第22話「再転移」
「てか、‶クリーガー〟の名前を知ってるってことは、トッキーの言ってた並行世界って、私が開いたゲートの先の世界のことだったんだね!」
「あ、ああ。そうみたいだな」
俺は渚に連れられて、山道を進んでいた。開いたゲートとやらに案内してくれるそうだ。道は舗装されているものの、路端はボロボロ。すぐ横は崖になっている。
また、崖の方は竹林になっていて、反対側は杉の木が植えられているようだ。人工林といったところか。
「この先だよ」
言っているそばから、ひらけた空間が見えてくる。
「意外と近くなんだな。もっと山奥かと……」
「まあ、神社だしね。みんなが行きにくい場所にあってもしょうがないでしょ」
世の中にはそう言う場所もありそうだが、と言おうとしたが、俺は言葉を飲み込む。神社自体はそこまで大きなものではなく、地域で親しまれている程度のもののようだ。
ん?
親しまれている?
ひらけた空間に出て、神社全体を見た時、俺は疑問が湧いた。というのも、さびれている様子だったからだ。石碑という石碑は倒れるか、または傾いており、境内の階段はヒビだらけだ。さらに酷いことに、鳥居が倒壊しており、本殿も傾いているんじゃないかと思う。そして、参道には岩が転がっている。
「整備……されてないのか?」
「いやあ、それがね、地震でやられちゃって……。修繕費がないみたい」
「地震?」
「やっぱり、トッキー忘れてるか……。まあ、辺境の地の地震だったから、地元民以外、結構みんな忘れてるんだよね……」
地震の名前は、鳥取県中部地震。
2016年10月21日に起こった、最大深度6弱、M6.6の地震だ。瞬間的な揺れの強さは、熊本地震や阪神大震災のそれを上回り、住宅被害は約1万5千棟に登ったという。不幸中の幸いは、死者がいなかったことと、火災が無かったことだろう。
「まあ、本題はこっからさ。地震の直後から、どうもこの辺の空間が不安定になったんだよね。その中心にあったのがコレ」
言って、渚は参道に横たわる岩に、ポンと手を乗せる。大きさは直径1メートルはあろう大きな岩だ。どかすとなると人の力では無理がありそうだ。
「で、おもしろそうだったから、空間を開いてみたら、向こうの世界とつながっちゃったってわけ」
「……」
そんな軽いノリで……。
呆れていると、渚は手を仰ぐ。すると、空間が揺らめき、まるで水面のようなものが目の前に現れる。
見えるのは、あの並行世界であることは瞬時に分かった。境内は修繕されており、さらに本殿の向こうにはビル群が立ち並んでいる。
「じゃあ、閉じますねー」
「え、ちょ……そんな」
唐突な渚の言葉に、俺は思わず動揺した。
「どうして、急に……? てか、そんな簡単にできるものなのか?」
「できるよ」
渚はけろり即答する。
「開けっ放しにしてたのは私だし、だいいち、このままだとまた神無に怒られちゃうからね」
「それは……そうだけど……」
ちょっと待て。
どうして、俺はこんなに動揺してるんだ?
俺は、並行世界の様子を眺める。戦争の被害はまだ受けていないようだが、街のいたるところに‶クリーガー〟が巡回している。戦力になる異能力者を探し回っているのだ。
「あ、あれ……。柚姫かな? へぇ……、向こうの柚姫はポニテなんだ。あれはあれで可愛いかも」
「え? ドコ……」
言った時、空間に波紋が走る。そして、波が落ち着くと、柚姫が映し出された。
「そんな……」
俺は、呆気にとられた。
柚姫は気を失っていて、ちょうど‶クリーガー〟に運ばれて行くところだった。向かう先は黒い護送車。車には東日本のマークである筆と槌が刻まれている。
「あらら……、可哀想に」
「……」
「まあ、私とは関係ないんですけどね。トッキー、下がって。閉じ――」
「待ってくれ!」
俺の言葉に渚が動きを止める。俺も動きを止めた。
どうして、俺は……俺の口はこんなことを言ってしまったんだろう。だって、そうじゃないか。俺はこちらの世界の人間で、柚姫は向こうの世界の人間。渚の言うように関係は無いはずだ。
「いや、なんでもない。閉じ――」
閉じてくれと言おうとした。
だがその時、渚はニヤニヤしていた。
「行きたいなら、行きたいって言えばいいのに」
「いや、それは……だめだ」
「どうして?」
どうして?
