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第19話「本当の蒼」

 高校生に尋問されるのは、これで二度目だ。

 一度目は、藤沢神無に。そして、今は藤沢神無と田端蒼汰の二人にだ。今回は、ナイフを突きつけられるようなことにはならなかったが、しかし、ある程度の緊張感がそこにはあった。


 一歩間違えればただのストーカー――いや、もはや立派なストーカーだと思うが、それにしたって、この二人は、言動といい、俺のわずかな気を読み取るところといい、ただ者ではなかろう。


「立ち話もなんですから……」


 蒼汰の提案により、事情聴取は座席で行われることになった。座席を反転させ、二人と俺は向き合う形で座る。俺と神無は窓側で、蒼汰は通路側だ。


「やれやれ、どこから話しましょうかねぇ……」

 ため息をついて、蒼汰は指に髪絡みつけるとくるくるさせる。視線は、天井を行ったり来たり。


 というか、田端蒼汰ってこんな奴だったのか? 大人びたというか……全体的に気だるそうだ。対人スキルはあるようでなさそう。そもそも、愛想がない。というよりむしろ、人を小馬鹿にしている風でさえある。


 舐められたものだ。

 見ていると、だんだんイライラしてくる。


 と。

 一瞬、蒼汰は神無に視線を向ける。


 神無は、さっきまでとは打って変わり、何もしゃべろうとしなかった。ただただ、無表情で外を眺めるばかりで、人形のように動かない。


――神無? なんかある?

――別に。


 そんなやり取りが聞こえてくるようだった。


「はぁ……」


 再び蒼汰はため息をつく。話の進め方がすべて蒼汰に託されたのだ、重荷に耐えかねたのだろう。


「じゃあ、『ダス・ゲハイムニス』の話でもしますか?」


 は?


「なんだよ急に?」

「あれ、知らないんですか? いま話題の小説ですよ。原作はドイツ語だったかな……」

「ああ……。なるほど」


 本当(・・)()実在(・・)しそうな(・・・・)題名(・・)だな。

 まったく、定冠詞を置いているところに悪意を感じる。

 Das Geheimnis――つまり、『その隠し事』について話そうというのだ。


「物語の中で、高崎時弥は、どうして藤沢神無と田端蒼汰のことを知っていたんですかね?」


 こんな奇妙な言い方をしたのは、おそらく周りの客を意識してのことだろう。蒼汰は、三人称視点で言うことによって、俺たちを物語の登場人物と見立てているのだ。


 機転がきき、なおかつ教養がある。そして、分かる奴だけついてくればいいという姿勢……実に、俺好みの嫌いなタイプだ。そして、この回りくどさ、神無のがうつったのか?


「それは――」


「ねぇねぇねぇ! 何話してるのー!?」

 

 不意に。

 ぬっと現れた人物が、会話に割り込んできた。


 俺は、目を疑った。


 ぱっちりとした目。

 おさげの黒髪。


 内海渚だ!


「私も混ぜてー」

 よっ、と言って渚は躊躇することなく俺の隣に座った。その勢いの良さたるや、もはや、座るというより飛び込んだと言った方が正しいかもしれない。


「渚……、お前は本当にどこにでも現れるな……」

「神出鬼没と言ってくれ給えよ」


 蒼汰は苦い顔をしている。

 お手上げと言いたげだ。


「っていうのは冗談でー、四号車で待ってたのに二人とも来ないんだもん。だから、来ちゃった」

「あそこは指定席だっつーの。悪いな、俺ら貧乏なんだ」

「あ、そうなんだ。やけにいい席だと思ったー」

「おい。自由人(・・・)かよ」


 まさか――いや、もう自己紹介は不要だった。

 隣にすわるのは、あの内海渚だ。


 ――それにしても、蒼汰は神無と渚のことを呼び捨てにしていたなぁ……。


 やはり、この三人はそれほどのつながりがあるようだ。


「で、なんの話してたの?」

「それはだな――」

「もしかして、もしかして、別の世界で出会っていたとかそういう話? あるよねー、そういう設定。で、この人がその人?」


 あー。

 はい。

 解説ありがとうございます。

 俺が言い残すことは、ありません。



 ***



「それで、私らのことが気になって、はるばる鳥取まで? トッキーも粋なことするねぇ」

 渚は、俺を肘でつつく。

「いや、別にそういうわけじゃ……」


 そういうわけだった。

 そして、おめでとう。俺は「蒼たん」から「トッキー」に昇格した。いや、降格かもしれんが。それにしても、渚は上下関係をあまり考えないようだ。思わず俺が年上であることを忘れてしまう。


