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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
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No.9 剣士

「は、ああぁっ!」


 そんな気合いの声を漏らし、ゼラス・フリークは大上段から一直線に剣を振り下ろす。それは当然、目の前に立つ敵を両断するための一撃。


 両手で握る剣の重さに加え、力の入る体勢から放たれた剣撃は、並の人間ならば防御はおろか反応するのも難しいであろう領域へと至っていた。しかし――


「おおっと、危ない危ない」


 そんな軽い言葉と共に、その一撃は空気を切り裂くに留まる。ニヤニヤと飄々たる笑みを浮かべる少年は、いとも簡単に攻撃をかわしてみせたのだ。


「ちいっ……!」


 思わず舌打ちが口をついて出た。

 苛立ちをあらわにして吼える。


「貴様、一体何を考えている!?こちらの攻撃を避けるだけで反撃の一つも無しとは!」


「おお怖い、そんな目くじら立てんなよ。何?そんなに反撃して欲しいの?……ひょっとして虐められて喜んじゃうタイプの困った性癖持ちですかね?」


「何をとち狂ったことを言っているのだ貴様は!ただ私は一介の剣士として、無抵抗の相手を斬るのは好まないだけだ!」

 

 意外にも慌てた様子を見せるゼラスに、少年は狙い通りとばかりに笑う。その反応から『からかわれた』と気づいたゼラスの顔が、憤怒に染まる。


 だが当の少年はといえば、そんなゼラスの怒りをさらりと受け流し、笑み以外の表情を見せないままに言う。


「うんまあ、そっちの主義に反するのは分かるんだけどさ。生憎こちらにも事情というものがあるんだわ」


「……ふん、成程な。つまり仲間が駆けつけるまでの時間稼ぎと……そう捉えていいのか?」 


「どうぞご自由に。それと俺の名前は貴様じゃなくてクリスト君だ。せっかく自己紹介してんだから、呼んでくれると嬉しいな?」


 互いの命がかかった場所には不釣り合い極まりないことをのたまうクリストに、ゼラスは無視を決め込む。この少年――クリストのペースに呑まれると、やりにくいことこの上ない。


 のらりくらりと攻撃をひたすら回避し続け、掴みどころのない会話を持ってペースを乱す。さながら一種の精神攻撃だな、とゼラスは皮肉げに胸中へと言葉を漏らした。


「まあ、いい。貴様にどんな策略があろうと、私がそれに付き合う義理はないのだからな。早々に切り上げさせてもらうぞ」


「んー、そいつは困るな。俺の予定が狂っちまう」


「ならば、精々反撃でもしてみることだな!」


 そう叫び、ゼラスは再びクリストへと突進する。

 繰り出されるのは、冴え渡った剣力が織り成すキレのある剣撃が三閃、そして二本の突き。だが――


「ほっほ、まだまだ甘いぞ若造君?」


 まるで弟子を鍛える老師のような台詞を吐きながら、クリストはその全てをことごとく避ける。バックステップで距離を取りつつ、最小限の動きで翻弄していく。


「ふ、くそっ……!」 


 自信のあった剣技をことごとく見切られている。そのことに一抹の焦りを覚え、ゼラスの剣はがむしゃらにスピードを上げていく。


 勢い余って周囲の建物の壁を削り火花を散らせながら、ひたすらに剣を振る。その鬼気迫る表情に、クリストは余裕綽々といった態度で語りかけた。


「おいおいゼラス君よ、焦りは禁物だぜ?いやまあ俺ってば人の感情とかわかんねぇから、何に焦ってるのか知らんけど」


 その言葉に、ゼラスの頬がピクリと動く。

 両手で操る剣を止めないまま、ゼラスは顔を伏せ表情を隠す。


「……知らんのか、馬鹿者」


「あん?」


 唐突に上がった声に、クリストが怪訝そうに聞き返した。その、次の瞬間。


 不意に剣から離されたゼラスの右手が、ガッ!とクリストが纏うコートの襟元を強く掴み、引っ張った。同時に足払いをかけ、バランスを崩しにかかる。


「あ、ヤベ……」


 とっさに小さく呟いたクリストの体を片手で引き寄せ、力任せに振り回す。ぐぉん!とクリストの足が地面を離れた。


「戦闘には演技(フェイク)が必須だということをな!」


「うおぉぉぉわああぁぁあぶごふっ!?」 


 大の男の筋力全開でぶん投げられたクリストの小柄な体が、放物線を描いて宙を舞う。二、三秒ほど滑空した後、路地の端に積まれてあったガラクタとゴミの山へと頭から墜落した。


