家の名誉に傷をつけることになってしまい、申し訳ありません……ですが、側近と女騎士を務めている私たちには皇太子様と皇女様という後ろ盾がいます! どうか、そのことに免じてお許しをお願いします……」


 私は今一度、お父様に深く頭を下げた。


「まったく……問題はそれではないぞ」


 お父様はそれ以上、ガミガミしつこく言うことはなかったけれど、ヘイゼル家に代わる後ろ盾を用意したからといって、解決しないことがあるような口ぶりだった。


 これは、お兄様も同じような事を言っていた。

 “世の中を甘く見るんじゃない”って……


「エミリア、どうしてそんなお馬鹿なことをしてしまったの? せっかく素敵なアルフリード(ぎみ)がお婿(むこ)さんになって下さるはずだったのに、何が不服だったというの?」


 今度はお母様が、嘆かわしいとばかりに私のことを責め立て始めた。


「お嬢様、まずいですよ……きっと、まずいことが起こりますよ。まずくて、恐ろしいことが……」


 そして今度は兄嫁イリスまで、何か不穏な未来がくるように私のことを(あお)り始めた。


 私にとって、まずくて恐ろしい事といったら、皇女様が馬車事故にあって、彼女を失った悲しみからアルフリードまで命を絶ってしまう。それ以外には考えられないのだけど……



 婚約証を破り捨てるという、私がアルフリードにした仕打ちは自分で思い出してみても、酷すぎだったと思う……


 それでも、それでも……多分アルフリードは納得できてないことも沢山あったと思うけど、彼の優しさと温厚さにより、後腐れなくお別れすることができた。


「おはようございます、アルフリードさん。こちらの資料を皇女様から皇太子殿下へお渡しするように言いつかってまいりました」


「ああ、エミリアさん、どうもご苦労様です」


 皇城の皇太子様の執務室にて。

 爽やかな愛想笑いを放っているアルフリードに、私も営業スマイルを向けて、持ってた書類を手渡した。


 私とアルフリードは、お互いにプライベートであった事を仕事場に持ち込むことなく、気持ちよくこの数日間、お仕事する日々を送っていた。


 同じ職場で働く者同士、婚約を解消することで関係がギクシャクして、仕事面に支障をきたさないか、そこが一番の心配事でもあった。

 だけどこのままなら、皇女様の馬車事故までスムーズに時間が過ぎるのを待つだけ、という理想的な状態になりそうだ。


 ふぅ……家族みんなから不安を煽られて、どうなる事かと思ったけど、何とかなりそうじゃないかな。



 そしてこの日も順調な感じで勤務を終えて、エスニョーラ邸の自室へ戻った。


 着替え終わった私は本棚から、一冊のスクラップノートを手に取った。


 そこには、色んなお部屋の内装のイメージイラストが描かれている紙が、数十ページに渡って貼り付けられていた。


 これは、ヘイゼル邸のリフォーム計画のために、アルフリードが1室、1室のイメージを描いて、そこに描かれている家具や照明なんかのディテールを私が詰める、と言う作業に使っていたイラスト達だ。


 こんなに沢山の共同作業をアルフリードと共にやったんだな……


 この間アルフリードが言っていたように、本当に一生懸命やっていたな、とそれらを見返して、私は感傷に浸っていたのだが、これを取り出した訳、それは。


 このリフォーム計画で使われた金額を計算するためだ。


 私の突然の結婚破棄により、やはりヘイゼル家には迷惑を掛けまくる事態となってしまった。


 アルフリードが勘繰っていた本当の理由を話せない以上、やはりその点に関しては非常に申し訳ないと思っている。


 その償いとして、私が勝手に推し進めたリフォーム計画、アルフリードからプレゼントされたものやお食事代はせめてお返ししたいのだ。


 コンコン


 まずリフォームした場所を紙にリストアップしているとノックがして、


「お嬢様、ヘイゼル公爵家の使用人の方がお見えでいらっしゃいます」


 うちの使用人さんにそう呼ばれて、玄関先へ行ってみた。


「……も飲まれたりしているんです」


 そこには、エスニョーラ騎士団の騎士服を来た背の高い人と話をしている、ヘイゼル家のメイドの格好をした女の子がいた。


 あれは、ヤエリゼ君と、ロージーちゃんだ!