「いやぁ、でもちょうど私たちが帰る時で良かったね! 一日早かったら、私らいなかったよ?」


 気がつくと、しゃべっているのは俺と渚だけになっていた。というより、渚が入る余地を与えなかったという方が正しいか。

 実際、主導権を奪われた蒼汰は、渚に任せっきりになっていた。

 一方で、神無は相変わらず外ばかり見ている。とはいえ、興味が無いわけではなく、時たまこちらの方に視線だけ向ける。


「そういえば、どうして名古屋の方へ?」

「んーとね、野暮用」


 その用を訊いているのだが……。


「まぁ、私と蒼たんが行ってたのは京都で、名古屋に行ってたのは神無だけだけど」

「京都に?」

「遠征だよ。オカルト部っぽいでしょ?」

 言って、渚はニシシと笑う。


 オカルト部っぽいかはさておき……なるほど、この3人はオカルト部のようだ。


 ん?

 でも、神無は名古屋?


「あ、副部長は別件で名古屋ね」

 俺の疑問を察したのか、渚は付け足しをした。言った渚は、いつの間にか膝に広げられているスルメを手に取って食いちぎる。


「一本どう? おいしいよ?」

「いや……いい」


 この世界でも、神無は副部長をやってるのか……。――別件とか、怪しすぎるだろ。スパイとかやっていたりしないよな……?


 そう言えば――


「そのオカルト部、柚姫――」

 言いかけて、止める。


 なぜ、柚姫のことが気になったのだろう。まぁ、ここまでメンバーがそろえば気にならない方がおかしいか。


 しかし、今はもう妹でもなんでもないのだ。――いや、元からそうか。

 言いなおさなければ。


「田端柚姫も入ってるのか?」


 と、蒼汰の眉が動いた。

 名前を出したからだろうか。先ほどまで気だるそうな雰囲気が一変し、それまで預けていた背中をシートから外し、姿勢を前のめりする。


「オカルト部に? 入ってるよ。それがどうかしたの?」

 答えた渚はスルメを頬張っていた。

「じゃあ、部長は鶴橋生駒だったりするのか?」

「うんにゃ。いこまんは、野球部だったかな? エースで四番。パワーの持ち主でねぇ……脳筋なのが珠に瑕。まぁ、全国には通用しないかな」


 通用するだろ。

 いや、能力には目覚めてないのか?


「ねぇ、高崎さん。1つ聞きたいんですけど」

 そこで、すかさず訊いてきたのは蒼汰だった。


「何?」

「高崎さんは、向こうの世界で柚姫(ゆず)を傷つけるような真似、してないでしょうね?」

「……」


 口調は、穏やかだった。

 だが、その眼には信念にも似たものが宿っていた。こちらの世界の蒼汰は、――いや、もしかしたら向こうも?――、いずれにせよ妹をものすごく慕っているよう。 

 こうも見つめられては、俺に穴があいてしまいそうだ。


「そう訊くってことは、俺の話を信じてくれるんだな」

「信じますよ。でも、問題はそこじゃない」

「傷つけた、って言ったら?」

「風穴をあけます。場所くらいは選んでもらってもいいかも」


 出会った頃の蒼汰は、もうそこにはいなかった。不敵な笑みを浮かべ、殺害の準備を始めている。


「出たー。すみませんね、うちのトッキーが重度のシスコンで」

「何度も言わせるなよ、渚。俺はシスコンなんて低俗なものじゃない。心配性なだけなんだ――」


 重症だ。


「だから、柚姫に避けられる」

 ボソっと、横槍を投げたのは神無だった。


 何の気になしに投げられたもの。

 だが、神無の言葉は急所に突き刺さったようだ。目を丸くし、鼻の穴を大きくすると、そのままショックで撃沈した。


「まぁ、こんなん気にしないでね」

 いつの間にか、渚は板チョコを手に持って、ぼりぼり貪っていた。

「ていうか、トッキー。今夜どこに泊まるの?」


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