第02話「華と刀」
「田端柚姫? いや、来てないけど?」
放課後。
剣道部の部室へ行ったが、そこに柚姫の姿はなかった。
「そうですか」
俺は対応してくれた女子の剣道部員に会釈をすると部室棟をあとにする。
「どこにいるんだ?」
俺は、宙を指でつつく。
すると、それまで何も無かった宙に、チャット画面が現れる。これは、実際に出現しているわけではなく、目に入れているコンタクトレンズが写している映像である。
あとは、映像に合わせて指を動かすだけ。これだけで、連絡の取りたい相手と即時連絡が取れるし、見たい映画や、調べたい文献もすぐに見つかる。傍から見れば何も無いところで指を動かしているヤバイ人だが、この世界では誰も気にしない。そして、この技術がスマートフォンを駆逐したと言われている。
『部室にいるよー。お兄ちゃんこそ、どこにいるの?』
「いや、だから部室に来てるんだけど……」
『? いないよ?』
俺は、頭を抱えた。
周りを見渡すが、柚姫は見当たらない。柚姫は透明人間にでもなってしまったのだろうか? それとも――。
「おやおや、お困りかな?」
活きのいい声に、俺は振り返る。
聞き覚えのある声。そして、俺は渋い顔を浮かべた。
2年B組、内海渚。
学校一の剽軽者である。
見た目は、いたって普通の明るく元気な女の子だ。
ぱっちりとした目。
涼し気な笑み。
背は平均的で、華奢な体躯。
そして、少し茶味がかった髪は、後ろで二つにまとめられている。
ルックスがこんなわけであるから、人気はあるし、彼女を良く知らない者は「クラスを引っ張るリーダー格」と評すだろう。
だが、騙されてはいけない。
こいつは何かとやばい奴で、学園祭や球技大会といったイベントでは必ずと言っていいほど何かをやらかす奴だ。
将来の夢は世界征服。
そして、俺が異世界人であることを知る唯一の人間である。
「どうしてお前がここに?」
「よっ、蒼たん! 悪いけど、来てもらうよ」
言うや否や、渚は俺の手をつかむと引っ張った。振り切ることができればよかったのだが、思いのほか引っ張る力が強く、抵抗する俺はまるで散歩中に動かない犬のようになる。
「おい、ちょっと待てよ! 俺はこれからやることが……」
「まぁまぁ、そう言わずにちょっとお茶しようぜッ」
「だー、もうッ! お前に付き合ってられるほど、暇じゃねぇんだよ!」
「またまたー。柚ちゃんと会って何しようとしてんの? んん?」
その言葉に、俺は目を丸くする。
「どうして……それを?」
俺が訊くと、渚は肩をすくめて、人差し指で「チッチッチ」とやる。
「情報屋を舐めてもらっちゃ困りますぜ、旦那」
それから表情を戻すと、渚は口角を上げた。
「じゃあ、行こっか」
***
連れて行かされた場所は、茶道室だった。
管理棟の裏に存在する小さな建物で、グラウンドや体育館からは離れた場所にあるため静謐な空気が流れている。また、建物自体が日陰になるためあまり目立たないのも特徴だ。実際、ここに連れてこられるまで、俺はここの存在を知らなかった。なかには、茶道室の存在を知らずに卒業した人もいるのではないだろうか?
「って、なんで茶道室!?」
「お茶しようって言ったじゃん!」
「そーじゃなくて!」
「話は後。さあ、入った入った!」
背中を押されるがまま、建物の中へ案内される俺。
いや、にじり口は小さく、押されるというか、押し込められると言った方が表現として正しいかもしれない。
てか、茶道部も活動中だろ!
いきなり、しかも勝手に入っちゃダメだろ!
何考えてんだ!
