第29話「孤高と束縛のグレンツェ」
渚と神無の戦い方は、まさに蹂躙だった。
渚の銃火器の数は圧倒的で、襲い掛かる‶クリーガー〟を見る間になぎ倒していく。一方で神無は、その疾風の如き身のこなしで、襲い掛かられる前に‶クリーガー〟を駆逐した。
「遅いッ!」
だが、流石の神無でも雷には勝てない。時弥に回り込まれると、二人の間で、激しい剣戟が交わされた。
「助太刀いたーす!」
渚の援護射撃。いや、援護といっていいのだろうか? 大砲から放たれた砲弾は、牢獄はおろか、壁をも粉砕し、通路を丸ごと破壊していく。
「仲間ごとぶっ殺す気か!」
「うんにゃ。建物ごとだお」
「はぁ!?」
「まあ、神無ならかわせるって」
「雑すぎんだろッ!」
「狭いから戦いづらいんだよねー。壁、壊しまーす」
激しい爆音と砲火。
それは、辺りが砂煙に包まれても、手当たり次第に続ける。
「煙で見えんのー」
「言わんこっちゃねぇ……」
「まあ、取りあえず撃っとけば、なんとかなるべさ」
渚は親指を立てる。
渚が、爆風や飛んでくるはずの瓦礫からダメージを受けていないのは、《空間掌握》の能力のおかげだろう。
と、すっと動く黒い影。
その影は、渚の背後に来たかと思うと、背中を預けた。
「お帰りー」
「……ただいま」
神無もまたほとんど無傷だったが、少しはダメージを負ったようだ。とはいえ、ただでさえ爆発の真っただ中にいたのだ。むしろ、このダメージの少なさは驚くべきことだった。
「で、トッキーは? 仕留めた?」
渚の問いに、神無は答えない。そのかわりに、煙だらけの空間をきょろきょろ見渡す。
やがて、煙が消えて行きかけた時だった。渚の左側方から、閃光の如き一太刀が振り下ろされた。
その動きを素早く察知した渚は、俺をつかむとポケットに押し込む。それから、攻撃を見切ると、素早く回避し、その上で、ライフル数丁による牽制を行った。
「やらせないよ!」
時弥の一太刀は、間違いなく俺を狙ったものだった。
と、そうこうしているうちに、今度は‶クリーガー〟からの攻撃が二人を襲い掛かる。
「まだいたのか?」
俺は、渚のポケットから顔を出すとあたりを見渡した。
もうとっくに、倒しきったはず。
そこで気が付く。
更地になった空間。コンクリートははがれ、鉄筋がむき出しになったそのフロアは、‶クリーガー〟の赤い目で覆い尽くされていた。それは、20体どころではない。100いや……まだたくさんいる! このフロアのいたるところに、配備されていたのだ。
そして、今まさに他の階からもやってきている。もはや、数えるだけ無駄。いわゆる「無限湧き」状態だった。
だが、流石なのは渚と神無だ。
こんな状況にあってもなお、次々と‶クリーガー〟を殲滅していく。途中、時弥とも剣を交えながらも、である。渚に至っては、もはや楽しんでいるようにさえ見えた。
とはいえ、多勢に無勢だった。
敵は無限に湧いて来る。それに、神級の能力を移植された《雷神》の力をもつ時弥は強力だった。
戦いは、10分と経たないうちに膠着状態に陥っていた。
くそ……。
これじゃあ――
「――キリがないッ!」
「えー、楽しいじゃん。――てか、なんで時弥が怒るのさ?」
「……」
確かに。
なんで俺が怒っているんだ?
余裕そうな表情の渚を見て、俺は少し冷静さを取り戻す。
俺は、渚たちの戦いを見届けると言った。
でも、手助けしたという気持ちがないと言えばうそになる。
「俺は……」
もしも。
もしもだけれど、器を入れ替えることができたら。
一瞬でいい。
俺の魂が、このヌイグルミから抜け出して、‶クリーガー〟に乗り移ることができたら……。
俺は、時弥の背後にいる‶クリーガー〟に手を伸ばしていた。
いや、出来るはずなんだ。
一度目は、田端蒼汰。
二度目は、瑞鶴。
器があれば、憑依できるはずなのだ!
