No.11 柔和な裏切り者
「ふむふむ、にゃるほど。それが裏切り者の正体かぁ……」
片手で右耳を覆い、風にコートの裾をたなびかせるクリスト。その覆った手のひらの中、青色の宝石の形をした魔道通信機からは少女の声が聴こえてくる。
「フリウス・レイズって言えば、確か……地方の貴族レイズ家の三男坊だったっけな」
実際クリストの眼では300メトス以上離れた場所を見ることなど叶わないが、見るだけが状況確認の方法ではない。
その1つが盗聴。
リアスター王国内外を問わず、今や世界中に普及している魔道通信機だが、これにはとある悪用方法がある。専用の手順を踏むことによって、一方的に相手の魔道通信機を起動状態にして音声を拾うことが出来るのだ。
無論、生半可な知識では出来ない芸当ではあるが、クリストは自ら魔道具製作を行えるほどの知識と腕を持ち合わせている。故に音声傍受など朝飯前だ。
「ふんふふん、ふふーん☆」
タタタン!と魔道通信機から線で繋がった板状の魔力演算装置を指で叩くと、その操作に合わせて光で出来た無数の数字や記号が板の中を流れていく。
「ふっ。相変わらず俺お手製の魔道具は質が高い!」
自分で1から制作した魔力演算装置の出来栄えに惚れ惚れしていると、不意に魔道通信機がピーッピーッと笛のような音を鳴らした。着信が入った合図だ。
「ん?誰だ……?」
魔道通信機の表面を指で3度叩くと、空中に半透明な赤色で『Yggdrasill』という文字列が浮かび上がる。
「……?なんでユグドから……って、ああそうか。アイツ、別空間に飛ばしたまんまだったっけ」
現在ユグドラシルは『空間複製結界』という中にいるのだが、それを構築している核である魔道具はクリストの手元にある。つまり、クリストが操作をしなければユグドラシルは出てこられないのだ。
ふむ、と一瞬思案したクリストは、普段の飄々とした笑みを別のものへと変える。それは、見るものを思わず苛立たせるような底意地の悪い笑みだった。
「はいはい、もしも〜し。みんな大好きクリスト君だよ☆それでユグド、何の用かニャ?」
『おい団長……ザザッ!お前……してく…………出れねえ……ザザザッ!早いと……かして……ザザッ!』
「ええ?なーんだーってー?いやぁ最近俺も年で耳が遠くなってきてねぇ……」
『テメ、ふざけ……殴ん…………ガガッ!…………いから……て言って……ジザザッ!』
空間を隔てての通信のため、ノイズが混じって聞き取りにくい。だが、ユグドラシルの言いたいことは分かる。早くここから出せ、ということである。
ドS少年クリストとしてはもう少しこのまま煽りに煽って遊んでいたいところだが、それでは後々怨みを買うのは目に見えている。なので、ここは素直に聞くことにした。
「空間指定、複製01。転移開始」
シュウウッという音と共に、クリストの目の前にどこからともなく光の粒子が集まってくる。その粒子は人の姿を象ると、次の瞬間にはパッと弾けて空気に消える。
その場所に立っているのは、赤髪ツンツンヘアー男。誰であろう、ユグドラシル・バータストその人である。
「や、おかえりユグド。お疲れ様。怪我とかしてねぇか?」
「……ん、まあケガはしてねぇよ。相手がザコばっかだったからな」
「そりゃあお前からしたら大抵の相手は雑魚だしな。んで?その倒した雑魚はどこだ?」
「ああ、あそこにまとめてあるぜ」
そう言って指さした先は、己の足元。いや、正確には足元に広がるせまっ苦しい路地と言った方がいいだろう。
そこの石畳には、元々白いローブだったはずが全体的に焼け焦げ今や焦げローブと化している無残なボロ切れを纏った集団。それが山のように折り重なって倒れていた。
