No.20 王の執務室②
リアスター王城。
それは、世界第三位の大国を動かす中枢にして、国を代表する王族たちの居住地でもある。
当然警備は万全――どころか、リアスター王国は別名『魔導大国』と呼ばれるほどに異能関連の研究が発展しており、その最重要である王城にはありとあらゆる防御機構が施されている。
それこそ下手に人間が警備をするよりも高度な技術が流用されているので、潜り込んだ暗殺者が絶対に帰ってこないだとか、その防御機構が自動進化する意思を備えていて暴走するだとか、嘘か誠か判断に困る都市伝説まで流れている始末だ。
まあそんな理由もあって、豪華絢爛を極めた王城の内部には驚くほど人が少ない。メイドや政官などはいるものの、警備のための騎士が居ないので広さの割には人影が少なくは感じるだろう。無論、他国の要人を招く時には騎士団の警備が付くらしいが。
……とまあ、私なりに少し解説をしてみたが、面倒な堅苦しい説明はここまで。話を元に戻そう。王城において巻き起こる、物語の続きへと――
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リアスター王城の内部、そのおよそ中心部分辺りには、とあるひとつの部屋がある。限られた極小数、それこそ二桁に届くか否かといった選ばれた者のみが立ち入りを許される部屋が。
『王の執務室』と呼ばれるその部屋には、五メートルはあろう高い天井にも関わらず、まるで柱のごとく天井に届かんばかりに伸びるおびただしい資料やら本の山が所狭しと並んでいた。
その資料の山の中にひとつ、ポツンと置かれた執務机の椅子に腰掛けるのは、質素ながら要所要所へ豪華な装飾をあしらった服を纏い、銀色のあごひげを蓄えた彫りの深い男性だ。額にシワを作り、手元の資料を一心に見つめるその男性からは、なにやら物音を立てるのを躊躇わせるような気迫が漂っている――のだが、それを。
「やっほう!ハーネスいるか!?みんな大好きクリスト君が遊びに……もとい呼ばれてきたよ!」
全くもって空気の読めない、それ以前に王城内には相応しくない声とともに外側からものすごい勢いで蹴り開けられた扉がぶち壊す。
扉の衝撃でバラバラと資料が舞い散る中、勢いよく執務室から立ち上がった男性は、扉を破壊しかねない一撃を繰り出した下手人クリストへと足早に詰め寄っていく。
「……っ、クリストぉ!お前、何してるんだよ!」
「いいじゃん、いいじゃん。そうカッカすんなって。頭に血を上らせてると体に悪いぜ?」
「うるさいわ!大体、お前はいつもいつも……!」
「はいはい、そーですね。俺が悪ぅござんしたよ。ヒラにヒラに御容赦を、ハーネス・ウェル・リアスター国王陛下様ー」
一瞬でからかっていると分かる態度で平伏するクリストを、やれやれと呆れの表情で見つめる男性――ハーネスは、床にばらまかれた資料を拾い集め始める。
「まったく、これだって貴重な資料だというのに……!」
「い、いや、悪かったって!そんな怒んなよ。つか、大体ここにある資料って俺が十三年前に集めたヤツだろ?なら集めた本人が多少手荒に扱っても……」
そこで一度言葉を切り、そっとハーネスの顔を窺ってみれば――そこにあったのは、死神顔負けの恐ろしいほどの怒りを宿した形相だった。一瞬、このまま背を向けたら殺られるんじゃないか?とクリストの脳裏に変な考えが浮かび冷や汗が流れる。
「扱っても……ダメですよね、はい。ごめんなさい!謝るからその顔やめて!?怖いっ、夜道で『死神の大鎌』に遭遇したくらい怖い!」
「……おま、オレをなんだと思ってるんだ?『死神の大鎌』って言えば、実在した大量殺人鬼だぞ?仮にも国王の立場にある人間捕まえて、それ呼ばわりはないだろっ!」
ビシビシッ!と、ハーネスの二連続チョップがクリストの額ど真ん中へ叩き込まれる。その予想外に強めの威力に思わず額を押さえてもんどり打ったクリストは、演技か素か目尻に涙を浮かべて叫ぶ。
