開廷
大陸歴1658年5月15日・帝国首都アリーグラード
この地下牢に入れられてから二週間ほど経つ。弁護人のムラブイェフによると軍法会議の開催が遅れているそうだ。その理由は共和国領内の対応で軍が対応に追われているという。国家反逆罪を問う軍法会議には上級士官が三名いないと開催できないが、都合のつく者がなかなかいないとのことだった。
なぜ都合がつかないのかの詳細は教えられないとのことだ。それは軍事機密に関わることなので、軍とは無関係なムラブイェフ自身も理由を聞かされていないという。
おそらくは、帝国軍が共和国派の鎮圧のために軍が出払っているのであろう。ということは、共和国派は思いのほか善戦しているようだ。
しかし、遊撃部隊や私の弟子たちのことが気になる。詳細な情報を得ることは出来ないでいることはフラストレーションがたまる。
そんな中、ムラブイェフがやって来て、ようやく明後日、軍法会議が開催されるという。何やらあわただしいが、今日のうちにもう一度ムラブイェフと打ち合わせを行い、法廷に臨むことにした。軍法会議では彼が考えた筋書き通りに私は証言することになる。
◇◇◇
そして、ついに軍法会議が開催される朝となった。
時間になるとムラブイェフがやって来た。彼は帝国軍の制服を持ってきていた。法廷には制服に着替えて出廷することが許されたという。
私が投降したとき制服ではなかった。なので、持ってきた制服は新しい物なのだろう、遊撃部隊の制服は正規の帝国軍の者と少しデザインが違っている。私が帝国軍の制服に袖を通すのは、最初で最後になるだろうと思った。
私はその制服に着替え、そして、身なりを整えた。
私はムラブイェフに続いて久しぶりに地下牢を出た。扉の外には衛兵が二名待ち構えている。彼らの先導で地上に抜ける階段を上がると明るい陽射しが廊下の窓から眩しく差し込んでいるのが見えた。私は眩しくて思わず手で光を遮った。
法廷に向かう途中、ムラブイェフは私に「先日の打ち合わせ通りに」と念押しをした。
私は、「分かりました」とだけ言う。
法廷は城の中をだいぶ歩いたある部屋にあった。後に聞いたが、ここは裁判所ではなく、軍法会議のため、軍の関係で使用されている会議室だそうだ。軍法会議が行われる際は大抵ここで行われるらしい。
そう言われれば、裁判所らしくない。通常、法廷の裁判官の席は通常一段高くなっているが、ここはやや広い部屋にテーブルと椅子が並べられているだけの場所だった。
私と弁護人は入って左側に設置されたテーブルとそこに設置されている椅子に座る。
右側のテーブルには検事だろうか一人。また、壁際の椅子に証人らしき人々がいた。いずれも見知った人たちだった。あとは一人、書記官だろうか、やはり壁際に座っている。
しばらくすると部屋に四人の人物がやって来て、我々の反対側にある正面中央のテーブルについた。
部屋の中の全員が一斉に立ち上がる。
全員が立ち上がったのを確認すると、四人の右から二番目に立っている人物が声を発した。
「ではこれより開廷する」。
彼が発言した瞬間、見慣れた人物が部屋の扉を開け入廷してきた。
皇帝イリアと皇帝親衛隊隊長のヴァーシャだ。さらに、その後に別の親衛隊員を二名従えている。
皇帝を見た廷内の全員が一旦立ち上がってからひざまずいた。
皇帝はそれを見て言う。
「構いません。続けてください。私は傍聴させてもらいます」。
「わかりました」。
先ほどの人物がそう返事をすると、全員が再び着席した。
緊張した面持ちで、彼は話を続ける。
「当法廷の判事に指名されたのは、帝国軍第二旅団長タチアナ・スツゥーチカ、同第六旅団長アレクサンドル・ペシェハノフ、同首都防衛隊隊長ロマン・アレクシンスキーである」
判事は法廷内を見渡した後、私に向き直って話した。
「クリーガー隊長。この中であなたに対し偏見を持つと思われる者がいたら交代を要求するように。これは被告に与えられた権利である」。
「意義はありません」。
私は三人を見た。三人とも私と接点はない人物だった。第二旅団長のソローキンの後任が決まっていたのには少々驚いた。また、首都防衛隊とは初耳だった。第二、第三旅団は再編成されると聞いていたが、その関係で新設されたのだろうか。しかし、その経緯や詳細はもう私には関係の無いことで、さほど興味を引かなかった。
「次に、首都防衛隊副長アレクサンドル・クラコフが検事。私、戦略部ドミトリー・クレスチンスキーが裁判長を務めることに対しても異議があれば申し出る様に」。
そして、クラコフは魔術師で一年前、一度話をしたことがある程度で、それ以降は接点がない。クレスチンスキーの戦略部も初めて聞いた。おそらくイワノフによって新設されたのだろう。まあ、旅団の編成同様にさほど興味はなかった。
私は、こちらの質問にも「異議ありません」と答えた。
「では、始める」。
裁判長であるクレスチンスキーが言うと、全員が着席した。そして、裁判長が部屋の横に壁際に座っている書記官に対して目配せした。書記官は立ち上がり罪状を読み上げる。
「被告ユルゲン・クリーガーの罪状、命令違反、文章偽造および帝国に対する国家反逆罪。文書偽造に関しては、証拠の命令書をモルデン駐留軍であった第四旅団の副長ブルガコフから入手しております。その偽の命令書をもとに、ユルゲン・クリーガーは自分がモルデン駐留の第四旅団の旅団長に任命されたと偽り、反乱分子を鎮圧しようとした旅団に中止の命令を出し、その結果モルデンは反乱分子の支配下に落ちました。そして、そもそもクリーガー被告は反乱分子と繋がりがあり、反乱分子が有利になるように働いていた国家反逆罪の疑いです」。
それを聞いた後、裁判長クレスチンスキーは私に尋ねた。
「被告の主張は?」
私は立ち上がりはっきりと答えた。
「無罪です」。
廷内が少し、ざわめいた。




