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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
35/36

No.34 本物の輝き

 ぼたり、ぼたり。

 クリストの腹に空いた大きな穴から、少年の体内に収まっているべき生命器官までもが、多量の血液に混じって零れ落ちていく。


 その手から、たとえ無数のアンデッドに全身を蹂躙されようと決して離さなかった片刃剣の柄が滑り落ちた。


 地面で跳ね硬質な音を立てた片刃剣を苦々しげに見つめるゼラスは、やがてゆっくりと両手で構えた剣を下ろし、腰の鞘へと落とし込む。


 本来ならば問答無用でフリウスを斬っていた剣を――しかし、少年の体を盾にされて本領を発揮できなかったその剣を。

 

「……フリウス・レイズ」


 ただ、名を呼んだだけ。

 しかし、そこに込められていたのは静かな怒りと非難だ。


 それだけでもゼラスがフリウスを――少なくとも以前のように味方として捉えていないことがありありと見て取れた。


「おや、ゼラス。いいのですか?僕に敵対すれば、”彼女の命”は保証できませんよ?」


「構わない。そちらについてはもう、既に解決したからな」


「――解決した?どういう意味です?」


「お前には関係ないだろう」


 突き放すようなゼラスの言葉に面白くないといった表情で鼻を鳴らし、フリウスは何気なく右手を動かす。


 その動き自体は本当に些細なものだったが、今だけはその些細さすらとある少年にとっては苦悶へと繋がる。


「ぐっ、あ……!?」


 意図せずして思わず漏れてしまったような、そんな酷く掠れた声の主に、フリウスはやはり柔和な笑みを浮かべたまま問うた。


「それにしても、意外でした。てっきり悲鳴のひとつでもあげると思ったのですが――痛がらないんですね?」


「……生憎、痛覚なんて無くして久しくてね。死に慣れれば不必要だからな」


「それは羨ましい。一度なってみたいものです、不死身の体に」


「ハッ、正気かよ?夢を壊すようで悪いが、この不死身(呪い)は……お前が思ってるほど、使い勝手のいいものじゃない」


 口の端から血の筋を垂らしながら、クリストは荒い息の隙間を縫ってそう答えた。その命は既に風前の灯だ。


 脳や心臓などの主要な器官は無事とはいえ、その腹部に詰まっていたモノは軒並み使用不能。加えて、出血量が多すぎる。


 今やクリストは、わずかに残った血液が体を巡り終えるまでの命。にも関わらず、その少年は首をひねって自分よりも少し上にあるフリウスの顔へ視線を向け、


「そうだ、ひとつアドバイスしとくぜ」


「何をです?」


 会話に応じるといった意図もなく、ただ反射的にそう返したフリウスへ、あろう事か瀕死のクリストは挑発的に不敵な笑みを投げた。


「死にたくなけりゃ――全力で防ぐんだな」


 その言葉をフリウスの脳が理解するのと、その頬へと背後から鋭い殺気が迫ったのは、まさしく同時。そして、クリストが黒コートの右袖から取り出した白い結晶石を割るのも、同時だった。


 結論から言おう。

 フリウス・レイズがせっかくのアドバイスを活かす機会など無かった。そんな暇など、無慈悲な蹴撃と周到な爆撃が許さない。


 背後から頬骨を砕く勢いで振り抜かれた踵が見事にヒットし、受けたフリウスの脳が激しく揺さぶられる。そして、その余韻がまだ治まらないうちに、体の前面へと均等な衝撃が走った。


 拳撃というよりかは、掌底でも食らったという方が正しく伝わるだろうか。点ではなく面での押しつぶすような衝撃を受け、フリウスの体が文字通り吹っ飛ぶ。


 それは、白魔晶石の破壊によって生じた魔力の奔流。指向性など無く、ただ破壊をばら撒くだけの一撃は、フリウスだけではなくその攻撃者であるクリストにすら襲い掛かる。


「ぃ、がふっ……!」


 元より腹部を貫かれ瀕死だったその体が、より一層死域へと踏み込む。右半身は消し飛んだ挙句焼け爛れ、もはや重症なんて言葉すら生温いほどに手遅れだった。


「……クリストっ!」


 ここに来て意識が途切れ、崩れ落ちたクリストの体を、地面寸前で飛び込んだフリウスが支える。それを確認した蹴撃者――黒いローブで身を包んだ異装の怪人物は、小さく鼻を鳴らした。


