第四十五話
焼き終えた後、俺は木の上に移動した。
ここなら魔獣に食事を邪魔される心配はないだろう。
というか、火起こしと料理の最中に魔獣がこなかったのは僥倖という他ない。
空気を読んでくれてありがとう。
さてと。
熱いうちに食べよう。
今まで我慢し続けたせいで、お腹が催促ばかりしてきやがる。
お前、さっきからうるさいんだよ。
そんなに急がなくても食べるって!
枝に刺したままの焼けた兎肉を口の前に持って行く。
そして十秒ほど間を開け、兎肉を顔から離す。
フハハ。
食べてやるものか。
さんざん催促してきた罰だ。
悔しいだろ?
お腹がぐぅ~と返事をしてきた。
お前いつもその返答だな。
同じことしか言えないのか?
「まあ冗談はこの辺にして、食べよっか」
まずは小さく一口齧る。
その瞬間、口のなかに香ばしい香りが広がった。
鶏肉を思い出す風味だ。
しっかり焼いたのにも関わらず柔らかい。
「うまっ!!」
思わず笑みが零れる。
食欲が一気に満たされていく感覚。
りんごピオーネやカロリーメイトが比にならない。
本物の美味さってこれのことを言うんだろうな。
やばい、感動。
その後、あっという間に食べ切った。
「ごちそうさまでした」
そう言いながら、枝と骨を木の下へ投げ捨てる。
いや、マジで美味かった。
元気が100倍になったような気がする。
「今思えば、獲物が狼じゃなくてよかった」
正直もうお腹いっぱいだ。
兎一匹でこの満足感なのだから、狼なんて食べ切れるはずがない。
せっかくの肉を捨てるのはもったいないし。
かといって持ち運びも難しい。
その点、兎は食べ切れる量だったため、都合がよかった。
まるでご都合主義のようだ。
まあご都合主義でもなんでもいいけどな。
「それにしても、俺の胃袋ってちょっと小さくなったか?」
今まではこの程度じゃ足りなかったと思うんだけど。
今は満腹感がある。
この世界にきてから食料を食べなさ過ぎて、胃袋が収縮したのかもしれない。
なんとなく食べられる容量が減ったのは嫌だな。
ここは食べられるときに食べておかないと生きていけないような世界だし。
せっかく大量の肉が手に入っても、少ししか食べられないんじゃもったいない。
この兎の肉を期に、胃袋が元通りになってくれればいいんだけど。
ま、大丈夫だろ。
ストレスを抱えるのが一番身体によくないし。
あまり余計なことで悩まないようにしよう。
ただでさえ悩ましいことだらけなのだから。
「俺は気楽で自由だぁー!」
上を向いて叫んだ。
決してプラシーボ効果を期待しての行動ではない。
本当に自由なのである。
自由過ぎて困っているというのが本当のところだけどな。
「今後……俺はどうすればいいんだよ」
学生時代は自由が欲しいと思っていたが。
これは思ってたのと違う。
もうちょっと制限があってもいいんじゃないか?
せめて目的地だけでも決めて欲しい。
「なぜ森のなかに放り出されたままなんだ?」
神様なり女神なり、ちょっと出てこいよ。
一体俺にどうして欲しいんだよ。
オーソドックスに魔王を倒せばいいのか?
それとも森のなかに街を造って、魔王にでもなればいいのか?
森のなかに放り出すってことはそういうことだよな。
じゃあまずゴブリンたちのリーダーになって、狼を従えて……いや、無理だろ!!
チートどころか、特殊な力なんてひとつもないんだから。




