表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/47

第08話「ソロ充とはなにか」

 俺には友達がいない。

 そして、友達がいない者が高校生活で直面する危機といえば昼食時間であろう。


 ここで注意してほしいのが、昼休憩ではなく昼食時間であるという点だ。休憩時間であれば、図書館や部室などといった避難場所(・・・・)があるからだ。なかには、教室で寝たふりをするという方法もあるらしい。


 だが、昼食時間となると話は変わってくる。


 小中では給食班というシステムで強制的に班の人と食べることで、逆説的にいわゆる「ぼっち飯」は回避できるし、一方で大学では、一人で食べていようとそれは「ぼっち飯」と見なされない。


 問題は高校の昼食時間なのだ。一人で食べていれば、それは「ぼっち飯」と見なされる。

 別にいいじゃないか。

 一人で食べさせたれや。

 俺はそう思うのだが、なんにせよ、周囲がそれを許さないのである。そして、不条理なことに、当該行為をすることでスクールカーストの最下層に落とされ、「生きづらさ」という特典がもれなくプレゼントされるのである。


 ゆえに、いわゆる(・・・・)「ぼっち」達は、昼食時間になると「ぼっち飯」を回避する方策を考える。


 そして、その方法をこれから紹介したいのであるが――だがしかし、その前に「ぼっち」と「ソロ充」は明確に異なる存在であることを述べておかなければならない。なぜならば、外見上は「ぼっち」と「ソロ充」は同じように見えるが、しかしながら似て非なるものであるからである。



 では、どう違うのか?

 違いの説明としては、様々なものが考えられるが、共通了解がとれるのは「1人という状況」とどうとらえるかの違いである、と言えるのではないだろうか。


 まず、「ぼっち」の場合、「1人という状況」を疎外された状況ととらえる。言い換えれば、コミュニティに入れない孤独(・・)な状況ととらえるのである。そこには後ろめたさが存在し、ゆえに、他者の視線を必要以上に気にしてしまう。

 そして、困ったことに周囲の人間は、「1人であるという弱さ」に付け込む。ゆえに、「ぼっち」は迫害の対象となり、白い目で見られる。


 だが、「ソロ充」の場合は状況が異なる。というのも、「ソロ充」にとって「1人という状況」は自然状態(・・・・)なのである。そして、1人でいることは自然法(・・・)として解釈される。

 言い換えよう。「ソロ充」にとって、「1人という状況」は通常運転なのである。そして、「ソロ充」はそれを弱さと考えない。むしろ強みである。そして、スクールカーストの中には存在しておらず、解脱した(一抜けした)状況と考えていい。


 例えるならば、19世紀のイギリス。日の沈まぬ帝国をつくり上げたイギリスは、孤立していることを「栄誉」としたのである。というか、大陸への関与をむしろ自ら拒絶している。まさにgo my way――我が道を行っている。


 そして、スイス。スイスはその始まりこそ、大国の陰謀で中立国という地位を押し付けられたが、現在では武装中立によってヨーロッパの中で異彩を放つ存在となっている。



 したがって、「ソロ充」の場合、1人でご飯を食べることは、むしろ自然なことであり、ここに「ぼっち飯」は成立しない。


 ……しないのであるが、しかしながら「ソロ充」といえども教室で食べることはナンセンスであると考える。そう、単純にやかましい。平たく言えば、馬鹿どもには付き合ってられん、というやつだ。


 こうして、『どこで食べるのか問題』が生じる。これは「ぼっち」と「ソロ充」で共通している。


 まず、思い浮かぶのは、部室だ。

 だが、部室という選択肢を持つ時点で、そいつは「ぼっち」ではないし「ソロ充」ではない。したがって、部室という選択肢はありえない。


 次に、図書館だ。ここは、有数の避難所である。

 しかし、図書館は飲食厳禁であるという問題が立ちはだかる。まあ、俺が学生だ(・・・)った頃(・・・)には、司書さんとの間に信頼関係を構築し、意図的ではなかったにしろ「じゃあ、司書室で食べる?」というところまで持っていった。図書委員万歳だな。


 では、中庭や屋上はどうであろう?

 ここは天候によって大きく左右されるため、安定した秩序維持が難しい。あと、中庭には「リア充」がいる可能性が高い。さらに、屋上の場合は、現実問題として閉鎖されていることが多く(じゃあ、何であるんだよ!)、選択肢として適切ではない。


 便所? フッ。ここは、ヴァイシャ(※1)の狩場だ。見つかったら、迫害の対象とされてしまう。あと、夏の便所は臭い。とてもだが、食える環境じゃない。


 飯を捨てる? 

 言語道断。それは、傲慢というやつだ。

 作ってくれた人に失礼だ。

 それなら、昼食をパンと牛乳で済ませる方がマシだ。だがしかし、ここで「育ち盛りの高校生の昼がそれ?」という親心が介入する場合がある。



 このように、現実問題として、昼食問題を解決する有効な方法はほとんどない。俺が提案する方法としては、図書館近くの空き教室で食べ、終わり次第図書館へ移動するというものだが、これさえも有効ではない。というのも、夏は暑く、冬は寒いからである。さらに、予期しない会議がそこで行われる可能性が高く、安定した環境が整っているとは言いづらい。



 そして、恐れていた事態が起こる。

 その日、会議が行われていたのである。




 ***



 俺はため息をつく。

 ついに、ここも陥落したか。


 まあ、だがいい機会だったのかもしれない。

 冷房の効いていない部屋で食べることに苦痛を感じ始めていたし、だいいち、今の俺はもっといい環境を知っている。


 (いおり)へ行こう。


 俺の足は、茶道室へ向かった。




 ***



 庵は相変わらず静寂に包まれていた。ひと気は無く、柚姫たちが来ている様子もない。なぜ、俺は今までこんなにいい場所の存在を知らなかったんだ。

まさに理想郷! 


