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第21話「界級能力」

「いやぁ、遅いよ柚姫ぃー。わしゃ死んじゃうとこじゃったわ」

 渚はむくりと起き上がりながら、わざとらしくふざけてみせる。


「先輩はそんな攻撃でやられるほどヤワじゃないでしょうが。……まったく」

 そう言って、柚姫は再び武器を構えた。


「もう一体近づいて来てます。気を付けてください」

「あいよ」


 どこに?

 前後左右を見渡すが、住宅の垣根と道路があるのみで、‶クリーガー〟の姿はない。どうやら目視できない場所にいるらしく、二人は気配だけでそれを感じ取ったようだ。柚姫は真剣な顔つきをし、一方で渚は意味ありげに苦笑を浮かべていた。


 ふと、柚姫の方を見る。

 そこで気が付いたのだが、柚姫が持っていた武器は大鎌(・・)だった。たしか、並行世界の柚姫は太刀を持っていた。

 こちらの世界の柚姫はショートカットだったり、武器が大鎌だったりと、違いがあるようだ。もしかして、中学のころも剣道部に入っていないかもしれないな……。


「先輩。その人は?」

「ソウルメイトだお」

「ちゃんと答えてください。ぶちのめしますよ」

「やれやれ、柚ちゃんはカゲキだねぇ」


 肩をすくめる渚をよそに、柚姫は駆けだした。

「そこだぁッ! 行ッけえぇ、柚ぅ!」

「言われなくても!」


 俺の後方30メートル。

 その住宅の陰から、‶クリーガー〟は姿を現した。


「――水神の加護を此処に――」


 詠唱だろうか?

 柚姫がそう唱えたかと思うと、姿を現した‶クリーガー〟めがけて、どこからともなく数本の水の槍が襲い掛かった。


「せりゃあッ!」

 水の槍でひるんだ‶クリーガー〟。

 そこに、柚姫は大鎌の一撃を加える。


 俺はその光景に、呆気にとられるばかりだった。

 間違いなく、柚姫は水を操った! 異能力者だ!

 こちらの世界にも、‶クリーガー〟が存在し、かつ《異能力》も存在している。これは、一体どういうことなんだ!?


「トッキー! もう一体いるよ!」

「!?」


 渚の言葉で、俺はハッと我に返る。

 見ると、電柱の上から、身軽に着地する‶クリーガー〟の姿が目に飛び込んで来た。外観は先ほどのものと違い、若干スリムになっているようだ。機動性に優れているのが見て取れる。


「なっ!?」

 驚きつつも、柚姫は先ほどまで相手にしていた‶クリーガー〟の機能停止を横目で確認すると、新たに登場した‶クリーガー〟に向けて水の槍を飛ばす。だが、やはりというべきか、‶クリーガー〟は素早く柚姫の攻撃をかわしてみせた。


「早いッ!?」

 それでも、柚姫は槍を飛ばし続ける。とはいえ、‶クリーガー〟は水の槍の出現場所と軌道を計算しつくしているかのように、次々と回避していく。


「一体だけじゃないのか?」

 俺は、逃げる‶クリーガー〟を目で追いながら、なかなか倒されない不安と怒りに似た物を吐き捨てる。

 誰に問うわけでも無い問い。ところが、渚は鼻を鳴らして、俺の問いに答えた。

「私は、一体だけなんて言ってないけど?」

 悪い顔をする渚。

「……お前」

 あの苦笑はそういう意味だったのか……。


「知ってたんなら――」

「知っていたなら、教えてくださいよ!」

 言いかけて、柚姫が戦いながら渚に抗議をする。


「めんごめんご。慌てる二人の顔が見たくなってつい……」

「ぶちのめしますよ」

「まぁ、神無ちゃんなら怒ってるだろうね。高一にもなって、敵の気配察知もロクにできんのかいって」

「……すいません。私が悪かったです」


 攻撃の手は緩めないものの、柚姫は神無の名前を出されたからなのか、しゅんと落ち込んだふうだった。「敵の気配察知もまともにできないなんて」と無表情で吐き捨てる神無の姿が目に浮かぶ。


