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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
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No.15 悪意の拍手①

 ゴウッ!と鮮やかな赤い炎が荒れ狂う。

 赤銅色のガントレットを着けた両腕に炎を纏った青年が空気を震わすような声量で咆哮する。


「――ぉぉおおおおおオオッ!!らああぁぁぁァッ!!」


 蛇のようにうねる炎を自在に操り、石でできた狭い通路の壁を真っ黒に焼き焦がしていく。


 だが、それでも青年の――ユグドラシルの炎は勢いを増していく。飛んでくるあらゆる魔術を凌ぎ、凌駕し、上回る火炎が全てを焼き焦がさんばかりに燃え盛っていく。


「くそっ、無事なのかよ、団長……」


 そう呟くユグドラシルの視線の先には、ぽっかりと大きく口を開いた大穴がある。そこに落ちた自分たちの団長は、今どうしているのだろうか。


「いや、大丈夫だ。あの団長が死ぬハズねぇ。切り替えろ、今はこっちに集中するんだ……ッ!」


 炎を風の魔術で斬り裂いて強引にくぐり抜け、ナイフ片手に突撃してきた魔術師のあごを右拳で打ち抜いて昏倒させつつ、ユグドラシルは再び意識を戦闘へと向ける。


 と、その時。

 バタバタと複数の足音がしたかと思うと、ユグドラシルの背後に伸びる通路の奥から、二人の少女がこちらへ駆けてきた。そのうちの一人、片手に杖を持ったルーナが叫ぶ。


「ユグド!」


「……ッ、ルーナ!?おま、なんで!オレが敵を引き付けてる間に奥に逃げる作戦だって、お前がそう言ったんだろ!?」


「ダメ、奥は塞がれてた。魔術師に造られたっぽいゴーレムがいて通れないの!」

 

「くっそ、マジかよ……!こんな時団長がいればどうとでもなるっつーのに!オレたちだけじゃロクに作戦のひとつも立てられねーっつーのか……!」


 その顔に、わかりやすく苛立ちと焦りが浮かぶ。すると、ルーナたちが駆けてきた方から、ズズン……となにか重いものが動くような音が響いてきた。


「おいルーナ、何が来てる!?」


「そりゃもちろんゴーレムよ!……っ、ソラミア、そこの横穴に入ってて!」


「は、はい!お気をつけて!」


 とっさの判断でソラミアを壁に空いた横穴――ユグドラシルの魔法で溶かして開けた脱出口へと逃がす。あれは()()()()()()使()()()()が、あそこならば戦闘の余波がいくこともあるまい。


 そして、ソラミアが横穴へと逃げ込んだ瞬間、通路の奥に広がる闇の中から異形の怪物が姿を現した。人型ではあるものの、体は通路にギリギリ収まるレベルで大きく、それでいて顔はやけに小さい。そして、人間ならば瞳がある場所には、赤い光が2つ宿っていた。


「おいおい、マジのゴーレムかよ!」


「だからそう言ってるでしょ!?」


 言い合いつつ互いに得物を構え、背中を合わせてそれぞれの敵と相対する。しかし、ルーナの魔法ではゴーレム相手に不利な戦いを強いられるのを、ユグドラシルは知っていた。ゆえに、短く問う。


「……代わるか?」


「うん、できればお願い」


「任せろ」


 余計な言葉を省いたやり取り。だが、伊達に十年以上も背中を預けあった中ではない。極論、会話なんてなくてもアイコンタクトひとつで意思疎通は図れる。


 だから、この時も迷いなどなかった。


 瞬時にしゃがんだルーナはユグドラシルの股下から杖を突き出し、振り返ったユグドラシルはルーナの頭があった場所へ右手を掲げた。


「「――ぶっ飛べ!」」


 まったく同じタイミングで咆哮がふたつ。

 ユグドラシルが放った爆炎は、巨大な人型をしたゴーレムの胸部を撃ち抜き。ルーナが撃った無数の氷弾は、迫っていた数多の攻撃魔術を押し返して延長線上にいた術者たちを薙ぎ払っていく。


