第03話「赤の妹」
「……」
俺は言葉を失った。
あれが機械?
そんなバカな! あれはまさしく化け物だった!
「初めて‶クリーガー〟が西日本に送り込まれたのは二年前だ。東日本は関係性を今でも否定しているが、東日本産と見て間違いない」
「あり得ませんよ! それだったら俺たちが知らないハズがない! 兵器を送り込んでるなら、大々的に報道されるに決まって――」
そこまで言って俺はハッとした。
「――報道規制が……されてるんですか?」
「……察しがいいな」
俺の言葉に、鶴橋部長は驚いているようだった。柚姫もまた口を開けている。他方、渚に至っては、饅頭を喉に詰まらせて話自体聞いてなかった。
頬張るからだ、馬鹿。
鶴橋部長は、ため息をつくと、茶碗に水を入れる。
「近年、西日本と東日本の関係性は悪くない。むしろ良好だ。そもそも、東アジア秩序は東西日本の安定によって支えられてきました。もし、こんなことを公に報道すれば関係悪化は避けられません」
「……勉強熱心なんだな」
「お兄ちゃんすごい! なんか、お兄ちゃんじゃないみたい」
褒められて嫌な気持ちではなかったが、心の中では頭を抱えていた。
異世界に慣れなきゃいけないんだ。世界事情は嫌でも勉強する。
まったく、嫌になる。
「もう分かっただろう? 茶道部とは仮初めの姿。ここは政府から託された‶クリーガー〟狩りの基地の1つだ」
なるほど。
そのメンバーに柚姫は選ばれたと……。
いやぁ、大変なことになってるんだな。
「……」
そこで、俺は鶴橋部長に視線を向けられていることに気が付いた。睨まれているわけではない。どこか不審で、心配されているような目だった。
「? どうしたんです?」
「いや、やけに冷静だなと」
「……? ……ッ!」
しまった!
悪い癖が出た!
ふと横を見ると、渚が「むふふ」と笑っていた。
「柚ちゃん。信頼されてるんだねぇ」
言いたいことは分かっている。普通なら、兄として「それで、なんで柚姫が巻き込まれなきゃいけないんですか!」と抗議するとか、柚姫の身を案じる発言をすべきだろう。
だが、俺の取った態度はどうだろう?
まるで他人事だ。
そう。
事実、他人事なのだ。
なぜなら、厳密には柚姫と俺は兄妹でもなんでもない赤の他人なのだから。
「お兄ちゃん!」
柚姫は、正座している俺に詰め寄る。
「はい! なんでしょう!?」
柚姫は頬を膨らませて、怒っていた。
「確かに、お兄ちゃんに黙ってこんなことしてたのは謝るけどさ、私だってお兄ちゃんに言いたかったんだよ!」
「アハハ……守秘義務というやつですね。はい。お兄ちゃん承知」
「そうじゃなくて!」
柚姫はさらに顔を近付ける。その目は、涙目になっていた。
「心配ぐらいしてくれてもいいじゃん! 私だって、怖かっ……怖かったんだよ!」
あの強気な柚姫が顔をぐしゃぐしゃにしている。
確かに、柚姫が勇敢であることに変わりはない。けれども、それ以前に柚姫は女の子なのだ。男の俺でも恐怖する相手に、立ち向かって行かなければならないのだから、つらいだろう。
それに、助けてもらったのに、俺は御礼も言えてない。
「ごめん。もう、柚姫一人には背負わせないから」
そう言って、俺はそっと柚姫を抱きしめるのだった。
***
「いやぁ、兄貴ごっこお疲れさん――」
茶室を後にしたところで、渚に背中を叩かれる。
「――高崎時弥君」
「その名前で呼ぶなって言ってるだろ?」
「で。実際どうよ、こっちの世界は? 高校生活とかつまんないでしょ?」
「高校生のガキに言われたかねぇよ」
ため息をひとつ。
口直しにと鶴橋部長からもらった水。
その水面には田端蒼汰ではなく、高崎時弥の顔が映っていた。
「正直、こっちの世界の高校生は刺激的なことしてるんだなって感心しちまうよ」
「可愛い妹をもったことについては?」
「それは……まぁ……、でも、結局一番可愛いのは自分なんだなって思い知らされたよ。自分の安全さえ確保できるならいいんだって。妹は二の次……」
「まぁ、赤の妹だしね」
「その言い方、悪意あるなぁ」
でも、実際そうだ。
俺は……田端柚姫とどう向き合えばいい?
高崎時弥は、田端蒼汰とどう向き合えばいい?
「でも、さ。私がいる限り大丈夫だよ」
だしぬけに、渚はこういうと俺の前に回り込む。
はにかむ渚。
思えば、俺が異世界人であることを話して、信じてくれたのはこいつだけだった。
一人ぼっちの中救ってくれたのは、こいつだったのだ。
「時弥がもとの世界に戻れる日が来るかどうかは分かんないけどさ、それまでは私がお世話するよ」
「俺は介護老人かなんかか」
「これからも、こっちの世界のスーパーアドバイザーとしてよろしくね!」
差し出される手。
「つーか、お前何モン? なんで俺の言ってること信じれるんだ?」
「そんなの決まってるじゃん。そっちの方が面白いからだよ」
「変わった奴だな」
「JKだもん」
「意味わかんね」
そう言って。
俺は差し出された手を握るのだった。