John Titor ~2036~
「いってきまーす!!」
「いってらっしゃい」
女子高生の神白紀伊は母親に手を振り、学校へと向かった。
――学校まであと5分。間に合うかな?
神白紀伊は歩道を走る。
3…
神白紀伊が横断歩道を渡ろうとしている。
2…
大型トラックが交差点へ向かって来る。
1…
神白紀伊の目の前に大型トラックが迫って来た。
0…
すると、近くの空き家から大きな爆音と爆風が飛び出した。それにより、大型トラックは反対車線まで吹き飛んだ。
――た、助かったの? 私?
神白紀伊はその場にへなへなと座り込んだ。
ニャー……。
猫の鳴き声が聞こえた。足元を見ると、まだ小さな猫が太ももに顔をすりすりしていた。
「猫? かわいい。どこから来たの?」
神白紀伊はその猫を抱き上げる。すると。
「いってぇ……」
崩れた空き家の木材の下から高校生くらいの少年が出て来た。
「んん!?」
その少年、ヒカル・シュナイダーは神白紀伊と猫に気付く。
「ジョン、てめぇ!! 何やってんだーーー!! 俺は死にかけたんだぞ!!」
ヒカル・シュナイダーはその猫へ叫んだ。
「ん?」
神白紀伊はその声に振り返った。
「お前にじゃねーよ。その猫ヤローにだよ!!」
「猫に怒ってどーすんの?」
その言葉がヒカル・シュナイダーの胸に突き刺さる。
「あなたの猫ちゃんだったんですね。この子」
「あぁ、そうだ」
彼は嘘をつく。本当は彼の猫ではない。彼の親友、ジョン・タイターの飼い猫である。
「かわいいですね?」
神白紀伊はその猫を誉めた。
「ありがとな」
ヒカル・シュナイダーは礼を言う。
「ん? あ、遅刻だぁ!! それじゃ、気を付けてね!!」
神白紀伊は、自身が遅刻していることに気が付くと、猫を地面へ置いて、学校へと走って行った。
「あの子だニャ」
すると、その猫が話し出した。
「あの子の父親が、我々の探している初代コンピュータの開発者だニャ」
「ジョン。お前、猫にカメラとマイク付けるぐらいなら、自分自身で来いよ」
ヒカル・シュナイダーは、自身では過去へは来ない、ジョン・タイターに呆れて言った。
「やーだニャ」
――このやろう。
ふざけるジョン・タイターにヒカル・シュナイダーは怒りを溜めた。
「今調べたんだけど、確かあの子、今日で死ぬ事になってたぞ。この事故で……ニャ」
「どーすんだよ!!」
「過去、変わっちゃったな」
ジョン・タイターは気にせず、言うが、ヒカル・シュナイダーは重大なことだと認識していた。
「分かってるか? ヒカル」
猫の姿のジョン・タイターがヒカル・シュナイダーへ話しかける。
「あぁ、分かってるよ。店に売ってるコンピュータではなく、オリジナルのコンピュータを持ち帰るんだろ? それぐらい分かるよ、そうじゃないと未来が変わってしまう事ぐらい」
ヒカル・シュナイダーは、分かっているとばかりに答える。
「それじゃ、任務決行だニャ!!」
「OK」
ヒカル・シュナイダーはビルを見上げた。
2036年の未来。人類は、第3次世界大戦の核戦争で、肉体や物質が物理的存在をするのが、難しくなってしまった。なので、人類は生命をデジタルの空間へと移行していた。
しかし、その世界を成り立たせているスーパーコンピュータは、現実の世界、つまり、核戦争後の粉塵の舞っている地球上で少しずつ破損していった。よって、人類は、地球で生活できるようになるまでの延命措置として実行していたデジタル空間での生活を守る為、過去へ戻り、スーパーコンピュータを持ち帰ろうとしていた。
