第25話「機械のココロ」
窓の無い護送車の中からでも、東日本側に入ったことはすぐに分かった。というのも、道が整備されていないのだ。道は凸凹しているようで、車は上下左右に大きく揺れた。
「越境なう。東側だよー、瑞鶴ー」
「頭撫でんな。今はこんなだけど、一応、おっさんなんだからな」
まったく、なんでこんな姿になっちゃったんだ。普通の状態でさえ無力なのに……こんなことなら……。
俺の目に、渚になされている足かせが飛び込む。
「ん? あー、トッキーが気にすることないよー。どぉ? オシャレでしょ?」
「……」
「こんなもんしなくても逃げないのに。ねぇ、神無」
渚は、見張りのために後部座席に同乗している神無の方を見る。
神無は太刀を抱えたままで、何も答えない。少しだけ、こちらを一瞥したが、それだけにとどまった。
「でもさ、私なんかを連れて行かなくても、もういいんじゃない? 中国参戦で、戦争ももうじき終わるだろうし……それとも、東京は最期まで戦うとか考えてるの?」
「……」
「多分そうなんじゃないか?」
神無の代わりに、俺が答える。
「そう言えば、トッキー、最初こっちの世界に来たとき、いろいろ調べてたよね」
「まぁ、生きていく世界の事情は知っておく必要があったからな」
「じゃあ、聞かせてよ。今どうなってるのか、トッキーの見解を」
***
どこから話そうか。
そもそも、東日本政府は一枚岩ではないんだ。そうじゃなくて、特に冷戦後は、大きく四つの勢力のせめぎ合いによって、東日本の政治は動かされてきた。
反米派。
反中派。
反ロ派。
そして、三つのどれにも属さない勢力――保守派とでも言っておこうかな。
じゃあ、今回の出来事の場合。
はじめ、日本統一をしようとしたのは、反中派だ。市場を拡大するだけでなく、軍事力を増強させている昨今の中国に恐怖した反中派は、東西日本を統一することでこれに対抗できると考えたんだろう。
当然、そんなことをすれば、中国が警戒するに決まっている。それだけでなく、アメリカの反感を買うに決まっている。
政権を担っていた保守派は、アメリカとの緊張関係を、武力行使をちらつかせながらも、あくまで外交で解決しようとしたはずだ。
だが、ここで反米派の横槍が入った。「本来、アジアはアジア人のものだから、アメリカを追い出すべき」とでも言いだしたんじゃないか? もしかしたら、「中国と手を結べばいい」とか言った奴もいるハズだ。
中国に対抗するなら、アメリカを敵に回してはいけない。
アメリカを敵に回すなら、中国との協調が必要だ。
この一連の出来事は、中国と対抗することから始まった――はずだった。
だが、ここでアメリカを敵に回しては本末転倒。中国と手を結ぼうなど、やっていることとやろうとしていることがあべこべだ。
そして、在日米軍を攻撃することで戦争が始まった。
中国は? アメリカに続いて参戦するに決まってる。そのうち、ロシアも動き出すだろう。
今頃、反米派は中国の参戦に狼狽し、反中派は「それ見たことか」と思ってるに違いない。保守派は奔走し、反ロ派は傍観といったところかな。
***
白い天井。
白い壁。
ひらけた空間の真ん中に、白銀の髪の少女――雀宮沙羅は横になっていた。スポーツブラとパンツといった簡単な格好。そして横には、ライフルと太刀を模した白い塊が置いてあった。
沙羅はゆっくりと深紅の目を開けると、右手を見ながら開いたり閉じたりする。
「どうですか? 新しい右腕は」
スピーカーから声がした。
別室から沙羅を観察している者の声だ。
「悪くはないわね。けれど、前の方がよかったかしら」
「今回、雀宮同志は新しい部位を機械にしたのです。その腕が、今の同志に最適化されたものになっています」
「そう」
沙羅は、上半身を起こす。
沙羅は、立て続けに続いた電子戦の影響で、数か所の肉体や臓器を酷使、老化、あるいは壊死させてしまっていた。それで、沙羅は文字通りの大規模改修を行っていたのである。
