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第06話「異能力者たち」

「冷戦時代。ソ連では超能力開発がなされていたことは、君も知るところだろう、田端君」


 朝の茶道室。

 俺は、鶴橋部長の話に「はあ……」と返事を返す。


 夏の朝。外は蒸し暑く、蝉がけたたましく鳴いているのだが、茶道室の中は静かで涼しかった。どうも、茶道の心得のようなものに「夏は涼しく、心は温かく」というのがあるらしく、この庵もそういう設計になっているらしい。


「1980年代。ソ連とつながりがあった東日本も、超能力開発に着手する。当初は、透視能力や念力といったサイキックなものに限られていたが、《異能》にも手を出し始めた」


「じゃあ、奴――高崎時弥は……」


「被験者だろう。東日本では、過去三回の大規模な実験がされたと聞いているから、おそらく第三世代――能力値としては高いはずだ」


 鶴橋部長が説明してくれているなか、柚姫の目線はずっと俺へ向かっていた。そんなに見つめられては集中できないのに、注がれるのは疑惑の視線であるがゆえに、なおさらだった。


 なぜ、俺が高崎時弥を知っているのか。

 それをロクに説明せずに、なあなあにされたのだ。それは、疑うに決まっている。


 さて、どう答えたものか。

 渚に助け船を出してもらいたいところだったが、彼女はニヤニヤしながら「じゃあな!」と姿を消してしまった。今はどこで何をやっているのやら。

まったく、忌々しい奴だ。



「それで? どうして、先輩や渚……柚姫も《異能力》が使えるんですか?」


「それは、高崎時弥のような異能特殊部隊に対抗するためだ。これは、政府の機密事項なんだが……君にはいいだろう」


 機密事項、案外ガバいな。


「でも、なぜ柚姫が? 自衛隊に――防衛隊(・・・)に任せればいいじゃないですか?」

 俺は、自衛隊の名前を出して、即座に言いなおした。

 こっちの世界では、名称が違ったんだった。


 本土防衛隊。通称、防衛隊。

 主に、日本人民解放軍(東日本軍)から西日本を守るために組織されたものだが、憲法上の制約が厳しく、違憲との声も大きい。ゆえにその規模は決して大きくなく、防衛は在日米軍に頼っている面が大きい。具体的には、東日本軍の陸上戦力が約70万人なのに対し、防衛隊の陸上戦力は約5万人と、14倍以上である。


 そして、1991年の湾岸戦争の際には、東日本軍は八面六臂の活躍をし、世界の注目を集めたが、防衛隊は派兵を一切行わず、これまた世界の注目を集めた。


 ――東は血を流し、西は金を出すだけ。


 それが当時、言われたことだった……らしい。


 なお、この国際世論をつくり出した裏にはアメリカがいたとかいなかったとか。ただ、湾岸戦争での東日本の活躍により、アメリカは冷戦後の仮想敵国に東日本を定めたようで、この後、1995年に「小笠原・海上封鎖危機」が起こってしまうのだが……それはまた別の話。


「やはり、憲法によって、防衛隊の能力開発が禁止されているとかですか?」


「それもあるが、単純に、大人よりも子どもの方が《異能力》に目覚めやすいからだ。だが、誰でもいいってじゃない。身体能力に優れ、かつ良識のある人間である必要がある」


「……それで、柚姫が」


 中学剣道、全国大会出場。

 さらに、学業に優れ、性格もよく、頭もキレる。


 これほどまでの逸材はなかなかいないだろう。

 でも、だからと言って……。


 柚姫は了承したのか?


「そして、柚姫は《異能力》開発でも優秀な成績を残した。これが、その時の結果だ。トップレベルなのが分かるはずだ」


 鶴橋部長は、相変わらずの険しい表情をしながら宙をタッチする。すると、何やらカラフルな折れ線グラフと棒グラフ、そして、六角形のレーダーチャートと散布図が現れる。


 田端柚姫の名前があるが……なるほど、わからん。

 グラフの見方も分からなければ、書いてある文字もよくわからない。

 статус???