――ノイズ――
***
それはあまりにも突然だった。
時弥は、味方であるはずの背後の‶クリーガー〟に襲われたのである。
「――ッ!?」
咄嗟に、時弥はその‶クリーガー〟を破壊する。
この現象に奇妙に思ったのは、渚もだった。「え? いま、あのクリーガー……」と、解せない顔をする。
「バグ? いや……」
今度は、横からだった。
銃を手にしていた、‶クリーガー〟が時弥に向けて乱射を始めたのだ。
とはいえ、この‶クリーガー〟もすぐに雷撃によって破壊される。しかし、心の余裕を失ったのは時弥だった。なぜなら、そいつを破壊したところで、器は無限にある。間髪入れず、時弥は背後からの太刀を受け止めることになった。
「とおおおおおぉぉぉぉぉきいいいいぃぃぃぃやあああああああぁぁぁぁぁーッ! キサマアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!」
時弥は怒号とともに、全身から放電。
時弥に斬りかかった‶クリーガー〟は、感電し、ショートをおこした。
もちろん、それで終わりではない。
放たれる弾丸。
振り下ろされる太刀。
どの‶クリーガー〟が攻撃を仕掛けてくるか、見た目からは分からない。さらに、乗っ取られた‶クリーガー〟は一撃離脱をするので、倒したころには、すでに次の‶クリーガー〟に乗り移っている。
しかも、緩急をつけて。
「次から次へとちょこざいなアアァァァァッ!」
時弥は狂ったかのように叫び、雷電のように次々と‶クリーガー〟を始末していく。
対して、「俺」は余裕だった。
『ナギサ』
「おっと、その声は時弥?」
俺は、渚のすぐそばの‶クリーガー〟に乗り移ると声をかけた。
『ココハ俺ガ! 今ノウチニ、柚姫ト生駒ヲ!』
「うん。わかった!」
渚は力強く頷くと、神無と共に、その場を後にした。
***
――君も大変じゃな。あんな上司をもって。
稲城の言葉が、脳裏によぎる。
あの人もそうだった。身動きの取れない俺を、哀れんだ。
「やれることなら、俺だって……俺だってええええええぇぇぇぇぇぇッ!」
広尾昌平をぶっ殺してやりたい!
上司である以前に、クズ野郎だ!
でも、それが出来ないのは……沙羅が、雀宮沙羅が! アイツが、俺にそう命じないからだ!
「殺せ」の一言でいい。たった一言で、俺は動けるんだ! この国のガン細胞を駆逐し、よりよい国を作ることができるんだ。
だが、沙羅が俺に命じたのは、広尾に従うこと。ただでさえ、上の命令は絶対なのに、そのさらに上からの命令となると、従うしかなかった。逆らえるはずがない。
しかし、その結果があれだ!
広尾に従って、クーデタを起こした。それで、本来国を動かしていくべき人間が退けられ、稲城というこの国になくてはならない人が死に、そしてしょうもない何の建設的なプランもない反米派たちが――クズ野郎である広尾なんかが、政権を取った!
それを助けたのは俺だ!
それを黙認したのは雀宮沙羅だ!
そして、くだった命令は、最期まで戦うこと。
人が死のうが、国が亡ぼうが、最期まで……。
「クソがああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
なのに。
なのに、どうして時弥は!
次々と、乗り移る‶クリーガー〟を変えていく〈もう一人の俺〉。何ものにもとらわれないその生き方。
一番初めに出会った時からそうだった。
強力な能力があるわけでも、戦うのに十分な力があるわけでも無い。
弱々しく、取るに足らない雑魚だと思ったさ!
お前は、1人だった。
何もできない惨めな存在。
なのにお前は、どこまでもお前だった!
自己完結していた!
他人にとらわれず、悠々と、悠然としていた!
どこまでも自由で、孤高で、俺が欲しいものを全部全部全部全部全部!
「殺してやる! 目障りなんだよおおおおぉぉぉぉぉ! 俺の癖に、俺より弱いくせに!」
その時、一斉に‶クリーガー〟が動き出した。しかも、‶クリーガー〟同士で潰し合いを始めたのだ。
AIが搭載されている‶クリーガー〟は、起こっている異常事態を分析。そして、導き出した答えは、「敵にハッキングされた」ことによる異常事態だった。姿は同志でも、中身は敵。ならば、敵は始末しなければならない。そして、その予防のため予備軍も始末する必要がある。
怪しいと思えば、破壊する。
もちろん、怪しくないのは自分だけ。
周りは――始末するしかない。
そうして、味方どうして潰し合いを始めた。
例えるなら、「人狼ゲーム」といったところだ。
「チッ。こざかしい真似を!」
こんなしょうもないことしかできない、〈もう一人の俺〉。
正々堂々戦わず、卑劣な手を使う、卑怯な奴。
「お前が、高崎時弥を語るんじゃねぇえええええええええええぇぇぇぇぇぇッ!」
――? 俺はお前じゃないよ。
「―ッ!?」
『ダッテ、ソウダロ?』
背後にいる‶クリーガー〟ッ!
俺はすぐさま、斬り捨てる。
『確カニ、姿モ名前モ同ジダ』
――だけど、それがどうした?