「まあ火傷なんかは負っちゃあいるが、見ての通り死んだヤツはいねぇよ」
「……そうか。なるほどね」
その山を一瞥して頷いたクリストは、すぐさま向き直って真剣な声音になる。
「それよかユグド、緊急事態だ。ルーナとソラミアが襲撃を食らった。今は何とか退けて安全だが、またいつ襲われるか分かったもんじゃねぇ」
「なっ……マジかよ!それじゃあ早く合流しねぇと!ああでもその前にあの魔術師たちをどうにかしなきゃなのか……」
「……いや、あれの回収は後回しだ。今は合流することを第一に考えた方がいいだろうな」
「そ、そうか。だったら急ごうぜ!」
「ああ、もちろん」
互いに頷きあい、全速力で駆け出す。
タタタッ……と軽快な音を立てて遠ざかっていく2つの背中。
それを、路地の暗がりから見つめる人影があった。
「……よし、行ったな」
その人影は、目深に被ったフードで顔を隠していた。迷いない足取りで魔術師の山へと近づくと、それを見上げて小さくため息。
「……つか、これ全部俺1人で運ぶのか?おいおいどんだけ重労働なんだよ。あんの『共犯者』め、後で覚えてろよな!」
虚空へと不満をぶちまけたその人物は、不意にふんふんと鼻を鳴らした。火傷によって人間の肉が焼ける匂いを胸いっぱいに吸い込んで感嘆の吐息を零す。
「うん……美味そうだな、この匂い。ま、こんだけ量があるんだ、ちょっとくらいつまみ食いしたってバレないだろ!」
フードの奥で赤い瞳が輝きを放つ。
そして、じゅるりと舌舐めずりをする音がした。
*********************
ポタン、と屋根から1滴の雫が落ちる。
それは軒下にいた金色の毛並みを持つ猫の背中へと落下。途端、『フギャッ!?』と突然の感覚に悲鳴を上げた猫が軒下から飛び出し、1人の少女の目の前を突っ切って逃げていく。
その猫と似たような、鮮やかな金髪の髪を持つ少女、ソラミア・シーネルタは、ペコリと目の前の青年へと頭を下げた。
「本当に助かりました!ありがとうございます!」
「いえいえ、お気になさらず。たまたま通りかかった場所で人が襲われていたのです、助けるのは当然でしょう?」
柔和に微笑むフリウス。
その笑みはまさしく好青年と言わんばかりに完璧だった。
「ええと、1つ質問しても?」
「もちろんです。なんなりとどうぞ」
「……じゃあ遠慮なく。アンタの着ているそのコート、魔導騎士団の礼服でしょう?なのにアンタはさっき『たまたま通りかかった』って言った。仕事中にこんな場所で何してたの?」
ピクリ、とフリウスの眉が動く。
数秒ほど目を閉じて何かを考える素振りを見せたフリウスは、再び目を開けてルーナを真っ直ぐに見る。
「あいにく、今は休憩中なもので。部下にこの辺りの名物店を教えてもらったので試しに来てみたんですよ。まあ、すっかり迷ってしまいましたがね」
「この辺りの名物店?アタシはそんなの聞いた事ないわよ?ちなみに何の料理がでるなんてお店なの?」
「……なんでもミートパイが絶品だとか。店名はうっかり忘れてしまいましたが、そう聞いていますよ」
「―――ふぅん、そう。ミートパイねぇ」
怪しいなぁ、とでも言わんばかりの威圧的な雰囲気。じっとりとした目線を向けるルーナに、フリウスは苦笑する。
「ははっ、まるで尋問でもされているようです。いやはやお厳しい方だ」
「当然でしょ?名前を騙った偽物って可能性もあるし、仮に本物でも操られてることまでは否定出来ないもの」
「……ふむ、なるほど。それでは、僕が本物だという証明がてら騎士団の本部へ案内致しましょう。どうも複雑な事情がおありとお見受けしましたが、僕ならきっと力になれますよ?」