「ヒュウ、やるじゃねぇか。案外腕はなまってねぇようだな」


「それはこっちの台詞よ。脳筋(バカ)なユグドでもやるじゃない♪」


 ユグドラシルの火炎でブスブスと胸部から黒煙を上げて崩れ落ちていくゴーレムと、ルーナの氷弾で軒並み倒され死屍累々となっている魔術師たち。


「助かったよ。オレの魔法じゃ、アイツらを殺さねぇように倒すのは難しかったからな」


「うん、アタシも助かったよ。アタシの氷の魔法だと、ゴーレムみたいなパワー型には効きにくいしね」


 コツン、と笑顔で拳をぶつけ合って健闘を称える二人。そこには相手への揺るぎない信頼が込められているのだと、少し離れた場所で見ていたソラミアにもわかった。


 そうしてソラミアがじっと二人を見つめていると、こちらに気づいたルーナとユグドラシルが小走りに駆け寄ってくる。


「ソラミア、大丈夫?」 


「おう、ケガとかねぇか?」


「……えと、大丈夫です。心配して下さってありがとうございます、ユグドラシルさん、ルーナさん」


 ペコッ、とソラミアが頭を下げると、途端に2人は照れくさそうに笑った。


「ふふっ、いいんだよ!そりゃ仕事ってのもあるけど、ソラミアはなんて言うか――ほっとけないからさ!おねーさん心配なんだよ♪」


「そうだぜ!ソラミアちゃんみてーな可愛い女の子を護るのは、男として当然だ!……勘違いしないでよね!」


「「うわ、キモッ」」


 男の中でも凶悪な部類に入る顔面の持ち主が、やたらクネクネした動きでツンデレ発言をした。これはもう、思わず罵ってしまったソラミアとルーナを誰が責められようか。


 何となくで最後に一言付け加えたら予想外のダメージを喰らってその場にしゃがみこむユグドラシルに、すかさずソラミアがフォローに入る。


「だ、大丈夫ですよ!その、今のはうっかり心の声が漏れただけって言うか、ああほら、今日び男のツンデレはキモイって聞きますけど人それぞれですし!?ユグドさんはほら、その、ええと……かっこいい……?うん、そうじゃないですか!」


「死体蹴りはやめてあげなよ、ソラミア。ユグドのメンタルもう瀕死だよ?」


 無自覚のまま的確にダメージを与えるソラミアを、ルーナが止める。限界までメンタルを削られたユグドラシルは、眼が完全に死んでいた。


「くそぅ、オレもう死ぬ。死んで来世は猫になって可愛いロリっ子にちやほやしてもらいながら一生寝て過ごすんだい!飼って!ロリっ子飼って!」


「まってユグド、その言い方だと犯罪臭しかしないから!というか『ロリっ子買って!』に聴こえなくもないから!」


「来世って……それが本音で出るようになったら人間終わりですよねぇ」


 誰となく呟いたソラミアの言葉に、完全にトドメを刺されるユグドラシル。もはや瞳からはハイライトが消え、横になりながら膝を抱えてしまう始末だ。


 だが、次の瞬間――


「――ッ!?」


 息を呑むユグドラシルの体が勢いよく跳ね起きる。その鋭い眼光は、ルーナの一撃で死屍累々と倒れている魔術師たちの方へと向いていた。


 いや、違う。

 その視線が見ているのは、その倒れ伏す集団の中において、たった一人だけ二本の足で立っている男だけだ。


 その男は、満身創痍だった。二本の足はガクガクと震え今にも折れそうだし、纏った白ローブはあちこち裂けてボロボロになっている。それでも、緑色の光点をひとつだけ従え、男が立っていた。


「へえ、根性あるな。見直したぜ」


「言ってる場合?とにかく警戒してよ」

 

「へいへい。つっても、あの様子じゃなんも出来ねぇだろ?まともな詠唱なんて、この距離じゃさせねぇし……」


 そう、詠唱というのは時間がかかる。そんなものを唱えるよりも、ユグドラシルの炎とルーナの氷は早い。ゆえに、男には何も出来ないハズだった。


 だが、男の次の行動を見て、2人の顔色が変わる。


 前に勢いよく突き出された右手には、大振りの肉厚なナイフが握られていたのだ。男はそのナイフの尻の部分に緑色の光点を置き、喉を壊さんばかりに絶叫した。


「《解放(バースト)》ォォォ――ッ!」


 緑色の光点――風の素因子(エレメンタル)が爆ぜる。その爆風はナイフを押し出し、投げるより何倍もの速度をたたき出す。その切っ先は、真っ直ぐにソラミアの体を狙っていた。


「――ッ、マズイ!」


 とっさにユグドラシルがナイフの軌道上に割って入ろうとするが、風の魔術の後押しを受けたスピードには間に合わない。


 突き刺さる、その場の誰もがそう思った。

 当然、狙われた張本人でもあるソラミアも。


 無意識のうちにバチッと右手に紫電が走るが、如何(いかん)せんソラミアの魔法歴は一週間程度だ。発動が致命的なまでに間に合わない。


(あれ?私、ここで終わり――?)


