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第23話「こおりおに」

 私の名前は、藤沢神無。

 第一特殊部隊に所属する諜報部員だ。


 とはいえ、私が生まれたのは、西日本――鳥取県中部――だった。だから、初めから東日本側の人間ではなく、むしろ、私の根っこは西側といっていい。私の身体には西側の血が流れている。幼少期はどこにでもいる子どもとして特に何事もなく育てられた。


 特異だったのは、私に《異能力》が発現したことだ。

 いつからかははっきりしないが、周囲と違うと明確に意識したのは6歳の時だった。そう。手に持つものが、冷たいままで維持できたのだ。


 周りの子より、溶けるのが遅いアイス。

 いつまでもぬるくならない飲み物。



 それが、《異能力》であることを知らされたのは、東日本に拉致された後だった。



 そして私は、雀宮沙羅の器(・・・・・・)になった。



 ***



「投降して。出来れば貴方を傷つけたくない」

 開口一番、澄んだ声で神無が言ったのはそれだった。


 胸には筆と鎚のマーク。

 黒いセーラー服に身を包む神無は、冷気を身に纏い、渚と俺のもとへ悠然と近づいて来る。手には日本刀が握られており、氷のように冷たく鋭い紫紺の双眸がこちらを見据える。


「思ったより早かったね。まさか、あんなあっさり生駒(いこまん)先輩がやられるとは思わなかったよ。……まあ、出番少ないしモブキャラ化してるから仕方ないよね~」


 鶴橋生駒。

 茶道部部長で、西日本の異能力者の一人だ。怪力の持ち主で、なんでも、7月の「同時多発テロ事件」の際には、素手で《雷神》・高崎時弥と互角以上の戦いをしたらしい。

 結局、ケンカ別れすることになってしまったが……、こんなことなら、一言ぐらい謝ってもよかったかもしれない。


 渚も俺も、神無に対して「どうして、こんなことを?」とは思わなかった。むしろ、ついに対決する時が来たかという感じ。問うことは野暮で、言葉は無粋だ。


「さてと。裏切者の始末をしますかね」

 言葉と共に渚の手に、拳銃が現れる。渚はいつも通り、涼し気な笑みを浮かべていたが、その瞳は覚悟を決めていた。神無――氷鬼――と戦う覚悟だ。


「1つだけいいか?」

「なーに? 瑞鶴?」

「……」


 俺は渚を睨みつけようとしたが、残念なことに目の大きさは変わらなかった。仕方なく、そのまま続ける。


「現世界で、お前と神無は仲良しだった」

私たちも(・・・・)だよ?」

「なら、どうして?」


 途端に、俺は渚につかまれると、ポケットに押し込まれた。内臓が裂け、骨が砕かれるかと思ったが、幸か不幸か今の俺に内臓も骨もなかった。そんなわけで痛みもなかったが、激しい吐き気に襲われたとだけ言っておこう。


「ちょっ!? そんな乱暴に――」


 言おうとした俺の目に映ったのは、今まさに襲いかかろうとする神無の姿だった。神無の繰り出す一閃を、渚はバックステップで回避すると、引き金に手をかけた。


「なんでもクソも――だからこそだよ(・・・・・・・)

「……」

「私が止めなきゃ、この馬鹿を誰が止めるんだっつーのッ!」

 言って、ニヤリと笑う渚。銃弾を放って、神無を牽制する。


「本気で来いヤァ! その腐った根性、何度でもへし折ったるわ!」



 ◇◇◇



 私が西日本に戻ってきたのは、3年くらい前になる。


 当時は、第三次異能開発実験がひと段落ついた頃で、無事に生き残った者たちは、16ある特殊部隊にそれぞれ割り振られていった。そして、その内のひとりであった私は、第一特殊部隊へと入隊していた。