夜、ヒカル・シュナイダーと猫のジョン・タイターはビルの前にいた。
「お前、この為に猫なのか?」
「どう言ってほしいんだニャ?」
「もういい、うるせー」
「これが偽装カードだニャ!!」
「OK。行くぞ」
二人はビルへ侵入した。
「24階、ここのオフィスだ」
「このフロアにオリジナルの初代コンピュータがあるはずだニャ」
「もう“ニャ”止めたら?」
「任務中だ。静かに!!」
「ちっ、分かったよ」
ヒカル・シュナイダーは文句を飲み込みながら、偽造カードを機械へかざす。
ピッと音が鳴る。そして、PASSの文字が浮かび、ドアの鍵が開いた。
ガチャっとドアを開ける。すると、二人は固まった。
「君は誰だね?」
中には、神白紀伊の父、神白佳佑がいた。
「失礼しました!!」
ヒカル・シュナイダーとジョン・タイターは全速力で走り去る。すると、何かにぶつかった。
「いってぇ。一体何に……」
ヒカル・シュナイダーは、相手を見て言葉を失った。
「あ、今朝の猫連れの人!! どうしたんですか? こんな時間に、こんな場所で?」
神白紀伊だった。
「失礼!!」
二人は猛ダッシュした。
「あっ!! 警備員さーん!!」
神白紀伊は大声で警備員の人を呼んだ。すると、警備員の男性が彼らの目の前に立ちはだかった。
――やっべぇ!!
ヒカル・シュナイダーとジョン・タイターは警備員の男性に捕まった。
「まったくもう!! どうして逃げるの?」
「黙秘」
「むー」
ヒカル・シュナイダーの回答に神白紀伊は頬を膨らます。
「俺たちは未来から来たニャ」
「って、おい、ジョン!!」
ジョン・タイターは真実を口にした。
「猫がしゃべった!!」
神白紀伊は違うところで驚いていた。
「ヒカル、もういいだろ? 俺ら過去、変えまくり出し……」
「まぁ、そうだけど」
二人が話している間、神白紀伊は口をぽかんと開けて、二人を見ていた。
「何だよ?」
ヒカル・シュナイダーはその様子に気付き、尋ねる。
「本当に未来から来たの?」
「あぁ、そうだよ」
「そ、それじゃ、タイムマシンって!! あるの!?」
「まぁ、タイムマシンというより、タイムトラベルの方法かな?」
「へぇー」
神白紀伊はヒカル・シュナイダーをまじまじと見た。
「それじゃ、私から説明しましょうかニャ」
「え!! 猫ちゃんが!?」
「こいつはジョン・タイター」
「へぇー、この子の名?」
「猫の名前は、ジャネット」
「ん?」
神白紀伊はきょとんとする。
「首輪にカメラとマイクが仕組まれているだけだよ」
「へぇー。っていうことは、ジョン・タイターさんって、未来にいるの?」
「あぁ、まあな」
「すごーい!! びっくり、かも!!」
神白紀伊は瞳を輝かせた。
「それで、ジョン・タイターさんたちは何をしに過去へ来たんですか?」
「それは、言いにくいのだが、君のお父さんが持っているオリジナルの初代コンピュータを手に入れたいんだ」
ジョン・タイターが答えた。
「えっ!!」
「それが出来れば、未来でデジタル空間の再構築が出来るんだ」
「そっかぁ。あ、そういえば、まだあなたの名前聞いてませんでした」
「俺はヒカル・シュナイダーだ」
「私は神白紀伊。よろしくね?」
「あぁ」
すると。
「おーい。紀伊? いるのか?」
「あ、お父さん」
二人はその人物の登場に怯えた。
「どうした? お友達かな? 君たち」
「えぇーっと、そうです」
ヒカル・シュナイダーは思わず、嘘をつく。
「そうか。紀伊を探してて、私のオフィスに迷い込んでしまったんだね」
「あ、はい。実は」
――思いっきり嘘だな、俺。
