第20話「ショートカット」
窓から差し込む朝日で目が覚めた。
障子からの日差しだが、それでも夏の太陽は強く、喉の渇きと首の汗も相俟って、俺を起こすには十分だった。
布団から身体を起こすと、外の空気を吸うため、窓を開ける。朝だというのにじっとりと蒸し暑い空気だ。
そう言えばこんなことが前にもあったな。
十畳の畳の間。
ここは、内海渚の実家である。
やがて、聞こえてくる階段を駆け上がる音。
そして、勢いよく襖が開くと、渚が部屋に飛び込んで来た。
「おっはー、トッキー!」
「お、おはよう」
「朝ごはんできてるからさ、下りてきてよ」
そう言うと、渚は踵を返して階段を駆け下りていく。
内海邸は、並行世界で出会ったものとほぼ同じだった。
山中にある日本屋敷で、周囲は二メートルを超える塀と荘厳な門を構えている。さらに、中には池のある庭園があり、母屋と離、そして蔵が軒を連ねていた。
違いと言えば、内装や家具だろう。特にテレビなんかは薄さが違う。やはり、技術面では並行世界の西日本の方が上のようだ。
***
階段を下りながら、あくびが漏れる。
そう言えば、あの日もそうだった。
あくびをしながら階段を下りて、そこで神無と出会ったのだ。
――周りに私のことを言わないのね。
と、階段を下りたところで、俺は藤沢神無に声をかけられた――気がした。もちろん、ここに神無はいない。代わりに、神無が腕組みをして、壁にもたれかかっていた場所には兎のヌイグルミが鎮座していた。
色は水色。
二頭身で、首には白いスカーフが巻きつけられている。
それ以外なんでもない、いたって普通のヌイグルミ。それなのに、気が付くと俺は、そのヌイグルミに見入ってしまっていた。
「おーい」
「うわぁッ!?」
夢中になりすぎた俺は、渚の声に飛びあがってしまった。
「なになに? その子がどうかした?」
「その子って……、お前もヌイグルミ持ってるんだな」
「そりゃあ、女の子ですから。持ってますよーだ。ねっ、瑞鶴!」
そう言って、渚は兎のヌイグルミを抱きあげて頬ずりする。
ず、ずいかく!?
まさか、コイツの名前か?
どんなネーミングセンスだよ。
「まあ、それはともかく、早く食べるよ」
「? どこか行くのか?」
すると、渚はヌイグルミを口に当てると、声を変えて答えた。
「ぶ・か・つ♪」
***
「で? 歩いていくのか?」
「ん? そだよ」
蝉が鳴く道は、むしむししており、風は無い。
額からも頬からも汗が垂れ、今にもへたってしまいそうだ。
「いやぁ、朝なのに暑いねぇ」
渚は、襟をパタパタさせる。今日の恰好は、制服ではなくTシャツにジーンズという簡単なもの。全体的に動きやすさを重視しているようだ。
「ほれ」
不意に、冷たいものが俺の首にあてられた。
「――ッ」
見るとキンキンに冷えた、500ミリのペットボトル。俺は礼を言って受け取ると一口飲む。
それにしても、いろいろ持ってるんだな。特急に乗っていた時も思ったが、一体どこから出してるんだか……。
「てか、なんで歩いて行くんだ? お嬢様なのに、送迎とかしてもらえないのか?」「うんにゃ。これが部活だよ」
「は? 歩いてるだけだぞ?」
「そうだよ」
涼し気な笑みで答える渚。
そして、渚は「でも」と続ける。
「でも、私と歩いてると危ないかもy――」
刹那。
銃声が響いた。
「……え?」
倒れる渚。
弾丸が放たれたのは後ろからだった。
振り返る俺。
そこで、目に飛び込んで来た物に、俺は目を丸くした。
形は人。だが、人ではない。
白い甲冑と兜を身に纏い、仮面の下からは赤く発光する目がのぞく。腰には太刀、そして、放たれた弾丸は手に持っているアサルトライフルからのものだった。
しかし、驚くのはそこじゃない。
その姿はまるで――いや、奴そのものだった。
白い甲冑は、並行世界で出会った東日本軍の戦闘兵器だった。
「‶クリーガー〟!? どうしてここに……」
だが、この狼狽が恐怖に変わることはなかった。
目の前のクリーガーは、一瞬にして倒されたからである。
一撃の剣戟。
それを放ったのは、一人の少女だった。
「先輩。やられたフリとか、らしくないことしますね」
キリットした顔かたち。
前下がりのショートカット。
背は小柄ではあるけれども、引き締まった身体をしている。
「柚姫……」
いまなら、少し田端蒼汰の気持ちが分かるかもしれない。
世界は変われど、髪型がショートだろうと、やっぱり、田端柚姫は可愛いんだ。




