第五十話
「初体験って、何のですか?」
「ははっ、言わせるなよ。性行為に決まっているじゃないか」
何笑いながら言うとんねん。
正直あまり答えたくないな。
「いや……まだですけど」
「えぇ!? 本当に?」
「はい」
「俺は15の時にはやってたけどな」
へぇ。
どうでもいいわ。
「そうですか」
「人生楽しんだ者勝ちだぜ? こんな世界なら特にだ」
はぁ、食堂でも似たようなこと言われたような気がする。
未体験ってそんなにだめなのか?
なんか腹立ってきたな。
別に童貞でもいいだろ。
俺はむしろ誇りを持っているもん!
「……」
「で朧月くん、どうだ? この組織に気に入った子はいたか?」
「えぇ、まあ」
「おぉ~。ちなみに誰だ?」
桜花ありすさん。
絶対教えないけどな。
言ったらどうなるかわかったもんじゃない。
「……言いませんよ」
「なんでだよ。ま、おおかた予想はついているけどな」
えっ、マジで?
俺……そんなにわかりやすいか?
「……」
「如月香ちゃんだろ? あの子、美人だもんな」
ん?
きさらぎかおり……。
それって誰だっけ。
なんか聞いたような気がする。
あっ、そうそう。
思い出した。
あのヤリ〇ンのことか。
いや、なんで俺があんな人のことを。
確かに一瞬あそこが元気になりかけたけどさ。
それは男としてしょうがないというか。
ただの生理現象だ。
好きとは全然違う。
「……」
「ふひひ。無言ってことはやはりそういうことか。お前食堂で話しかけられていたみたいだし。まあ、未経験の男があんな美人に話しかけられたらコロッと落ちてもおかしくないよな」
誤解は解いておかないと。
後々面倒くさいことになりそうだ。
「言っときますけど、気に入ったのはあの人じゃないですから。……今日の夜部屋にこないかと言われたけど、きっぱり断りました」
「はぁ~? 何してんだよ、もったいねぇ。向こうがいいって言ってんだから、やらねぇと損だろ?」
「いや、会っていきなりとか、絶対ないでしょ」
「そんなんだから童貞なんだよ、この甲斐性なし! 男として失格だぞ。俺なんてもし香ちゃんに誘われたら、絶対ホイホイついて行く自信があるぜ? そんでその日のうちに三回戦はやるな」
なんじゃそりゃ。
自慢するようなことじゃねぇ。
「ほら、下さん。新人さんが困っているし、そろそろやめてあげなよ」
最初に話しかけてきたおじさんが言った。
下さんって。
この人……存在だけじゃなくて、名前まで下なのかよ。
「あぁ? 別にいいだろ? 新人が珍しくてつい盛り上がっているだけじゃねぇか」
「ほどほどにしとかないと、隣の浴室にいる奥さんに聞こえるよ?」
下さん、結婚しているんだ。
「げっ。そういやーそうだったな。あいつは怖ぇから、こういう会話が耳に入らないようにしねぇと。後で殺されるぜ」
そうつぶやいて口元まで湯に浸かる下さん。
ふぅ。
やっと静かになった。




