第三十九話
体感で二時間ほど休んだ後。
俺は湖と繋がっている川沿いを下り始めた。
一歩進む度に小石がジャリジャリと音を立てる。
正直、振り出しに戻ったような気分だ。
景色が白い建物付近の川辺にそっくりなんだよな。
唯一違うのは真後ろに大きい湖があることくらい。
まだ滝の音が鮮明に聞こえてきている。
その他は、全くと言っていいほど同じだ。
植物の種類とか。
小石の感じとか。
川の幅とか。
「崖を下りて新しい場所へとやってきたわけだが、やることは今までと同じってことだよな」
耳を澄ませて歩き、何か異変を感じたらすぐに木の上に避難。
そして絶対に川辺から離れない。
森のなかで迷ったら、もう二度と川辺には戻ってこられなくなるかもしれない。
その結果方向がわからなくなり、永遠と同じ場所を彷徨い続け、そのまま水にありつけず死亡。
「うわっ……そんなのやだ」
やだ、の部分が勝手に裏声になった。
良い感じに喉が開いていた。
俺はソプラニスタになれるかもしれない。
この世界にそんな職業があるのかは知らないけど。
「あぁ……それにしてもお腹空いたな」
肉が食いてぇ。
ハンドガンを使えば一応狼程度なら狩れるかもしれないけど。
火を起こせる自信がない。
仮に運よく起こせたとしても、焼いている最中、匂いに釣られて他の魔獣がやってきそうだし。
肉を横取りされるだけで済めばいいが、俺の体の肉も齧られてしまうかもしれない。
「そんなの、やだ!」
今度はわざと裏声にした。
さっきよりもちょっとキーが高めだ。
もっと出そうな気がする。
ちょっと、行けるとこまで挑戦してみるか。
「なに!?」
まだ行ける。
「どんだけぇ~!」
きつくなってきた。
「いぃーーーぃ゛!」
あっ、だめだ。
喉が閉まってガリってなった。
もう無理。
「ゲホッゲホッ……」
もし俺がアニメの主人公だとしたらの話だけど、声優さん大変そうだよな。
だってスタジオでこんなことやらされる羽目になるんだから。
まあ、頑張ってください。
とその時。
隣の茂みから、ガサッという音が聞こえてきた。
俺はすぐさま走り出し、前方に見えるひと際大きい木に登った。
幹が大きいだけあってかなり登りやすかった。
下を向いて川辺の方を確認。
そこには、狼の姿があった。
川の水を飲むわけでもなく、ただ周りをグルグルと見渡している。
おそらく裏声を出した正体を狙いにきたのだろう。
危なかった。
「……はぁ」
全く、誰だよ。
無駄に鼻腔共鳴の効いた大きい裏声を出したのは。
俺じゃねぇか!
もう裏声で叫ぶのはやめよう。
魔獣に感付かれるだけでなく、喉の調子までおかしくなる。
やがて諦めたらしく、狼は森のなかへと戻っていった。
一応もうちょっと時間を置いてから下りよう。
まだ近くにいるわけだし。
かごのなかからりんごピオーネを取り出して齧る。
食べ慣れた味。
というか最近これしか食べてない。
だって食料がないんだもん。
植物はたくさんあるくせに、安全そうなのがこれしかないんだよ。
一応食料になりそうなのはいくつか見かけたけど、わけのわからん形のきのこを口にする勇気はないし。
ましてや完全に初見の植物を食べられるはずがない。
ふいにかごのなかに視線をやる。
残り三つしかない。
そろそろやばいな。
不安になってきた。
これから先、りんごピオーネの木に出会うことができればいいんだけど。
とりあえず今日食べるのはこれが最後にしておこう。
お腹が空いても我慢。




