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色彩の大陸2~隠された策謀  作者: 谷島修一
謎めいた指令
22/74

第五旅団長 ボリス・ルツコイ

 大陸歴1658年3月17日・帝国首都アリーグラード郊外


 私とヴァーシャは小屋で一晩を過ごした。

 夜が明ける前に目が覚めた我々は身支度をして、出発することになった。我々が眠るために使ったのはベッドとは言えない板の上で、上着を敷いたりしてみたが、多少ましになった程度だった。固い板の上で寝たので少々体が痛む。

 窓から外を見上げると雨は止み、雲は多いが雲の切れ目から紺色の空と星が見えている。地平線は少し白み始めていた。


 ヴァーシャは親衛隊長としての仕事があるので、城に戻ることにした。

 一方の私は指揮する遊撃部隊は今日も休暇としてあるので、急いで城に戻る必要がない。私はヴァーシャを首都の街壁の近くまで見送ることにした。その後は、ルツコイの旅団の陣を訪れて、彼に挨拶でもしようと考えていた。


 私達は馬を並べてまだ薄暗い林の中を注意深く進み、草原へ出た。そして、首都への街道に出るとさらに馬を進めた。

 街壁の近くまで来ると私はヴァーシャに声を掛けた。

「じゃあ、ここで」。

 ヴァーシャは振り返って口を開いた

「昨日の夜の事、後悔してないですか?」

「何故、後悔するんです?」

「少し浮かない顔をしているから」。

「そんなことはないですよ」。

「なら、よかった」。

 私は馬をヴァーシャの馬に近づけた。そして、彼女の腕をつかんで体を近づけキスをした。

「また、後で」

 私とヴァーシャはほぼ同時にそういって別れた。


 私は馬を返し、ルツコイの旅団の陣のある方向へ歩みだした。

 辺りはだいぶ明るくなってきたが、まだ朝は早い。まだ、ルツコイも眠っているだろう。私は昨日の雨でぬかるんだ地面を、馬でゆっくり進めて、ルツコイの陣へ向かった。


 私は馬上でヴァーシャについて考えていた。

 彼女は帝国に忠誠を払っている。皇帝親衛隊の隊長という高い地位につき、その職務を忠実に遂行している。

 彼女は自分同様、私も帝国に忠誠を払っていると思っているだろう。

 しかし、私の帝国への忠誠は表面上の物だ。共和国再興のための反乱組織の主要なメンバーとしてホルツ達に数えられている。彼らも私の弟子たちも私が帝国に従っているのは一時的であるということはわかっている。

 なのに、私とヴァーシャはお互いのことを愛してしまい、昨夜、深い関係になってしまった。そのことを自体を後悔しているわけではないが、いずれは、彼女との関係と共和国復興への任務が齟齬をきたすのではないかと思った。

 この漠然とした不安が顔に出ていたのかも知れない。だから、さっき彼女は「後悔してない?」と聞いたのだろう。


 私は、昨日の小高い丘付近までやって来た。昨日は、まだ移動中の旅団もあったが、すべての陣が野営地の設置を終わっていた。

 私は、ゆっくり進んだので、ルツコイの陣に到着する頃には日が昇っていた。時間的にはちょうどいいタイミングだろう。そろそろ起床時間のはずだ。

 私は、陣の入り口に立っている歩哨に言ってルツコイとの面会を頼んだ。

 案内されて、ルツコイがいる司令室として利用しているテントに入った。ルツコイは椅子に座って、なにやら書類を読んでいた。

「やあ、クリーガー、早いじゃないか」。

 ルツコイは書類から目を上げて言った。私は敬礼し、ルツコイに近づく。

「今日は早く目が覚めましたので」。

「君たちは城内にいるんだって?」

 ルツコイは言うと書類を机の上に置いた。

「はい」。

「さすが、特別待遇だな」。


 私は、嫌みには答えず、話題を変えた。

「一昨日、陛下に謁見しました。今回の作戦の件で質問をしたのですが、この布陣について、今は理由を話せないと、おっしゃっていました」。

「なるほど、何か裏があるということだな」。

 ルツコイはあごに手を当て、何かを考える仕草をして言った。そして、大きなため息をついた。

「今は、理由が思い当たらないが、戦闘が始まれば、明らかになるだろう。いずれにせよ、公国軍が動かない限り、我々も動くことはないだろう」。

 ルツコイは、私に改めて体を向けて言った。

「ところで。まだ時間はあるか」。

「はい」。

「一時間後に、他の旅団の指揮官と顔合わせをすることになっている。ちょうどよかった、君にも居てもらいたい。イェブツシェンコとスミルノワを紹介しよう」。

「イェブツシェンコ旅団長とは、一年前にモルデンでお会いしています」。

「そうだったか。スミルノワは?」。

「まだ、お会いしたことがありません」。

「そうか。紹介しよう。彼女はなかなかの戦略家だよ。“霧の魔女”とあだ名されている」。

 私は退役軍人のイワノフに会ったことを思い出した。イワノフは軍事戦略に長けていて、スミルノワは彼の部下だった話を聞いた。おそらくは、イワノフに鍛えられたのだろう。


 顔合わせの時間になって、ルツコイの指令室のテントに第四旅団長のミハイル・イェブツシェンコと第一旅団長のエリザベータ・スミルノワがやって来た。

 我々はお互いに敬礼した。

 イェブツシェンコは、少しやせた感じで、黒く鋭い目、黒髪に白髪が少し混ざった髪と口髭が特徴だ。裏表のない陽気な性格だ。以前、モルデンで会った時は、予算不足で街の復興作業がうまく進まないことで不満をぶちまけていた。

