No.33 怪物の少年②
「……取引、だと?」
「ああ。取引だとも」
ゼラスが剣を鞘へと落とし込みながら口にした言葉を、クリストは反芻した。まるで、その言葉を印象付けるかのように。
「……つまり、俺は君と協力関係になりたい、と言っているんだよ。固い絆ではなく、利害で結ばれた持ちつ持たれつの関係にね」
「利害関係、というわけか。一応、話を聞くことだけはしよう。だがしかし、私との取引材料と成り得るものをお前は持っているのか?」
見定めるような視線がクリストを貫く。
だが、その向けられた当人はその視線をどこ吹く風で受け流し、右手に持った紅黒の片刃剣を手持ち無沙汰に弄ぶ。
「これは、世間話なんだけどね」
気負う様子もなく、クリストは唐突にそう口を開いた。
「俺の魔法は《干渉分解》といって、既に起動状態にある異能を例外なく無効化する魔法なんだわ」
「……」
「まあ、言いたいことは――わかるよな?」
魔法の外部制御機構である『霊装』の剣の切っ先で背後にそびえ立つ氷の大樹を指して見せたその仕草に、ゼラスは真意に気づいた。
魔法で創られた大樹、そしてあらゆる異能を無効化する魔法。つまり、
「脅しのつもりか?もし首を縦に振らなければ天井を落として生き埋めにする、と?」
「……さあ?どうぞ好きに解釈してくれ。ただし、俺が強引に物事を進めようとしていると思われるのだけは、とても心外だよ」
「違うとでも?」
「もちろん。俺はね、見た目通り意外と優しいんだ。相手に選択肢を選ばせるくらいの自由は、当然保証する」
そう嘯いて、クリストはニッコリと笑った。それは誰が見ても完璧で、完璧すぎるがゆえに不気味さを感じさせる笑みだった。
ぞわり、と相対する少年の得体の知れなさに肌が怖気立つのを感じながら、ゼラスは油断なく周囲を視線だけ動かして探し――
(この状況下での逃走は……無理か)
即座にそう判断を下す。
その理由は、至極単純にして明快。目の前にいる少年と、観客席でこちらを見る黒ローブ姿の怪人物の力量が、高すぎるためだ。
いや、正確に言えば、怪人物の方はともかく、少年からは脅威と呼べるだけのものは感じ取れない。だが、そこが余計に恐ろしかった。
剣を――つまり、傷つけるための武器を持っているにもかかわらず、微塵も脅威と認識できない。それが、その得体の知れなさが、ただ恐かった。
つまり、ゼラスに採れる選択肢は、最初から定められていたようなものだ。
「……聞こう、その内容を」
「はっはー、そう言ってくれると思ってたよ。安心しなよ、俺が提示するモノはたったひとつだ」
その瞬間、天井を支える氷の大樹の枝の一本が、ついに重みに耐えられなくなったのか崩壊した。儚い音を立てて散る氷片を突き破るように、巨大な瓦礫が落下を始める。
「俺が取引材料として君に提示するモノ。そして、君が対価として差し出すモノ。それは――」
それに続く言葉は、瓦礫と地面が衝突して奏でられた轟音によって掻き消された。だがしかし、ゼラスの耳には確かに届いている。
届いた言葉の意味、その裏にある真意。それらを目を閉じて吟味した後、ゼラスは感情を隠すことなく言葉を吐いた。
「……本気で言っているのか?」
その言葉に込められたのは、疑念と期待。本当に可能なのかという疑念と、もしできるならばという期待だ。
「ああ。俺はいつだって本気だよ。本気と書いてマジ、もしくはガチと読むくらいにはね」
「……そうか。ならば、答えは簡単だ」
そう言って、ゼラスは前へと踏み出した。
一歩、剣の柄へと手をかけ。
二歩、鋭い瞳が眼前の少年を射る。
三歩、その左足が力強く地を蹴り。
四歩、抜かれた剣が少年へと飛ぶ。