反抗しようとしたが、俺はそのまま畳にダイブ。
鈍い音が四畳半の間に響き渡る。
「うわぁッ!」
ほら。
部員も驚いて――。
「って、あれ? お兄ちゃん?」
柚姫の声。
俺は体を起こして、茶室内を見渡す。明るい色の土壁、障子の窓、そして、床には「一期一会」という掛け軸と、花が飾ってある。それでいて、空気はひんやりとしているが、建物が日陰にあるということ以外にも、どうやら冷房が効いているようだ。
茶室内には、人影が二つ。
一人は柚姫。
もう一人は、三年生らしき男だった。
男は、短髪で広い額をしており、口を硬く閉じた、人相の悪そうな目で鋭くこちらを見据える。
「何の用だ?」
男は立ちあがると俺のところへやって来る。ただでさえ強面なのに、不機嫌そうなそいつの威圧感は、少なくとも文化部のそれではなかった。
「え、あの……その……」
言葉が出なくなる。
例えるならヤンキーだ。体格もそこそこいいし、なんなら元不良といわれても納得してしまうだろう。
「いやぁ、私が連れて来たんですよー、部長」
後ろから入ってきた渚が口にする。それによって、俺は鋭い視線から免れることができたが、ヒリついた空気に変わりはなかった。
「またお前か……」
また?
「てへッ。どーも、お邪魔しに来ましたー。ハロー、柚ちゃん!」
手を振る渚に、柚姫は苦笑いをしながら返す。
「いい加減にしろ。帰れッ!」
部長と呼ばれたそいつは怒鳴り声を上げる。もともと気性の荒い人ということもあるのだろうが、どうやら複数回にわたって渚の被害を受けているらしい。
一方、渚はまったく物怖じしていない。それどころか、部長を無視して「それより柚ちゃん」と柚姫と会話を始めて、部員と溶け込もうとしている。
ん?
部員?
「ちょっと待て! 柚姫」
「何、お兄ちゃん?」
「お前、茶道部だったのか? 剣道部は?」
すると、柚姫は首をかしげる。
「あれ、言ってなかったけ? 剣道部はやってないよ?」
「ってことは、お前、茶道部なの?」
「うん。そうだよ?」
「うん、そうだよ……って、じゃあ、帰りが遅いのは……」
「そりゃあ、柚ちゃんが‶クリーガー〟狩りに奔走してるからだよ」
床の間の花。
その横には、太刀がたてかけてあった。
***
「改めて。部長の鶴橋生駒だ」
そう言って、鶴橋部長は俺にお茶を差し出す。何だかんだでお茶をいただくことになってしまった俺は、会釈をして受け取る。正しい作法は知らないいため、これが今俺のできる最大だった。
まあ、横で饅頭を頬張っている渚よりはマシだろう。
「君が田端蒼汰か。話には聞いている。‶クリーガー〟に襲われたそうだな」
「……はい」
俺は、飲み終わった茶碗をおく。
渋い色合い。練習用の茶碗のようで、特に銘柄とかはないようだ。
「東日本が送り込んでいるという話を柚姫から聞きました。奴は一体なんですか? そして、柚姫は……あなた達は一体何をしてるんですか?」
鶴橋部長は、俺が飲み終わった茶碗を手に取ってそばまで手繰り寄せる。それから、柄杓を取るとお湯をすくう。
茶碗にお湯を注ぐ音。
水を注ぐ時とはまた違う、低く落ち着いた音だ。
「柚姫」
と、鶴橋部長は柚姫の名を口にする。呼ばれた柚姫は「うん」と返事をすると、宙で指を動かし始めた。
やがて、俺たちの目の前に白い鎧武者の画像が現れる。
目にはいった瞬間、恐怖を思い出して、俺の身体がブルッと震える。
ニヤリと笑うのは渚だ。
「おっと? 武者だけに武者震いかな?」
「お前のくだらないギャグに寒くなっただけだ」
「ありゃま。それで鳥肌が立ったとしたら、それは蒼たんがチキンだからだね」
「うるせぇ」
「こいつは、自動戦闘兵。通称‶クリーガー〟」
茶筅通しを終えた鶴橋部長は、お湯を建水に捨てながら口にした。
「AIを搭載した、シリコンと金属でできた兵器だ」