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6 渉

 大変なことになった、とおれが思う。

 が、どうすればいいのだ。

 泥棒集団の言うことを聞くしかないのか。

 それとも他に方法があるのか。

 おれが一人で頭を抱えていると、ピンポーン、と音がする。

 当然のように、俺がぎょっとして飛び上がる。

 呼び鈴のようだ。

 誰かが訪ねて来たのだろうか。

 が、誰だ。

 今夜に決まった予定はない。

 まさか、妻が帰って来たのか。

 ああ、おれは何を考えているんだ。

 悩んでいても始まらないので、取り敢えず、おれは玄関まで足を運ぶ。

 ドアスコープを覗くが、門扉の所まではわからない。

 ああ、そうだ、監視カメラがあったんだ。

 家の門扉には監視カメラが仕掛けてある。

 が、映像の確認方法がわからない。

 妻から話を聞いたはずだが、まるで記憶がない。

 それで諦め、玄関ドアを開ける。

 門扉まで足早に歩いていく。

 門扉の外に人影が見える。

 やがて、その顔がはっきりし、お向かいの橘夫人とわかる。

「ああ、ご主人、お帰りになられていましたか」

「夜半に何かご用ですか」

「いえ、これがね……」

 高齢の橘夫人がそう言い、皺の寄った手に持つ封筒をおれに見せる。

「ウチの郵便箱に間違って配達されたみたいで……」

「はあ……」

 封筒を受け取り、宛先を見ると『山下豪儀様』とある。

 もちろん住所も、この家のものだ。

「では、渡しましたよ」

「ありがとうございます」

 首を捻りながら封筒を裏返すと『山下小百合』とある。

 妻の名前……。

 何の冗談なんだ。

 そう思い、すぐにハッとする。

 脅迫状だ。

 それに違いない。

 おれは焦ったが、外で確認することも憚れる。

 だから急いで家の中へ……。

 鋏で封を切ると中に便箋がある。

 それを抜き出し読むと確かに脅迫状だ。

 ついさっき電話で話した内容が記載されている。

 妻の身は与かった/身代金を用意して待て/警察に言えば妻を殺す

 誘拐事件が始まったのだ。

 だとしたら、おれは、この先どうすればいい。

 泥棒集団の言う通り、警察に通報すれば良いのか。

 それとも自分が信じる事実を警察に述べるか。

 そこまで考え、ハタと思い至る。

 青酸ナトリウムだ。

 あの小瓶は、まだあるのか。

 弾かれたように、おれは二階の自分の部屋に向かい、貴重品箱の鍵を開ける。

 すると、ある……

 青酸ナトリウム入りの小瓶は、そのままだ。

 が、すぐにおれは気づく。

 中身が半分に減っていたのだ。

 ……ということは、妻が殺されたのは、この毒物によってなのか。

 たちまち、おれの頭が混乱する。

 誰が妻を殺したのか。

 本当は泥棒集団が妻を殺し、体良く、おれを騙そうとしているだけではないのか。

 やっとのことで、その点に気づき、おれはホッとする。

 それが一番簡単なものの見方だったからだ。

 家に妻の死体があり、家に泥棒がいたとすれば、その泥棒が妻を殺害したと考えるのが自然ではないか。

 おれが犯人でないなら、それ以外の答はない。

 泥棒が無人の家に忍び込んだらキッチンに死体があった……という状況は余りに非常識過ぎる。

 けれども、もし泥棒集団の言うことが事実ならば、疑われるのは間違いなくおれだ。

 いや、しかし、泥棒が本当のことを言うものか。

 嘘つきは泥棒の始まり、と言うではないか。

 ルルルーン。

 そのとき家の固定電話が鳴る。

 おれは自分の部屋にある子機で、それを受ける。

「もしもし、山下ですが……」

「脅迫状が届いたと思いますが……」

 案の定、泥棒集団からの連絡だ。

「なあ、本当のことを言えよ。あんた方がおれの妻を殺したんだろう。そして、その罪を、このおれになすりつけようとしているんだろう」

「これは山下さま、滅相もないことを……」

「妻の死体を見て驚いたおれに付け込んだだけじゃないか」

「では、私どもからのご提案はお受けになられないと……」

「いやまだ、そう決めたわけではない」

「……と仰いますと」

「三億は高い、一億にしてくれ」

「価格交渉ですか」

「あんた方の正体は知らないが、死体の扱いには慣れているんだろう。移動するだけで一億だ。悪い話じゃないと思うが……」

「私どものリスクが大き過ぎます」

「ならば交渉決裂だ」

「仕方がありませんね。では新たな事実を……」

「何だ」

「私どもの科学班が調査した結果によりますと、奥様は風邪薬とお間違えになられ、山下さまの毒薬をお飲みになられたことが判明いたしました」

「何だって……」

「重要なのは、その先です。二つ用意された風邪薬のカプセルは一つだけ用いられており、残りの一つは奥様のお洋服のポケットの中に紛れ込んでおりました。そのカプセルから、なんと、山下さまのご指紋が検出されたのです」

「何だ、それは……」

「新事実でございます」

「しかし、それがどうしたんだ」

「奥様のご遺体と一緒にそのカプセルが発見されれば、警察による山下さまの逮捕は時間の問題だ、と言うことです」

「デタラメを言うな」

「では数十分後に、しかるべき場所に奥様のご遺体が……」

「……」

「もう猶予はございません」

 ……。

「ああ、わかった、わかった、わかったよ。手を打つよ、手を打つ。が、金は二億にしてくれ。おれにもいろいろ事情があるんだ」

「この期に及んで価格交渉ですか」

「なあ、頼むよ。慈悲だ」

「山下さまには呆れましたね。ですが、その愚か者振りに免じ、交渉成立と致します」


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