第3話 旅立ち
私は今年で漸く9歳になった。
この世界も一年は12ヶ月、一月30日で四季がある。ただ地球と違って一月が季節の始りで魔法学校の入学式も一月の初めに行われる。
そして今年も残るは後一月、今月は入学試験が行われる月だ。
「私はこの時を待ちわびました!!」
思わず叫んでしまうくらいに興奮しているのだ。
「そうね、日頃から貴女を見てれば叫ぶ気持ちも分かりますが試験日まであまり時間もありませんし、後2、3日で出ないと間に合わなくなるかもしれませんよ。」
道中魔物に出会す可能性があるからだ。森の魔物に慣れたとはいえ勝てない魔物もいるのだ。最悪遠回りをする羽目になることを考えているようだ。
「分かっています母上。でも試験日まで10日もありますし、向こうに着くまで4、5日だとしても4日もあります。準備は万端にしておかないとしばらく戻らないので後が大変です。」
準備は大切だ。合格かどうか決まるまでは人間領にいるつもりなのだ。落ちれば戻るが受かればそのまま滞在して学校寮に入る予定なのだ。戻ってこない事を前提に武器に薬に衣服にと準備する物は山ほどある。
「クロエも遂に入学か~。時間が流れるのが早いな。父さんは寂しいぞ。」
(父上が珍しく萎らしい。)
カルマはまだ子離れが出来ないようだ。
そうは言っても時間は過ぎていく。翌日、日本の袴のような物に胸当てと脛当、手甲、後ろ腰に短刀とマジックバックを付け、背に薙刀を背負って準備を終えた私は散々世話になった鍛冶屋のゴドウィンさんや父上の臣下達に挨拶をして城壁の門を一人で潜る。
「ちょっと待ってくれクロエ。」
「何ですか父上?」
「これを渡しておこうと思ってな。」
そうして渡されたのは大人でも手で持つには少し太い真っ直ぐな長さ2mの木の枝が2本。
「これは何ですか?」
「エルフ領にある世界樹の枝だ。前にエルフ領に行った時にちょっとくすねて来たものだ。クロエが最高の薙刀を作る時に柄の部分に使うといい。世界樹の枝は自然には絶対に折れない枝だからな良い素材になるだろう。」
強さも上を目指すならばこれがどれ程の価値がある素材なのか想像に難くない。
(最高の刀身と最高の魔導石を作れたその時には最高の柄に仕上げてみせましょう。)
今からもう楽しみである。
そして今度はこそ魔法学校がある全種族が集まる人間の領地グラムに向かうのだった。
私は地図を見ながら走っている。迷った訳ではなく早くグラムに行きたいのだ。
地図を見る限り一般的に使われてる道は山にあるだけあってくねくねと曲がり道が多い。それならば真っ直ぐ最短の距離を進んだ方が早いと考え、森の木々を伝って山を降りていく。
嫌な気配は避けてなるべく真っ直ぐに降りていったからか山の麓に着くまでに10体ぐらいしか魔物に遭遇しなかった。
(大体5時間くらいですかな。)
一般的な道を使ってたら馬を使っても山を降りるだけで半日以上はかかっただろう。
この後の道はほぼ平坦で、グラムまでの道も整備されている。途中で幾つかの街を経由しているようだが大した問題ではない。
「ぐぅう」
(お腹も空いてきた所ですし近くの街に寄りますか。)
最寄りの街までは走って10分程で着いた。王国程ではないがそれなりに立派な城壁がそびえ立ち門の前には警備の兵士が二人立っていた。
(門は開いていますしとりあえず入ってみますか。)
「君、ちょっと待ってくれ。」
「何でしょうか?」
入ろうとしたら兵士に止められた。
「こちらから入ってくるって事はアークスの出身だね?」
魔王城が建つ城下町はアークスと言う地名が付けられている。
「そうですが、もしかして入場料がありますか?」
「いや、ここはないよ。ただ子供が一人でこの街に何の用があるのかを聞きたかったんだ。」
「そうですか。ここには休憩に立ち寄るだけですよ。目的地はグラムですから。」
「グラムか。とすると魔法学校の試験を受けにいくのかい?」
「はい、世界の魔法を学ぼうと思いまして。」
「勉強熱心だね。そのわりには荷物が少ないようだが?」
「マジックバックがありますので。」
空間魔法が使える者は稀少で明るみに出ると余計ないざこざに巻き込まれる可能性があるので秘密にしている。
変わりに小規模の空間魔法が付与されたマジックバックを持ってきている。