それは、ゼラス・フリークという剣士の、正真正銘本気の一撃だった。少年の柔肌どころか、命を簡単に刈り取る一閃が放たれ――
「……避けないのだな」
「ま、斬られてもすぐに戻るからな」
迫る刃を視界に捉えつつも、しかし微動だにしなかった少年の頭上を薙ぎ、その背後にいた何かの首を一刀の元に分断していた。
クルクルと回転しながら飛んだ頭部は、べちゃりと不快な水音と共に地面へ叩きつけられ、潰れた果実のようになる。その惨状を眉ひとつ動かさず、眺めたクリストは言う。
「あらら、こりゃ困ったね。取引どころじゃ無くなっちまった。不死身繋がりの腐乱死体さんご登場だ」
「……アンデッドか。どうやら、元凶はあれらしいな」
そう言ってゼラスが剣先で示したのは、元々白だったローブを汚れや鮮血で染め上げながら、よろよろと頼りない足取りで立ち上がろうとしていた魔術師の姿。
そのふたりは気づかなかったが、その魔術師は名を”スミラス・ソレイド”という――ルーナによって、死という恐怖を刻まれた哀れな者のひとりだった。
「……死にたく、ない」
ギョロリ、と前髪の下で血走った眼球が忙しく動き回る。頭を抱え、スミラスはヒステリックに叫ぶ。
「いやだぁ……しにたくない…………いやだ、いやだ、いやだ……っ!死ぬ、しぬシぬしぬ死ヌシぬ死死死ししシ――死ネ死ねシね死――!」
恐怖に砕かれた心は、そのヒビを広げていく。それはルーナの意図した結末ではない――あのお人好しには、意図する理由もない。ただ単に、スミラス自身が死の恐怖を知らなすぎたのだ。
その狂ったように喚く口から、金切り声の詠唱が咆哮のように吐き出された。
「《我・闇精トノ契約・履行スる者》!《常闇ノ死に沈ム者・我はソノ死ヲ覆す・体は今ココニ在り・空虚ナ遺志よ力持テ》!」
ギィン、とその魔術師の足元に巨大な闇色の魔法陣が広がる。そこからぞろぞろと這い出てくるのは、無惨な腐乱死体の群れ――死ねない不完全な不死者の成れの果てたちだ。
「チッ、あいつらとどめ刺さなかったな?やたらめったら大立ち回りを演じるくせに、肝心な詰めが甘いんだからぁもーっ!」
「やりすぎの度合いで言えば、一撃でソラミア・シーネルタに害を及ぼしていた魔法陣を消し飛ばしたお前も大概だがな」
「俺はいいんだよ、凡才だから!あと見せ場奪われてっから、どっちかって言うと被害者ですーっ!」
「いや、どういう理屈だよ」
呆れたように首を振り、剣の柄を強く握りクリストの隣へ立ちながら、しかしゼラスは次の瞬間には意識を切り替え、隣にある少年の顔も見ずに呟いた。
「私の背中、預けられるか」
「安心しろ、預かってやる」
かつては敵同士だったふたり。
未だ味方同士とは呼べず、だが確かに繋がった見えない運命。その剣士たちが、肩を並べて剣と共に地を蹴った。
「取引は後回しだ、まずは脱出を優先する!それでいいな、クリスト!」
「おっ、名前を覚えてくれてたんだねぇ。感激&光栄だよ。……それと返事は”了解”だ!」
蹂躙は一方的だった。
数にしておよそ三十倍、いや一分一秒とその数を増していく大群を、振るわれた二本の剣が斬り倒していく。
その暴風が目指すは、無数のアンデッドと瓦礫の雨の向こう側、五十メートルほどの距離を抜けた先にポッカリと口を開けた、正規の出入口だ。
「しゃ――おらぁぁぁぁぁッ!!」
「はぁぁぁぁぁォォァァァ!!」
紅黒の片刃剣が腐りかけの胴体を軽々と薙ぎ払い、返す刀で隣に居た個体の首を飛ばす。と、それによって生じた隙を狙うように、背後から死体が襲いかかる。
だが、噛み付こうと大口を開けたその死体は、少年の柔肌を喰いちぎる寸前で、跳ね上がってきた銀色の両刃剣によって首を断たれた。
「おい、少しは背後にも気を配えよ?」
「ハッ、死なねぇから別にいいだろ!」
