第18話「本人確認」
どうしてお前がそこにいる!?
俺は前に座る田端蒼汰に、突き刺すような視線を向けていた。
冷静に考えれば、何もおかしいことは無い。こちらの世界に、藤沢神無がいるのだから、そりゃあ田端蒼汰もいるだろう。それから何かの帰り――例えば、オープンキャンパスとか?――だと考えれば、限られた本数だし、倉吉行きの特急に同乗することにもなるだろう。
ところが、俺は冷静になれなかった。
困惑と狼狽が先行する。
つい数週間前まで、俺だった男が目の前にいるのだ。しかも、神無の隣に座っている。それほどの仲なのか?
いや、それほどの仲になれているのか?
俺には出来なかったのに?
とはいえ、それほど仲がいいというわけでもなさそうだ。二人の様子に耳を傾けているが、会話はなされていないようだ。気配から察するに、神無は読書に耽り、蒼汰は頬杖でもつきながらぼんやり曲でも聴いているといったところだろうか。
しかし、それだったら隣に座る意味とは?
別々の席でも良さそうだが――
――って、俺は何を考えているんだ!?
突然、俺は冷静になる。
以前じゃ、こんな思考をするなんてこと無かった。他人なんかに興味のなかったはずの俺が、どうして……?
そうだ。田端蒼汰だろうが、ましてや藤沢神無だろうが、70億人の一人にすぎないじゃないか。それに、目の前の二人が田端蒼汰と藤沢神無と決まったわけじゃない。
と、そこまで考えたところで、自分の喉が渇きを訴えていることに気が付いた。そういえば、姫路駅から何も飲んでいない。たしか、デッキに自販機があるんだったっけか?
俺は席を立つと、デッキへと向かった。
***
結論、俺は向こうから声をかけられることになった。
自販機でお茶を買った後。
それを拾おうとしたところで、横から言葉を投げられたのである。
「私に何か、御用ですか?」
澄んだ氷のような声。
俺は心臓をつかまれたようなだった。顔から血の気が一気に引いていく。
とりあえず、俺はお茶を拾い上げると、恐る恐る顔を上げて、少女の方を向いた。
闇より黒い髪。
凛とした双眸。
少女は、ポロシャツの上から着たパーカーのポケットに片手だけ入れると、わずかに顔を傾けて、俺の方を見ていた。
「えっと……なんのこと……かな?」
俺は誤魔化そうとする。
まさか、俺が気にしていたこと感付いていた!? のか?
「勘違いなら謝ります。けれど、ずっとこちらを気にしておられるようでしたので」
勘違いなら謝ります、だと?
冗談じゃない。
俺を真っ直ぐ見る少女は、間違いなく、確信をもって俺に声をかけている。
「ずっと?」
「姫路駅から……いえ、名古屋・京都間でもご一緒でしたね」
「ッ!?」
変な汗が一気に噴き出した。
もう少し、気味悪がるとかしてくれたら、逆によかったのだろう。相変わらずというべき無表情には、こたえるものがあった。
「い、いや……知り合いに似た子がいてさ……。でも人違いだったみたいだ」
「……」
「ハハッ。ホントさ! すごく似てる!」
「……」
「だから、思わず声をかけようか迷ったんだけど……声かけなくて正解だったよ」
「……」
「笑っちゃうかもしれないけど、俺の知り合いの目は紫なんだ。だから、違……」
口が滑った。
途端に。
少女は俺を壁にたたきつけられると、俺の顔の横に手をつき、勢いよく迫った。
「どうして、私の本当の目の色が紫紺だって知っているんですか?」
「そ、それは……」
見上げる目線が、俺を穿つ。
コイツもだ。
目が黒いのはカラコンのせい。
「その辺にしとけよ、神無」
と、聞き覚えのある声――俺が3年間使っていた声が聞こえた。
見ると、田端蒼汰。
蒼汰の登場に、神無は一歩退く。
「蒼汰。この人……」
「あー、はい、はい。言いたいことは分かってる。だけど、敵意のない人に殺気向けちゃイカンでしょ」
やれやれ、と頭を掻く蒼汰。
神無は、蒼汰を一瞬だけ一瞥すると、すぐに視線を元に戻す。蒼汰に不満があるようだったが、飲み込んだといったところだろうか。
そして、あとは任せたと言わんばかり。
期待にこたえるように、今度は蒼汰が俺の方を向いた。
「とまあ、ちょっとお話しませんか? あなたも、ただの変態ストーカーで終わりたくはないでしょうし……」
言って、唇を尖らせる。
お前も、感付いていたのか……。まったく、どんな育ち方したら、こんな末恐ろしい高校生が出来上がるんだ?
しかし、強制的に話すことになってしまったとはいえ、これは好都合かもしれない。なに、これも調査の一環だ。現世界と並行世界の比較検証に役に立つかもしれない――と、気が付けば言い聞かせていた。
「……何から話せばいい?」
「そうですね。まずは、z……」
言おうとしたところで、蒼汰は一瞬固まった。
それから、苦笑いを浮かべた。
「まずは、自己紹介をする必要があるか、というところからお話ししてもらっていいですか?」