「ゲホッ、ぺっぺっ!うぅ〜、口の中がじゃりじゃりするっ……!」


 ガラガラとガラクタの山を崩しながら這い出るクリスト。舞い上がった埃に咳き込みつつ立ち上がり、うっすらとまぶたを開けて――悟った。


「あ、これ避けれんヤツだ」


 太陽の光を反射して凶悪に輝く刃が、一直線にクリストの首目掛けて迫ってきていたのだ。


 そこからのクリストの判断は早かった。

 自分が突っ込んだガラクタの山から、鞘を失いところどころ刃の欠けた長剣を引っこ抜く。それを右手一本で握り、構えもなにもないまま迫る刃へと無造作に叩きつけた。


 ギャリリィッ!と耳障りな音を立てて互いの刃が拮抗する。だが、それもほんの数秒間だけ。


「ふんっ!」 


「おわっ、マズッ!?」


 元々の体格差がある上、無理な体勢で剣を握るクリストと全体重を込めて剣を握るゼラスでは、どうしても力の差がある。次第にクリストの剣が押し負け、相手の刃が首元へと迫り来る。


「ち、こりゃマジでマズイか……?」


 刃が欠け、あちこちサビまみれの名もなきガラクタ(なまくら)。その暫定的な使い手となったクリストは、ピシリ!と刀身にうっすらとヒビが入ったのを確認した瞬間、動いていた。


 今まで受け止めるように立てていた剣を寝かせ、ゼラスの剣を滑らせる。『受け止める』ではなく『受け流す』方向へと変えたのだ。


 すると、今までガラクタごとクリストを分断しかねない勢いで落ちてきていた刃が、シュギィン!と火花を立てて地面まで一直線に滑り落ちた。


「――っ!?」

 

 息を呑むゼラスの膝を踏みつけ、そこを足場に後ろへ大きく跳んだクリストは、ザリザリと靴裏で地面を削りながら滑り、ふぅと息を吐く。


「いやぁ〜危なかった!なかなかどうしてやるじゃないか、ゼラス君?」


「ふ、その言葉は素直に受け取っておこう。だが貴様の腕も大したものだ」


「ははっ、よせよ。俺のは完璧なる自己流、お堅い剣士様からみたら邪道もいいとこだろ?」


「何を言う。戦場において剣に正統も邪道もなんら変わりはない。生き残る剣が正統へとなっていくのだからな」


「なるほど、それもそうだ」


 納得したようにうんうんと首を振るクリストは、コートの内ポケットから懐中時計を引っ張り出すと、パチンと開く。


「お……もうこんな時間か。悪ぃなゼラス、もう時間が来ちまった。遊びはここまで、次は――本気でいくぜ?」


 ニヤリと不敵に笑い、剣の持ち手を握り直す。その声からはが消え、真剣さが混じっていた。


(――来るか!)


 一変した雰囲気にゼラスは防御の体勢を取り、カウンターを決めようとクリストの一挙一動足を見逃すまいと目を凝らし――


 バギィッ!という破砕音と、自分のアゴに突き上げるような激痛を覚えた瞬間、ゼラスの視界は空を映していた。


(な、にが……!?)


 ぐらぐらと揺れる脳でそこまでを考えたところで、ゼラスの体は重力に従い落下した。背中から石畳に叩きつけられ、比喩ではなく息が止まる。


「ぐ、が……は……っ!」


 ――敵の動きが見えなかった。

 ――剣の腹でアゴを突き上げられた。


 消えかかる思考を必死に動かし、そこまでを理解する。実際、霞む視界には半ばから折れた剣で肩をトントンと叩くクリストが見える。


「いやぁ〜飛んだねぇ。一応、手加減したつもりだったんだが……生きてるよな?」


 そんなことを嘯きながら、クリストは膝を付いてゼラスの顔をのぞき込む。その顔には汗ひとつ浮いておらず、息の乱れもない。


 ゼラスの口元に手をかざし、呼吸の有無を確認すると、立ち上がってウィンクを一つ。


「うん、生きてるね。……ま、なんだ。案外楽しかったぜ?それじゃ、またな」


 手を振りながら立ち去ろうとするクリスト。

 徐々に小さくなっていくその背中へと、ゼラスは最後の力を振り絞って喉から声を絞り出す。


「……待て」


「ん?」


「私たちとは……別の部隊が、標的(ターゲット)を狙って……いる……。もうそろそろ接触する……頃だろう。精々、気をつけることだ……」


「ふぅん?なんでその情報を教えてくれんだ?」


「……さあ?何故だろうな……。多分、貴様ともう一度……手合わせしてみたいから……だろろか……」


「……そっか。俺もアンタとはもう一度斬りあってみたいな」


「……なら、死ぬなよ」


「死ねないとも。俺は意外と不死身だからさ」


 その言葉を残して、クリストは今度こそその場を後にする。倒れふしたゼラスを置き去りにし、壁を蹴って屋根の上へと飛び上がったクリストは、誰ともなく呟いた。


「《魔道教団(オラリアル)》の別働隊、か。……まあ()()()()()()かな?なんにせよここまでは順調だね」


 意味深に口元を歪めるクリストの視線は、路地の奥、行き止まりになっている場所で戦う二人の少女を捉えていた――

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