「……ったく、死に癖があると面倒だな。そろそろ六十秒か」


 その言葉があった直後、もはや聞き慣れた小さな機械音の響きと共に、少年の体が白煙を上げて全快状態へ戻っていく。


 そして、ゆっくりとその両瞳を開けたクリストは、無言で立ち上がると床に落ちた片刃剣を拾い上げ、肩に担いで黒いローブの怪人物――『共犯者』へと意識を向けた。


「首尾は?」


問題なし(ノープロ)、完璧だ」


 淀みなく言い切った『共犯者』に、クリストは「そうか」とだけ返して、告げる。


「じゃあ、()()()()()


 その”手札”という単語は、クリストにとって大きな意味を持っていた。少なくとも、それをよく知る『共犯者』がフードの下で嫌そうな顔をするくらいには。

 

 クリストが保有する手札とは、その全てがいわゆる『必殺の手札』だ。


 ただしそれは、”その強さを誇るがゆえに()()()()()()()()手札”なのではなく、”その特異さを秘匿するために()()()()()()()()手札”なのだが。


 それを理解し、なおかつその”手札”が持つ危険性を知っているからこそ、『共犯者』は助力を申し出たりなどしない。ひとたび巻き込まれれば、再び無事に日の下へ出てこられる保証など、全くないのだから。

  

 ただ、その少年の『共犯者』として、最低限のアシストはする――障害となる者の排除という、そんなささやかな仕事くらいは。


「――が、あっ?」


 特別な行動などなかった。

 そもそも、『共犯者』は一歩たりともその場から動かず、ただ視線を向けただけ。


 その赤い瞳へ鮮烈な緑の輝きが宿ったその瞬間、視線の先にいたゼラス・フリークが、あたかも蛇に睨まれた蛙のように硬直して地面へと倒れたのだ。


 その一部始終を横目で見ていたクリストは、ふと思いついたように、

 

(”シャックスの魔眼”だったか、アレ。便利そうでいいなぁ。今度魔道具で”即席魔眼”みてーなの作ってみるか?)


 手際よく昏倒させたゼラスを肩へ担ぐ様な形で抱えあげる『共犯者』をよそに、クリストは思いついたアイディアの実現にかかる費用と利益を静かに弾き出す。


 だが、まさか自分の共犯者がそんなことを考えているなど露知らず、ゼラスを抱えあげた『共犯者』はクリストを促す。


「ほら、早いとこ飛ばせよ」


「人使いが荒いわ、この野郎」


「金使いが荒いよりマシだろ、クソ野郎」


 的確にダメな部分を言い当てた言葉に、クリストは思わず言い返そうとしたセリフを止めるしかない。『死人に口なし』という言葉の通りに、つい先刻まで半死人だった少年は口を閉ざす。


 せめてもの抵抗として、剣を持たない左手の中指を立てつつ舌打ちをし、そのまま掲げた左手で『共犯者』を指し示す。その口から紡がれるのは、先程とは打って変わって静かな言葉だ。


「《詠唱式起動(Activate)光精(Light)系統(System)転移(Teleport)》」


 ギィン、とその詠唱式に従って『共犯者』の足元へ輝く魔法陣が出現する。その魔法陣は回りながら輝きを強めていき、ある一定まで達したその時――弾けたように視界を焼く極光を放った。


