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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
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No.23 追憶の夢①

『――ミア、誕生日おめでとう!いやぁ、月日ってのは早いもんだなぁ!』


 ふと、私はそんな言葉で我に返った。

 豪華な造りをしたどこかの廊下に立っている私は、気づけば薄緑色のドレスに身を包んでいた。ふかふかな赤い絨毯の感触を履物越しに感じる。思わず、ここに寝転んだらさぞ良い寝心地なのだろうなぁ、なんて益体もないことを思ってしまう。


 そして、私の目の前には、ひとりの男性が。浅黒く焼けた肌に剛毅な笑いを浮かべ、引き締まりながらも筋肉のついたその男性は、バンバンと少し痛いほどに私の肩を叩いてくる。


『え、あれ?私は何をして……?』


 私、と口では言いつつも、一瞬自分が誰かすらわからなかった。まるで、靄がかかったように思考が白く染ってしまい、私という存在が停止する。


 だが、よくよく思い返してみれば、なんということはない。私はソラミア・シーネルタ、それ以外の何者でもない。そして私が今居るここは、我が家の廊下――具体的には、恐らく私の自室の前だ。


 と、私が奇妙な空白感を感じていると、目の前の男の人はみるみるうちにその表情を泣きそうなものへと変えていくと、ものすごい剣幕で私の両肩をがっしと掴んだ。


『ど、どうしたソラミア、まさかどっか痛いのか!?誰かッ、緊急事態だ、ソラミアがー!医者、腕の良い医者をーッ!』


『ちょ、お父様!私は大丈夫だから!ちょっとぼんやりしてただけなの!』


 勝手に勘違いして騒ぎ出す男性――いや、そうだ、この人はレイク・シーネルタ、私のお父様だ。なぜ忘れていたのか……うーん、わからないなぁ。とりあえず、後回しにした方がいいか。


 そう考え思考を一旦脇へ押しやると、お父様を慌てて制止しつつ、私は寝起きのように霞がかった脳を動かしていく。


『んん、えーっと、確か朝起きてドレスに着替えて……。それから屋敷の中をひと通り回って……あれ?なにか大事なことを忘れてる気が……?うーん、なんだったかなぁ?』


 もしかしたら、寝ている間に見た夢かなにかが中途半端に引っかかってるんだろうか。ふーむ、それにしてはなんだか胸騒ぎのような感覚がするし。まあ、気のせいか。


 そんな感じで思考を切り上げた私は、相も変わらず過保護すぎるお父様へと再び視線を向け直す。その少々強面な風貌にそぐわない涙目のお父様は、オロオロと取り乱して私の体をあちこち触ってくる。


『本当に大丈夫なのか!?何か異変は!?どんなことでもお父さんにハッキリ言うんだぞ!』


『ええ、それはもちろんだけど……。あのお父様、実の娘とはいえ女の子の体を触りまくるのはどうなのかなーって思うのよ』


『ふぁっ!?すす、すまん!悪気はなかったんだ!だからお父さんを嫌わないでお願い!なんでもするからぁ〜!』 


『ああもう、わかったから!このくらいで嫌ったりしないわよ、だから止め……わ、ちょ、どこに顔擦り付けて……!』


 情けなくすがりついてくるお父様の頭を力づくで押し退けつつ、私は苦笑した。またこんな一日が始まるのかと、楽しそうに呆れながら。


 ――暗転。


***********************


 ゴーン、ゴーンと重い鐘の音が響く。

 それを耳で捉えながら、私は両手いっぱいにプレゼントを抱えて廊下を歩いていた。


『う……重い……!っていうか、前見えないし……!』 


 綺麗に包装がされたプレゼントの数々は、全てお父様がくれた物だ。さっき書斎で少し調べ物をしていたら、突如乱入してきたお父様が嬉々として置いていったのである。


 お父様はとにかく私に対して過保護すぎるきらいがある上に、あの見た目からは想像もつかないほどガラスのメンタルなのだ。まさしく、心は硝子で出来ているのだ。


 それも、二歳上のお姉様には普通なのに、私にだけは過保護。その理由としては、私が生まれてすぐに心臓が一度止まったという事を発端にしているらしいのだが、ここまでくるともう役得というよりも素直にうっとおしいと感じてしまう。


