第15話 模擬戦
闘技場で激しい剣戟が繰り広げられている。身体強化を纏った二人が振るう薙刀と剣の交わる金属音がかれこれ20分続き互いに弾くようにして距離をとる。
しかし、激しい剣戟にも関わらずお互いに少ししか息を切らしていない。
(これがクロエの本気なのね。思ったより差があるなぁ。)
レイアは二人の闘いを見てそう考えていた。初めて会った時からクロエと実力の差があることは分かっていた。
四分の一は勇者の血を引いているレイアには生まれ持った魔眼があった。看破の魔眼、文字通り見破ることに特化した魔眼である。
魔眼でクロエの魔力、身体能力、技術が自身より勝っていることは視えていた。魔力は一流の魔法使いが50人いても魔力総量が上回る程圧倒的に、身体能力は獣人の大人には僅かに負ける程度に強く。
だが、技術だけは自身より上というだけでどれ程差があるのかは曖昧でマイクとの戦闘を実際にこの眼で視て漸く納得した。
(こいつは本当に化け物か?)
マイクとクロエでは色々と違う。性別、年齢、体格、魔力、体力、身体能力、クロエがハーフエルフと謂えども身体能力、体力はエルフよりは勝るものの人間の子と変わらない。そう考えるとマイクが唯一クロエに劣っているのは魔力くらいのものだ。
だがマイクはクロエが魔族とのハーフとは知らない。クロエのような者はこの世界に希少かあるいは唯一かの存在で普通は知ることがないからだ。
身体能力は強化でカバー出来るとはいえ20分も続けた剣戟の後で自分と同程度の息切れしかしてないというのは普段から鍛えているとしても体力が大人と同程度になることはない。
(それにこれ程の技術まであるとはな……)
他の生徒達とは違い隙らしい隙はほとんど見られず寧ろわざと隙を作って反撃を狙っている節もある。本気ではないとはいえこちらの攻撃を完全に防ぎきるうえ攻撃はマイクより重い。魔力を多く使い、身体強化の練度を高くしているようだ。まだ攻撃魔法を使っていないとはいえ単純な近接戦闘でもBランク程の技術だ。
(リーチの差があるのに攻めきれないとは流石元Aランク冒険者ですね。)
有利な長柄武器を使い、身体強化も今出せる練度でマイクと闘っているのでクロエはマイクに技術で劣っていることになる。
(やはり世界は広いですね。)
魔王カルマの臣下の魔族と模擬戦をやったことは幾らでもあるし、散々負けて来たが相手はあくまでも魔族だ。
全体的に人間より優れている魔族の血しかも最も優れてる魔王の血を受け継いでいるクロエが人間相手にここまでいいようにやられている現状に当の本人は思わず笑みが溢れていた。
勿論、体格も身体能力もまだ成長途中のクロエが劣っているのは当たり前だがこれからの学校生活で目標となる者がいるのは嬉しい限りだ。
「では、ここからは魔法も使っていく!準備はいいか?」
「マイク教官、言っておきますけど私は基礎属性魔法はほとんど使えません。」
「何!?」
「「「えっ!!」」」
クロエの言葉にマイクだけでなく他の生徒も驚きの声をあげる。
「それならお前は今までどうやって魔法の訓練をしていたんだ?」
「こうやってです。」
クロエはそう言うと掌に光の玉を浮かべる。光の基本魔法の【ライト】である。
「光の適性持ちか、それなら納得だ。」
回復魔法が扱える唯一の属性魔法でその適性を持つ者は稀である。それ故教えられる者も少なく、他の属性を扱えなくとも職に就き安く厚待遇を受けられるのである。
「教官、勘違いしないで欲しいのですが私は属性魔法を覚える為にこの学校に来たのですよ。属性魔法の適性はあります。」
(特級魔法ばかりで模擬戦では全く使えないだけで……)
内心でそう呟きながらクロエは薙刀を構える。
「あぁ分かった。ならとりあえず今日の模擬戦は終了だ。」
マイクが剣を下げてそう告げるとクロエも構えを解いた。
クロエの言葉でマイクはこの場で実力を計るのを諦めた。まだ属性魔法を使えない者を評価しても意味がない。これから覚えていくのだから実力は後に分かることだ。光魔法を使った戦闘も見てみたいとは思ったが適性の少ない魔法では他の生徒の参考に出来ないと考えたからだ。
