第三十二話
「そういうわけだからありす。朧月零に部屋の案内をしてあげなさい。ここに【54】号室の鍵があるから任せたよ?」
総長が真顔で言った。
えっ、マジで?
ありすさんが?
「えっ……わ、私が?」
「他に誰がいるんだい? 紅蓮のせいで朧月はまだあまりこの建物に詳しくない」
紅蓮は笑いながら口を開く。
「あはは、ありす。良かったじゃねぇか。一目ぼれした男の子と二人きりになれるチャンスができて」
「ちょ!? ……違うもん」
「照れるなって。ほらウチはこの通り忙しいんだ。早く鍵を受け取って朧月を案内してやれよ。そのまま部屋に入って明日の朝まで帰ってこなくてもいいからな?」
「……鎬、やめてよぉ」
「ん? ありすは朧月零に一目ぼれしたのか? あのありすがねぇ……」
総長がにやける。
「ち、違うよ! 鎬が勝手に言ってるだけ」
「ありすはまだまだかわいい女の子だと思っていたが……立派なメスなんだね」
「……もう、総長なんて知らない」
そうつぶやいてありすさんは机の上にあった鍵を手に取ると、ドアに向かって歩いていく。
「じゃあ朧月。あとは頑張れよ? 襲うなり襲うなり好きにしろ」
紅蓮がウインクしてきた。
襲う以外の選択肢がねぇ。
「うるせぇ、何もしねぇよ」
何もしたくないと言ったら嘘になるけど。
さすがに襲ったりしようとは思わない。
それだけの理性は持ち合わせているつもりだ。
「おぉそうだ、朧月零。言い忘れていたが、お前さんの軍服は三日後に完成する予定だ。それまではその拾った軍服なり、適当な服で過ごすように」
「あ、あい」
「……じゃああとは、部屋で少しの間のんびりしていなさい。また夕飯の時間になったら紅蓮に呼びに行かせるとしよう」
「わかりました。……では、失礼します」
そう答えて踵を返した。
部屋を出て、階段をゆっくりと下りていく。
「……」
とりあえずありすさんの後ろについて行っているわけだが。
せっかくのチャンスだし。
何か喋ってみようかな。
いきなり恋人になりたいとかは思わないけど。
仲良くなりたい。
友達になっていろいろとお話をしたい。
うん、話しかけるぞ!
これは小さなつぶやきだが、俺にとっては大きな一歩だ。
「…………っ」
静かにため息を吐く。
だめだ。
勇気が出ない。
無視されたりしたらどうしよう。
この一言が原因で今後気まずくなる可能性がある。
そうなったら嫌だ。
はぁ……。
これが逃げの思考だってことはわかっているんだけどな。
よし、何か言うんだ!
考えるのはよくない。
人間はいくらでも言い訳を思いつくことができる生き物だ。
一言何か発せば、後戻りができなくなるだろ。
やらずに後悔より、やって後悔しろ。
「…………」
いや、そもそもさ。
この名言みたいなの、誰が言ったんだ?
よく考えたらただのギャンブラーの考えだろ。
俺は論理的に考えたい派だから。
やって後悔するなら、やらずに後悔したい。
状況にもよるだろうけど。
今回の場合は、俺が黙っているからと言って特に悪い方向に流れるわけではない。
むしろ向こうから話しかけてくれる可能性だって残っているし。
つまり無言でついて行くのが正解だ。