 日本語でおkというやつだ。


 というか、こんなもん見せて大丈夫か、部長?

 俺を信頼して説明してくれるのはありがたいが、強面なのは外見だけで、中身は案外ちょろいのかもしれない。


「……」

 そして、グラフを覗き込む俺を前に、先ほどまで仏頂面だった柚姫は、頬を赤らめ目をそらす。よくわからないとはいえ、個人の成績を見られることにいい気はしないのだろう。俺は鶴橋部長に「把握した」と目で伝える。


「だが、柚姫でさえ太刀打ちできなかったことを聞くと、高崎時弥は相当強い。推測するに、異能コードは《雷神》で間違いないだろう。目的は分からないが、‶クリーガー〟の増加、東の《異能力者》……。何か嫌な予感がする」


 言って、鶴橋部長は爪を噛んだ。


 

 ここまでの話を聞いた俺は、内心、かなり動揺していた。


 高崎時弥。

 こっちの世界の俺。


 どこで何をしているのかと思っていたが、東日本の旗を掲げ、なおかつ、《異能力》を使える!? そして、獣のような目で剣を振りかざし、挙句にはゲリラ活動じみたことをしてる!? 


 冗談じゃないッ!

 こんな馬鹿げたこと、即刻やめさせるべきだ!


「――ゃん。ねぇ、お兄ちゃんってば! 聞いてる?」

「ぅおッ!? ……なんだ柚姫?」


 と、俺をゆする柚姫は頬を膨らませていた。


「今度は、お兄ちゃんが説明する番だよ! なんで、お兄ちゃんは高崎時弥を知ってたの?」


 俺の胸に、真っ直ぐとした瞳が突き刺さる。

 というか、どこか鶴橋部長の視線も痛い。もともと人相の悪い人なだけあって、鬼に睨まれている気分だ。


「え、えっと……、どこから話せばいいか……」


 俺は言葉を詰まらせる。


 正直に言うか? 

 いや、信じてもらえるハズがない。というか「実は、俺が高崎時弥なんです」なんて言ったら、いらない誤解を招きかねない。

 ……それに、柚姫を悲しませるかもしれない。兄と信じて来た人間が、実は途中から別人でしたなんて言ったらどうだろう。一点の曇りなくまっすぐと向けられたその目がどうなるか……想像に難くない。


かといって、現実味のないのもアウトだ。柚姫は騙せ――信じてくれるかもしれないが、鶴橋部長は誤魔化せないだろう。……いや、案外いけるのか? 

いやいや、ダメだ!

相手を過小評価することで、滅んだ王朝は数知れず。


「実はですね……信じてもらえるか……分かりませんが……」


 身体中から汗が吹き出す。

 こんなの、大学入試以来だ。


 と、たたみかけるかのように、内海渚がチャットでスタンプを送ってくる。こちらを指さし、高笑いするスタンプだ。


 コノヤロウ!

 どこかで見てやがるのか!?


「実は……」

「「……」」


 ええい。

 ままよ。


「内海渚に……紹介してもらったんです」

「「……」」


 やった……か?

 

 俺は、二人の様子をうかがう。

 どうやら、上手くいったようだ。

 柚姫は目を丸くし、「渚さんに?」と不思議そうに俺を見つめる。鶴橋部長は少し考えると、「なるほど」と何に納得したのか、うなずいた。


 そして、渚がチャットを送ってくる。

 たいそうお怒りだろうか? と思いきやそうでも無かった。


『人にはしていいことと、しちゃダメなことがm9(^Д^)プギャーwwwwww』


 どうした? 

 とち狂ったか?


『とまあ……蒼たんよ。1つ貸しな』


「……」


 そして、送られる親指立てるスタンプ。

 俺は、渚に脱帽した。


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