第18話 盗賊のアジト
クロエ達は神様の神託?があってからギルドで常時受け付けているオーク討伐の依頼を受けて西門から北に向かった森にいた。
「それでオーク討伐は簡単だけど何があるかは分からないのね。」
「ええ。」
今まであったのは《レッドホークの雛を巣に戻して!》とか《ワイルドボアの肉をチップで燻して!》とか《近くのトレントに水と光を》等よく分からないものが多かった。
しかし、見返りにレッドホークの巣には白金貨が入っていたり、ワイルドボアの燻製に釣られてきた迷子の商人を助けて銀鉱石を貰ったり、トレントに実った果実が魔力増強効果がある珍しい実だったりと悪い事はなかった。
そんな話をしていると木々の隙間から人影が見えた。
「静かに!」
クロエが人指し指を唇にあて皆に聞こえる声でハッキリと言う。
「何かありました?」
「人影を見ました。見た目は冒険者のようでしたが………」
一瞬であったがクロエが見たのは冒険者のように皮鎧や剣を身に付けた男だ。鎧には返り血を浴びたであろう血痕が少なからず付いていた。色もまだ赤くそれほど時間が経ってないのだろう。
「やたらと周囲を警戒してるようですけどそもそも単独で森の奥地に来るのも変ですね。」
今クロエ達が居るのはドワーフ領に近く、山脈がかなり近い距離に見える。
「盗賊ですか?」
「まだ分かりませんが怪しいのは確かです。姿を消して音を立てないように尾行します。」
「音を立てないようにと言うのは分かりますが姿を消すと言うのはどうするのですか?」
「レイアも使える光魔法を使います。【ミラージュ】」
クロエが魔法を使うと光の膜が四人を覆う。
【ミラージュ】は見た者の認識を阻害する幻術の類いの魔法で通常あるものを別のものに見せる光の中級魔法だ。しかし、眼の構造を知っているクロエは光による視覚情報を誤魔化し周りの風景に同化して視えるようにした謂わば光学迷彩技術を利用した魔法なのだ。
「確かに私も使える魔法だけど普通は数秒しか効果がない魔法よ。それを尾行の為に継続させるには魔力消費量が大きいわよ。」
「魔力は多いので継続しても問題ありません。」
更に言えば〔魔力高速回復〕がある為消費速度も遅い。
「そう。それなら私達は極力音を立てないようにしましょう。」
男を尾行し続けて20分程だろうか、クロエ達の視界には木々の間に大きめな穴が見える。
穴の側の木の上に見張りなのか男が息を潜めている。
ここまでの道程で男は周囲を注意しながらも何度か魔物に遭遇したが特に苦労した様子もなく腰に提げてる剣で切り伏せていた。
(腕前はまあまあですね。シルヴィアより少し劣るくらいですが………)
仮にこの男が盗賊の者だとして人数にもよるが男が幹部なのか下っ端なのかで対応を変えなくてはいけない。今の状況では情報が少なすぎて皆に危険が及ぶ可能性がある。
そして何よりクロエは人を殺した事がなかった。
(今まで散々魔物を狩っておいて日本の観念に囚われるなんて今更ですがね。)
日本とクロニクルでは殺人に対する忌避感が違うとは言え12才の少女達が人を殺した経験があるとも思えない。この場にいる全員が経験ないだろう。
「相手は恐らく盗賊、盗み、恐喝、人質、殺人を躊躇いなくする相手です。甘さを出せば漬け込み、こちらに危険が及びます。戦う時は躊躇いなく相手を斬る覚悟を決めてください。ここから先は一つの判断ミスで命を落とします。引き返すなら今のうちです。どうしますか?」
クロエが静かに問う。
「私は大丈夫です。元々冒険者志望、ランクが上がればこう言う事も経験するものです。今回はただその機会が早いだけで気にする事でもありません。」
「私も同じね。盗賊討伐なんて冒険者をやっていれば幾らでもあることよ。」
「私は少し怖いです。でも私の道をここで止めるつもりはありません。皆で一緒にグラムに帰りたいですから。」
シルヴィアとレイアは毅然とした声でコユキは少々気後れしていたが自分の意志を示した。
「心配は無用でしたか。しかし、情報も無しに正面突破はただの無謀ですね。少し戦力を確認したいので私一人で中の様子を探ってきますね。その間ここで待機して下さい。」
「待って!流石に洞窟内では足音を消すのも限界があるわ。どうするつもりなの?」
「地に足を着けなければ良いんです。」
クロエが歩き出すも足音がない。クロエの足元を見ると確かに地面に足を着けておらず空中を歩いてた。
空間魔法【天歩】:空間を固定し、足場にすることで空中を移動できる。