まさしく、蹂躙とよぶに相応しい剣舞。
紅黒の片刃剣と銀色の両刃剣が振るわれるたび、腐りかけの体が吹き飛び断末魔がこだまする。
そのコンビは即席で連携もなにもあったものではない。されどそのふたりは剣士。剣を振るいながら互いの動きを読み、リアルタイムでその動きを最適化していく。
「おい、適当に振るな!剣を合わせろ!」
「うっせぇ、お前が合わせろっつーの!」
「子供だろう、少しくらいは素直に大人の言うことを聞いたらどうだ!?」
「俺から見りゃお前の方がガキだ!たかだか二十そこらしか生きてねぇくせに!」
「なんだとっ!」
「なんだよッ!」
ただし、その性格が噛み合う保証はない。
というか、性格上の相性は絶望的だった。
人間としてはさほど噛み合わせの悪いふたりではないのだが、こと剣に関しては、互いに譲れないものがあるらしい。
ついに限界を迎え崩壊を始めた氷の大樹の枝から解き放たれた天井の破片が次々と落下してくる中、その間を縫って互いの発言に噛み付き合う剣士たちが駆けていく。
「ああ、もう!いい加減にしろよテメェ、なんだってこんな状況下で魔術を使わねぇんだ!?」
「馬鹿か!この状況下だからこそ、魔術を使えばお前を巻き込むだろうが!」
「殺してもいいから遠慮なく巻き込めっつってんだよ!いい加減に気づけ、鈍感野郎!」
「ふざけるなよ、いくら本人の頼みでも”はいそうですか”と殺せるはずがない!」
「このわからず屋!」
「なんだと頑固者!」
似たようなやり取りを繰り返しながら、その口論はとどまるところを知らずに燃え上がる。だが、それとは対照的に振るわれる刃は冷たく研ぎ澄まされていく。
もはや双方共に主張を曲げる気はなく、議論と言うよりは言葉を武器にした殴り合い。しかしその殴り合いは、互いが互いを理解し溝を埋めようとしていく行為だ。
ゆえに剣は研ぎ澄まされるのは必然。ふたつの暴風にも似た剣舞は、次第に”連携”の意味を成す。
「つーかよぉ、子供は大人の言うことを聞けだとか、お前は俺のオカンかっつーの!」
「……オカン?なんだそれは、何語だ?」
「知りたいか。教えてやる。金を払え」
「断る!」
「……チッ。えーとだな、テレビ番組仕込みの知識によれば、日本の一部の地域で使われてる関西弁で、意味は『母親』らしい」
「……いや、余計に分からなくなったぞ。ニホン、テレビ、カンサイ?生まれてこの方、聞いたことがないんだが」
「あん?それくらい自分で調べ……って、そりゃさすがに無理か。んじゃあ、ここ脱出したら教えてや」
そんな苛烈を極める口喧嘩から、何故かおかしな方向へ発展したどうでもいい会話は、そこで唐突に途切れた。
クリストの左腕が、剣閃を潜り抜けて飛びかかったアンデッドによって、肩の辺りから強引な腕力のみで引きちぎられたのと時を同じくして。
油断はしていなかった。
単純に実力が足りなかっただけ。
基本的に、クリストという少年は出来損ないの天才であり、凡才の天才。つまり、どこまでいっても『非才』でしかないのだから。
「あっ、やべ……」
そこからは早かった。
片腕の重みを失いぐらりと揺れた小柄な体が、言葉どころか息つく暇も無く、あっという間に腐乱死体の津波に飲み込まれていく。
「うおぁぁぁぁ!?臭いキモイグロいヤバいなにこれ地獄かここはって、ああちょっテメェどこ噛んでいや喰ってやがんだぶった斬るぞこの野郎!」
腕をもがれ、足を千切られ、腸を抉られ、骨を砕かれ、頭蓋を穿たれ――暴力に蹂躙された少年の体が、無惨な鮮血と肉片に染まっていく。
――そして、カチンという音が響いた。
六十秒という時を刻み、少年の体は白煙を上げて瞬時に元の五体満足な健康体へと戻る。だが、少年の体が戻るそばから、消えた傷を塗り直すように、数多の暴虐が振るわれる。
