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第27話「鎖」

 ざっと、1200年前くらい昔かしら。

 私――雀宮沙羅は、京の都のとある貴族の子として生まれた。とはいっても、当時はこの名を名乗っていなかったけれど……。どんな名前だったかしら。フフッ、もう忘れてしまったわ。


 いいじゃない。

 別に、名前なんて意味がないもの。

 何十……何百と名を変えてきた私にとっては……ね。


 そう。

 私は、不死身。いえ、肉体的な死は迎えるのだから、無限に転生を繰り返していると言った方がよさそうね。


 それが、私の《異能力》。

 フフッ。《呪い》の方がお似合いかしら。



 私は、何度も器を取り換えて来た。そして、何度も生と死、破壊と再生を目の当たりにしてきた。人を殺し、殺され、国が生まれ、滅び……


 そうして、気が付いたの。

 私はこの世界と同じなんだって。


 私も世界も、何度も生と死を繰り返す。でも終わることは無い。永遠に続く輪廻。破壊と再生の螺旋の中に、閉じ込められている。


 嗚呼! なんて美しいのかしら!

 生まれ来る生命の産声は!

 死にゆく者の咆哮は!

 消えゆく者の叫びは!

 華麗で、儚げで、どこまでも美しい!


 世界は美しい!

 世界は私。

 私は美しい!


 世界も私も、完全を目指して生まれる。美しさを求めるの! そして、完全になったら、それを壊すの。綺麗で何ひとつほころびの無い完全なものを、ぐちゃぐちゃにして、滅茶苦茶にして、壊す! 嗚呼、なんて美しいのかしら! 壊れ行くものは美しい! そして、脆く儚い。


 その繰り返し。

 永遠に終わらない。


 あは。


 あはは。


 きゃはははは。


 キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。








――可哀想な人。




 1人の少女のその一言が突き刺さった。


 白銀の髪を持ち、紫紺の瞳をもつ女の子。

 そして、哀れむような視線で、私を見つめたのだ。


 少女の名前は、藤沢神無。《異能力》の素質があるとかで、西側で拉致してきた一人だった。そして、異能力実験の被験者でもあった。


 初めて彼女に会ったとき、私は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「なんて……、なんて美しいの!?」


 私の知らない――私とは違う種類の美しさ!

 転生を終えたばかりの私だったけれど、すぐに欲しくなった。



 ***



 藤沢神無の帰国(・・)を聞きつけた雀宮沙羅は、神無が通るであろう廊下で待ち伏せをしていた。中央委員会が開かれる五分ほど前のこと。したがって、中央委員会の顛末をまだ知らぬ沙羅――いや、もしかしたらある程度予想していたかもしれないが。


 沙羅は、改修を終えたばかりで、パーカーと短パンという姿だった。

はじめ、はやる気持ちを抑えられない沙羅は、改修を終えたばかりのほぼ裸の姿で向かおうとしていたが、「さすがにそれは」と天理に止められた。なら、せめて、ということで選んだのが、この姿だった。


 やがて、廊下に神無が姿を現す。

 神無は沙羅に気が付いたが、相変わらずの無表情であった。


「やっと帰ったのね。人を待たせるなんて、まったく罪な子ね」

「……申し訳ありません」

「フッ。冗談よ。内海渚の件、ご苦労だったわ」

「いえ」


 沙羅と神無は、対照的だった。着ている服装も、神無は黒いセーラー服という正装だ。そして、身体的接触こそないものの、絡もうとする沙羅に対し、神無は淡々としていた。


「愛想がないわねぇ。それとも素直によろこべない?」

「同志が人を褒めるなんて、珍しいですね」


 神無の受け答えに、沙羅は一瞬キョトンとする。言われてみれば確かにそうかもしれない。ましてや、自ら迎えに行くなど異例中の異例だ。だから、何か裏があると思っているのだろうか? 


