No.27 旧地下訓練施設②
チッ、と観客席と舞台を仕切る土色の壁に背を預けたフリウスは大きく舌打ちした。
その小さいながらも似合わない響きに、周囲にいた部下が仮面の下でギョッとしているのがわかるが、フリウスは気にとめない。だが、本来フリウス・レイズという人間は聖人君子というよりも、どちらかと言えばチンピラに近い性格である。
冷酷無慈悲かつ荒々しく、自信過剰でいて客観的な視点。そんな対極の面を併せ持つからこそ、フリウスは若くして今の地位へと座すことが出来ているのだ。
「……続きを。結界が破壊されたという事実は承知しました。ええ、承知しましたとも。しかし……まさかとは思いますが、なんの対策も取っていないとは……言いませんよね?」
『っ、は、はい!!現在、魔術師の中でも結界関係に秀でた者たちが破壊された結界を再生出来ないか検討中ですが……その、結果はあまり芳しくなく……』
「そうですか。では、そちらは引き続き作業を行ってください。なにかあればまた連絡します」
一方的に言い捨て、これ以上は時間の無駄かとフリウスは通話を切り上げた。そして、さらに通信用魔道具を操作すると別の番号へとかける。
呼び出し音が鳴ってまさに瞬間、まるで予見していたような速さで向こう側の人物が通話口へと出た。
『はい、フリークです』
「ゼラス、そちらの状況はどうなっていますか?」
『それが……複数の侵入者を確認。現在二箇所で交戦が発生しています』
「なるほど、なるほど。侵入者ですか。それで、敵の情報はどの程度入っています?」
『侵入者は計四名。二手に分かれて行動しているようですが、その目的は間違いなくソラミア・シーネルタの救出でしょう。そして、敵の素性ですが――』
そこで何やら意味ありげな沈黙があった後、ゼラスはただならぬ因縁でもあるのか苦々しげに続きを口にした。
『交戦中の魔術師複数名と視界をリンクさせて確認したところ……その、例の少年たちでした』
「ああ、彼らですか。私自ら始末したつもりだったのですが……まあ、最初からあの程度で死ぬとは思っていませんでしたから、その生存は想定内ではありますね」
『では、彼らはどのように?』
「出来ることなら殲滅しなさい。要らない部下を多少切り捨てれば、勝てる要素は十分にあると思うのですが?」
『……っ』
ごくり、と通話口の向こうでゼラスが息を呑むのがわかる。フリウスの知る限り、ゼラスはかなり甘い性格と言わざるを得ない男だ。人を殺さないという訳では無いが、必要以上の犠牲を避けるのも事実である。
そのゼラスならば、命令を完璧に遂行しつつ、なおかつ死人を出さない戦術を採るだろう。
だからこそ、動かしやすいとフリウスは思考する。甘い性格というのは裏を返せば捨てる覚悟のないということであり、全てを守ろうとすれば必然的に行動の選択肢は限定されていく。そんな人間の動きほど読みやすいものは無いのだ。
(まったく、博愛主義も考えものですね)
駒としては優秀だが、指揮官としては落第もいいところだ。しかし、ゼラス・フリークという駒がフリウスが持つ中では最優の駒には変わりない。
いや、純粋な戦闘力としてはいくらでも上はいる。実際、少し前にもあの少年に負けを期して、回復魔術が無ければ当分は戦闘不能の状態にまで追いやられていた。だがそれでも、ゼラス・フリークという駒はある種の『特別性』を持った駒なのだ。
「私の命令を理解しましたね?」
『……はい。即座に命令を実行します』
「それでいい。分かっているとは思いますが、あの命は君の両肩に乗っていますので。その事をゆめゆめ、お忘れなきように」
通話を切り、フリウスはやれやれと呟く。
その冷たい視線は、目の前の黄金色に輝く魔法陣の真ん中でぐったりと目を閉じて横たわるひとりの少女へと向けられている。