 スミルノワは茶色い髪を肩の長さにそろえ、細い目で緑色の瞳をしている。印象としては落ち着いている、というより冷徹な感じもした。

 ここにいるのは、ルツコイ含め、帝国軍では戦略重視の戦い方をする非主流派だ。


 我々は四人で今回の指令について話し合ったが、ここに集結せよと言うこと以外、明確な指令がないことに困惑しているようだった。考えられるのは、公国軍が最前線を突破し、ここ首都近郊まで進軍してくるという可能性だ。しかし、最前線の兵力は公国軍より多いと聞く、公国軍がここまで到達できるとは、私も含め四人とも思っていなかった。

 そもそも公国軍が、帝国に侵攻してくる理由が見当たらない、と言うのだ。全くその通りだ。帝国と公国は国交は無く、確かにこれまで関係はさほど良くはないが、今、公国が攻め込んでくる大義名分も思い当たらない。そして公国は軍事力も劣る。


 ともかく結論が出ない議論をしても時間の無駄ということになって、いったん解散ということになった。彼らの部隊は、当面はこの場で待機になるようだ。


 その後、私はルツコイにお願いして、夕刻まで彼の旅団の様子を見させてもらうことにした。

 理由は昼間に街に戻ると、有名人である私は、人だかりに囲まれてしまうと面倒なので、夜まで時間をつぶしたかったというものあるが、もう一つ、三千という兵をどう扱うのかを知りたかった、という理由でだ。


 ルツコイはそんな私に対して、

「なんだ、旅団を率いたいのか?」

 と、尋ねた。

 彼は、皇帝から私が“チューリン事件”解決の報酬として旅団長の地位を与えてもよいと言われていたことを知っている。

 私は高い地位にはさほど興味はない。それに、大部隊を率いる知識も経験もなかったが、今後、大部隊を率いるという知識が役に立つことがあるかもしれない。なので、この場はこう答えることにした。

「そうです」。

 ルツコイは、この答えを予想外だったのだろう、少々驚いて見せた。

「ほう。心境の変化か?」

「そんなところです」。

「では、陛下にお願いすれば、すぐにでも旅団長にしてもらえるんじゃないか?」

「そのためには、軍の率い方を学ばないと」。

「なるほど、わかった」。


 私は、ルツコイと野営地の中を歩きながら、部隊について説明を受ける。

 彼曰く、帝国の部隊は細分されている。兵個人や部隊の細かい点は下級士官が注意しているので、司令官が直接見る必要がないという。

 特に気にしなければいけないのは、兵站だ。食料が不足しないように、その量の報告を担当の部隊から聴取するのが重要と言う。

 この野営地では、首都のそばに位置するため、首都からも補給が可能なため心配はない。しかし、敵の領土に深く進攻した際は補給線が伸びるので注意が必要だという。今回は敵領土に侵攻するわけではないので、あまり心配はしていないという。


 また、戦いでは、部隊の犠牲者をいかに減らすかが重要だという。ソローキン達にように被害を度外視で戦うやり方は、いつか破滅をもたらすかもしれん、と言った。

 最良なのは『戦わずして勝つ』ことだという。

 そして、ルツコイは、五百人ずつぐらい順番に、城内に移動して休息できるように、陛下にお願いしようと思っているそうだ。兵が疲れている状態では最良の行動ができない。兵站も件もそうだが、兵の疲労を減らすのは指揮官として重要なことの一つだと。


 なるほど、私が今、遊撃部隊でやっていることは共和国軍のころの下級士官と同じだな、と感じた。まあ、部隊の規模も大きくはないから無理もないが。


 また、ルツコイは近日中に旅団間で模擬戦をやろうと思っているそうで、遊撃部隊も参加しないか、と誘われた。遊撃部隊では小規模での模擬戦の経験はあるが、千単位の大軍での戦闘は、経験がほとんどないので、この提案に乗ることにした。

 ルツコイは、集団戦は個人戦や少数での戦いとはかなり勝手が違うからなと忠告してくれた。

 また、兵の動かし方や、陣地の構え方などと見せてくれるという。


 模擬戦の開催は三日後の予定で承諾した。


 その後もしばらく、ルツコイと話をしたり、野営地で旅団の様子を見たりして過ごし、夕刻、そこを離れた。

 街に戻る頃はあたりも暗くなっていた。

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