戻っては壊され。
壊されては戻る。
ただの繰り返し。
たとえ地獄の責苦でも、これよりかは幾分マシと言えるだろう。無限の生と死を繰り返す生き地獄よりかは、格段に。
だが。
その地獄は、永遠のものではなかった。
「くそっ、そこを――どけぇぇぇッ!!」
気迫の咆哮。
腐りかけの体を踏みつけて空中へと身を躍らせ、少年へ群がる死体たちの頭上を高く飛び越えた銀色の疾風が呪を紡ぐ。
「《我・風精と契約結びて請う・豪風纏う魔剣をこの手に・疾く顕現せよ異法の力》!」
それは、既存の魔術における詠唱式とは異なるもの。『術式改編』と呼ばれる技術を用いた、ゼラス個人だけの特殊な詠唱式だ。
そもそも、魔術の詠唱式が果たす役割は”イメージの強化”――早い話が伝言ゲームの延長線である。
つまりは紡がれる詠唱式が必ずしも基礎のものである理由は無く、現に一流と呼ばれる魔術師は皆『術式改編』による独自の詠唱式を保持している。
そして、”魔術の真祖”の末席に名を連ねるゼラスには、その程度を編み出すなど造作もないことだった。このゼラス・フリークも、こと魔術にかけては天才と呼んで差し支えない領域にあるのだから。
「事前に言っておくぞ――巻き込んで悪い!」
律儀にも謝罪し、その詠唱式がゼラスの口から唱えられた直後、上段に構えられていた両刃剣の刀身へ豪風が絡みつく。その魔剣と化した刃を――ゼラスはただ、真っ直ぐに振り下ろすだけ。
「はぁ――ッ!」
――衝撃。
下へ真っ直ぐに叩きつけられた豪風が、そこにあったものを一切合切吹き飛ばす。無機物も、生命体も、例外なく。挙句の果てには落ちてくる巨大な瓦礫すら押し返して、その豪風は出し惜しむことなく猛威を振るう。
そして、綺麗に何も無くなった床へと足をつけて、ゼラスは即座に頭の中で数ある選択肢から選んでいた詠唱式を飛ばす。
「《我・風精と契約結びて請う・全てを拒む風壁をここへ・疾く顕現せよ異法の力》」
魔剣の一撃として使われ、一度は拡散した風が、瞬時に集束しゼラスを起点として半球状に渦巻く。高速で回転するそれは、触れたものを問答無用で切り裂く絶対の防壁だ。
と、ゼラスの立つ所からすぐ近くで、ガラガラと瓦礫が崩れる音がした。目を向けれみれば、ちょうど放射状にヒビが入り砕けた床の破片を払って、少年が立ち上がるところだった。
豪風の直撃を食らった――余波で吹き飛ばされるのではなく、上から押しつぶされるような形で地面へ沈んだ少年の体は、その場へとどまっていたのだ。
「サーンキュ、助かったわ。こればっかりは素直に礼を言うよ、ゼラス」
「いや、礼を言われる筋合いはない。それよりも、巻き込んだのを謝りたいくらいだ」
「……それこそ、謝罪されるいわれはねぇよ。元々巻き込めっつったのは俺だからな」
肩を竦め、なんでもないように言ったクリストだったが、その全身は深紅にまみれ悲惨な状態だった。よく見れば、左腕の肘から先が欠け、そのまぶたも右側が閉じられ、呼吸音は不規則かつ不安定だ。
しかし、そんな惨状にあっても、右手に握られた紅黒の片刃剣を手放さないあたり、やはりこの少年も紛れもなく剣士なのだろう。
だが、結果として生み出されてしまったその痛ましい光景に、思わずゼラスは息を呑む。そして、ぽつりと漏らした。
「……すまない」
「謝るな。この程度、大したことはねぇ。君は――いや、ここは『私』ではなく『俺』で言うとしよう。お前はよくやったよ、ゼラス」
カチン、と言う機械音。
それを合図に、白煙を立ち上らせたクリストの傷口が瞬く間に修復されていく。”意外と不死身”を標榜するクリストにとっては、息をするより当然の現象だった。