そこで起動している魔術の構造を、フリウスはイマイチ理解しきれてはいない。というか、魔導士であるフリウスの専門はあくまで魔法であり、魔術はお門違いもいいところなのだ。
「……はあ、魔法学院時代ならともかく、まさかこんな場所でも知識を詰め込むことになるとは。はっきり言って苦手なんですがね、こういうの」
頬を掻いて愚痴をこぼしつつ、一冊の本を開く。『魔術理論とその推察』と表紙に題名が踊るその本は、魔術師にとっての入門書のようなものらしい。が、開いて一目見た瞬間に顔をしかめた。
フリウスもかつては貴族の三男として”学芸都市”にある魔法学院へと通っていたが、定期試験の前日は毎度と言っていいほど一夜漬けだった。はっきり言って、勉強嫌いなのである。
「チッ、もう少しわかりやすく書いてくれれば良いものを。まったく不親切ですね、この本の作者は」
二度目の舌打ちを思わず行いつつ、一刻も早く本から目を背けたいという欲求と戦いながら、フリウスは文章に目を通して自分の知識を補強しにかかる。専門外の魔術関連は部下の魔術師たちがやってくれるとはいえ、だからといって責任者の自分が何も知りませんでいいかと言えば良いはずがない。
なので、得た知識と事前に詰め込んだ付け焼き刃を照らし合わせて、目の前に広がる魔法陣の根底に横たわる技術の解析にかかる。
「ええと、なになに……?」
――まとめてみると、大体こんな感じだ。
一口に魔術と言っても、単独で行使する”個人系統”と多数で制御する”儀式系統”の二つに分類される。ちなみに、その区分に乗っ取るならば、現在フリウスの目の前で起動しているのは後者だ。
ちなみに、儀式系統の魔術は一度起動させてしまえば詠唱が要らなくなるというメリットがあり、現在のフリウスの目の前にあるのは既に起動済みである。
ファトランタス全土の地下へ蜘蛛の巣のように張り巡らされた魔力の流れ――”霊脈”から莫大な魔力を吸い上げ、それを魔法陣へ組み込んだ人間の生命力と混ぜ合わせて魔術使用に最適な魔力を精製し、それを増幅させる。一般的に『魔力増幅陣』と呼ばれる魔術だ。
だが、この『魔力増幅回路』には、ある致命的な欠陥がある。それが――
「ぐ……おあぁ……、ううっ……」
そこまで思考を組み上げていたフリウスの耳へと、不意に断末魔にも似た苦悶の声が届く。いや、正確にはその声は魔法陣が起動してからずっと響いていた。それをフリウスが意識的にシャットアウトしていただけ。
「……やれやれ。もう少し静かに出来れば、文句のつけどころもないんですがね」
本から目線を動かさずにそう言うフリウス。まるで『ペットがうるさい』位の気軽さを纏った言葉だったが、それに反して目の前に広がる光景は異様さを極めていた。
意識を失った金髪の少女――ソラミア・シーネルタを中心に展開された巨大な黄金色の魔法陣。その四隅へ、柱かなにかのように直立不動の白ローブ姿の人間が居た。だが、彼らは直立不動で立ってはいても、平然としているわけでは無い。
「ぜひゅ……ひゅ、ひゅ……」
途切れ途切れの荒い呼吸。絶え間なく全身から滲む鮮血が純白のローブを真紅に染めていく。まさしく全身の血管という血管が内側から爆ぜたように血を流す彼らは、もはや意識があるのかすら怪しく、時折ぶしゅっと噴火したように血潮が吹き出して床を汚す。
その四人の目は既に焦点を失っているのが分かり、唇は青紫色に変色し、手の先は血が足りなくなっているのか痙攣を起こしていた。だが、それでも直立不動で揺れることすらなく立ち続ける様子は、見るものに不気味を一歩飛ばしで通り越して生理的嫌悪すら植え付ける。
そんな、非人道的なんて言葉では言い表せない光景を生み出した原因。それは、彼らの人体に備わった『あるもの』にあった。
『魔力増幅回路』は組み込んだ人間へ莫大な魔力を通し、その体内に存在する”魔核”の機能を使って生命力と混ぜて必要な魔力を精製・増幅する。