 親の心、子知らず。

 昔どこかの誰かから――そうだ、リィンというお父様の古い友人の人から聞いた慣用句だった気がするが、私としては逆もまた然りだと思う。子供が親の心を知らないように、親もまた子供の心など知りようもない。


 話さねば、伝わらない。血は繋がっていようとも、心が繋がっている家族なといやしないのだから。……もっとも、以前私がうっかり「うっとおしい」と口にしてしまった時は、お父様は三日三晩自室に篭もって泣き通していたが。


 無言の抵抗、ここに極まれり。


『……ふぅ。どうせなら、私の部屋に置いといてくれればよかったのに』


 こんな愚痴を零しつつも、決してうんざりしているのかと問われればそうでも無い。やはり、いくつになっても誕生日を祝われるのは嬉しいものだ。……まあ、もう少しだけ控えめにしてくれたら文句のつけ所もないのだが。


 と、ふらふらと左右によろけながらなんとかバランスを保つ私の元へ、背後からテンポの良い走るような足音が近づいてくる。絨毯の上で走るとか、正気なのだろうか。絶対走りにくいのに。


 そして、バシーン!と力強く叩かれる私の肩。本日二度目だ、まったく私の肩はそんなに叩きやすかったりするのか。一体どんな肩なんだ、それ。


 と、内心ぶつくさ言いつつ叩かれた拍子に廊下中に散乱した小包をしぶしぶ拾い集めていると、屈んだ私の頭上から元気満々な声が降ってきた。


『おはよ、ソラミア!なにしてるのさ!』


 ときたま男の子と間違われるほどのショートヘア、鮮やかな黄金色の髪は形のいい眉の上で揃えられ、ひがな一日外で体を動かしているせいで半そで短パンのラフな私服から覗く健康的に焼けた小麦色の肌がまぶしいその少女は―――正真正銘、私のたったひとりしかいない二歳年上の姉だ。


『ふふっ、見ての通り、どこかの誰かのおかげで廊下に散乱してしまった荷物を拾い集めているんですよ、ミーナお・ね・え・さ・ま?』


 意趣返しとばかりに皮肉を込めて棘を生やした私の言葉に、「うっ」とうめいてお姉様―――ミーナ・シーネルタはよろめいた。それから、あからさまに私の機嫌を窺うような動作で散らばったプレゼントを拾いだす。まあ私とて、さほど怒っているわけでもないのだが。


『い、いやぁゴメンね?ホント、ゴメン。拾うの手伝うから許して?』


『嫌ですねぇお姉様。私、全然怒ってなんかいませんよ?』


『……ソラミアってさ、怒ると敬語になるよね』


 おっと、流石はお姉様。私のクセは見事に見抜かれていたらしい。でも、本当に、怒ってなんか、いないんだからね?それはそれとして、叩かれた分何かしらの見返りは欲しいが。


『……じゃあ、あたしもこの荷物を運んであげるよ。どこ持ってくの?』


『私の部屋。お姉様が四分の三持っていってくれたら、ちゃーんと許してあげるわよ』


『よ、四分の三……。ねぇ、せめて半分じゃダメ?』

 

 プレゼントの量を前に引きつった顔で告げられた言葉に笑顔で首を横に振った私は、床に置かれたプレゼントの山からざっと半分を取ってお姉様へと差し出す。それを反射的に受け取ったお姉様へと、さらにプレゼントを押し付けつつ、私は清々しい気分とともにサムズアップ。