 俺はめずらしくも胸を高鳴らせ、にじり口から中へと入る。そして、持ってきた文庫を傍らに置くと、胡坐をかいて、弁当を広げる。


 と、そこで俺は、部屋の隅に少女がいることに気が付いた。


 闇より黒い髪、鋭く凛とした目をしており、美しい姿勢と落ち着きのある物腰は楚々たる印象を与える。鼻は少し平らだが全体として整った顔をしており、身長は平均的でしなやかな肢体を持つ。


 傍らにはカフェラテの入ったパック。そして、俺が入ってきたにもかかわらず、わき目もふらず読書に没頭している。この電子書籍が蔓延するこの世界、このご時世に紙の書物を読んでいる――うん、悪い奴じゃなさそうだ。


 見るところによると、洋書だ。

 英語……じゃないな。

 La rebelión de ……スペイン語か(※2)。俺はあまり興味の無い分野の本だが、しかし悪くない。こんなところで同士を見つけるとはな。


 気が付くと、俺は弁当をしまい、本を取り出していた。目の前で本を読まれて、触発されてしまったようだ。



 ……それにしても、この少女は何者なんだろう?

 茶室にいるということは、茶道部なのだろうか? しかし、鶴橋部長と渚、それと柚姫からはこの女の子の存在を聞かされていない。となると、避難所を知っている難民(ぼっち)? ――いや、風格からしてソロ充だろう。


 それに、先ほどから俺に見向きもしないが、もしかして気が付いていないのか? それならそれでも別に構わないのだが、意外と抜けている奴なのだろうか?


「あなたが田端蒼汰?」


 そんなことはなかった。

 どうやら、初めから気が付いていたようだ。


 それなら初めから声をかけてくれれば良かったものの、と思うところなのだろうが、そのあまりに澄んだ声に気を取られてしまい、それどころではなかった。氷のように透き通っていて、それでいてどこか冷たい声だ。


「ああ……うん」

 間抜けな声が出た。

 何を狼狽えているんだろう。知的レベルは高いかもしれないが、相手はただの女子高生じゃないか。


「君は? 茶道部?」

 俺は少女に尋ねる。


 だが、少女は何も答えない。

 相変わらず本に視線を落としたままだ。


「本を読むのが好きなのか?」

「これは暇つぶし」

「……暇つぶしに読むような本には見えないけど?」


 返答はなかった。

 代わりにページをめくる音が返ってくる。


 俺は肩をすくめた。

 こうも、反応が悪いと少し不安になる。


「名前を聞いてもいい?」

藤沢(ふじさわ)(かん)()


 今度は、すんなり返ってきた。


「茶道部なのか?」


 二度目の質問。

 訊いたが、この質問の答えはなかった。

 しばらくの静寂ののち、今度は質問が飛んでくる。


「どうして、高崎時弥の名を?」

「あ……ああ」


 思いがけない質問に、俺は言葉を詰まらせた。

 しかし、この質問をするということは、神無は関係者。つまり、茶道部ということになるのだろう。そう言えば、開口一番も「あなたが田端蒼汰?」という質問だった。このことを訊くということは「私は茶道部です」と言っているようなもの。どうやら、俺のしていた質問は愚問だったらしい。だからこそ答えなかったのか?


「部長や柚姫から聞いてるとは思うけど、渚に教えてもらっ――」

「私にその嘘は通じない」

「……」


 一蹴されてしまった。

 そこで神無はパタンと本を閉じ、こちらを向いた。


 氷の瞳。

 先ほどまで見取れるほど美しかった目。今は、それが怖い。視線が氷柱となって、俺の心臓を穿つようだ。


「分かった。話すよ」

 そう言ったのは、すべてを見透かされているのではという恐怖もあったが、だがこの()となら分かり合えるかもしれないという直感があった。


 なんというか、同じ空気を感じたのだ。


「でも、正直に言って、信じてもらえるとは思えない」


 ここで、「話してみそ」と涼しげな笑みで言ったのが渚だった。あの時は、別の世界で藁をもすがる気持ちだったから、渚が軽いノリだったとはいえ話したが、神無は対照的に黙ってじっとこちらを見つめるのみだ。


 唾を飲み込み。


「実は、俺は……別の世界の高崎時弥なんだ」




 ***



 その後の記憶がない。


 だが、はっきり言えることが2つある。

 1つ目は、俺は連れ去られたということ。

 2つ目は、藤沢神無が味方ではなく敵だったということである。


 気が付けば、見知らぬ灰色の天井。

 神無は、東日本のスパイだった。


(※1)ヴァイシャ(平民):カーストの1つ。シュードラ(奴隷)の上に位置し、クシャトリア(王族・武士)の下に位置する。ちなみに、田端柚姫はクシャトリアである。

(※2)オルテガ『大衆の反逆』。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