今度はルーナの眉がピクリと動く。
確かに騎士団の協力を得られれば大きな力になるが、そもそも《執行部》とは非正規な騎士団。とてもではないが身分は明かせないし、その状態で協力を得られるとも限らない。
だから、ここは誤魔化したほうが得策だね。
そう考え、ルーナが口を開こうと息を吸う―――直前。
唐突に、別の声が割り込んだ。
「その話、ちょーっと待った!」
「……?」
3人が揃って声のした方、つまりフリウスの背後へと目をやると、路地の入口のところに立つ人影があった。両目の下に色濃く刻まれたクマが特徴的な少年と、炎のように逆立ったツンツンヘアーの強面青年のコンビが、そこにはいた。
「ああっ、団長!」
「クリストさん!無事だったんですね!」
「ま、見ての通りさ。これでも意外と不死身なものでね」
「出たなその謎の口癖!そしてオレの心配は誰もしちゃくれねぇのかよ!?オレも命張って戦ってきたんだぞ!?」
ユグドラシルが扱いの理不尽さを嘆くが、それは当然のごとく全員がスルー。もはやお約束の流れとして処理する。
相手にされず1人で憤慨するユグドラシルのコートの襟を掴んだクリストは、ズルズルと強制的に引っ立ててくると、ルーナの隣に並んだ。
「さて、一応現状を確認すると、ルーナたちを助けてくれたのは君でいいんだよな?見た感じ騎士団の人間ぽいけど」
「その通りです。僕の名はフリウス・レイズ、以後お見知り置きを」
慇懃無礼に腰を折るフリウスに、クリストは自分の記憶を探るように額に手を当てつつ言葉を投げる。
「……その名前、聞いたことあるよ。確か西区を統括する騎士団のにいる、二人の副団長の片割れだったっけ?異例のスピード出世っていうんで、酒場で話の肴にされてたのを覚えてるよ」
「ええ、まあ。ですが実際のところ、副団長なんて名ばかりの役職ですがね」
「謙虚だね。まあ謙遜も過ぎれば罪だけど。―――それでルーナ。ここで何があったのかを教えてくれる?」
「え?ああ、うん―――」
唐突に話しの矛先を向けられたルーナは一瞬慌てたものの、ここであった出来事を簡潔に説明していく。
戦闘になったこと、防戦一方だったこと、間一髪で助けられたこと、今も疑念を持っていること―――
そこまでを目を閉じ黙って聞いたクリストは、腕を組んで考える素振りを見せる。時折うーん、と唸り声を上げて思案する。そして、3分が経とうかという時。
「……よし、結論は出た」
静かに、そう告げた。
それからフリウスへと向き直ると、ビシッとその眉間へと指を突きつけて結論を語る。
「ウチの仲間を助けてもらったのは礼を言うが、これ以上アンタの助けはいらねぇよ。だからここでお別れだ」
簡潔に、そして一切の言葉を挟ませない断言。
それを受けたフリウスは、微塵も揺るがない柔和な微笑みと共に返した。
「いえいえ、それでは困るんですよ」
「……あん?」
怪訝そうに眉をひそめたクリスト。それにフリウスは返答せず、パチン!と指を鳴らした―――瞬間。
突如、その路地の地面全体に金色の魔法陣が浮かび上がる。そして、バヂィッ!と、その場にいた4人の頭からつま先までを電流が駆け抜けた。
「あうっ……!?」
「が……痺れっ……!」
全身に痺れが回り立つことも出来ず、その場に倒れ込む。
うつ伏せに倒れ、本来ならばかなり苦しい体勢であろうクリストが、喘ぐように言葉を発する。
「雷属性……《スタン・トラップ》……!お前、最初から……ここに張ってやがったな……!」
「ご明察。ですが遅すぎです」
ぐらり、とクリストの視界が決定的に歪む。
そのまま、意識が暗闇へと堕ちていく―――