「私を怖れているのね」


 沙羅が神無を手なずけるのに使ったのは、恐怖と痛みだった。普段の接し方もそうだが、そもそも、能力開発自体が人体実験だったため、それに(かこつ)けて拷問が可能だった。


「いいわ、じゃあ駄目出しをしましょう」

「……」

「内海渚が、ほぼ無傷なのは(・・・・・・・)なぜなのかしら?」


 事実、渚にめだった外傷はなかった。とはいえ、激しい戦いだったのは確かだ。両者一歩も譲らない攻防は、どちらが勝ってもおかしくなかった。


 だからこそ、沙羅にとっては解せない点ではあった。渚とのくだらない友情よりも沙羅が与えた恐怖が勝り、かつての旧友を完膚なきまでに壊す。それが、沙羅が期待したものであったのだ。


 もしかして、神無にはまだ友を想う気持ちが?

 だとしたら、壊さなくては――美しさのために。


「?」

 一方、神無は相変わらず無表情だった。

「傷つけたほうが?」


 そこに感情は無いように見えた。

しかし、沙羅の眼は、わずかに神無が目をそらしたことを見逃さなかった。


 そうだ!

 やはり、神無は渚を傷つけることが出来なかったのだ。


「フフッ、嘘はダメよ」

 沙羅はおもむろに神無の正面へ回る。


「随分と、制服が似合っているのね。黒が……貴方の白い肌を隠してる。まるで貴方のよう。本当の気持ちを、外見で隠そうとするのはよくないわ」


 そして、沙羅は神無の耳元に口を持っていく。


「本当は、こんなことしたくないのでしょう」

「……」

「いいのよ、素直になって。なんのために、貴方にはチップを入れていないと思って?」


 それから、沙羅は冷笑を浮かべると、神無を愛撫し、肩を撫でまわし始める。


「貴方が何を思おうがいいのよ、別に。だって貴方は手と心を切り離せるもの」


 そうして、沙羅はもう一度耳元で囁く。


「私の命令は?」

「絶対」

「よくできました。骨の髄まで染みついているようで、なによりだわ」


 満面の笑みを作る沙羅。

 ふと、沙羅は神無の胸元へ視線を移す。制服を着ているからよくわからないが、抱きしめた感じからすると、とても柔らかく、心地よい。


「フフッ。愛想さえあれば、貴方にも別の使い道もあるというのに。まあいいわ。私が転生したら、存分に使ってあげる」


 舌なめずりをし、妖艶に嗤うと、沙羅は、神無を抱き寄せて、首筋をゆっくりと舐めた。なんて、綺麗な肌。なんて細くて儚げな首筋だろう。


「私、貴方が大好きよ。だって憧れだもの。肌がきれいで、目も美しい。だから、全部私のも――」


 と、言おうとして、沙羅は神無の黒髪に、白銀の髪が混ざっているのを見つけた。白銀は、神無の本来の髪の色。あれだけ染めろと言っているのに……。


 沙羅は勢いよく、白髪を引きちぎった。


「駄目よ。貴方は()じゃなきゃ。貴方の白銀(・・)は私だけのもの。紫の瞳も、黒くしなさい。肌の白も私のもの」

「……」

「それから、内海渚は始末しなさい。今度こそ、ね」



 ***



「ねぇ、瑞鶴ー」

 渚は、牢獄の中で手足をばたばたさせる。


 護送車の中では足だけだったが、手も拘束され、渚が動くたびにガシャガシャとやかましい金属音が響いた。


「その名前で呼ぶのやめろ」

「ねぇねぇねぇねぇー、瑞鶴ぅー」

「なんだよ、うっせぇな」

「潜入成功だね!」

「……」


 う、うーん。


「ねぇねぇねぇねぇー、瑞鶴ぅー」

「なんだよ、うっせぇな」

「助けてけろー。わい、死んじゃうかも」

「……」


 ウサギのぬいぐるみは、ため息をついた。といっても、ため息を吐き出す口はないわけだが。


「今の俺は、お前らを見守るだけだ。諦めろ」

「およ? 腹くくったんだー。無力でなんも出来ないとかわめいてたくせに」

「わめいてねぇ。まあ、こうなったのもなんかの縁だろ。こうなったからには、徹底的に無能を貫き通すさ」

「……。かっこよくないよ?」

「知ってる」


 ウサギのぬいぐるみ――つまり俺はあぐらをかいて座った。


「っても、助けは来るんだろ?」

「ん? ナンノコトヤラ……」

