No.8 炎の魔導騎士
ゴウッ!と耳元で風が唸る。
体の周囲に緑に輝く光球を侍らせながら、ゼラス・フリークは鋭角状の屋根を次々に蹴って空中を突き進んでいた。
「まったく、気に食わんな……!」
苦々しげな口調でそう呟きながら、脳裏につい先程通信用の魔道具ごしに指揮官的立ち位置の青年と交わした会話が再生される。
『いいですか?成功しろとは言いません、ただ僕の栄光への邪魔だけはしないで頂きたい。貴方がたクズの集いでもその程度は可能でしょう?』
思い出しただけでも虫唾が走る。ゼラスに命を下したその青年は、今回の作戦の指揮官であると同時に、騎士団に潜入するという重要な役割を担っている。つまり、下っ端のゼラスからすれば尊敬すべき立ち位置にいるのだが――
「ああ、気に食わん……!」
気づけば、そんな言葉が自然と口から出ていた。
ギリッと奥歯を噛み締めたゼラスは、その青年の目を見る度に気づいていた。
一見して温厚で優しい青年の柔和な瞳の奥に宿っていた、異様に冷たい輝き。人を人と思わない、単純な道具として使い捨てるあの瞳を、ゼラスは心の底から嫌悪していたのだ。
それを思い出した今、再び心が捻れそうなぐらいの感情が自分の内で暴れ始めるのを自覚した。
「……認めないぞ、私は……」
元来の性格上、敵には容赦のないゼラスだが、味方の損害を極端に嫌う傾向にある。そんなゼラスにとって、他人を駒のように使い捨てる青年は認めようがなかったのだ。
「絶対に、貴様を認めない……!」
荒ぶる感情に身を任せて力強くそう呟いたゼラスは――直後、その感情を思考ごと脳の片隅に押しやった。
「――ッ!《解放》ッ!!」
とっさに周囲に侍らせていた風の素因子の一つを解き放ち、後ろを駆けていた仲間の魔術師たちを自分の体ごと吹き飛ばす。とっさに反応できたは、まったくの偶然だった。
ゴアッ!と寸前まで自分たちが立っていた場所へと豪炎が落ちる。あのまま駆けていたら、自ら炎の中へと飛び込んでいたところだ。
「「ぜ、ゼラス様!」」
「狼狽えるな、来るぞ!」
白い仮面の下で冷や汗を流しているであろう部下たちへと叫ぶ。警戒するゼラスたちの前で、二つの影がダンッ!と音を立てて屋根へと着地した。
「んお、躱されちまったか?おっかしいなぁ、完全に不意ついたと思ったんだけどな?」
「おいおい何やってんだよユグド、『霊装』まで使っといてよ。ま、それだけあちらさんにもデキるヤツがいるってことだろうけどさ」
それは、朱色の短髪を逆立てた青年と、中性的な顔立ちの少年だった。名前は知らないが、《標的》の少女へと味方をしていた正体不明の連中の内の二人だったか。
「貴様ら……ッ!」
「おおっ、どこにでもいるモンだな、血気盛んなヤツ。ウチにも一人いるんだけどさ、いやこれが扱いにくいのなんのって……」
今にも抜剣して飛びかからんばかりに敵意を剥き出しにして構えるゼラスに、やれやれと首を振りつつ愚痴る少年。
「ま、その話はさておき。一応俺らも広義でいえば騎士団のメンバーなわけでさ、王都にあんま被害出すとハーネスから怒られんのよ。だから、ま、ちょいと付き合ってもらうぜ?」
そう言って右手を掲げて見せる少年。その手のひらの上には、キュルキュルと回転する小さな青白い正八面体が乗っていた。
「なにを……っ!?」
いつでも反応できるようにと、素因子を手元に引き寄せて警戒するゼラスに対し、少年は歌うような調子で囁く。
「取得人数指定・十、複製範囲指定・周囲三キロ。――転送開始」
途端、ゼラスの背後に控えていたはずの部下たちの姿が空気に溶けたように忽然と消えた。それだけではない、少年の隣にいた青年までもがいなくなっている。
「……ッ!貴様、一体何を!?」
「別に、ただの簡単な手品さ。俺の手のひらにあるこの魔道具の座標を支点に、周囲三キロの範囲の空間を複製、それを別次元に固定し直しただけだよ」
「な……っ!?」
周囲の空間を複製、再固定化。言葉にすれば簡単なように聞こえるが、実際はかなりの難易度を誇る。熟練の魔術師が何十人がかりで巨大な法陣と莫大な魔力を要して作り上げるべき結界を、目の前の少年はたった一人で事も無げに展開したのだ。
