No.7 動く騎士団
「ええ、ええ。どうやらそのようです……」
カーテンを締め切った薄暗い室内。
その大きな窓のすぐ手前に鎮座する執務机に向かう人影がそう言葉を発する。
「いえ、心配はありません。すでに次の策を練っておりますので」
誰もいない部屋の中、耳元に右手を当てて虚空に言葉を投げかけるその人影は、二十代前半の若い青年だった。
一見すると青年が一人で喋っているようだが、それは違う。青年の声に合わせて、右手の中の小さな蒼い宝玉が明滅を繰り返しているのだ。
びっしりと奇妙な紋様が彫られたそれは、通信用の魔道具。相手側の通信宝玉の魔力コードを入力すると、遠距離でも会話ができるという優れものなのだ。
「ええ、はい。その点に関しては問題なく。ですが何やら妙な連中が手助けしているようでして……。はい、ではその通りに」
プツン、と小さな音を残して通信が途切れる。
緊張が途切れ、ふぅと詰めていた息を吐く青年は、首元のスカーフを緩めて肩の力を抜く。
青年の名はフリウス・レイズ。
肩書きとしては、《王国魔導騎士団・王都西区域副団長》。つまりは騎士団の人間、それも上位職だ。最も、副団長は他にもう一人いるので、フリウス個人にはそこまでの権限はないのだが。
卓越した剣技と頭脳で二十四歳という若さながらも副団長まで上り詰めたフリウスだが、それには周囲に知られてはならないカラクリがある。
《魔道教団》への協力。
情報やら武器やらを密かに横流しし、騎士団上層部に媚を売っての昇進。もし他人に知られれば、立ち所にクビどころか物理的に首が飛ぶ。
「ふぅ、やれやれ。これは僕が出張るしかありませんかね」
今回任された仕事の現状を確認し、再度ため息を吐く。仕方ない、今回は無能な部下にばかり任せてはいられない。この綱渡りには、寸分のミスもあってはならないのだから――
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ゴゴゴゴ……と空気が震える――幻聴が聴こえる。バチバチッ!と睨み合う両者の間に稲妻が走った――ような幻覚が見えた。
《新緑の風見亭》の一階、酒場となっている場所にて、六人がけテーブルを挟んで2人の男が火花を散らしていた。
赤髪のおっさんことフレッドと、火炎髪の脳筋ことユグドラシル。その二人は、無言で剣呑な空気を撒き散らす。そして、直後――まったく同時に叫んだ。
「つるぺったんが最強だ!」
「いーやボインが至高だ!」
「「――んだとテメエェェェッ!ふざけんなよコラアァァァァ!」」
互いに胸ぐらをつかみ合う二人。と、それを少し離れたところで見ていたルーナとソラミアの元に、トイレへ行っていたクリストが戻ってきた。
「なあ、あの馬鹿二人は何やってんだ?」
「その、『美少女の胸はつるぺた派かボイン派か』という議論が白熱してるんです……」
「そ、なんかアタシとソラミアを見比べて勝手に論争し始めたんだけどね。……ムカつくからそろそろ潰していい?」
「待て、お前が行ったら余計事態がややこしくなるだろ。この前そう言って二対一でボコボコに殴り倒したの忘れたのか」
バキボキと可憐な少女(本人談)の拳から鳴ってはいけない音が鳴る。フレッドが掲げるボイン派に相当するモノを持つ黄緑髪のショートボブ少女は、心底お怒りのご様子だった。
――ああ、このままじゃ死人がでるな。
過去幾度となく行われてきた定番の展開に、クリストはいち早く行動していた。すなわち、馬鹿二人の仲裁役を買ってでる。
「はいはいお前ら、不毛なケンカはそこまでな。続きはまた今度の機会にしとけ、な?」
「「うるせぇ、部外者はすっこんでろ!」」
「――……あっそ」
刹那、クリストの手がブレた。と同時に掴み合うフレッドとユグドラシルの鼻先を何かが掠めて飛ぶ。