 というか、そんな能力あってたまるか……と思うのだが、渚たちにはそれができるらしい。事実、俺が特急の中で視線をぶつけていたところを、神無にたやすく見抜かれている。


「それよりも、《異能力》! お前らも《異能力》を使えるのか!?」

「も? ってことはトッキーも使えるの?」

「いや、そうじゃなくて――」

 言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 ふと、もしかしたら俺にも使えるかもしれないと思ったからである。


 並行世界の柚姫も、こちらの世界の柚姫も《水》を使える。渚は今のところまだ《異能力》を使っていないものの、おそらく《アスラ》とかいう無茶苦茶な能力が使えるハズだ。


 なら俺は?

 並行世界の俺は《雷》を使っていた。


「――もしかしたら、俺も……」


 でも、どうやって?



 と、その時だった。

 突然、一瞬にして‶クリーガー〟が氷漬けになる。


「氷? 一体誰が……?」

 狼狽える俺をよそに、柚姫の顔は安堵の表情に変わる。渚は襟をパタパタさせながら、背後の方に目を向けた。


「遅かったねぇ、神無。暑さで溶けちゃうところだったよ」

「いいから、早くやって」

「いやあ、私が手を下すまでもないと思って。ほれ」


 あごで指した先。

 そこには、駆けつけた田端蒼太の姿があった。


「風よ!」

 叫んだ蒼汰は、腕を振り下ろす。すると、無数の鎌鼬が‶クリーガー〟の関節部分を斬り刻んだ。


「柚ッ!」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 ついに、動けなくなった‶クリーガー〟。柚姫は駆けつけると、そこへ最後の一撃を加える。



 俺に出番はなかった。


 というか、蒼汰。

 お前は、《風》を使えたのか……。



 ***



「大丈夫か!? 怪我とかないか?」

 戦いのあと、蒼汰は真っ先に柚姫の元へ駆け寄った。心配された柚姫は顔をあからめ、「ありがとう」などと言うのだろうか? ――と見ていたが、そんなことは無かった。


 むしろ逆。

「もー、心配性だなぁ。大丈夫だって」

 柚姫は、明らかに兄のことを煙たがっていた。


「ちょっと待て! 血が出てるぞ!」

「え? ……ただの擦り傷じゃん。オーバーだなぁ」


 過保護な兄と、それを嫌がる妹。そこには、俺の知らない田端蒼汰と田端柚姫がいた。


「他にも怪我しているかもしれない……。ちゃんとお兄ちゃんに見せてみなさい」

「変態。近寄らないで」

 柚姫は萎縮すると、蒼汰に侮蔑の視線を向ける。

「それでも構わない」

「おい」

「いいから見せなさい」

「――水神様、こいつに天誅を――」


 言葉と共に、水が柚姫を包み込む。そして、渦を巻き始める水。やがて、水はとぐろを巻く水龍に姿を変えた。


 水を使ってそんなことも出来るのか?

 というか、心なしか‶クリーガー〟を相手にしていた時よりも殺気を感じる。


「いつものが始まったねぇ……」


 いつもの!?

 俺は、渚の言葉に戦慄を覚えた。


「まあ、ほっといて」

「いいのか?」

「いいの、いいの。それより、トッキーも異能力者だったとはね」

「いや、俺は……」

 言い寄る渚に、俺は言葉を濁す。


「使えるのは俺じゃない。並行世界の俺が使っていただけで……」

「ほへぇ、並行世界の奴らも使えるんだね! ねぇねぇ! 私は何使ってた? てか、みんなもどんな能力使ってた?」

 渚は目を輝かせて訊いてくる。興味津々のようだ。

「お前は向こうの世界では、《アスラ》とか言う能力だったよ」

「? ほうほう」

 その反応を見る限り、こちらの渚は違うのか?