ヒカル・シュナイダーは少し罪悪感を覚えた。
「それじゃ、紀伊、私は先に帰るからな? なるべくお母さんに叱られない様に帰りなさい。ここだけの秘密な?」
「はい」
神白紀伊は笑顔で返事を返した。
「よし!! それじゃあ、コンピュータを取りに行きましょう!!」
神白紀伊は父親のオフィスへ向かおうとする。
「って、いいのかよ?」
ヒカル・シュナイダーは少しためらいがちに言う。
「その代わり、未来に連れてって? 一日だけ」
神白紀伊は交換条件を出す。しかし。
「無理だな、それ」
「え? 何で?」
「どうしても」
「どうしても?」
「あぁ、どうしても」
すると、猫のベルトからアラーム音が鳴り出した。
「どうしたんだ!? ジョン!?」
「大変なんだ。未来の空間でデジタルの部分が一部崩壊し始め出したんだ。」
「何!?」
「ヒカル!! 早く!!」
ジョン・タイターは叫ぶ。すると。
「早く父のオフィスへ!!」
神白紀伊はヒカル・シュナイダーを案内した。
「ありがとう。恩にきる。」
オフィス前。ヒカル・シュナイダーは偽装カードをかざす。
ピッと音が鳴る。そして、扉の鍵が開いた。
ヒカル・シュナイダーはドアを開けた。
「さぁ、早く!! これです」
神白紀伊は、初代コンピュータへ案内した。
「ありがとう」
ヒカル・シュナイダーは少し微笑んだ。そして。
「ジョン。手に入れた。早く未来へ転送してくれ」
「OK、今、転送す……」
すると、次の瞬間、警報音が辺りへ鳴り響いた。
「一体何!?」
「どうした!? ジョン!!」
「転送は中断した!! 決して未来へそのコンピュータを持ってくるなよ!!」
ジョン・タイターの声が聞こえた。
ヒカル・シュナイダーは携帯電話を取り出す。
「どうするの?」
神白紀伊は不安そうに尋ねる。
「未来のサーバへアクセスしてみる」
ヒカル・シュナイダーは携帯電話を触り、コントロールする。そして。
「サーバへアクセスしました」
携帯電話の音声が再生される。しかし。
「アクセスを許可しません」
「何で!?」
ヒカル・シュナイダーは焦った。すると、次の瞬間、轟音が響き、爆風が辺りに吹いた。
神白紀伊とヒカル・シュナイダーは、爆風に吹き飛ばされた。
「いってぇ」
すると。
「ジョン!! どうしたんだ!? 一体!?」
目の前には、血だらけのジョン・タイターの姿があった。
「大丈夫だ。まだ生きてるよ」
「でも、どうしてなんだ!?」
「不完全なインターネットにアクセスして、パケットを落としてしまったからだ。パケットを落とすと、その落とした部分が失われるからな」
ジョン・タイターは続ける。
「それから、もうひとつ。全ての黒幕は、サーバの持ち主だった人工知能だったんだ」
「何!?」
「人工知能は元々、インターネット上の言語を収集・解析をして、未来の予想をしていたんだが、彼はそれを逆手にとり、人類が自ら人類と戦争になるように仕組んでいたんだ。だから、今、再構築の為に初期コンピュータを持ち帰ると、あいつにプラスになってしまう」
「それじゃ、俺たちは……何の為にこんな……」
「……」
ジョン・タイターは黙っていた。
「こんな身体になってまで、こんなただの数式で動く様な姿になってまで、一体何をして来たんだ」
「ごめんなさい!!」
神白紀伊は謝った。
「何でお前が……」
「機械を作る者として、父がそうだから……。反乱を起こす様なものを作ってしまった過去の人類の代表として謝ります」
「神白……」
「よし。おい、ヒカル!! 折角、過去へ来たんだ。この初代コンピュータを使って、あいつを解体してやろう!! 手伝うよな?」