ズダン!と酒場の壁に着弾したそれは、魔道具制作などに使われる全長十センチほどのヤスリ。ケンカしていた二人が恐る恐るヤスリが飛び出した先へと目を向けると、そこには腕を振り抜いた体勢で凍えるような迫力を放つ満面の笑みを浮かべるクリストが。
「……止めるか?」
「「ハイ、ソレハモウジンソクニヤメサセテイタダキマス。スミマセンデシタ」」
「分かればよろしい。ほれ、行くぞ脳筋」
片言で返す二人に満足したように頷き、クリストはユグドラシルのコートの襟を引っ張って《新緑の風見亭》から連れ出す。
「じゃ、世話になったな!」
「ありがとうございました!」
「おいっ、また論争の続きやるから覚えてろ!」
「まったく、一応ありがとね!」
「……おう、次は夜に来いよな!」
挨拶の応酬を交わし、店を後にするクリスト一行。スタスタと迷いなく路地を抜けながら、ルーナが何気ない調子でポツリと呟いた。
「ねぇ団長、結局アタシたちってフレッドのとこに何しにいったんだっけ……?」
「え?そりゃお前、あれだよあれ………………うんマズいな、さっぱり思い出せん。マジで何しにいったんだ?俺たちは」
「あれってソラミアちゃんの手当て目的じゃなかったか?」
「バカ違ぇよ、そりゃ確かにそうなんだが……もっと大前提的な目的があったろ。ええとほら、この辺まで出かかってんだけどな……ッ!」
頭を抱えて唸る三人に、ソラミアは困惑の表情。どうやら、彼らの記憶にはつい三十分ほど前のことすら残っていないらしかった。
とその時、その場にいた全員のお腹がキュルル〜ッ!と悲鳴を上げる。とっさに揃ってお腹を押さえつつ、唸っていた三人組はくわっ!と目を見開いた。
「「「そうか、お昼ごはんか……ッ!!」」」
「あ、本当に忘れてたんですね?」
てっきり演技かな?とばかり思っていたソラミアは、虚をつかれた気分を味わっていた。なんというか、慢性的にコント感を漂わせる三人組だった。
「しゃあない。腹が減ってはなんとやら、とりあえずその辺の露店でなんか買うか?」
「そうだな、そうしようぜ!ちなみにオレは肉一択だ!」
「え〜?アタシ最近ちょっとアレ気味だから、軽くサラダ系とかにしとこうかな……」
「んじゃあ各自で昼食休憩、三十分後くらいにここ集合ってことでどうだ?」
「「異議な〜し!」」
「なんて言うか……もう本当に自由ですね」
相変わらず緊張感などクソ喰らえとばかりな自由人たち。そのまま別々に散っていこうかと一歩を踏み出し――かけたその時。
ピクン!とそれぞれの体が跳ねた。
今までのふわふわした雰囲気など一瞬で消え、事態に思考が追いつかないソラミアを除いた全員の声音が真剣そのものに――
「――匂う。匂うぜ団長」
「どうしたユグド。串焼きの匂いでも嗅ぎつけたか?」
「ああ、間違いねぇ!この匂いは香ばしく焼けていく肉のもの……って違うわ!」
「おお、ナイスなノリツッコミ……ってそんな怒んなよ、場の空気を和ませるための、ちょっとしたボケじゃんか」
――は、当然ながらならなかった。
ギリギリと奥歯を噛み締めるユグドラシルに、クリストはヘラヘラとした笑顔で適当に応じる。
「団長、南西方向から急速に接近してくる足音を確認!数は十人分だよ!」
「あいよ、こちらも敵性魔力の展開を確認。数は一人あたり3、風が十二、雷が六、炎が四、光が八」
「おまっ、オレとルーナの扱いが違いすぎねぇか!?」
「うるせぇユグド、言ってる場合か?俺とお前で前衛をやるぞ、ルーナは後ろでソラミアを守っててくれ!あと、お前はボケ担当なんだから扱い違って当然だろ!」
「そんな担当請け負った覚えはねぇ!」
理不尽だ!とユグドラシルの抗議の声を尻目に、戦局は着実に激突へと近づいていく。




