不可侵の森へ
「キュイ キュイ キュイ…」
相変わらずその小動物の姿は見えないが、ヨトの腕で覆われるように抱えられているのか走りに上下するヨトに合わせて声が漏れ出していた。
私もヨトの走る速さに追い付けないまま腕を引っ張られているので自然とその鳴き声に呼吸が合っているように感じた。
草原は行く度にその濃さと長さを増して行き足元の位置を地面の感触をあやふやにさせていった。
それでも走れているのは一歩前に踏み出した地面と上下がさほど変わらないからだろう。
ーーえー
ヨトの頭が消え、足を踏み損ねた。
丘の下りは緩やかなものから激しく角度をつけ変わっていたのだ。
ヨトはそうなると事前に知っていたのだろう。
踏み損ねた所から私の腕をで引っ張り上げて辛うじて走りを維持し続ける事一歩、二歩、三歩…しかし四歩目はなかった。
ヨトは三歩目によりさらに大きく私を引っ張り上げ、浮いた私の身体ごと左手で抱える形でヨトの腕に収まってしまった。
ヨトはそのまま疾走していると思いきや、いつのまにか板の様な生地を取り出していてその上に乗って急な草むらの坂を滑っていた。
滑り始めて数秒たち、私たちは晴れ空の下から雲の下の影にかかろうとしていた。
「あの…あれは?」
声を出す。
険しく滑るその先を見ているヨトは目を丸くして少し此方を見てまた険しく前を見た。
「あれは救済者だ、いや奴らが勝手にそう名乗っているだけだが…」
「内海への自殺をもって、救いとする連中が他を巻き込む事に躍起になっているのだよ」
「声なき者、知性なき者も救われるべきだと…!!」
険しさは言葉を重ねる度怒りや憎しみに変わっていき
堀の深い横顔だけでも眉間に皺を寄せているのが見てとれた。
ヨトが話し終わると雲の陰りがより濃い所に入り、まだ落ちきてっていない…いや、蒸発しきっていない朝露の残る下り坂の草原の中へ入った。
進む度、その朝露を巻き上げ触れ尽くして土砂降りの中を行くように濡れていった。
滑り落ちる速度が上がるごとに濡れる量は増えて行き草村である事も相まって音までも土砂降りに聞こえていった。
その中で確かに響く音が此方へと向かってくるのがわかった。
だが、その音は草原には似つかわしくなく、まるで渇いて固まった土の上を行く様な鋭さがあった…いやそう思わせる程にハッキリと聞こえた。
そうリズム自体は馬の足音のそれである。
四足歩行のそれは湿った草原を踏み潰して尚、地響きを一歩一歩素早く鈍重に駆けてきたのだ。