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26 服

「ありがとうございます」

 高橋に入れて貰った茶を啜り、葉山が礼を言う。

 おれも茶を一口すすり、高橋に目礼する。

「高橋さんは、山下さんの家がある場所をご存じありませんか」

「結婚式の写真が送られた封筒に書いてあるはずですが憶えていません」

「写真は、お持ちですか」

「家にあるはずです」

「いずれ、お写真を拝見させていただく機会があるかもしれません」

「仕舞い場所を確認しておきましょう」

「お願いいたします。……ところで高橋さんは約一年前に奥さまと離婚されていますね」

「結果は離婚ですが、向こうが出て行ったのですよ」

「ご理由は……」

「わたしといても面白くなかったのでしょう」

「お子さんは、おられませんね」

「妻が欲しがらなかったもので……」

「奥さまとのご連絡は……」

「離婚後、一切ありません。ただし街で偶然出遭ったことはありますが……」

「そうですか。それは最近のことですか」

「二月ほど前のことです。擦れ違った相手が妻と気づき、ああ、きみか……くらいの会話をして別れました」

「そうですか。……ところで高橋さんはお金に困っておられませんか」

「協議離婚で互いに慰謝料はなし。その後は一人暮らしですから、無暗な贅沢をしなければ困りません」

「ご趣味はありますか」

「数学の研究でしょうね」

「何故、お仕事になさらなかったのですか」

「そこまで頭が良くないからですよ」

「篠崎教授のお話では高橋さんの実力は相当なものだと……」

「教授は何故かわたしを贔屓してくれます。それで研究室にも出入りを許してくれました」

「離婚後、ここに通う機会が増えたようですね」

「妻の相手をしなくて良くなりましたから……」

「……ということは、やはり数学の研究をご職業になされば良かったのではないでしょうか」

「ご存じでしょうが、妻を養う必要がありました」

「高橋さんは大学を出て、すぐのご結婚ですね」

「妻が当時、強引だったもので……」

「それで高校の先生を……」

「大学の数学科で純粋数学を専攻していれば、なれる職業は限られます」

「ところで山下ご夫婦も大学卒業後すぐのご結婚です。高橋さんご夫婦と似ていませんか」

「葉山さんは何が仰りたいのでしょう」

「いえ、その件に関しては特に……。ところで山下さんの奥さまが高校生当時、高橋さんに想いを寄せられていたことには、お気づきでしたか」

「最初は気づきませんでしたが、妻に指摘されて、そう思うようになりました」

「ほう、それはどんなふうに……」

「自分では意識していませんでしたが、わたしが合間くんの話を家で頻繁にしていたのです。それで気になったのでしょう」

「当時、高橋さんの奥さまと合間小百合さんとにご面識は……」

「断定はできませんが、なかったと思います」

「そう思われる、ご理由は……」

「妻が合間くんに関心を持つとは思わないからです」

「普通は自分の夫に興味を寄せる女性がいれば妻としては気になるものです。こっそりと相手を観察に行ったりしても可笑しくありません」

「わたしが合間くんに興味を示さなくてもですか」

「高橋さんがご自身の高校の生徒である合間さんにもしもご興味を示されたら、奥さまにとっては興味どころの話では済まないでしょう」

「そうですか」

「世間では、そんな例が多いようです」

 そこで葉山が一旦口を閉ざす。

 おれには葉山が高橋淳也から何を聞き出そうとしているのか皆目見当がつかない。

 加えて、おれをこの場に同席させた理由も、だ。

 当時高校生だったおれの妻が憧れの教師に何とも想われていなかった、と夫に知らせることに意味があるとは思えない。

 逆に、当時の妻が高橋と通じていたとすれば驚きだが……。

 妻との結婚前、おれは何人も女を知っている。

 が、妻は生娘だ。

 おれとの結婚後、浮気をしたなら話は別だが、おそらく妻は、おれ以外の男を知らないだろう。

 高橋が悪いわけではないが、おれには当時の妻が少し可哀想に思える。

 大学でおれと出会う二年ほど前の話か……。

「ところで高橋さんは山下さんの奥さまと最近、お会いになられたことは……」

 葉山が質問を再開する。

「最近はないですね。彼女が大学生のときに街で偶然出会ったことはありますが……」

 不審な態度を一切見せず、高橋が葉山の質問に答える。

「では、この写真に見覚えがありますか」

 そう言い、葉山が黒のショルダーバッグから一葉の写真を取り出し、高橋に見せる。

「この写真に写っているのは高橋さんですね」

「写真に見覚えはありませんが、そのようです」

「こちらに背に向けた女性は山下さんの奥さんではありませんか」

「いや、これはわたしの別れた妻でしょう。着ている服に見覚えがあります」

 写真に写る後姿の女が着ていたのは肌に馴染むベージュ色のワンピースだ。

 エレガントなデザインのカットがなされている。

 思わず写真を覗き込み、おれが確認すると、

「えっ、そうなのですか」

 当てが外れたように葉山が情けない声を出す。

 そのとき声こそ出さなかったが、実はおれも、えっ、と驚いている。

 何故なら、そのベージュ色のワンピースは妻が外出の際、好んで着ていたものだったからだ。


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