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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
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No.22 《封印》②

 タタァン!と、いくつもの重なった足音が響く。その音の主である三人は、揃った黒コートを風になびかせて屋根の上を駆けていた。


「――とまあ、説明した通りだ。これが、今回ハーネスから受けた依頼の詳細だとよ」


 あの後きちんと通信用魔道具に正しい十二桁を入れてかけ直し、無事に合流を果たしたクリストの口から聞かされた真実に、ユグドラシルとルーナは少なからずショックを受けたらしかった。


 ソラミアのことや、《封印》の魔道書(グリモア)、そしてフリウスを始めとした魔道教団(オラリアル)か行おうとしていること――それらを、クリストは包み隠さず全て伝えたのだ。


「そう……なんだ。そっか……あんな小さい体で、ボロボロになってまで頑張ってたんだね。すごいよ、ホント」


「くそ、なんで言ってくれなかったんだソラミアちゃん!そうすりゃ、もっと早く助けられたのによぅ……!」


「大方、俺たちを巻き込めないー的な強迫観念に囚われてたんだろ。見てればわかる、ありゃあ()()()()()()()、正義のお人好しだ」


 そう断言したクリストは、さらに駆けるスピードを上げる。もはや駆けるというよりも、半ば跳ぶような形で屋根の上という不安定な足場を次々に踏破していく。


 ちなみにこの『屋根の上を駆ける』という、太陽が天高く昇っている昼間の明るい時間帯にやればさぞ目立つこと極まりないこの行為。それは様々な種族が暮らし常識という概念が入り交じるリアスター王国でも当たり前といえばそうなのだが、まず常識としては通用しない。


 しかし、この王都トライス西区だけは例外だ。

 一番街から八番街にまで分けられるこの区には、傍目から見ればおかしく思えるが、実際住んでみれば理不尽かつ迷惑極まりない特色が存在する。それか、数字が増えるのに比例して人口が増えるため、道幅が狭くなっていくというものだ。


 比較的まともなのは三番街あたりまで、それ以降はまさしくどの道を選んでみても裏路地と表記するのが正しいであろう狭さへと変わっていく。それに加えて、乱立した家々によって、もはやどこぞの悪意が絡んでいるのではないかと疑いたくなるほどに迷宮のごときその入り組んだ街は、いちいち常識など気にしていては暮らしていけない。


 それ故に、この場所だからこそ編み出された移動法の一つとして、『屋根の上走法』なるものがあるのだ。

 

 なので――


「あ、お仕事ご苦労様で〜す!」


「ああ、これはクリストさん!お疲れ様です〜!」


「……ねぇ団長、今の男の人って誰?」


「誰って、いつもウチに届けてくれる配達員のタリスさんじゃん。ほら、朝に新聞持ってきてくれるだろ?」


「いや、知らなかったよ。変なとこで交友関係広いよね、団長ってさ」


 すれ違いざまに挨拶を交わすクリストと新聞配達のタリスさん。何故そんな人と知り合いなのかといえば、とある理由から睡眠を良しとしないクリストは昼夜問わず起きているため、早朝に届けに来たタリスさんと出会う確率が高いからである。


 とまあ、こんな感じで配達員も一般人も揃って屋根の上を走る今日この頃。そもそも人口の大半が魔法を使える身――つまり、その副作用として活性化した魔力による身体強化の恩恵を享受しているこの世界では、屋根の上を走る程度の芸当はそれこそ息を吸うようにできる。


 ちなみに、二十歳男性の五十メートル平均タイムは、六秒前半である。


「……って、タリスさんのことはいいけどよ。さっきから気になってたんだが、団長の腰にある剣はなんだ?」


「……今更かよ。俺、結構前からこれ持ってたよな?」

 

 クリストの腰にある、ゼラスから奪い取った長剣に今さら目をつけたユグドラシル。とりあえずツッコミの一つでも入れようかと思い立ち、そこでそう言えばと記憶を掘り返してみればハーネスや『共犯者』も何も言わなかったなと気づく。


「なあ、ひょっとして俺、帯剣してても違和感ない?そこまで危険人物的な認識されてんの?」


「……まあ、団長は危険人物なとこあるよ?西区七番街のグレーマーケットで違法スレスレの値切り方してるって聞いたもの」


「それな。あと、よく路地裏で絡んできたチンピラ相手にケンカして、慰謝料と称して逆に金品を巻き上げてるってーのも聞くし」


「おい待て、誰だそんなウワサ流してんの!言え、ぶっ飛ばしてやるから!」


「「フレッドだけど」」


「言うのかよ。……っていうかあの野郎の仕業か!ただて済むと思うなよチクショウ!」


 この仕事を片付けたら、必ずあの顔面に全治一ヶ月はかかるドロップキックを見待ってやると心に誓うクリスト。それに、奴が流したウワサもなまじ真実だから始末が悪い。


 そもそも、ルーナの言う『グレーマーケット』自体が普通の市場未満、闇市場以上というとてもグレーな立ち位置である。なまじ法をスレスレで守っているからこそ、国も迂闊に手を出せないだけで、その実態はかなり黒よりのグレーなので、別にそんな場所でアブナイ値切り方をするのは当然ではないのか。