だが、その場合魔法陣から直接魔核へ魔力が通されるのではなく、一旦全身を巡る魔力回路へ流してから魔核へ送り、変換・増幅をするのだ。
だが、魔力回路には”魔力許容量”というものがある。仮に魔力許容量を100だとするならば、今まで彼らの体に流れている魔力はその何百倍で済めばまだ良い方だろう。下手したら何千倍のレベルまで達するかもしれない。
その莫大な魔力を一度に流すと、どうなるのか。それは、許容量を遥かに上回った魔力を制御しきれなくなった末に起こる最悪の結果――
――魔力回路の暴走。
許容量を超えた魔力の奔流を受けた魔力回路は、その衝撃でズタズタに傷つく。その傷ついた部分から体内へ溢れでた魔力は、血管や筋肉や神経系を裂き、骨や内臓を損傷させていく。すなわち、待っているのは避けようのない死。
すなわち、あの魔法陣に組み込まれた時点で、その魔術師の死は確定したのだ。助かる見込みは約1%未満といったところ、それでも体内を壊されているのだから、結局死ぬのが遅いか早いかの違いでしかない。
「まったく、どの世の中にもイカれたことを考える天才がいるものです。ま、その技術を使わせてもらっている私が言えた立場ではありませんか」
そんな、誰ともしれない天才へ尊敬の念など一切含まれていない賞賛を送りながら、ぱたんと右手に持っていた本を閉じた。ここから先は、基礎的な知識程度しか持たないフリウスとこの本では無理なのだ。
やがて、フリウスの見ている前で魔法陣に流れる黄金色の輝きが収まっていき、その上に重なるように二層目となる白銀色の魔法陣が出現していく。
くるくると回転しながら広がっていくその魔法陣は、やがてソラミアの体をすっぽり覆う位のサイズで停止した。そして次の瞬間、下にある黄金色の魔法陣から白銀色の魔法陣へと魔力の流れが伸びていく。
と同時に、もう用済みとばかりに魔法陣へ組み込まれていた四人の体がゆっくりと地面へ倒れた。もう全身の血液が抜けたのか倒れた音もしないほど軽くなってしまった体を部下の魔術師に指示して端へ片付けさせる。
「第一段階は成功、ということですか」
「ええ。第二段階では、対象が持つ魔道書と波長を同調させるために、精神リンクを行います」
傍に控えていた白ローブを纏った影――確かフリウスの記憶では名前をスミラス・ソレイドといったはずの魔術師が結果を告げる。そこで、ふとフリウスは気になったことを訊ねた。
「その場合、あの少女の意識はどうなります?」
「意識……ですか。そうですね、この魔術は深層意識へ干渉しますから……恐らく意識がほとんど仮死に近い状態へ移行するかと」
「仮死状態……そうですか。後でゼラスには恨まれそうですね」
後々の未来を予測して、のため息が口をついて出た。その言葉の意味が分からずに押し黙るスミラスを「知る必要はありません」と適当にあしらい、再び魔法陣へと目を向け直す。
その目線の先では、回転する白銀色の魔法陣がくるくる、くるくると右へ左へまるで意志を持つように回転を繰り返していて――
と、その時、フリウスの通信用魔道具が着信を告げる。その表面を二回叩いて相手側の名前を表示させると、『Zeras・Freak』――ゼラス・フリークの文字。
「はい、フリウスですが。何か進展が?」
『それが――少し不味い状況です。先程報告を上げた侵入者ですが、そのうち二人が『霊装』を使用しているのを確認しました』
「……確かに、それはかなり厄介ですね。魔法外部制御機構『霊装』――すなわち、自身では制御しきれないほどの魔法を宿す者ですか」
フリウスの、魔法を専門とする知識が即座に答えを弾き出す。全魔導士が目指す最到達点にして、魔導大国として名を馳せるリアスター国内でもまだ前例が少ない『第二階梯』への覚醒者である、と。