「この、ぶったな!二度もぶった!親父にだってぶたれたことねーのに!」
「おま、親父って……その台詞は記憶喪失の人間が言っていい台詞じゃないだろ……。誰から教わった?」
「え?知ってるだろ、リィンだよ。ほら、『お騒がせ魔女様』で良くも悪くも……つか、主に悪い意味で色々と有名なあのバカ英雄」
「……あの人の仕業か。そう言えばお前、昔はあのリィン様と一緒に暮らしていたんだったか。道理で……なるほどな、納得した。ならば仕方あるまい」
やれやれ、とハーネスは首を振る。
八百年前にある『戦争』を終戦へと導いた功績を、その後の自由奔放な行いのせいでプラマイゼロへと返したある意味最強――いや、実力の上でもリアスター最強の魔女リィン。
その魔女と何かと縁のある二人は、振り回されるうちにどんなことをされても『この魔女ならもう仕方ないか』と、もはや諦めの境地的などこかへと至っていた。
なので、今回もその調子で諦め――と、ここにきてやっと本来の目的を思い出したクリストが、がばあっと勢いよく立ち上がる。
「……っと、そうだ!こんなことしてる場合じゃねぇっつの!ハーネス、頼んどいたモノは!?」
「ん?ああ、フリウス・レイズに関する情報だったな。ほら、取り寄せておいたぞ」
ハーネスはそう言うと執務机まで歩いていき、その引き出しから分厚い紙の束を持って帰ってくる。それを無造作にクリストへと放り投げて渡す。
「言っておくが、その資料は持ち出し厳禁だ。読むならここで読んで置いていけよ?」
「ああ、わかってるさ。個人情報の機密重要性くらい、俺だって理解してる」
その辺にあるちょうどいい高さの本の山に腰掛け、愛用の銀縁メガネをかけてぱらぱらと紙の束をめくり、その全てへ目を通しながら答えるクリスト。そんなクリストを放って床の資料を拾い集めていたハーネスは、一通り目に付くものを拾い終えると再び執務机へと戻っていく。
その背中へ、クリストは手元の資料から目を離さずに、世間話でもするような気軽さで声を飛ばした。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけど、フリウス・レイズは『禁忌の技術目録』の被検体だったぜ?」
「……なんだと!?何故それを早く言わないんだ!」
「え、だから忘れてたんだって……ああっごめんなさい!そんな怒んないで顔怖いですっ!」
執務机へと戻る足を止め、額と額をぶつけかねない勢いでクリストへと詰め寄ったハーネスは、焦燥が入り交じった声で訊ねる。
「……確かなんだろうな?」
「ああ、間違いねぇよ。ありゃあリストナンバー8、『人体を基礎としたキメラ製造技術』だ。実際十二年前にヤツらの実験所を襲撃して概要を見た俺が言うんだから確証はあるだろ?」
「お前が言うならそうなんだろうな。しかし、騎士団の中に禁忌の技術目録の被験者がいるとは……。事はフリウス・レイズだけでは留まらんかもしれんな……」
チッと珍しく、本当に珍しく舌打ちをしたハーネスは、慌ただしく今度こそ執務机へと戻っていった。そして、椅子に座るやいなや通信用魔道具でどこかへ連絡を取り始める。
その様子を横目で見ながら、クリストはふと呟いた。
「……禁忌の技術目録、か……」
禁忌の技術目録とは、間違いなく魔導技術を次のレベルへと押し上げる革命的な技術にも関わらず、その倫理観や生命を冒涜するという理由から世界全体で凍結・封印が決定された技術のリストだ。
研究しただけで重罪、実際に行えば死罪という重い罰則があるのだが、それでも研究者は後を絶たない。何故なら、その技術は魔導技術を探求する者にとっては、まさしく未知なる宝の山に他ならないからだ。
しかし、この技術はそう生半可なものでは無い。
いくら確立された技術とはいえ、並大抵の知識と技量では理解することすら不可能、万が一実験へ漕ぎ着けたとしてもその成功率はほとんどが一割以下と低すぎるのだ。