「柚姫は同じ。それと、向こうの世界の蒼汰と神無は分からないけど、同じなんじゃないかな?」

「トッキーは?」

「……《雷神》だった」


「それはないと思う」

 そこで、横槍を投げたのは神無だった。


 神無は相変わらず無表情で、淡々としている。


「どういう意味だ?」

「《神級能力》は、そうそう発現するものじゃない」

 

 《神級能力》?

 と、クエスチョンマークを浮かべる俺に、渚が「雷神とか水神とか、能力名に神の付く能力のことだよ」と耳うちする。


 さらに、神無は続ける。

「それに、ほとんど《神級能力》は寺社教会が管理している」

「……」

 こちらの世界では、そんなことになっているのか?

「だから、《雷神》や、ましてや《軍神(アスラ)》が発現するとは考えづらい……ということ。それこそ能力移植しない限りね」


 うーん。

 なかなか変な話になってきた。


 まず、分かったのは、こちらの世界にも俺が知らなかっただけで、裏世界(?)では《異能力》の存在はあると言うことだ。そして、一部の《異能力》は寺社教会が管理する役目を果たしていて、かつ、能力移植ということが可能だという。これは、向こうの世界でいう能力開発ということなのだろうか?


「じゃあ、柚姫の能力はなんなんだ? 移植されたのか?」

「あれは天然。だから、あの子は特別」

 言って、神無は柚姫の方に目を向ける。


 つられて目を向けると、ボコボコにされた蒼汰と、それを蔑むように見下ろす柚姫の姿があった。

 なるほど。特別ねぇ……。

 と、神無は「まあ、《界級能力(ヴェルテ・グレンツェ)》をもつ渚の方が特別なのだけれど」と付け足した。小さく呟いた程度だったが、俺は聞き逃さなかった。


 能力にもランクがあるようだ。あとから分かることだが、蒼汰は獣級で《鎌鼬》。神無は鬼級で《氷鬼》らしい。ランクの順としては、獣級、霊級、鬼級、神級で上がっていき、界級というものが別格上位にあるようだ。


「だから、あなたが《異能力》を使えたとしても、《雷神》ではないはず」

「……なるほど」


 つまり、どうやら向こうの俺は、能力移植されたらしい。

 納得する気持ちと、反面俺は肩を落としていた。まさか、現実主義者の俺が能力を使いたがっていたとは。


 いや、これは周りが使える中で自分が使えないという劣等感だろうか。

 それとも、少しでも奴らの助けをしたいと思ってのことなのか?


 どちらにせよ、以前の俺からは考えられないことだ。



「ところで、お前らは何と戦ってるんだ? お前らの目的は一体……?」


 気になったのは、やはり‶クリーガー〟だ。

 ‶クリーガー〟は並行世界で作られた物のハズ。


「特にないよ」

 あっけらかんと答えるのは渚だ。

「そんなわけ……。だってお前らは‶クリーガー〟と……」

「へぇ。‶クリーガー〟って言うんだ。トッキー詳しいね」

「??????」


 名前を知らない?

 どういうことだ?


 見かねたところ、口を開いたのは神無だった。


「奴らは、一ヶ月前、こちらの世界に突如として姿を現し始めた」

「一ヶ月前?」

「そして、異能力者のみを襲い始めた。まるで、そうプログラムされているかのように……」

「どうしてだ? なんで現れ始めたんだ?」


 と、神無は呆れ顔で、渚に視線を向けた。

 視線を向けられた渚は、居心地が悪そうにはにかむ。


「渚が遊びで並行世界とのゲートを開いた。それが原因」


「……」


 そう言えば、特急の中で渚はどこからお菓子を取り出していた? 今日も、どこからペットボトルを取り出した? それから、放たれた弾丸を、どうやってかわした?


 ハッとして、俺は渚の方を見る。


 すると渚は、文字(・・)通り(・・)空間を切り裂いてアサルトライフルを取り出していた。


「私の能力は《空間掌握》。こうやって、武器を取り出して《軍神》に見せかけてたのか……。面白いこと考えるねぇ」


 とにかくハチャメチャなコイツは。

 歩く四次元ポケットだった。




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