 死を悟った時、人の知覚が体感時間を引き伸ばす。そんな話をどこかて聞いたことあったっけ、と不意に思い出した。どうやらその話は本当だったようだ。


 唐突に時間がゆっくりに感じれ、自分の柔肌など容易く切り裂く凶器が迫り来るのを呆然と見ていることした出来ず――


 ギィン!と金属同士がぶつかった時特有の耳障りな音と共に、空中のナイフの軌道が強引にズラされた瞬間、ソラミアの知覚が元の時へと戻った。

 

「――ッ!?」


 ソラミアの視覚では捉えられなかったが、何かがナイフを弾いたということだけは直感的にわかった。その『何か』に大きく軌道を逸らされたナイフは、ソラミアよりも手前の地面に落下した。


「い、一体何が……?」

 

「どうやらアレが飛んできたらしいぜ。ほら、見えるか?」


 そう言ってユグドラシルが指さしたのは、大穴が空いた上にある天井。そこに、なにやら小さな物が突き立っている。


 目を凝らしてよく見てみると、それは棒状の何かだった。ただし、側面に螺旋状の溝が彫られた形状の、まず日常では見かけないタイプだ。しかし、ソラミアはその何かを知っていた。


「あっ、もしかして……あの時の……!」 


 そう、ソラミアは見ていたのだ。

 今から少し前、《新緑の風見亭》で起こったユグドラシルとフレッドの言い争いの時、それを治めるために放たれた投擲に使われた物を――


「ああ、わかったみたいだな。そうだよ、()()()のだ」


「やーっぱり無事だったんだね。さっすが!」


 ニッと嬉しそうに笑ったユグドラシルは、小走りに大穴の淵へと足を向けた。そして、中をのぞき込むようにして軽く身を乗り出し――


 ドンッ!と、勢いよく飛び出してきた『何か』に突き出していた顔面をはじき飛ばされ、床に倒れた。そして、その体の上へと空中で華麗に一回転を決めた『何か』が降り立った。


 その『何か』は、少年の姿をしていた。

 片手を軽く上げ、緩く飄々とした笑みを浮かべ、黒いコートをバサリと翻した少年の姿を。


「よう、ソラミア、ルーナ!無事みたいでなりより!」


「……クリストさん!」


「相変わらずしぶといねぇ、団長。まあそこも可愛いポイントなんだけど!」


「ま、一応『意外と不死身』がウリの俺だからな。……つか、やっぱお前の「可愛い」基準は意味不明だよ、ルーナ」


 そう言いつつクリストはキョロキョロと辺りを見回すと、首を傾げて訊ねた。


「なあ、ユグドはどこだ?サボりか?」


「ここにいるわボケがあああぁぁぁ!!!」


 ガバアッ!と腕立て伏せの体勢から腕の力だけで見事に起き上がってみせたユグドラシルは、背中に乗っていたクリストの足を振り払った。


 そして、いきなり振り払われたクリストはといえば、今の今まで踏みつけていたにも関わらず、まるで日常会話の導入のごとき自然さでしれっと言い放つ。


「おお、悪いユグド。いたのか」


「いるわ!つか気づけ!悪意満点で人の事踏みつけやがって!」


「む、そりゃ心外だな。いくら俺だって悪意だけで人を踏みつけたりはしないぞ?……傷つくなぁ」


 肩を落として見るからにしょんぼりとするクリストに、ユグドラシルは罪悪感が芽生える。なので、途切れ途切れに謝罪の言葉を口にしていく。


「そ、そうだよな。いくら団長でもそこまでクズじゃないよな。悪い、言いすぎたわ、ごめん……」


「いや、わかればいいんだ。ちなみにで言うが、さっき踏みつけたのは悪意半分嫌がらせ半分、そこにスパイス程度に日頃のストレスを込めたもので、要するにまあアレだ……純粋に故意だ」


「予想の斜め上を行くクズさだった……!?」


「なんでだよ、悪意満点じゃないからクズじゃあねぇだろ。まったく失礼な」


「故意に人の事を踏みつけてる時点でクズだし失礼なのお前!つかなんだよストレス込めたって!テメェのストレスを俺に押し付けんな!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐユグドラシルを適当にあしらうクリストと、その争いを止めに入るルーナ。そして外側からそれを見ているソラミアと、この何時間かで幾度となく繰り広げられた図がそこにはあった。


 ただし、今回はもう一人役者がいた。

 パチパチと乾いた拍手をしながら、倒れる自分の部下に足も止めず、ただただ柔和に笑う役者が。


「フリウス・レイズか……」


「ええ。戦闘の一部はゼラスやここの部下たちの視界を使って見させてもらいました。いやはや、お見事としか言いようがありませんよ」


 何も知らない人間が見れば、全員が口を揃えて完璧と言うような微笑み。だが、その裏に秘められたのはどうしようもなく濁った人の悪意だ。


 そんな悪意の塊の。

 白々しい拍手だけが、狭い通路に響き渡った。

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