『じゃあ、お姉様。頑張ってね!』


『ち、ちょっと待ってよ、ソラミア!この量はさすがに……っていうかひとつだけ重っ!?何が入ってんのコレ!?』


『ああ、それ多分お父様が「大辞典」って言ってたヤツかも。なんでも、古今東西あらゆる戦闘の豆知識を集めたとかなんとか……』


『うっわ、なにそれ誕生日の娘に与えるものじゃないでしょ!相変わらず妙なチョイスするなぁ、あの人!』


 それには大いに同意するところだ。私も、あのお父様は、センスも含めどこかおかしいと常々思っていた。だって、あの人食事中にいきなりナイフ片手にお姉様とチャンバラ始めたりするもの。


『だよねぇ!あたしもアレはどうかと思うんだよ!あ、あとさ、こんなのもあったよねぇ……』


 そんな風に、つつけばいくらでもあるお父様の奇行に焦点を当てて、私とお姉様は笑いあう。


―――そして、暗転。


***********************


 ギィン!と、金属同士が衝突して火花を散らす。

 

『あははっ!さっすがお父様、やるじゃん!』


『オレとて昔は「騎士団最強剣士の片割れ」の異名を欲しいままにしてたんだ。まだまだ現役、娘には負けてやれんわ!ふはーっはっはっは……あ、ちょま、笑ったら横隔膜つった……!』


 ガッキンガッキンと刃は無いにしろ鋼で出来た刀身を嬉々としてぶつけ合うお父様とお姉様。互いに攻守を入れ合い、目まぐるしく変わるそれは、まさに実戦さながらの剣戟だ。


 そんな白熱した試合を少し離れたところで眺めながら、私は別のことに全神経を集中させていた。


『いい、ソラミア。魔法っていうのはね、まず自分の中に流れる魔力を感じるところから始めるのよ?』


『む、むぅ……。魔力の流れ……流れ……』


 十六歳の誕生日を迎えた――つまり、魔法の力を扱えるようになった私に指導してくれるのは、お母様だ。


 普段からおっとりとしたイメージの、腰まで流れる銀髪の髪と柔らかに細められた翡翠色の瞳が、まさしく深窓の令嬢という言葉を体現している。だが、それでいてこのお母様は、紛うことなき武闘派である。


 なんでも、お父様とお母様が付き合い出した理由としては、昔2人が決闘をした時にそれまで無敗を誇っていたお父様をお母様が笑顔でボッコボコにしたのが始まりらしい。


 ……よく考えたら、私の家族って武闘派ばっかりだな。やっぱり、八百年前の戦争で活躍した初代当主、ローズ・シーネルタ様の遺伝子というか、似たもの同士を引き寄せる何かがあるのかも。……うーん、有り得なくはないなぁ。


『あらソラミア、ボーッとしてちゃダメよ?もし魔力が制御を外れて暴走なんかしたら、危ないんだからね?』


『え?あっ、ごめん!ついうっかりしてたわ……』


 どこか上の空になっていたのを優しくたしなめられながら、私は再び意識を集中させていく。と言っても、魔力を感じ取るのは簡単だ。魔力自体は生まれつき持っているので、今までも似たような訓練はしてきている。


 ただし、今回はさらにその先。その魔力を変換し、魔法へと昇華させるとかなんとか……。むむぅ、やっぱり難しい。


『ソラミアは魔力を制御するのは出来てるから、それを昇華させるのがネックよね。そうね……じゃあ、こう、体内に流れる魔力を、練り上げて形にするような感じで……』


『……魔力を……形に……。練り上げて……』


 ほとんど無意識のうちにお母様の言葉を反すうしながら、私は言われた通りに魔力を練り上げていく。魔力の流れを制御して、意識しながら一点に集めて……。練り上げ、形にして……。


 と、不意に頭のどこかで穴あきのパズルにカチッと最後のピースがはまる様な感覚がした。それと同時に、胸の中央辺りが確かに熱を持ち始める。その熱は、練り上げた魔力に呼応するように胎動すると、次第に私の周囲にバチバチと紫電が舞い散った。