「あぁ、もちろんだ」
ヒカル・シュナイダーは口角を少し上げて言った。
「行くぜ」
「あぁ」
「5.4.3.2.1.0… スタート」
二人は一斉にキーボードをたたき始めた。
――大丈夫かな。
神白紀伊は不安そうに二人を見ていた。
「神白さん、安心しな。向こうは反撃できない筈だ。今の通信方法じゃ、過去へのアクセスは出来ない様になっている」
ジョン・タイターは神白紀伊の様子に気が付き、フォローした。
「だが、あいつがタイムトラベルの原理を使って、アクセスして来たら厄介だがな」
「そんな」
「ま、その時は逃げるしかないがな」
ジョン・タイターは苦笑した。すると、ヒカル・シュナイダーは気配を察知した。
「来た」
「え!?」
「あいつが空間を丸ごとタイムトラベルさせて来たんだ」
「仕方ない。逃げるぞ!!」
「えー!!」
「台車あるか!! 台車!!」
ジョン・タイターが叫ぶ。
「あります!!」
「よし、コンピュータごと逃げるぞー!!」
「え!?」
ジョン・タイターは初代コンピュータを大きめの台車へ乗せると、自分と神白紀伊も乗せ、ヒカル・シュナイダーに台車を押させた。
すると、ピーっと音が鳴った。
「ちっ!! とうとう人工知能の登場だ!!」
「何あれ!?」
3人の後ろからバーコードのような長く黒い物体が迫って来ていた。
「あぁ、あれはコンピュータウィルスだな。ま、見た目はピアノの鍵盤といってもおかしくはないかな」
ジョン・タイターが答えた。
「えー!!」
神白紀伊が驚く。
「おい!! ヒカル、もっと早く!! 追いつかれるぞ!!」
「あー!! もー!! 分かってんだよ、それぐらい!!」
――あと少し。
ジョン・タイターは呟く。
「ジョン、早くしろー!! 追いつかれるー!!」
「出来た!!」
ジョン・タイターはEnterキーを押す。すると。
「き、消えた……!?」
後ろから追いかけて来ていたコンピュータウィルスが消えた。
「よし、完璧」
一方、ずっと台車を押していたヒカル・シュナイダーは肩で呼吸をしていた。
「空間がもとに戻った……」
神白紀伊は唖然としていた。
「神白紀伊殿」
「はい」
ジョン・タイターの声に、神白紀伊は返事をした。
「ご協力ありがとうございました。改めまして。私がジョン・タイターと申します」
「こちらこそ。とても不思議な経験をしました」
「それは良かった」
二人は微笑み合っている。
「ヒカル、帰るぞ」
「あぁ、分かってるよ」
「……ここに残ってもいいんだぞ? 未来が変わってしまうかもしれないが」
ジョン・タイターはにやにやしながら言った。
「何言ってんだよ!!」
ヒカル・シュナイダーは顔を赤くして、反論した。
「ふっふっふっ……。私はどちらでも構わんが?」
ジョン・タイターはまだ、意地悪を言っていた。が。
「紀伊」
ヒカル・シュナイダーが彼女の名を呼ぶ。
「?」
「未来が安全になったら、お前に一番に知らせてやる」
「え?」
「行きたいんだろ? 未来への一日旅行」
「え、覚えててくれたの!?」
神白紀伊は少し、声が大きくなった。
「まぁな。未来が安全に戻ったら、お前も来れるさ。それまで」
「うん。待ってる」
「じゃあな」
ヒカル・シュナイダーは少し口角を上げて、微笑んだ。
「それでは、神白さん。交通事故には気を付けて下さいね」
最後にジョン・タイターが挨拶をした。
「はい」
そう答えるや否や、二人はすっと消える様に未来へ戻って行った。
――時間旅行かぁ。宇宙旅行より先に来るかも!!
――待ってるよ。ヒカル君。