「そう言えば、西日本に戻りたがっていたわね」

 これが、入隊してから初めに雀宮沙羅に言われた言葉だった。


「……」

 私は特に反応を返さなかった。それで、おもしろくないと感じたのか、沙羅は私に絡みついてきた。


 それから、肩と首を撫でると、耳元に口を持って来て、艶美な声で囁く。

「いいのよ。正直に言っても。帰りたくても、もう帰る場所なんてないのだから」


 冷笑を浮かべる沙羅。

 返す気なんて初めから無い。ならば、そう言えばいいのだ。


「命令とあれば、向こうへ赴きます(・・・・・・・・)が?」

「フフッ、悪い子。帰る理由を私のせいにするのね」


 もう帰ることは出来ない。

 動作から思考や信条に至るまで、多感な時期を東側で過ごした私は、もう東日本の一部だった。


「そんな素っ気の無いところも好きよ。それに従順なところも」


 それに。

 私はもう私ではないのだから。


「私と貴方で決めたルールが、骨の髄まで滲みわたっていて結構だわ。『私の命令は絶対』。フフッ、これからも忘れないでちょうだい」


 それから、沙羅はゆっくりと私の首筋を舐める。


「神無。貴方はもう身も心も私のモノ。次の私の()

「……」

「でも、諜報活動といえ、向こうに戻れば、それを忘れてしまうかもしれないわね」


 不気味に笑う沙羅。


「そうね。帰らせる前に、痛みを刻み込んでおきましょうか。あまり傷つけたくないのだけれど、仕方ないわね」


 鷲づかみされる左胸。

 妖艶な声が、耳に響く。


「私を刻み込んであげる。向こうに行っても、私を忘れないでね、神無」



 ◇◇◇



 次の日から、私は転校生を演じることになった。通うことになったのは、皮肉にも拉致されなければ普通に通うはずだった中学で、周りには知り合いになっていたかもしれない人間がいた。


「藤沢神無です。両親の仕事の関係で――」


 帰ってきたとき、両親はもうこの世にはいなかった。事故死ということになっていたが、恐らく――。


 悲しみはなかった。

 感情と呼べるものも、死んでいた。


「――これから、よろしくお願いします」


 自己紹介が終わると、私は席へ着く。こちらに来る前に打ち込まれたクスリのせいで頭が痛んだが、それでも任務に支障はない。


 与えられた任務は、西側の異能力者を見つけ出してマークすること。そして、西側の異能力開発を探ることだ。


「それでは、授業を始めます――」

「……」

 

 なるほど。

 授業自体は聞いたフリでいいかもしれない。進度も遅ければ、内容も簡単だ。


 このことは、すべての授業において言えることだった。数学や社会はままごとだったし、体育に関してもお遊びだ。だが、だからといっていい成績を取るのはやめた方がいいかもしれない。周りに打ち解ける努力はすべきだろう。


 とはいえ、友達は必要ないが。



 ◇◇◇



「友達になろうよ!」


 転校してから三日後くらいだろうか。

 私は一人の少女に後ろから抱きつかれた。


 内海渚。

 学校一の変人と呼ばれているらしく、周りの人間は絡まれた私を見て、哀れみの目を向けていた。「今度の標的は、藤沢さんか」「可哀想に」といった具合である。


「他をあたって」

「勝負しようよ!」

「は? 話を聞いて――」

「私が勝ったら、友達になる。おk?」


 面倒なことになった。

 とりあえず、反抗すればその分だけ面倒なことになるのは目に見えている。とり合えず話に乗るか。


「じゃあ、私が勝てば――」

「神無が私と友達になれるんだよ! すごいでしょ」


 その考え方が凄いと思った。

 私は、渚の腕を振り払う。


「悪いけど、あなたには付き合って――」

「まあ待てって。なにも恋人同士になろうって言ってるわけじゃないし、お友達申請してるだけじゃん。異能力者どうし、仲良くしよーよ」

「……」

 

 涼し気な笑みを見せる渚。

 私は無表情のままだったが、内心では殺意を覚えた。

 

 この子は、私の正体に気が付いている。

 なるほど。西側には勘のいい人間もいるようだ。


 本当に面倒なことになった。

 さて、どうやって消そうか。



 ***



「いやぁ、神無。強くなったね!」 

 襲いかかる氷の槍を、渚は笑いながらかわしていく。


 3年前もそうだった。

 まるで、楽しげに遊ぶ子どものように、飛んで、跳ねて、駆けて、回って……。


 そして、あの時。

 勝負に負けた私は、渚と友達になったのだ。

 もう一度(・・・・)

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