 その極光から思わず顔を背けたクリストが、光が収まると同時に魔法陣があった場所へと目を向け直すと、既にそこには誰の姿もない。


「さて、と。多分、転移先を川の真上に設定したの、後でアイツは怒るだろうな……」


 騒がしいのが居なくなり辺りに静寂が立ち込めた中で、クリストは怒りで青筋を浮かべた『共犯者』を脳内に思い描いて、そう呟いた。


 決して魔が差したとかではなく、普段の行動原理に従った結果の純粋な悪意であるため、そこに反省の色はない。それよりも、楽しむ感情の方が大きいのだ。


「まあ、それでも別にいいか」


 そんな良心の呵責など微塵も見せないクリストが、口元を愉悦に歪ませて漏らした――その直後。


 突如、電流のような感覚が首筋に爆ぜた。クリストという”怪物”には馴染み深いその感覚の名は――殺意だ。


「……っおう!?」


 とっさに上半身を沈めたクリストの真上を、風を巻いて蹴りが通り過ぎる。その軌道は確実に頭部を狙った、命を狩る一撃だ。


 それを回避し安心したのもつかの間、その瞳に重力へ逆らって浮遊する無数の水球が映った瞬間、クリストは本能的に前へと飛んでいた。


 直後、連続した轟音を奏でて、無数の水球が地面へと突き刺さる。その地面を抉った水ではありえない硬度は、まさしく物理法則を捩じ曲げる”異能”のものだ。


「水属性の魔法……そういや、そんな使い手の騎士様が居たっけな!」


 地面へ手を付き、空中で身を捻って足から着地したクリストは吼える。その条件に合致する人物は――否、そもそもこの場所に登場人物などクリストを除けば一人しかいない。


「よぉ、フリウス・レイズ……!」


「ひとつ、聞かせて貰いましょうか」


 その顔からは、柔和な笑みが失せていた。

 その瞳からは、勝利への炎が消えていた。


 あったのは、理解出来ないものへ向けた疑念と嫌悪が混じった色。その色は、まさしく拒絶と同義だ。


「何故、魔導士であるあなたが魔術を使えるのですか?」


 それは、魔術の領域に片足を突っ込んだフリウスだからこその問いだった。いや、あるいは魔術師ならば全員が口を揃えて問うたかもしれない。


 なぜなら、根本的に魔術師とは。

 魔法が使えない第零階梯(レベルゼロ)の烙印を押された落第者たちだけがその道を歩く資格を持つ、”魔法とは相容れない道”なのだから。


 それだけに、ふたつの道(魔法と魔術)を往くクリストの姿は、さぞかし奇異に映ったのだろう。


 しかし、当の本人は、その質問こそを投げ掛けられることが多いのか、慣れた様子で応じる。


「なぜってーと、端的に言えば、この異能が”魔術”でもなく”魔法”でもないから、かな。それ以上の答えを望むなら――」


 そこでクリストは言葉を切り、真っ直ぐに片刃剣の切っ先をフリウスへと突きつけて笑う。不敵に獰猛な剣士の顔で告げる。


「――この俺を倒せたら(不死身を殺せたら)教えてやるよ」

 

 返答は無い。 

 ただ、直後に地面が砕ける音があった。


 半獣として強化されたフリウスの足が、人を超えた脚力で一息にクリストへと距離を詰める。


「――ふっ!」


 弧を描いて振るわれる鋭利な双爪。それをクリストは片刃剣で弾き落とし、さらに一歩自ら攻防の間合いへと踏み込む。


 そして始まるのは、刃が爪を捌き、爪が刃を弾く攻防戦。奏でられた甲高い音が周囲を席巻する一進一退の殺し合いだ。


「おォ――オオオオオォォァァ!!」


「ふっ、はあああぁぁぁッッ!!」


 互いに小細工(異能)を挟む余地無し、純粋に己の身を死地に投じるその舞台において、剣と爪を存分に交わらせるふたりは、まさに同じ顔をしていた。


(コイツを――この場で倒すッ!)

(この敵を――この場で倒すッ!)


 爛々と輝く双眸へ純粋な殺意を乗せ、無数の死線が振るわれる。永遠に続くかと思われたその舞踏は、しかし、殺し合いの形を取る以上いずれ勝敗は決する。


 ぱっ、と鮮やかな血飛沫が舞う。

 

 その出処は、半獣の青年。

 拳の形に握られた左手を、片刃剣の刀身が深く貫いていた。


 握られた指の隙間を抜け手のひらを貫通したその一撃は、フリウスから左拳という選択肢を奪うに足るものだった。だが、こぼれ落ちる命の雫から目を背け、手負いの半獣はあえて半壊した左手で片刃剣の刃を掴みとる。