 そんな正しいんだか間違っているんだか――いや、まず迷う必要もなく間違った考え方なのだが、クリストの中では筋の通った思考で行為を肯定して悔しがる。まさしく風評被害も甚だしい、と。


「くそぅ、とんだ災難だぜ……。せっかく俺が庇護欲をそそるような癒し系愛されキャラで行こうとしてるのに!そしたら働かないで養ってもらえる未来が見えてくる!」


「あ、自分で言うんだね。それに目的ゲスくない?」


「そもそも、大の男相手ですら嬉々として素手で殴り掛かる団長のどの辺が癒し系愛されキャラなんだ?」


「見た目」


「……サイッテーだな、お前。安定のクズっぷりで逆に尊敬するわ、悪い意味でな」


 迷う素振りすら見せずに即答したクリストへと、ユグドラシルはまさしくゴミでも見るような目を向けてくる。その視線に耐えかね思わず顔を逸らすと、そちら側には何故か悲しそうな表情のルーナが。


「うぅ、アタシが手塩にかけて育てた団長が不良の道に……。悲しいよ、ホント!恩を仇で返された気分だよ……」


「ざけんな、俺がいつお前に育ててもらったよ。そんな記憶はこれっぽっちもねぇぞ?……まあ、それ以前にそもそもの記憶が無いわけだが」


 よよよ……と声に出して下手な泣き真似をするルーナ。と、そんな泣きの演技にコロッと簡単に騙されたユグドラシルの『お前何泣かせてんだよ』的な意味合いであろう数段鋭くなった視線が突き刺さってくるが、あえて無視。こんなことでいちいち突っかかっていては、まとめ役の団長など務まるはずもない。


「やれやれ。ここは最年長である俺がひとつ、大人の余裕ってやつを見せてやりますかね……」


「最年少の間違いじゃなくて?」


「いや、ここは最小だろ?」


「……こ、こいつらはッ……!」


 普段ならここでふたりヘ突っかかった挙句殴る蹴るのケンカへと発展する流れなのだろうが、今回クリストはそうしなかった。その理由はといえば、もちろん大人の余裕のおかげ――ではなく、単に目的地へと着いたからである。


「ほらよユグド、着いたから――死ねぇ!」


「どわぁ!?あぶっ、ちょ……って、うわあああああぁぁぁぁ!?」


 意趣返しにと少し走るスピードを落とし、無防備なユグドラシルの背中へと飛び蹴りを喰らわせて情け容赦なく突き落としたクリストは、満足げに額の汗を拭う仕草をしてみせる。


 そして消えていく悲鳴の入れ替わりに響いたビターン!と派手な衝突音の後、建物の3階強――高さにして優に十メートルはあろう場所から落下したにもかかわらず、返ってきた声はピンピンしていた。


「おいテメェ団長、何しやがんだ!?つか、お前らも早く降りてこいよ!」


「……今更ながら、あいつの身体構造どうなってんだ?」


「さあ?でも、ユグドってその気になれば尻尾は生えるし翼が飛び出すし、挙句の果てには口から火まで吹くし、結構なんでもありなんじゃない?」


「言われてみればそうだな。まあいいか」


 目の前で人が落ちたにもかかわらず呑気な会話だが、それこそユグドラシルの頑丈さへの信頼が現れた結果である。多少、その頑丈さを過信されすぎるがゆえに仲間内での扱いが雑になっているのだが、実際のところ、クリストとルーナが地面へと降り立ってみれば、ケガどころか擦り傷ひとつ無いユグドラシルがそこにはいた。 


「……で、着いたってことはここが目的地でいいのか?旧地下訓練施設は北区だろ。ここ、西区だぜ?それも、こんな――なんつーか、場違いつっていうか似合わないって言うか……」


 一足先に着いていたユグドラシルが、珍しく歯切れが悪い様子でそう言ってくる。だが、それも無理なきことだ。そこは、区が違うということを抜きにしてみても、王国の施設に関連する場所としては一番有り得ないような場所だったのだから。 


 クリストたちがいるのは、西区七番街の外れにある袋小路だ。近くに『闇市場よりはマシ』程度の評価を受けるグレーマーケットが存在するため、当然と言ってはなんだがその袋小路は様々なもので溢れかえっていた。


 それも、用途不明の機械類やらひび割れた大きな古い鏡、足の取れたテーブルやイスなど凡そゴミと呼べるものばかりだ。ここにある全てが、王国の法律によってきちんと定められているゴミの処理を行わなかった――つまり、不法投棄によるものだろう。


