晩餐
大陸歴1658年3月15日・帝国首都アリーグラード城内
時間はもう夜だ。私は城内で、あてがわれた部屋に居た。ここは前回来た時と同じ部屋で、広く、天井も高く、豪華な装飾品、天蓋付きのベッド、巨大な柱時計。壁には絵画が掛けられている。どこのものかわからないが、草原の風景画であった。
この部屋は豪華すぎて、逆に落ち着かない。特にやることもなかったので、室内を無駄にうろうろして、装飾などを見て時間をつぶしていた。
しばらく経つと部屋をノックする音が聞こえた。私は、ノックする人物に中に入るように言った。
中に入ってきたのはヴァーシャだった。謁見の間では制服だったが、今は髪を下ろし、服はロングドレスだ。彼女の意外な格好に少し驚いた。
「入ってもよろしいですか?」
ヴァーシャは笑顔で言った。
「ああ、ヴァーシャ。どうぞ中へ、ちょうど暇を持て余していたところです」。
私も自然と笑顔となった。
「改めて。ユーリ、お久しぶりです。先ほどは、話ができませんでしたから」。
「陛下が邪魔でしたね」。
私は冗談を言った
「それは不敬ですよ」。
言うと彼女もフフフと笑ってみせた。
彼女の印象は以前、会った時より少し穏やかな雰囲気だが、気のせいだろうか。
この一年、彼女からの伝令で皇帝からの命令書などを、私からはその返信と報告を送りあっていた。いつのころからか、私信も併せて送るようになり、当初は私的な近況報告とか身の上話とかを手紙で送りあっていた。今ではファーストネームの愛称で呼び合う仲だ。
私と彼女は部屋の中の椅子に腰かけて、近況などを話しあったりして過ごした。
談笑して、いくらか時間が経っただろうか、
しばらくして、「夕食を一緒にどうですか?」と、ヴァーシャは提案してきた。
「良いですね、是非」。
私は答える。そういえば、時間が少々遅くなってきた。
「もうしばらくすると、召使いが持ってきます」。
彼女はチラリと柱時計を見た。
「準備が良いですね。もし、私が断ったらどうするつもりでした?」
ヴァーシャは強引だなと改めて感じた。今は、服装のせいか少し穏やかな印象があったが、芯は勿論変わっていない。
私は、以前のことを思い出して、「私を斬りますか?」と冗談っぽく言った。
一年前、“チューリン事件”の時、彼女は私に一緒に帝国を違法に支配していたチューリンを排除しようと提案してきた。その時、彼女は剣の鞘に手を掛けて、私がそれを断った時は斬る、というような素振りを見せたのだ。本気ではなかったようだが。
「そんなことはしませんよ」
彼女は笑って言った。
「それに今は剣を持っていませんから」。
しばらくすると、召使いのアレクサンドラの他三人がかりで食事を運んできた。テーブルの上に何種類もの皿で綺麗に盛り付けされた料理が置かれた。それを見て私は感嘆の声を上げた。
「これは豪華な食事ですね」。
「陛下が気を利かせて、城内の料理人に言ってくれたのです」。
「特別扱いは、気が引けます」。
「何度も言っていますが、これまでの国への貢献を考えると、あなたの地位はまだまだ低いのです。なので、陛下も何とかしたいとお考えのようです」。
「困りましたね」。
私は思わず苦笑した。
ヴァーシャは私の困っている顔を見て、笑って見せると話題を変えてみた。
「とりあえず、乾杯しませんか?」
ヴァーシャは、グラスに注がれた果実酒を持ち上げて言った。
私もグラスを持ち上げて尋ねた。
「何に乾杯しましょうか?」
「そうですね。“我々の友情”に、はどうでしょう?」
「いいですね。それで行きましょう」。
私はグラスを彼女のグラスに当てた。部屋にグラスの澄んだ音が響く。
「我々の友情に」。