蔑称
「ああ、話の途中だったね…
進みながらヨトは軽く顔を歪ませて
しかし、どこから説明すれば良いものか…」
ブツブツと小声を散らしながら進んではいたが
遂にはたまたまあった隆起した木の根を乗り上げようと大木に手を掛けたまま少しの間黙り込んでしまった。
ふと何かしらの解答を得たのかヨトは此方に振り返りーー
「ヒュィ イィイィィィェオオ ォオ ォオ」
再びあの鳴き声は響き渡った
それ程進んでもいないのにこの森の大木達はあの鳴き声を和らげているのか最初に聞いた意識を剥がす様な威力は持っていなかった。
だが、聞く時間と共に頭を揺らしているのは確かだ。
痛んだ頭に手をかけるのも束の間
またもや聴き慣れない轟音が鳴った。
細く乾いた竹が砕ける音 若木のしなって折れる音
太く立派な竹が木琴の様になる音 腐りつつある湿った木の皮がボロボロと朽ちる音。又はそれらを踏み潰す音。
それらが強い勢いで幾つも折り重なり轟音となっていた。
鳴き声と共に鳴り終わった所でそれは木々の隙間から重たい足音と影を落として姿を現した。
一言でいえば、それは巨大な鹿なのだが筋肉量が凄じく
特に首から角を支える頭の筋肉が目立っており、角の根元に関しては隆起していて何処ぞの聞き覚えのない品種の金魚のようでもあった。
隆起した様な所から生える角は1本ではなく、本来の角の場所から領域を広げる様に束になって生えていた。
しかし、その角は1メートルもない所でへし折れて無くなっていた。
そこからはまだドボドボと黒い液体が流れており止まらなかった。
そうだ、あんな重なった角がこれ程短い筈もない。やつは角を折ってここまできたのだ…先程の音はそれだったのだ。
それの足元にもその後ろにも角の残骸が散らばっており、中には先程まで生きていたかの様に黒い液体が流れるものもあったし、中は空洞の乾燥しているものもあった。
その残骸の量は先程までの角の大きさを示していたが、一体それがどのくらいの長さでどのくらいの太さかは想像できない、頭部に残っている角も今見えてるものが一番外側であったものなのか染み出した黒い液体によって見分けようもなかった。
絶え絶えな息。
止まらない液体。
止まり行く足。
何もかが、それの命が終わろうとしているのを伝えていて此方を脅かす様な圧力を感じる事ができなかった。
それ自身も諦めた様に足を止めていた。
だからこそ私はこんなにもゆっくりとこの鹿の様な生き物を観察できたのだろう、いや正確に言えば目を離せなかったのだろうけど。
全ての音と緊張が解れていき、やがて木々の葉が風に擦れる事に書き換えられる頃、角から流れる黒い液体はドス暗くはあったものの赤へと変わり始めた。
そしてはそれは化け物の様に力んだ眼球に前触れも無く感情を宿らせ此方を見定めて
「おおぉ…後悔の賢人ヨトではないか…久しいなぁ…」
と言葉を口にし始めた。