第四十三話
兎から血が出てこなくなった後、とりあえず毛皮を剥いだ死体は木の上に置いておくことにした。
火起こしをしている最中に魔獣が襲ってきた場合、逃げるのに邪魔だからな。
あいつを抱えてスムーズに木登りができるとは思えない。
かといって地面に置き去りにして横取りされたくもない。
というわけで太い枝の上に保管しているというわけである。
俺の腕が悪かったせいで、ボロボロになった毛皮は一応川のなかに入れて洗い続けている。
大きめの岩を上に置いたため、流される心配はない。
使い道があるとは思えないけど、なんとなく捨てるのはもったいないような気がする。
ゆえに自然の洗濯機で洗浄中だ。
兎を食べ終えた後にでも回収するとしよう。
「それにしても火がつく気配がねぇ」
今現在川辺にて。
俺はひたすら両手で木の棒を回している。
かなり疲れてきた。
手のひらが痛い。
腕がもげそう。
木の板にナイフで小さな穴を開け、そこを錐揉みするように木の棒を回しているのだが。
「火どころか煙すら出てこない」
正直、詳しいやり方とかわからないんだよな。
でもテレビか何かで、この方法を見たことはある。
だから絶対にできるはず。
……多分。
少しして。
一旦手を止めた。
手のひらが真っ赤だ。
ヒリヒリする。
「火起こしってこんなむずいの?」
とりあえず板の下には乾燥した綿っぽい植物を敷いてはいるが。
燃え移る様子がない。
だって煙すら立たないんだもん。
「くそっ、せっかく肉が手に入ったというのに」
そもそもやり方が合ってるのか?
板にちゃんと穴を開けてるし。
木の棒の先も削って尖らせている。
もちろん下の綿や木の板は乾燥している。
一応火がついた後に、くべる用の枝もある。
素材は全て揃っているはず。
じゃあ何が足りないのか。
うん。
俺の腕だろうな。
「あっ、ちょっと待てよ?」
そういえば穴のなかに何か火薬みたいな粉を入れるんじゃなかったっけ?
詳しく覚えているわけではないけど、なんかそんな気がする。
だって、この程度の摩擦で火が起こるわけないじゃん。
全然手ごたえがない。
でも……火薬なんてねぇよ。
ここ森のなかだぞ?
「いや、探せばどこかには代用できるものがあるんだろうけど……」
そんなの見分けがつくわけない。
俺はただの学生だったのだから。
さて、どうしよう。
火薬が手に入らないとなれば……何か別の手を。
乾燥した植物に向かって至近距離で銃を撃つのはどうだ?
撃った瞬間に若干火花が出るし、もしかすると引火するかも。
ハンドガンを取り出し、弾倉を見てみる。
全部は見えないが、最低でも二発分はあるらしい。
でも、だめだ。
銃弾がもったいないし。
なにより火がつく保証はない。
「はぁ……」
ハンドガンをしまった。
何か別の方法を。
やり方を知らないのであれば、工夫すればいい。
俺ならできる。
なんでも平均以上できるのだから。
砂とか、どうだ?
板の穴のなかに入れてさ。
摩擦を増やしてみる感じ。
「それ……いいかも」
摩擦が増えればその分温度が上がりやすくなる。
行けるかもしれない。