「ヒドイね、これ。みーんなここに捨ててっちゃうんだ……」


「ま、グレーマーケットはありとあらゆる手段での物の売買が黙認されてるからな。中には異能を使って不良品を売り捌くヤツもいるし、騙された人が捨ててくんだろうさ」


 そう言いつつ、クリストはそのゴミの山へと分け入っていく。そして、不特定多数の人間が捨てたのだろう、大量に積み重なったゴミの中にポツンと置かれた鏡を指さして叫んた。


「ほらふたりとも、あの鏡が見えるか?あれだ、あれが旧地下訓練施設に繋がる道だ!」


「それホント!?ユグド、行くよ!」


「おう……って、くっそ、なんだよコレ!ゴミが邪魔で通れない!ったくなんで捨てるんだよバカか!?」


「ハッ、『みんながやってるから』だとか『周りがしてるから大丈夫』なんてイカれた理論武装して思考停止した人間なんて、馬鹿ばっかりに決まってんだろ!?」


 もうほとんど愚痴に近い言葉を吐いてゴミ山とあくせく格闘すること数分。ようやく掘り出した大鏡はあちこちがヒビ割れ、まともに使えるかすら怪しかった。


「……おい団長、ほんとうにこれでいいのか?」


「もちろん。昔、ハーネスやレイク……ソラミアの親父さんと国を相手に大ケンカした時、王都にある施設は一通り調べたんだ。その時に旧地下訓練施設にはいくつか脱出経路があるのを覚えてたのさ」


「それがこの大鏡ってこと?」


「そーゆーこと。古来より、鏡は異空間と繋がると信じられてきた。まあ、詳しいことを話すと難しいから省略すると、要するに鏡っつーのは空間系の異能と相性が良いっつーわけなんだわ」


 そう言いつつ、クリストは鏡に顔を近づけ上から下までを眺め――不意に、会得したように無言で頷いた。そして、手を伸ばすと鏡の一部分、さほど大きくもないヒビ割れた部分へと触れ、一瞬だけ力を込めて押す。


 すると、パキンという音を立てて、その部分が剥がれ落ちた。


「「ああ〜っ!?壊した!」」


「アホか、これは元々そういう仕様だ」


 不服そうに口をとがらせ、クリストは落ちた破片を手に取る。それを裏返してみれば、刻まれていたのは――


「時計の文字盤?」


「――をベースに組み上げられた、自律型の魔法陣だな。一応知識としては知ってたが、実際に見ると凄いな!これなんてエルン文字だ、滅んだ古代魔法文明の文字が使われているなんて!実に興味深い、ゾクゾクするねぇ……」

 

 中身はともかく外見だけなら十分子供で通じるクリストだが、この時ばかりはまさしく子供のように目をキラキラ輝かせていた。


 そして、ひとしきり色々といじくり回して満足したのか、どことなく幸福オーラを全身から放つクリストが告げる。


「さて、それじゃあ始めようか。魔法を使うよ?」


「――眼の方か?」


「ああ、もちろん。だから『いつも通りのギャンブル』は無しだ、安心しろよ」


 そう言ってふたりに笑いかけるクリスト。それからおもむろに時計盤型の魔法陣と向き合う――すると、途端に周囲へピリッと電気にも似た衝撃何かが走り抜ける。


 それと同時に、ユグドラシルとルーナは注意していなけれぱ気づかないほどの小さな、それでいて確かに背中を駆け上がるぞわりとした感覚に襲われた。例えるならば、無理やりに他人から自分の『中身』を見られている――そんな感覚だ。


「よし、解析完了。長針が右に三、短針を左に五、最後に秒針を右に八動かせば――」 


 思わず顔を強ばらせるふたりとは対象的に、マイペースな口調でそんなことを言いながら言葉の通りに魔法陣の針を動かしていくクリスト。


 そして、カチカチと機械的な音を立てて動かされた秒針が、最後に9を指し示し――時計の表記に合わせるならば『7時15分40秒』へと合わせられた魔法陣が刻まれた破片を、元あった場所へとはめ直した瞬間だった。


 唐突に、ブンッ……と何かがぶれるような音が聞こえ、今まで映っていたクリストたちの姿が消える。そして瞬きした時にはもう、鏡の向こう側にまったく見覚えのない通路が浮かび上がっていた。その光景は、間違いなくこの路地裏ではない。


「旧地下訓練施設の避難通路――その一つだな。よし、行くぞ」


「ああ!ソラミアちゃんを助けるんだ!」


「そうだね、頑張ろう!」


 決意を新たに、クリストたちは鏡の奥に待ち構える最後の戦いへと身を投じるのだった。たったひとりの少女を助ける、ただそのために。

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