「くっ、怪物が……!」
「む、ほぼ初対面で人を人外扱いとは。心外だね」
歯噛みするように吐き捨てたゼラスへと、非難の色を込めた視線を送る少年。それから気を取り直したようにヘラヘラとした笑顔を浮かべた。
「さ、向こうはユグドが遊んであげてるから。こっちはこっちで楽しもうぜ?」
「――ッ!」
無防備にも五体を晒して立つ少年。
そんな少年へ、一つ消えて二つになってしまった風の素因子を従えたゼラスが、引き抜いた剣を片手に無言で突撃した。
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ドッゴン!と尋常ではない衝撃が地面ごと建物を揺さぶる。地面から立ち上がった火柱が、周囲を業火の海へと変えていく。
まさに地獄絵図そのもの。
そんな死地の中で、九体の影が激しく踊り狂っていた。
「「《爆炎の衝撃持ちて・敵を穿て》ッッ!」」
白い仮面を付けた集団の内、周囲に紅く輝く炎の素因子を浮かべた二人が同時に叫ぶ。周囲を焼き尽くす業火に負けず劣らずの熱を放った火球が計六個、宙を翔ける。
だが――
「あ?なんだこんなもん」
業火の中に佇みながらも火傷一つ負わない青年が、無造作に腕を振った途端、まるでその青年の拳に吸い込まれるように火球が無力化された。
「駄目だ、あの男に炎系の魔術は効かない!」
「くっ……ならば水だ!ありったけの水属性魔術を放てっ!」
辛うじて足場の形を保っている建物の屋上から、魔術師たちは口々に叫ぶ。そこにはもう、『勝つ』なんて気概は微塵も感じられない。もはや『生き残る』が目的となっていた。
「「「《我・水精との契約・履行する者》ッ!!」」」
「「「《流水の砲撃持ちて・敵を穿て》ッ!!」」」
数人が素因子の生成を行い、攻撃への変換を別の魔術師が担当する。『パス・マジック』と呼ばれるテクニックを使ってものの数秒で魔術を完成させる。
計十五発。鉄砲水のごとく一直線に放たれた魔術が、青年目掛けて突き進む。それに対して、青年の行動はシンプルだった。
「ハッ、ナメてんのか?」
嘆息し、赤銅色のガントレットを纏った己の両拳を、足元の地面へと叩きつけたのだ。そして、咆哮。
「オレ命名!『燃える防壁』ッ!」
ふざけているような技名と共に、青年の前に巨大な炎の壁が出現する。その膨大な熱量は、迫る鉄砲水を蒸発させ、石畳を融解させ、建物を炭くずへと変えていく。
自分たちの魔術が通用しない。
そんな悪夢のような光景に、思わず乾いた笑いを漏らす魔術師たち。が、諦める訳にはいかない。
「さ、散開しろっ!全方位から囲んで確実に仕留める!」
「お、おうっ!」
辛うじて焼け残った足場を頼りに宙を駆ける魔術師たちを見ながら、嘲るような調子で口から言葉を漏らす。
「バカかよ。魔術師風情が、魔導士にかなうわけねーだろってーの!」
青年はダンッ!と地面を強く踏みつける。すると、複製した空間の全てを焼き尽くさんと荒れ狂っていた業火が、青年の体を中心に渦巻き――直後、拡散。
津波のごとく街並みを炎で押し流した一撃は、魔術師たちをも巻き込んでいた。全身を裂傷と火傷で覆われた魔術師たちは、ことごとく四肢を投げ出して地面に倒れていく。
パチバチという炎の音以外は消えた街中で、青年は軽く鼻を鳴らす。消化試合だ、と言わんばかりに失望の色を込めた表情でぐるりと無残な残骸の街を見回し――
「あん?どうやらまだ残ってるらしいな」
ピタリ、とある一点で視線を止めた。
まるで獲物の匂いを追う捕食者のようにスンスンと目を閉じて鼻を鳴らし、確信を得たように歩き出す。
途端、未だ炎の燻る路地の奥で、小さな影が動いた。白いローブ姿の影は、魔術を起動し風を纏ってさらに奥へと消えていく。
その姿を青年は舌舐めずりでもするかのような好戦的な笑みを浮かべて、ゆっくりと追い詰めるような足取りで追いかける。
「ハッ……まさかテメェ、龍の鼻から逃げれるとか思ってんじゃねぇだろうなぁ?だとしたら甘すぎんぜ、まあまあ――じゃなかった、甘々だ!」
数分後、瓦礫の街と化した王都トライスのどこかで、魔術師の悲鳴が木霊した。




