第二十九話
少し向こうに、大きくてでこぼこの木がある。
あそこにしよう。
葉っぱのかごを肩に掛けつつも後ろを向いてみると、まだ魔獣の姿は見えない。
風によって葉っぱが擦れただけだろうか。
どちらにせよ、避難するに越したことはない。
幹のでこぼこを上手く使い、かなり高い位置の枝まで登った。
「ここまでくれば安心……かな」
新しい景色になった以上、新しい魔獣がいてもおかしくない。
動物界にもそれぞれテリトリーがあるだろうし。
もし仮に木に登ってきそうな相手であれば、ナイフで応戦することにしよう。
勝てないかもしれないが、何もしないよりかはマシだ。
下を向いて確認。
何もいない。
「……?」
少し下の枝に降りて、葉っぱから覗くように川辺の方を見ると、一体の狼がいた。
どうやら俺の正体には気づいていないらしく、川の水を飲んでいる。
「……ふぅ」
思わず安堵の息を吐く。
なんか安心した。
カンガルーや機械ライオンと比べれば、可愛らしく見える。
狼が友達のように思えてきたぞ。
戦ったら負けるだろうが。
というか今実感したけど。
俺の逃亡スキル上がってきてない?
初日に比べて大分瞬発力も上がってるし。
こういう死と隣合わせの状況で何日も過ごしていたおかげで、かなりレベルアップしたらしい。
瞬発力だけじゃなく、逃げ始めたあとで考えることができるようになっている。
最初は体を動かすよりも前に頭が動いていたが。
今は違う。
勝手に体が動くようになった。
立派な進歩だろう。
「さてと……」
ちょうどいいし。
そろそろ昼食にするか。
とはいってもりんごピオーネしかないけど。
ふいに制服に手を伸ばしそうになり、途中で止める。
断じてカロリーメイトなんて持ってないからな。
ポケットに都合よくそんな物が入っているはずはない。
だからポケットのなかを探すのは時間の無駄だ。
そんな暇があればりんごピオーネを食べた方がいい。
結局木の上でりんごピオーネを二つ食べた後、再び川沿いを進んで行く。
「……もしもの話だけどさ」
あくまで仮の話である。
「俺のこの体験を小説として読んでいる人がいるのならば……若干飽きてきているよな」
だってイベントらしいイベントが起こらないんだもん。
川沿いを進む。
りんごピオーネを食べる。
魔獣から逃げる。
木に登って寝る。
今四日目だけどさ。
正直これしかやってないぜ?
普通アニメとかラノベって、どんどん新しい展開が広がっていくものだよな。
学園ものだと……文化祭。
体育祭。
修学旅行。
なぜか別荘を持っている同級生の家で合宿。
そんな感じでいろいろあるじゃん。
でも俺は……ずっと一緒。
まるで起伏がない。
だが言い訳をさせて欲しい。
「何も起こらないんだよ!」
もちろん、機械ライオンとかが出てくることもあったけどさ。
俺が求めているのはそういうのじゃないんだよな。
そもそも未だにここがどういう世界なのかよくわからない。
まあ登場人物が俺しかいないんじゃ、しょうがないか。
世界観って、基本的に主要キャラが説明口調で教えてくれるものだし。
そんなことを考えつつも、川沿いを歩く俺である。