そもそも、今回の『キメラ技術』の件についても、フリウス・レイズのように『獣化』してしまっては失敗作。本当の成功体は、人間の姿のままに異形の力を引き出してこそなのである。
「そういやアイツら、今何してんのかな……」
ざっと一通り目を通し終え、頭の中で得た情報を整理しいかに組み立てて使うかを思案する段階に至ったクリストがふと漏らした呟きを、ハーネスの耳は逃さなかった。
「アリスとセリルのことか?あの二人なら、お前が来る前に連絡があったぞ。明日、明後日にはこっちに帰れるそうだ」
「そっか、それはなにより。……つか、なんでアイツら俺に連絡よこさねぇんだ?優先順位は俺の方が高いと思うんだが!」
「ああ、なんでも『え?連絡?いいですよ別に。どうせ連絡したところでいつも通りギャンブルでもしてる途中でしょうし。邪魔すると怒りますからねぇ、ははは……』って言ってたぞ」
「おいっ、その口調セリルのヤツだな。よぅし覚えたぞ、後で説教してやる!……っていうか俺、そんなにギャンブルしてねぇぞ?なぜなら……」
「……なぜなら?」
「しようにも金がないッ!」
ドンッ!と効果音でも付きそうなほどに堂々とした態度でダメな宣言をしてみせるクリスト。そんなダメ人間の王道を征くようなクリストへ、ハーネスは執務机へ頬杖をつきながらジトーっとした視線を向けた。
「つまり、金があったらやるんだな?」
「え?当たり前だろ、未来への投資は。なんたって、人間に待ち受ける未来には無限の可能性があるんだからな――」
「それで万年金欠の未来を生きてれば世話ないな」
「うるせぇよ、俺が金欠なのはお前のせいでもあるだろうが!」
クリストは噛み付くように叫びつつ、読み終えた資料をハーネスの執務机へと投げる。そして、おもむろに立ち上がると扉へ足を向け、その両開きの扉を押し開け――ようとする直前で、「ああっ!」と声を上げるとポンと手を打って振り返った。
「忘れるとこだった。最後に、もうひとつだけ」
「……ん?なんだ?」
「俺も個人的に一通りソラミア・シーネルタについて調べてみたんだが、どうにも狙われる理由が分からなくてね。魔力回路も魔法も平凡、かといって知識や身体に特徴があるかと言えばそうでもない」
「…………何が言いたい?」
「……なあ、ハーネス。お前、俺に隠してることがあるだろ。例えばそう……『魔本』の存在とか?」
クリストのメガネ越しの視線とハーネスの刺すような鋭い視線が真っ向からぶつかり合う。その、互いの奥を見透かし合うような衝突が、たった数秒だったにも関わらずまるで数分にも感じられ――
やがて、はぁ……と深くため息を吐き出したハーネスが、根負けしたように折れた。
「……知っていたのか、その存在を」
「敵に話のわかるヤツがいてな。直接聞いたのさ」
「なるほどな。……知っているなら隠す必要もあるまい。ソラミア・シーネルタ、彼女こそが『あの魔道書』の所有者だ」
「ヒュウ、そりゃあ魔道教団も狙うハズだな。シーネルタに関連するといえば、二十一冊のうち……そうだな、《封印》あたりか?」
質問へと厳かに頷くハーネスの反応に、クリストは的を射たとばかりに笑う。それから、足早に執務机へと近づくと、ハーネスの肩に手を置き耳元へ口を近づける。
そして、そっと囁いた。
「――、――――」
「……いいだろう。検討しておこう」
「サンキュ、頼んだぜ」
最後にポンポンとハーネスの肩を叩いて、今度こそクリストは扉を開けて出て行った。その後ろ姿を無言で見送ったハーネスは、そっと執務机の上に立てられた静画記録用の長方形をした魔水晶へと目をやる。
そこには、ハーネスやクリストと肩を組んで楽しげに笑う男性の姿があった。それは、かけがえのない親友のひとりだった男だ。
「……レイク。お前の娘は……ソラミアは、オレとクリストで救ってみせる。それが、オレなりのお前へ向けた餞別代わりにできることだからな」
そう、噛み締めるように、自分に言い聞かせるように言葉を吐いて。ハーネスは、硬く拳を握りしめた。