俺の脳裏に、もう一人の高崎時弥の顔が蘇る。
「俺なんかが行っても……だめなんだ。俺には信念とか……そういうのが無いから。《異能力》もなければ、しっかりとした考えもない。だから、俺なんかが行ったところで――」
「でも、行きたいんでしょ?」
「だから言ってるだろ俺が行ったところで――」
と、渚の笑顔が、俺の言葉を制した。
そして、もう一度、同じことを言う。
「でも、行きたいんでしょ?」
「う……」
言葉に詰まる俺。
見かねた渚は、肩をすくめた。
「もー、面倒臭いなぁ。トッキーって意外と人の視線を気にするタイプなんだね。他人に興味ないかと思ってた」
「それは……」
神無に言われたことを真逆……。
あの時、あの場所で、神無に言われた時は、確かに俺は俺だった。それがどうだ?いつの間にか、俺は自分を失っていたんだ。
***
「俺……行くよ」
「うん! それがええ。行きんしゃい」
大きくうなずく渚。
俺は今一度、渚の方を向く。
「いろいろ、ありがとな」
「まぁ、困ったら、向こうの私を頼りなよ。強力ながら力になれるかもよ?」
それを言うなら、微力ながらだろ? と思ったが、渚の能力が強力なのは客観事実だった。
「ああ。その時は頼む」
「頼まれた」
俺は、向こうの世界を眺める。
大きく息を吸い込み、一歩を踏み出す。
「ッ!?」
そこで、脊髄に走った痛みに、俺は後退りする。
「ああ、言い忘れたけど、そのままじゃいけないよ? 肉体は置いて行かなきゃ」
「は? そりゃどういう――」
刹那。
俺は、渚に蹴り飛ばされた。
もちろん、向かった先は目の前の並行世界。
勢いよく飛び込んだ俺は、痛みを感じる間もなく、肉体と魂に引き裂かれた。
ああ。
確か実験室で、異世界転移したときもそうだった。肉体と切り離された俺は、空中を彷徨い、代わりの器に飛び込んだんだ。
あの時は、田端蒼汰。
今度は……。
「いやあ、今や遅しと待ってたよ、蒼たん。いや、トッキー」
少しずつはっきりしてくる意識の中で、渚の声が聞こえた。
それから、木々が揺れ、風が頭を駆け抜けていく。
場所は、神社の境内。けれど、世界線が全く違うのは分かる。神社は新築同様に改修が終わっており、鳥居をはじめとする設備もまた直っている。
唯一同じなのは、参道に残された岩だろうか。とはいえ、岩にはしめ縄がなされており、むしろどかしてはいけない雰囲気になっている。
「突然いなくなるからびっくりしたよ」
俺は自分の姿を確認する。
真っ白な手。真っ白な足。しかも、指は無い。いや、もしかしたらまだ目がなれていないだけかもしれないが、ぼんやりと白い手足は、まるでヌイグルミの手のようにモフモフしている。
「よく、戻ってくるって分かったな」
言って、俺は渚を見上げた。
ん?
見上げる?
俺は、そこで明らかな違和感を覚えた。なぜなら、渚が巨人のように大きかったからである。立ち上がってみるが、それでも、数十倍の身長差がある。まるで観覧車でも見上げているような気分だ。
俺は、自分の姿をもう一度見る。
指の無い白い手足。しかも、やけに小さい。顔を触ってみるが、頭のてっぺんどころか耳さえつかめない。
ん?
耳はどこだ?
あれ? 耳が動かせる?
しかも、もしかして頭のてっぺん近くにある?
わけの分からない状態で、そうこうしていると、渚は俺を抱きかかえた。
「おい!? なんだ? 放せッ!」
「いやぁ可愛いねぇ、トッキー。ううん、瑞鶴って呼んだ方がいいかな?」
「ずい……ッ!?」
瑞鶴。
俺はその名前を知っていた。そして、その名前の兎のヌイグルミを知っていた。そう。内海邸にあった、あのヌイグルミだ!
「ちょっと待て!? 俺はいま兎のヌイグルミになってんのか!?」
「そだよ」
「ッ!?」
俺は、悶絶するしかなかった。
だってそうだろ? 転移したら、兎のヌイグルミになっていたのだから。
***
「まあ、そう落ち込むなよ瑞鶴」
「その名で呼ぶな」
ったく、どうしてこんなことに……。
何が「行きたい」だ。こんなんだったら来るんじゃなかった。文字通り手も足も出ないじゃないか。
「どうせ器なんだし、なんでもいいじゃん。それとも、彷徨える生霊の方がよかった?」
「そっちの方がマシだよ」
俺はため息をつく。
いや、つけているのか? 息をしているのかどうかも怪しい。それどころか口が開いていないのだ、しゃべっているのかさえも怪しい。
もしかして、これは念話なのか?
「念話だよ」
「じゃあ、考えてることダダ漏れかよ……」
「下手に変なこと考えられないね!」
頭の中が覗かれている気分だ。
まぁ、事情を説明せずに済むのだから、手間が省けるのは幸いだが。
「じゃあ、こっちの状況説明もするね」
「頼む」
「まず、田端蒼汰だけど、憤死しました」
「……」
は?
憤死?