やがて、完全に戻り切った――体についた鮮血は綺麗さっぱり消えるが、体から離れたものに関しては例外らしいクリストは、床に広がった鮮血を眺めながら呟く。
「まったく、世間の荒波というのはどうにも厳しいことで。少しくらい、この老体をいたわってくれても罰は当たらねぇのにな」
「老体って……お前、どこからどう見ても子供だろ。若々しすぎるだろ。若作りか?」
「……くっ、人が気にしてることを!成長しねぇんだよ、この体質のせいでな!おかげでルーナあたりから『きゃー可愛いー!』なんて言われる始末だよチクショウめ!」
よほど子供扱いが嫌なのか、苦々しげに吐き捨てるクリスト。それでいて、実際ルーナあたりに絡まれたところで、暴力へ訴える反撃は絶対にしないのだが。……ちなみに、ユグドラシルは例外だ。
あの頑丈さと人懐っこさが取り柄の半龍人は、打てば打つだけ響く天性のいじられキャラなのである。ならばこそ、叩いて伸ばすのは、彼らの団長であり保護者を自認するクリストとしては当然だった。
決して、日頃のストレスを元凶にぶつけているとか、内から滲み出る嗜虐心に駆られてとか、そういうものではないのだ。――多分。
「まあ、とにかく、まずはここからどうするかだけど……うっへぇ、壁の向こうは一面腐肉野郎だらけだ。どうする、斬って突破するか?」
「いや、どう考えても無理だろ。これだけの数ともなれば、物量で押しつぶされるのがオチだ」
「そりゃそうか。まさしく、さっきの俺がいい例ってわけだ。意外と不死身な俺はそれでもいいけど、ゼラスは嫌だろうし……」
「さすがに、生きたまま喰われて死ぬのはゴメンだからな。いや、そうでなくとも、未だ死滅願望なんてものは私の片隅にも存在しないよ」
「……ふぅん。死滅願望、か。大いに羨ましいかぎりだよ、死を望み叶えられる自由が保証されてんだからさ」
誰ともなくボヤきつつ、片目を閉じて思考するクリストは、何気なく癖となっている”眼”を使う――魔力を可視化するその魔法を。
結果は即座に反映された。
それは、確実な異常として視界に映る。ならばこそ、クリストにとってその攻撃は十分に避けられたはずだった。
ただし、その攻撃が自分の足元――正しくは、現在進行形で崩壊を続ける天井に備え付けられた照明によって足元に作り出された、真っ黒な影の中からでなければ。
後方や頭上よりもはるかに視覚から外れた、そしてセオリーからも外れた死角。なまじ『そこだけは有り得ない』という固定観念があるからこそ、おおよそ大半の人間にとっては意識の外にある場所。
当然、クリストは不死身であってもそれは人間ベースだ。その共通した固定観念は持ち合わせている――がっちり固定されて、外せない。
「……ぐ、ごぶっ?」
ぞぶり、と何かが沈み込む音と共に、体内へ異物が侵入してくる。それは背中から刺さり、内臓や筋肉に神経系統を滅茶苦茶に引っ掻き回した挙句、腹の皮膚を服ごと突き破って現れた。
その正体は巨大な手だ。
否、太い爪を備えた何かの手だ。
さらに否、それは人と獣が混ざった手だ。
半人半獣であり、凶悪な爪を備え、影から現れるその攻撃に、クリストは思い当たる節があった。
「このっ、手は……っあ、まさか……!」
だが、それの名を口にしたのは、クリストではない。それよりも一瞬早く、両刃剣を構えたゼラスが驚愕の表情もあらわに言った。
「――フリウス・レイズ」
そう。
影を移動する能力を備えた合成獣にして、ゼラスから見れば元指揮官にあたる人間であり、クリストから見れば敵対関係にある人間。
騎士団の裏切り者。
犯罪組織の指揮者。
元から冷たい瞳を、ことさら妖しく輝かせた――異形に身を売った一人の青年が、柔和な笑みを浮かべていた。