『……確認しましたところ、その魔法は炎属性と水属性のようです。ですが、系統までは把握できませんでした』
「いえ、属性が判別できただけでも僥倖です。かの第二階梯にはおおよそ従来の系統区別が適応されませんからね」
魔法には、属性がある。その属性ごとにさらに細かく切り分けたのが系統というのだが――あまりに強大な第二階梯は、その系統といった常識すらをも捻じ曲げていく。
だがしかし、いくら第二階梯とは言っても属性だけはどうしようもならない。属性とは言ってしまえば個人の魂の色であり、先天的にひとつと決まっているからだ。
ゆえに、勝ち目はある。異能同士が激突する戦闘では、格下が格上を潰すなど珍しい話ではないのだから。所詮敵は同じ人間、弱点など探せば見つかるのだ。
そんな感じで、悲観的にならず勝ちを取りに行くフリウスは、早速脳内で敵のイメージを思い描きながらゼラスへと質問を飛ばした。
「それで?そのふたりには今どのように対処しているのです?」
『ええと、ですね。それが――』
一瞬戸惑うように言葉を切り、ゼラスは怒られる子供のような不安感を滲ませた声で続けた。
『申し訳ありません、突破されました』
ゼラスがそう告げるのと同時、フリウスが寄りかかっていた闘技場の壁の奥にある観客席、そのメインゲートから爆炎に押されて何かが舞台へと射出された。
ゴッシャア!と舞台の地面へ叩きつけられたそれは、原型が分からないほどに破壊されたゴーレムの哀れな残骸だった。ところどころが赤く溶けて、ドロドロとした粘性の液体へと変わっている。
「――ッ!特殊魔合金製のゴーレムを……ここまで……!?」
鉄に魔力を混ぜ錬金術で改良した特殊魔合金――耐熱性ならば数百度は余裕で耐えるはずの金属が融解するほどの火力。そんなふざけた芸当が可能なものを、フリウスはひとつだけ知っていた。
「第二階梯……なるほど、これは想像以上に規格外ですね……!」
「そりゃドーモ。こっちも気が立っててな、お前をぶん殴らずには終われねぇんだわ」
たん、と静かな着地音を立てて、ゴーレムの残骸の前へ青年が降り立つ。だが、現れた青年の口調はそれに半比例して荒々しい。朱色の髪がまるで揺れる炎のようにツンツンと逆立ち、青年の怒りを体現しているようだった。
その青年はちらりと魔法陣の真ん中に横たわったソラミアへと目を向けると、その表情が驚愕に染まる。そして、その驚愕が徐々に荒れ狂う怒りへ変わるのにさほど時間はかからなかった。
「……何をしている?」
静かに、問う。
煮えたぎる怒りをその声に宿して、なお青年は静かに問うた。それに対してフリウスは、わざと見下すように笑って返す。
「言う義理があるとでも?」
「ねぇよ。だがんなモンは関係ねぇ。答えろ、クソ野郎!ソラミアちゃんに何をしやがった!?」
「ノーコメント」
「……そうかよ」
途端に、ゴウッ!と青年の両拳が灼熱の業火を纏う。思わず顔をそむけたくなるような熱気に、近くにいた魔術師たちが後ずさりする。しかし、フリウスは正面から抗って牙をむいた。その思考に、現段階での撤退という文字は存在しない。
妨害なら、潰せばいい。
邪魔者なら、排除するまで。
「そうでなければ、僕は何の為にここまで――。ここで退く訳には、いかないのですよ!」
「ははっ、なるほどなァ!退けない理由、か。覚悟決めたその瞳は嫌いじゃねぇ。だったらオレもその瞳に敬意ってヤツを表して、全力でぶん殴らせてもらうぜ!」
ヒュッ、とフリウスは腰にクロスさせた二つの鞘から短剣を引き抜く。それを目にした青年も、拳を握りしめて今にも突撃せんばかりの前傾姿勢をとった。
――合図など、余計なものは要らない。
それは、意図せず互いの呼吸が重なった瞬間。両者は、まるで弾かれたように前へと飛び出していく。その拳と刃を交え、ただ目に映る敵を倒すために。