「オオ――おおぉぉォォァァァッ!」


 さらに一歩、拳の損壊も厭わず踏み込んだフリウスの右腕が、咆哮と共に獣の力を纏って肥大化した。そして放たれるのは、人を超えた膂力に支えられた渾身の一矢。


「――ッ、やべ!」


 クリストの瞳は、その拳を捉えていた。

 ただし、繰り返して言うがクリストは天才ではなく、その身体的スペックも凡才の域を出ることはない。


 ――つまり。

 いくら目で迫り来る死の一矢を捉えることが出来たとしても、体までは追いつかないのだ。 


 ッドン!という衝撃が、少年の胸から背中にかけて突き抜けた。その衝撃は肋骨を砕き、両肺を潰し、筋肉を断裂させ、心臓を殺す。


 その衝撃に引っ張られ、踏ん張ったはずの足が簡単に地面を見失い、クリストの体は嵐に巻き込まれた木の葉のように回転した。


 何度も何度も地面へ叩きつけられ、全身余すとこなく地面の硬い感触を味わい――そして、風壁の手前で止まった。


「がはっ……ぐ、いぃっ……!」


 体内で心臓が滅茶苦茶なリズムを刻み、全身の血管が異常を訴える。痛みこそ感じないクリストだが、負った傷が立ち所に再生するような都合のいい不死身性は持ち合わせていない。


 だが、そのダメージを意識的に無視してクリストは片刃剣を構える。そうするだけの理由が、寸前まで迫って来ていた。


 斬り裂かれた左腕から鮮血を滴らせ、それでも瞳に宿る殺意と鋭い凶爪には微塵の曇りも見せないフリウス・レイズという明確な脅威が。


「――すみませんが、殺しますッ!」


「すみませんが、断りますッ――!」


 再び始まる攻防戦。ただし先程と違うのは、クリストの負うダメージが深刻すぎたという点か。片刃剣による受け流しが僅かに遅れ始め、少年の体へ細かい傷が次々と刻まれる。


 だが、クリストの顔に焦りの色はない。むしろその逆――仮面のように張り付いていた飄々たる笑みが、死地において輝く獰猛な笑みへと切り替わっていた。


「ハンデ有りかっ、上等だァ!」


 苛烈な戦闘の余波に紛れて、キンッと小さな金属音が足元で響いた。その音を半獣の力で強化された聴覚で捉えたフリウスが、反射的に視線を下へ向ける――すると。


 突如眼球に走った激痛とともに、フリウスの視界が純白の極光に焼かれる。


「……閃光弾……ッ!」


 思い当たる元凶の正体を口にしつつ、フリウスは着地も考えず、とにかく相手の有効戦闘領域からの離脱を優先して全力で後ろへと跳ぶ。


 片刃剣の間合いはおよそ二メートル、魔法は魔力を可視化するものと異能を無効化するもの。つまりは基本的に近距離戦が主な戦闘スタイルだとフリウスは思考した――そして、それは半分だけ当たっていた。


 そう、普段のクリストならば、遠距離への攻撃手段はほとんどないと言っていい。だが、今のクリストは手札を切った。団員の前では手札を使わないという己に科した絶対のルールは、この場に必要ないのだから。


「《詠唱式起動(Activate)水精(Water)流動(Flow)拘束(Restraint)》」 


 ぎゅるり、とフリウスの四肢へ何か冷たい触手のようなものが絡みつく。いや、それは四肢だけではなく、腹や肩や首にまで及ぶ。


 そして、再びの詠唱。


「《詠唱式起動(Activate)雷精(Thunder)雷弾(Bullet)拡散(Scatter)》」


 拡散した七本の雷が、ジグザグと複雑な軌道を描いて宙を駆け、フリウスへと迫る。


 水へ電気を流した場合の伝導率は、人体を遥かに上回る。つまり、水の触手に巻き付かれたフリウスには、通常時とは比較にならないほどの電撃が流れるのだ。


「がっ、ああああぁァァァッッ!!」


 バッチィン!という凶悪な音が弾け、フリウスの体が激しく痙攣する。さらに、電気を通して熱せられた水が、フリウスの肌を焼く。


 二重の責め苦を受けたフリウスは、獣の咆哮に似た絶叫を上げた。点滅するようにノイズが走る意識を苛む激痛の中、一瞬だけ己を縛める水へと意識を集中させ――


「ぐ……っが、爆ぜ、ろぉッ!」


 強引に魔力を流し込んで水の支配権を一瞬クリストから奪い取ると、爆散させる。その隙に電撃で痺れる体を無理やり動かして、まぶたをこじ開けいい加減戻ってきた視界を解放する。