『……あら、おめでとうソラミア。見たところ、あなたのは雷属性のようね。うんうん、なんだか懐かしい感じがするなぁ、お母さん』


『雷、属性……。これが、私の魔法……!』


 普段通りのマイペースな、それでいて親しい人が聞けばあきらかに高揚しているお母様の声。


 新たな自分に出会ったように、高揚感に包まれる。少し意識を向けると、体内で呼応していた熱に、明確な指向性が生まれる。扱いは自由自在、まるで自分の手足を扱うようだ。

 

 と、私が念願の魔法に感極まっていると、視界の隅にこちらへ駆け寄ってくる姿が写った。それは、剣を片手に携え、もしかしたら私以上に嬉しそうな表情のお父様だった。


『あっはっは〜!ソラミア、凄いぞ!さすがはオレの娘だぁ!』


 だばーっと号泣しながら駆け寄ってくるお父様へ、私も言葉を返そうと向き合い――そして、ついうっかりと右の手のひらを向けてしまった。大抵の魔導士が自分の利き手で魔法を操ると、事前に聞いていたにも関わらず。


 あっ、と思った時には遅かった。

 体内で昇華した魔法が、出口を求めて私の手のひらから真っ直ぐに迸った。真正面にいる、お父様目掛けて真っ直ぐに。


『え……ギャアアアアァァァ!?』


『『ああっ!お、お父様〜!?』』


『あらあら、大変。大丈夫かしら?』


 ズバチィ!と、危ない音を立てて紫電をその身に受けたお父様が崩れ落ちる。慌てて傍に向かう私とお姉様、そして片手を頬に当てて心配するそぶりもないお母様。


 多分、お母様の余裕はお父様の実力を理解していたからだろう。その証拠に、紫電の直撃を受けたにもかかわらず、お父様はピンピンした様子で私に言った。


『……ナイス、ショット……』


 電撃で舌が痺れているのか、少し舌っ足らずな口調でそう言葉を絞り出したお父様。それを見た私達は、思わず顔を見合わせると、同時に吹き出した。


 ――またしても、暗転。


***********************


 ――そして。


「……なに、これ?」


 そんな平和な家族の、変わりない普段の日常を。()()()()()()()()()ソラミアは、暗転して真っ暗になったどこかで呆然とした調子で呟いた。


 おかしい。

 異常だ。


 本当のソラミア・シーネルタは、魔導教団(オラリアル)に追われて、命からがら王都まで逃げて、クリストたちに救われて、そして、今、敵の手中にあるはず――ならば、何故こんなことになっているのか。


 まるで、台本通りの演劇のように。

 まるで、作られた小説を眺めるように。

 自分の記憶を見せつけられているのだろうか。


 と、ここで気づいた。気づいてしまう。避けたかったのに、逃げ出したいのに、気づいてしまった。

 

 これが、自身の記憶を再生しているのなら。 

 『あの日』の記憶を、追体験しているのならば。

 ――まだ、続きがある。


「……ッ!」


 その事実に気づいた瞬間、体がぶるりと嫌な震えを発した。心臓が変なリズムを刻みだし、汗が止まらなくなる。まるで、あの地獄を見たくないと拒絶するように。


 いや、ソラミア・シーネルタは、必ず拒絶する。あの炎の世界を見るたびに、自分の心を掻きむしって殺してしまいたい衝動に襲われながら、子供のように駄々をこねて拒絶するしかない。


「いや、だ……見たくない……!」


 はっきりと、口に出す。

 あの日から一週間、這う這うの体で王都まで逃げながらも、夢で見ない日はなかった。心の底から、もう見せないでくれと願うほどに。残酷に、無慈悲に、無情に、ソラミアの心へ悔恨の刃を突き立てる地獄の光景を。


 しかし。

 『次』はすぐさまやって来た。


 ――世界が、切り替わる。

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