「フフッ。いよいよ、本物のアンドロイドみたいになってきたわね」
「いっそ全身を交換されてみては? 中途半端に生命器官だと、管理が面倒くさいんですよ」
「それもそうね。機械の部分は、管理が簡単だし、使えなくなったら交換できるものね。高度な計算や思考はAIに任せればいいのだし……」
「では――」
そこで、沙羅はこめかみに指を突き付けて、冷笑を浮かべた。
「けれど、そのAIが言っているのよ。『肉体が欲しい』って。『肉体的な――性的な快楽が欲しい』って叫ぶのよ。フフッ、ほんと欲しがりさんだこと」
「……」
そして、今度は自分の髪を撫で始める。
「この髪もそう。AI――もう一人の私――が欲しいって言ったから、遺伝子を組み替えたんじゃなくて? 藤沢神無が持っていた白銀の髪の遺伝子。拒絶反応があったけれど、強引に取り込んだのよ。そうそう。それでいて、『独占したい』とか言い出すから、神無には黒染めさせる羽目になったのよ。まったく、もう一人の私は……フフッ、本当に面白い子だこと」
白銀の髪だけではない。
その深紅の瞳も、顔かたち、身長や胸の形、そして指の形に至るまで、すべて搭載されたAIが望むように取りかえてきた。
「では雀宮同志……貴方は……」
「そう、器よ。そして、次の器は、あの子」
「……藤沢神無ですか」
沙羅は、白い太刀を手に取ると立ちあがる。
「この体も、次で終わりね」
「? どこか不具合が?」
「フフッ。感じないのよ。肉体的快楽を……ね。とてもだけれど、この体じゃ興奮できないわ」
「……」
妖艶に笑う沙羅。
その言葉に反応する者はいなかった。反応の仕方が分からないと言った方がいいかもしれない。
ともあれ、改修は最終段階まで来ていた。「では、実際に動いてみてください。ダミーの敵を用意します」とスピーカーからの声とともに、これまで白いかった空間は、ビル群へと姿を変え――
――と、そこで、突如白い壁に戻った。
室内に入ってきた青年――沙羅の付き人である天理黒夢によって、デモンストレーションが中断されたのである。
「天理。調整中は入って来るなと言っていたはずよね?」
「申し訳ありません。沙羅同志。しかし、高崎同志がどうしてもと……」
縁の無いメガネをかけた20代後半の黒いスーツに身を包む青年。その陰から、高崎時弥が姿を現す。
沙羅は時弥を見て、ため息をついた。
「後にしなさい。私は見ての通り――」
「そんなこと言っている場合じゃないッ!」
対して、時弥の顔は引きつっていた。ただでさえ鋭い目つきは、凄みを増し、鬼気迫るものがあった。
「これから始まる中央委員会で、広尾を止めてくれ! あいつは、何を言いだすか分からない! 徹底抗戦とか言い出してもおかしくないハズだ! 第七特殊部隊長である広尾を止められるのは、第一特殊部隊長であるアンタしか――」
「下がりなさい」
沙羅は、ピシャりと時弥を制する。
そして、にっこりと笑みを作ると、続けた。
「貴方には、中央委員会に口を出す権利も、広尾を責める権利はないわ。それに、部隊長へのその言葉は、あまり褒められるものじゃないわね」
「だから! そんなこと言っている場合じゃ――」
「下がりなさい」
沙羅は、はじめから時弥を相手にする気など無かった。もう、何を言おうが無駄である。それを悟った時弥は拳を握り、奥歯を噛むと、踵を返した。藁をもすがる気持ちだった時弥は、裏切られたのである。
「どうなっても……知らないからな」
時弥は、やるせなさとともに言葉を漏らす。
そんな時弥に、誰にも聞かれない声で、沙羅は答える。
「もうこの国は終わりよ。この先どうなろうとね」
***
「それと、沙羅同志。もう一つ報告が」
天理は胸に手を当てながら会釈する。
「何かしら?」
「先刻、藤沢同志が東京に到着されたようです」
途端に、沙羅の表情が変わった。
「どうしてそれを初めに言わないの!? 今どこにいるの? いますぐ会いに行きましょう」