 そして、見た。

 己の顔面へ狙いを定めた、片刃剣の切っ先がギラリと血を求めるように暗く輝いたのを。


「――くっ!」


 首を振ってその突きを危うげなく躱すが、僅かに切り裂かれた頬から深紅の雫が舞う。


 体勢を立て直そうとなかば転がるように横へ跳ぼうとしたフリウスの足を、鋭く振るわれたクリストの足が払って無理やり動作を中断させ、続いた左の拳骨が鼻っ柱を突く。


「おお――らぁッ!」


 形も何もあったものじゃない、言わば治安の悪い路地裏なんかで培われるような我流の喧嘩殺法。だが、電撃のダメージが抜けきらないフリウスへは十分な威力だ。


 意識に一瞬の空白が生じ、ぐらりと体勢が揺れたフリウスの晒した隙を、みすみす見逃すようなクリストではない。


「《詠唱式起動(Activate)炎精(Fire)炎弾(Bullet)射出(Shot)》」

 

 三度、詠唱があった。

 魔法でもなく魔術でもない、奇妙な異能を形成する法則に従って出現するのは、七つの炎弾。

 

 直後、寸分の狂いもなくフリウスを標的にして放たれた炎弾が炸裂し、ドガガガガッ!と爆炎の華が咲いた。 


 たとえ獣の恩恵を受け、身体スペックが底上げされていたとしても、全方位から殺到したこの攻撃は避けようがない。――にも関わらず、クリストは舌打ちをする。

 

「……逃げたか」


 その瞳へ、魔力を可視化する魔法を起動状態にしていたクリストは気付いていた。炎弾が爆ぜる刹那、ヒトの形をした魔力反応が地面へ沈むように消えたのを。


 『影潜り』――フリウス・レイズが半分受け継いだ獣が持つ、固有のパーソナリティ。


 そして。

 刹那、音もなく己の足元に広がる影から飛び出した半獣の拳を、クリストはさながら読んでいたように視線すら向けず片刃剣の峰で受け止めていた。


「――死の気分は味わえたか?」


「ええ、存分に。なので……次はこちらの番ですッ!」


 その言葉を合図としたかのように拮抗していた力が弾け、互いの体が靴裏で地面を削りながら滑る。そして、視線が交錯した。


 と、その時。

 なんの前触れもなく、今まで主がこの場を去ったにも関わらずそこへ在った風壁が、辺りへ余波の突風を撒いてほどけた。


 それは、主からの魔力供給がついに限界だったのかもしれない。二人の攻防による衝撃が蓄積して風壁がその形状を保てなくなったのかもしれない。


 その理由は、当人たちには分からないが。

 ただそれでも、思うことはあった。


 ――ああ、ついに潮時か、と。


 ほどけた風壁の向こうに覗く、崩落した瓦礫に埋め尽くされた訓練場の舞台と、大きく穴が空いて夕暮れの日が差し込む天井。


 蒼空から夜闇へと変わる途中の赤。

 その茜色の日の下で、奇しくも前後の空の色と同じ藍色(昼空)黒色(夜空)のコートが突風に揺れる。


 口火を切ったのは、同時。


「「そろそろ、この手で終わらせよう」」


 決定した勝利宣言があった。

 揺るぎない勝利宣告があった。

 互いが互いに、己の勝利を謳った。


 片刃剣が、双爪が、構えられる。今までのように続けるために振るわれる偽物ではなく、終わらせるために振るわれる本物の輝きが。


 合図なんてものは要らない。

 いつ動くべきかは、知っている。


 天井の大穴から射し込む、優しい茜色の夕日が陰った瞬間。冷たい暗闇の中で、勝利に飢えた二匹の鬼が、互いの命を喰らい尽くすために凶刃を煌めかせた。

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