「分かった。入っても大丈夫だ。」
小規模のマジックバックはそれなりに普及されているため不思議に思われていないようだ。
「ありがとうございます。それともう一つ、食事する時は何処がお勧めですか?」
「それならばこの門を入って少し進んだ所に鍛冶屋がある。その鍛冶屋の向かい側に朱鬼亭っていう食事処がある。亭主は怖い顔してるが味の方は折り紙付きだ。」
「分かりました。教えていただきありがとうございます。」
許可が降り街に入るとすぐに食事処に向かう。鍛冶屋の方も気になるが先ずは食事である。
朱鬼亭の看板が鍛冶屋の向かい側に見えた。
「いらっしゃいませ朱鬼亭にようこそ。」
店に入ると美人な鬼が出迎えてくれた。
「お嬢ちゃん一人?お金持ってきてる?」
「私は一人ですしお金もこの通り。」
マジックバックから金貨を10枚程見せてみる。
「ごめんなさいね。これは立派なお客さまだわ。」
クロニクルの硬貨は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種類あり、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚分になる。
「では席にご案内しますね。」
案内された席に着き、渡されたメニュー表を見る。品数は多くはないが十分に飽きず回るだけの種類がある。
定食のメニューを5種類程頼むと席を案内してくれた店員が気を利かせたのか「こんなに食べれるの?」と聞いて来たが「大丈夫です」と答えたら「分かったわ」と言って下がっていった。
「オーク肉のステーキ、ワイルドボアの香草焼き、コカトリスの照り焼き、ブラッドサーペントの唐揚げ、ランドトータスのスープ煮込みです。」
一度に持ってきた5種類の料理を見るとどれも美味しそうだ。
「ありがとうございま……す。」
お礼を言うつもりだったが途中で止めてしまった。料理を持ってきた人を見ると正しく鬼が立っていた。さっきの美人みたいにちょっと角が2本生えてる人じゃなく、体格、形相とあらゆる面で正しく鬼の姿をした鬼である。
「魔物ですか?」
背負った薙刀に手をかける。
「違う!!こんな姿でもちゃんと魔族だ!」
「冗談です。では頂きます。」
「随分と胆の据わった嬢ちゃんだ。」
「門の兵士に聞いてましたから。それにしても亭主の怖さに反比例して料理は美味しいですね。」
自然と口角が上がってしまう。
「余計なお世話だ。」
美味しかったのであっという間に食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした。会計お願いします。」
「はいはい、金貨1枚と銀貨3枚です。ありがとうございました。」
「訪れる機会があったらまた来ます。」
会計を済ませて店を後にする。
向かい側の鍛冶屋に行く。
「うちに何の用だ?」
この鍛冶屋の店主であろうドワーフが声をかける。
「ここじゃなくてもいいんでしょうがグラムに早く着くにはどうすればいいでしょうか?」
店に置いてある武器、防具を見ながら聞く。
「そんなもん業者の時間帯に合わせるしかないだろう。」
「まぁ、そうですよね。」
(ゴドウィンさんには劣るが良い腕をしてますね。)
商品を見ながらそう考えていた。
「と言いたいところだがうちの武具を買い取る商人が丁度ここに来ている。この後すぐに出発するみたいだから良かったら一緒に乗っけていってもらいな。構わないだろ?」
「ええ、お嬢さん一人くらい問題ありません。」
商人と思われる人間の青年が二つ返事で許可する。
「本当ですか?ありがとうございます。ついでに聞きますがグラムまで行きますか?」
「ええ、グラムまで行きますよ。」
「それは良かった。私もグラムに向かう所だったので助かります。」
「この時期のグラムとなると魔法学校の入学試験を受けるのかい?」
「はい、世界の魔法を見てみたいので。」
「そうかい。頑張るんだよ。私の名前はフレン・エルマールと申します。」
「私の名前はクロエ・アークロードです。これから短い間ですがよろしくお願いします。フレンさん。」
流石に何もしないで乗るのは気が引けるので荷積みを手伝った。
積み荷の護衛に4人の冒険者が付く。
(この世界には冒険者があるんですね。)
私は積み荷に乗り、6人で街を出た。