「あれ? あの神無戦……。やる気が無いように見えたのは俺だけか? わざと負けて、東側に連れて行ってもらう、とかさ」


 俺の言葉に、渚は一瞬目を見開らく。

 と、それから不敵な笑みを浮かべた。


「……時弥ってさ、そういう洞察力だけはあるよね」

「お前が、『潜入成功』って言ったからだろ? だけど、《空間掌握》のお前なんだ。《氷鬼》くらい、本当ならひねり潰せるはずだろ?」

「それはさすがに、買いかぶりすぎかな。ゆうても、神無強いからね。いくら《空間掌握》できるからって、限界はあるよ。単純な速度勝負じゃ、神無には勝てないよ」

「そういうもんなのか?」

「基礎戦闘力の違いだよ。奴は特殊部隊。私は平民。時弥は貧民かな」

「誰が貧民だ。たしかに、貧乏学生ではあるけれども」


 でも。


「《空間掌握》できるなら、こんな回りくどいことしなくていいんじゃないか? 東京までひとっとびすれば……」

「えー。疲れちゃうよー」

「クソな道を輸送される方が疲れるわ。誰だったかなぁ? 車酔いして吐いてたやつ……」

「……。うん?」

「あー、駄目だ。メモリが飛んでいらっしゃる……」

「まぁ、時には回り道が必要なのですよ!」

「その道は、本当に正規ルートなのか?」

「それに、試したいことがあったからね。ねっ、神無」


 その時、牢の扉が開き、神無が姿を現した。

 手には、太刀。

 その刃が渚を睨む。


「どうして?」

 神無が口を開く。

「どうして、助けてって頼まないの?」


 命乞いが聞きたいわけではない。とすると、不思議なことを訊いているように思われるかもしれない。だが、神無にとっては、重要な問いだった。


「神無が決めるんだよ」


 少し前、俺と神無は似ていると思ったことがある。

でも違う。

 逆なのだ。


 俺は、他人に対して興味が無い。

 神無は、自分に対して興味が無いのだ。


 だから、自分で決められない。渚に行こうといわれたら一緒に行き、沙羅に殺せと言われたら殺す。


 そこに自分の感情は入り込まない。

 他人の指示次第では、簡単に心と体を切り離してしまう。


「神無。神無はどうしたい?」

 まるで、幼稚園児に語り掛けるかのように言う。

 昔から変わらない。

「渚が……決めて。私はそれでいい」

 砂場だろうが、ままごとだろうが……なんだろうが……。


「私には、何も無いから……」


「じゃあ、なんで悩むんだよ?」

 気が付くと、俺は言葉を発していた。

 

 もう答え……出てんだろ?

 それに、気が付いていない――いや、そもそも気付こうとしていないのだ。


 俺にとっては、もどかしさでしかない。

 きっと、それは渚も感じているはずだ。


 でも、ここで「じゃあ、渚を殺してみろよ」とは言えなかった。本当にやりかねないからだ。


ここに来たってことは雀宮沙羅からは始末するように言われているはず。だとすれば、ギリギリのところで踏みとどまっているのが今の神無だ。そこで「殺してみれば」なんて試すような真似はできない。本当にやった後で、悲しみを抱えながらも神無は無表情で言うだろう。「言われたからやった」と。


 そうなれば、今度こそ本当に心を捨ててしまう。

 本当に、虚ろな器になってしまう。


 だから、神無に選ばせなくてはいけない。

 俺たちに出来るのは、見守ることだ。


「簡単だよ。神無」

 そうして、渚は鎖で繋がれた手と、それから首の両方を差し出した。

「好きな方を選べばいいんだよ」


「助けてって言ってくれれば、いいのに。……意地悪だね、渚は」

「それは、こっちの台詞だよ」


 神無は太刀を振りかざす。






――助けて。渚。






 金属音。

 切れたのは鎖だった。


「まったく、しょうがないお姫様だなぁ」

 そう言って渚は手をパタパタさせる。

「やっと、手を伸ばしてくれた」


 それから、渚は満面の笑みを神無に向けたのだった。


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