実際に魔法としての効力は空間を固定するだけだが空間魔法自体魔力消費が多く、一歩歩く毎に足元に最小限の足場を作り、使わない足場の解除を繰り返すので魔力制御技術が必要だ。
洞窟内は思った以上に広く、盗賊達の規模も大きい事が分かった。
寝床、食糧庫、財宝部屋、簡易な牢屋等があり、数人の少女が牢屋に入れられていた。
盗賊達は数えただけでも24人。ぱっと見た感じからすると尾行していた男は盗賊達の中ではそれなりに強い感じがした。そこまで大きい規模ではないようだが此方が子供四人に対しては大人数だ。
その上、頭と尾行した男、他二人の魔族と獣人は他の盗賊達とはレベルが違う。幹部なのだろう。クロエは兎も角他の者は適切な組み合わせの上一対一で戦わないと勝負にならないだろう。
盗賊は入口に4人、寝床に6人、食糧庫に3人財宝部屋に4人、牢屋に3人、頭と幹部3人は会議室みたいな所にいる。
(戦力は削るに越したことはないですね。)
ついでに財宝部屋の物は全て【無限倉庫】に入れるつもりである。盗賊の財宝は一時はギルド預りになるが討伐した者の所有物になるからだ。
クロエは早速魔法で財宝部屋全体の空間を固定する。声や抵抗された時の戦闘の振動や音を漏らさないようにする為だ。
息を潜めてテーブルを囲って談笑している監視役の頭上をとると指先から四つの小さい電気玉を背後から首筋に当たるように放つ。
雷魔法【スタンガン】:元は雷魔法【スタンボルト】と呼ばれる魔法で小さい閃光を走らせ触れた相手を一瞬だけ痺れさせる初級魔法。しかし、クロエは重力魔法と組み合わせて電力を圧縮し球状にして放つ事でスタンガンをの効果を実現させた。
「うっ!」
「ぐぁっ!」
「ぎゃっ!」
「あ゛っ!」
4人同時に短い悲鳴を上げてテーブルに倒れ伏す。洞窟内では響く悲鳴も固定された空間内では響かない。
クロエは盗賊4人の手足を【無限倉庫】内に有るロープで縛り、口に猿轡を着けて放置する。
「先ずは4人。後は財宝を頂いて…って何だか此方が盗賊をやっているみたいですね。」
クロエは一人呟きながら物資を【無限倉庫】に入れていく。
ドサッ
男の短い悲鳴と共に倒れた音が閉じられた空間内に響く。
食糧庫の盗賊達を気絶させてクロエは食材を見渡す。
以外にも管理が行き届いているらしく食材は業務用冷蔵庫三台分くらいの量があるが殆ど傷んでいない。もしくは盗んだばかりなのかもしれないが何れにしろ放置しておくのは勿体ないので【無限倉庫】に仕舞っていく。
「ん?」
片っ端から食材を仕舞っていたがある物が仕舞えなかったのだ。
「卵ですか。」
【無限倉庫】には生きたものは入れられない。つまりこの卵は生きていると言う事になる。
卵は直径25cmくらいの大きさだ。ダチョウの卵は直径17cmくらいなのでそれよりも二回りくらい大きい。
「ダチョウの卵より大きいとは流石異世界ですね。」
置いていくのは気が引けるし、手で持ち運ぶとこの後の戦闘の邪魔になる。
「殻は厚いようですし、とりあえず背中に背負えばいいですかね。」
軽く叩いても割れる感じはしないので風呂敷に似た布で卵を包んで背中にくくりつける。
寝床に向かう途中で気付いた事だがどうやらこの卵は周囲の魔力を吸収するらしい。
先程から周囲の魔力と共にクロエは魔力を吸われている。
「それにしてもこの卵は随分とがめついようですね。」
最初こそ周囲の魔力を吸収していたが今はクロエの魔力だけを吸収している。《魔力高速回復》がある為消費は微々たるものだが魔力の回復速度より消費速度の方が早いのは少し驚いた。
元の魔力が無駄に多いのでこの後に戦闘しても魔力切れになる事はないがそれは今日中であって明日以降も同じ状態だとこの後の戦闘次第で明日には魔力切れが起こる可能性もある。
「まぁ、どうにかなるでしょう。」
これも神託の一分だろうと考えてクロエは思考を放棄した。
寝床の盗賊達を気絶させた後に牢屋に向かう。ここまで盗賊達に気付かれなかった理由はここにある。
クロエの眼には男の性の捌け口にされた人間の少女とそれを見て怯えた表情をする貴族らしい服を着た少女、手足を鎖で繋がれたうえ首輪を付けられて盗賊達に殺意を込めて睨んでいる竜人の少女、今まさに手を掛けられそうになっているエルフの少女が写る。
ここでの情事が洞窟内に響いていたから気付かれなかったが。
「もうさせません。」
(盗賊の下っ端達の残りは牢屋と外にいる7人だけ。ならば、この場にいる3人を無力化してついでに頭と幹部を誘き寄せる。)
エルフの少女の手を取ろうとした男の頭を掴み直接【スタンガン】を掛けると同時に電球の【スタンガン】が他の盗賊2人の頭上に落ちる。
男の悲鳴が洞窟内に響いた。