そういう扱いになっているのか……。
「次に戦況だけど、ここ数日間でだいぶ変わったよ」
「今はいつだ?」
「ああ、そうだね。2018年8月15日だよ」
終戦日。
と、言いたいところだが、こちらの世界では違う。
もっと言えば、この世界の9月2日は、敗戦記念日ではない。
日本は、8月6日と8月9日のアメリカによる原爆投下を受けてもなおポツダム宣言を受諾することはなかった。――いや、出来なかったというべきか。戦争継続を主張する陸軍を抑えきれなかったのである。
そして、8月15日に玉音放送が流されることはなかった。陸軍の手によって、阻止されたのである。
すでに、8月9日に参戦していたソ連は、8月の末までには北海道全土を制圧する。本来ならば、本州に至っていたはずだが、ここには予想外の抵抗があったという。
9月。米軍による九州上陸作戦が始まる。さらにその後、アメリカは小倉と新潟にも原爆を投下している。一方、ソ連も東北への侵攻を開始。10月には本土決戦が本格化することになる。
最終的にこの戦争は、1945年の冬に東京がソ連軍によって陥落することで終結する。そして、翌年の1月に米ソ両軍は、富士川・糸魚川ラインで向かい合うことになる。
よって、この世界にとって8・15はなんら意味を持たない数字だった。
それにしても、やはり並行世界と現世界では若干ではあるが時差というか日差があるようだ。それが、もともとそうなのか、移動の際にかかるものなかのかまでは分からないが……。
「で、あの後どうなったんだ」
あの後とは、アメリカへのサイバー攻撃成功後に、在日米軍基地を攻撃した後のことだ。俺が知っているのはそこまで。
「アメリカは、サイバー攻撃の反抗作戦を敢行。電子空間は膠着状態になってるみたい。ううん。むしろ、日本側が劣勢に追い込まれてるみたいだよ」
「……そうか」
「それから、中国が日本に宣戦布告したよ」
「で、東シナ海と太平洋の両面作戦を強いられるようになったわけだ」
「もはや、持久戦だよ」
「ロシアが参戦したら地獄絵図だな」
「しそうだよ」
「朝鮮半島情勢は?」
「戦争に巻き込まれることを恐れてるのかな。今のところ、目だった動きはないよ。……北朝鮮が東日本との同盟破棄を申し込んだこと以外はね」
「北朝鮮の最大の目的は、体制維持だからな。大国が次々介入する戦争に巻き込まれれば、小国は即座につぶされる。かといって、中立でいるわけにもいくまい」
「勝つ側で参戦するだろうね」
本来なら、東アジアでの覇権を維持したいアメリカと覇権の座を狙う中国の対立だったはずなんだ。日本が共通の敵として立ちはだかった。そうすれば、米中は共闘するに決まっている。
「まるで、大東亜・太平洋戦争の再現だな」
結局、日本はどうすればよかったのか。俺が思うに、日本が大国としての力を誇示したいのならば、アメリカ、中国、そしてロシアの三国間のバランサーになることだ。
日本は島国で、四方を海に囲まれた安全な地? そんなことは無い。むしろ逆だ。太平洋を支配したいアメリカと、太平洋に出ていきたい中国と、南下したいロシアの欲望の渦中だ。
だからこそ、明治以降の日本は、中国と戦い、ロシアと戦い、アメリカと戦ったのだ。冷戦期は、中国とソ連の防波堤として存在していた。そして冷戦後は、日米同盟を基礎として三国間のバランスの中にあった。
アメリカを攻撃した瞬間、綱渡りをしていた日本が地に落ちることは自明だ。
「まだ、本土に攻撃は加えられてないけど」
「時間の問題だな」
「だね」
「稲城艦隊が敗北次第、空爆が始まるだろう。いや、サイバー攻撃による核兵器の掌握の方が先かな。いずれにせよ制海権、制空権、サイバー空間安定性がなければ、核兵器を持っていようが関係ない。核抑止は、成り立たない」
もはや、戦争は止まらない。
いや、方法は1つだけある。だけど……。
「生駒と柚姫は、連れ去られたよ」
「ああ。知ってる。見てたからな。どうして、止めなかったんだ」
「それはね……」
その時、鳥居をくぐる一人の少女が目にはいった。いや、その姿はまるで鬼だった。少女は日本刀を手に持ち、冷気に包まれている。
「私も狙われてるからだよ。助けるにしても、異能力者相手だと私も自分の身を守るので精いっぱいなのだよ」
渚は、空間を裂くと、ガトリングを取り出す。
その少女は、悠然と近づいて来る。
闇より黒い髪。
雪のように白い肌。
紫紺の双眸。
楚々たる雰囲気の少女。
異能コード《氷鬼》。
「藤沢……神無……」
胸には筆と鎚のマーク。
相変わらずの無表情のそいつは、黒いセーラー服に身を包んでいた。