「エミリア様……これを、坊っちゃまからお渡しするように言われてお持ちしました」


 ロージーちゃんは私のことに気づくと、言葉少なげに、あるものを私の前に差し出した。


 これは……


「うわぁ、これ、僕も背が伸びる前に欲しいと思っていた、XSサイズの(かぶと)じゃないですか!」


 ヤエリゼ君の説明の通り、今は婚約者さんと静かに皇城で湯治をしているリリーナ姫のパートナー選びの会で、着用するために作られたアルフリードからのプレゼントの兜だった。


 噂では聞いていたけど、兜は(はがね)でできているから、けっこう重いし、中が蒸れてきてすっごく暑い。


 そのため、汗だくになってきてしまって、体臭が気になると正直さを隠すことのないリリーナ姫のご指摘を受けて、アルフリードにお返ししてしまったのだ。


 しかし、それをなぜロージーちゃんにわざわざ届けさせたんだろう……?


 どちらにしても……


「ロージーちゃん、せっかくここまで来てくれたのに申し訳ないんだけど……私はもう彼からの贈り物は受け取れないの。だからそれは、ヘイゼル邸に持って帰ってちょうだい」


 ロージーちゃんは困ったような顔をして、兜を両手で抱えた。


「でも、エミリア様……坊っちゃまと婚約破棄したからこそ、これは被って出勤された方がいいと思いますよ。でないと、大変なことが起こります……」


 大変、なこと……? 


「そうですよ、お嬢様。XSサイズの兜なんて、すぐには手に入りませんよ。昔の男からのプレゼントだからって意地にならないで、恐ろしい事が起こる前にもらって使った方がいいですよ」


 2人とも、何を言ってるの??


 エスニョーラの家族たちと同じような事を言っている。


 けど、私にはよく分からないので、不服そうにしているロージーちゃんに再度、受け取るのを丁重にお断りさせてもらった。


 そして、


「リフォーム計画で使われた金額ですか? エミリア様の友人として、調べてお知らせしますね!」


 さっきリストアップしていたリフォーム場所の紙をロージーちゃんに渡して、ちょうど知りたかった事をお願いした。


 それから、ヤエリゼ君には、


「騎士用に訓練された馬の値段ですか? 相場的には、騎士の給料の3年分くらいはかかりますかね」


 プレゼントされたフローリアのお代について教えてもらった。

 前の世界でもお馬さんは高額だったけど、やっぱり……それくらいはするんだな。


 あとは以前、大量にプレゼントされたドレスや装飾品たち。

 あれらは古着屋さんや宝飾店さんに買い取ってもらって、お金に変えてしまおう。


 それでも、他のものを支払えるほどの額にはならないだろうから、私は自分のお給料を生涯かけてヘイゼル家への返済に充てる覚悟を決めた。



 それから間もなく。


 仲良しのご令嬢のお友達もうちにやってきて、涙目で考え直して! との説得を受けつつ、社交界にはすでに私とアルフリードの婚約が取り消されたことが広まっている事を知らされた。


 そして、それを知った翌日から思いも寄らない事態が起こり始めたのだ。


「では、エミリア。これを食糧部門へ持っていってくれ」


 皇女様から渡された資料を、いつものように皇城の中を駆け回って目的の部署へ届けようとしていたとき。


 突然、廊下の脇から腕を引っ張られて、細い別の廊下に引き込まれた。


 あれ……同じことを以前にもされたことがある。


 リリーナ姫の女騎士に抜擢された日、彼女が皇城の大浴場に向かっている時に、なかなか会えなくなるからって、アルフリードが逢引しようとしてきた事があった。

 その時と同じだ。


 まさか……アルフリード……?


 本当はもう彼とそういう事をするつもりはないのに、ドキドキしてきて、胸が期待で膨らんできてしまう。


 壁に背中をつけた状態の私の顔の横に、腕が突かれている。

 いわゆる“壁ドン”の状態だ。


「美しいエスニョーラのご令嬢。ヘイゼル子息と婚約を解消されたというのは本当ですか?」


 あまり聞き慣れない声がして、私の背筋にゾクっと寒気が走った。


 とっさに顔を上げると、すぐ間近に、耳より少し伸びたウェーブがかった茶色い髪をした25、6歳くらいの男性が私の事を見下ろしていた。


 この方は……


「財務部門のカデンシェ伯爵様……?」


 いつもなら難しそうなお顔をされて、担当の部屋で帝国に関わるお金の計算や明細と睨めっこをしている、すごく真面目そうな方だ。


 だけど、目の前にいらっしゃるのは……なんというか、熱い眼差しをして私の事をじっと見つめている、まるで別人。


 すると、壁に突かれていた腕が動いて、よくアルフリードがやっていたみたいに、私の頬にその手を添わせてきた。


「まさか、こんな日が来るなんて。どうか私の夫人になっていただけませんか?」


 え、え、えーー!!


 待って、待って!!


 この方、こんな事を言うキャラだったの?


 というか顔が……顔が近づいてきてる……

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『皇女様の女騎士 番外編集』
本筋に関係ない短編など
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サイドストーリー
連載中『ラドルフとイリスの近況報告【改訂版】』
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