マイクの考えていることが何となく分かっていた。クロエ自身も分かっていたことで攻撃魔法を交えた模擬戦の経験が少ないという事だ。
実際は、クロエが実家で行っていた模擬戦は特殊な属性魔法ばかりで基本属性は自分で開発した魔法しか使っていない。
厄介事を増やさないようにこれ以上特殊属性魔法を扱う訳にもいかないので魔法を交えた模擬戦は授業である程度魔法を覚えてからやってくれるのはクロエにとってありがたかった。
「一先ず今日の授業は終了だ。着替えたら解散していい。それじゃあまた明日。」
それだけ言うとマイクは闘技場を後にする。
「クロエ、光の適性も持っていたんですね。」
ほとんどの生徒が呆然としている間にシルヴィアがクロエの隣に来て囁く。
「学校で見せるのはここまでです。これ以上があると王族、貴族が放って置かなくなりますからね。厄介事は少ないに越したことはありません。」
「もう既にやり過ぎてる気がしますけどね。」
シルヴィアが呟くとコユキ達もクロエの元に集まる。
「凄い闘いでしたねレイアちゃん。」
「ええ、クロエの実力の一端が見れたわ。まだ隠してることがあるみたいだけど今は何も聞かないわ。」
「そうしていただけると此方としても助かります。」
「と言うことだからクロエへの質問と勧誘は遠慮してくれるかしら。」
後から来た他の生徒達に聞かせるようにレイアが口にすると一部の者が動揺し、他の者は肩を落とした。
「レイア、先程は助かりました。」
更衣室で制服に着替えながらクロエが礼を言う。マイクとの模擬戦を見て色々と聞きたい生徒は大勢いただろう。
特に貴族の子息・息女が多く通う学校だ。親としては強い者との縁は是が非でも作りたいと考える。その為に学校に通わせる者もいる。
その上クロエは将来確実に美少女になるだろう幼女だ。クロエの力と血を欲し、将来嫁に欲しいと言う者も多くでるだろう。
「いいわよ。私も王都にいた頃はよくあった事だから。ああいう手合いは隙を見せると調子に乗って付け上がるから早めに線引きしないとしつこく付きまとうのよ。今回のだって一時凌ぎに過ぎないわ。」
勇者の血族であるレイアも同じ経験があった為、介入したのだろう。
「そうですね。面倒ですけど対策は必要ですし…気が重いですね。」
これからの学校生活を想像すると憂鬱な気分になる。
「大丈夫です。私に何ができるか分かりませんけど協力すればきっと何とかなります。」
「まぁ、私達が側にいるだけでも抑止力にはなると思います。特にレイアを側に置くのはありですね。」
コユキが励ますように言うのに対しシルヴィアはとりあえずの今出来る簡単且つ効果的な提案する。
レイアが勇者の孫だということは貴族の中ではよく知られている事でレイア自身侯爵家の娘でもある事から少なからず影響力がある。
「私にも限度はあるんだけど、まぁ乗り掛かった船だし出来る限り協力はするわ。でもコユキとシルヴィアも協力するのよ。」
「勿論です。」
「どれ程の効果があるかは分かりませんけどね。」
「ありがとうございます。」
コユキとシルヴィアも協力してくれるようで少しだけクロエの表情が和らいだ。
「そう言えば……」
着替えが終わり四人で昼食を摂りに向かう途中、コユキが何かを思い出したのか目線を上に向けながら口にする。
「さっきシルちゃんが光の適性も持っていたんですねって言ってましたけどクロエちゃんは他にどんな適性があるんですか?」
「「えっ」」
思わずといった様子でクロエとシルヴィアから声が漏れた。
流石獣人というのかコユキが特別耳がいいのかは分からないがそれなりに距離があった筈なのに聴こえていたようだ。
だが、コユキの天然爆弾発言に鋭く反応する者がいた。
「ねぇ、クロエ、シルヴィア。私達お友達よね。」
「ええ、そうですね。」
レイアの顔を視る限り笑っているのにクロエとシルヴィアの背中に冷や汗が伝う。コユキは状況が読めず首を傾げている。
「二人で隠し事何てずるいわ。協力してあげるのだから私達も混ぜなさい。」
「仕方ありません。昼食の後、皆で教会に行きましょう。」
レイアに問い詰められ、クロエは秘密を打ち明ける覚悟を決めて近くの食事処に足を運んだ。