同じなのは、それだけだ。
生き方も違えば、考え方も違う。
だいいち、住んでいる世界が違う。
『俺は、高崎時弥だけど――お前じゃないよ。お前は――』
――赤の他人だ。
「うるせええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
機械片が、宙を舞う。
見渡せば、瓦礫の山。
バチバチと火花を散らす機械たち。
それを、見たとき、時弥は勝利を確信していた。
ニヤリと冷笑を浮かべる。
「もう、残機が数えるほどだぞ? さて、次はどんなこざかしい手を使うつもりだ?」
返事は無い。
残りの‶クリーガー〟は1、2、……7体。いや、たった今、‶クリーガー〟どうしのつぶしあいで4体になったところだ。さらに、その4体もすでにボロボロで、時弥を倒せるほどの力はない。
「ハハ……」
数秒と待たず、2体に。
そして、その2体は相打ちとなり、地面に伏した。
「ハハハハハハハハハハハッ! 万策尽きたな、高崎時弥! 俺の、俺の勝ちだ! 雑魚め! やはり、お前は――」
返事は無い。
時弥は、顔を顰める。
「俺はここにいるぞ! どうした、狙って見ろよ! 俺に攻撃してみろよ!」
返事は無い。
「俺はッ! ここだぞおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ! 攻撃しろ! してみろよ! 俺を、俺を、俺を見ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
銃声。
「え?」
時弥の胸から、厚いものが流れ出る。
血だ!
時弥は、恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、雀宮沙羅の付き人である天理だった。
「いけませんよ時弥君。命令違反じゃないですか」
「―ッ!?」
「内海渚と藤沢神無を逃がし、さらに、預けていた‶クリーガー〟部隊をむざむざ全滅させた。これは、重大な、命令違反ですよ。しかも錯乱したのか、存在しない敵を倒そうとする」
「違ッ」
「危険な存在です。始末しなくては」
天理は、満面の笑みを浮かべていた。
それを横目に、時弥は倒れ込む。
もう。
時間が無かった。
「それと、広尾昌平国家主席より、伝言ですよ」
薄れゆく意識の中で、天理の言葉が耳に響く。
「?」
「二階級特進です。それと、第七特殊部隊のポストが空いたので――」
なにもかもどうでもよかった。
そして、最期に聞こえて来たのはこんなことだった。
「君が悪いんですよ。沙羅様のあられもない姿を見るなどという愚行を犯したんですから。沙羅様のお肌を見ていいのは、僕だけなんですから」
そういえば、中央委員会の前に命令を破って、調整中の沙羅に突撃したっけ。
たしかに……いい……カラダ……してたなぁ……。
***
目を覚ますと、俺は渚のポケットの中に入っていた。
「あー、おかえり! どう? 倒した?」
「ああ。やったよ……だけど、あんまりいい気分じゃないな」
そもそも、俺に時弥を倒す気があったかといえば疑問だ。戦っている最中も、渚と神無を逃がせればいいな、くらいにしか思ってなかった。それに、あれだけ戦略的大敗を期したら、上層部からなんらかの処罰が下ることは目に見えていた。
減俸。
あとは、身体刑くらいか?
そんなところだと思っていた。
「いやなもん見ちまったな」
俺は、ため息をつく。
「……。申し訳ないんだけど、帰りたかったら今のうちだよ」
「?」
「もっと、いやなもの……見ることになる……と思う」
だんだん視界が開けてくる。
瑞鶴に戻ったばかりで、視界が白んでいると思っていたが、どうやら白い部屋にいるようだ。
白い天井。
白い壁。
とにかく、ひどく開けた空間だ。
そして、部屋の真ん中には、三人いた。
1人は、黒いセーラー服に身を包む雀宮沙羅。いつものように、妖艶な不敵な笑みを浮かべ、こちらを見下している。
もう1人は、戦闘服を着た柚姫。
とはいえ、いつもとは雰囲気が違った。ポニーテールではなく前下がりのショートカットだったし、日本刀ではなく大鎌を手にしていた。
「ゆず……き……」
そして、最後の一人――鶴橋生駒は、柚姫の目の前で血まみれでぶっ倒れていた。柚姫の大鎌の刃には血がべったりついており、柚姫自身にも返り血とみられるものが付着していた。
「どうやら、貴方のお兄ちゃんが来たようよ?」
と、沙羅。
「言われなくても分かってるよ、沙羅さん。気配で感じたよ?」
ゆったりとした口調で、柚姫は述べる。
「遅かったね、来ないかと思ったよ、嘘つき神無先輩と、嘘つき渚先輩と……それから、嘘つきのお兄ちゃん」
それから、柚姫はにっこりと笑って、ぱっちりとしたその目で俺を見つめた。
「嘘つきには、お仕置きしないと、ね」




