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第一章 黒騎士の秘め事 4

「……ふむ」

 ロードライトの指が、柘榴の一粒のような鉱石に伸ばされた。水滴を思わせる、丸みを帯びた小粒の透明な結晶。その中で、赤い光がちろちろと揺れている。

 鉱石の神の祝福を授けられたクラルテでのみ、採掘が可能な特殊な宝石――その中でも、火炎石は特別取り扱いや採掘が厳しく制限されている。鉱術師、と呼ばれる訓練された人間がこの石に封じ込められた力を外界に解き放てば、この程度の小石でも、大岩一つが容易に吹き飛ぶほどの爆発を引き起こすことが出来るからだ。

 それに、この鉱石は。

「この地方には火炎石採掘の認可は出ていなかったな」

「存在する、という報告さえ中央には行っておりませんでしょう?」

「ああ。……地星宮への報告は」

 各地に存在する鉱山の管理や監視は、一括して地星宮が行っている。国の中央まで到達していない情報が、先に地星宮に届いている可能性も、ありえないではない。今現在地星宮の頂点に君臨している父親よりも、はるかに裏の情報にも表の情報にも通じているはずの少女が、ゆるりと首を左右に動かした。

「正式な通達は、一切。鉱山から発見されたのは碧玉や油石、紫水晶――薬効はあっても、そのまま市場に流してしまって問題ないものばかりだと」

「っは」

 馬鹿にしたような短い嘲笑が、王子の口から漏れた。カレンの瞳が、わずかに揺れる。動揺しているのではない。咎めているのでもない。ただ、目の前にいる王子が何を言い出すのか、じっと待っている。その空気に応えるように、ロードライトは肩をすくめた。

「……だとしたら、随分と穴だらけの偽装だな。堤が崩れて水に押し流された土地が不自然に白くなっているのに、気づかない人間がいるとでも? 今の話で合点がいった。あれは鉱毒だろう。それも、火炎石を発掘した時にだけ出る、灰毒だ」

「ええ」

 静かな声が、王子の意見を肯定する。

 火炎石の採掘が、厳しく取り締まられる理由の一つがそれだ。火炎石それ自体が、無用な混乱を引き起こす強力な武器になりかねない上に、その周囲が灰毒、と呼ばれる、毒性の強い柔らかい石の層に取り囲まれているのだ。水で流しながら核に当たる部分に存在する火炎石を洗い出していくため、何の対策も施さないまま、その水を下流に流せば、下流にある土地は、見る間に作物のひとつも育たない、不毛の土地に成り下がってしまう。故に、火炎石は一定以上の量は決して採掘せず、しかも採掘を行うのは、重い罪を犯した罪人――この鉱石を採掘する人間の寿命は、持ってせいぜい五年だと言われている――と、相場が決まっている。

「採掘させられている人間は、あの鉱毒で土地を失い、税を納められなくなった農民か?」

「ええ。もっとも、堤が崩れる前から、意図的に鉱毒混じりの毒を下流に流して、労働力を確保させてはいたようですが」

「悪役としては三流だな。……爵位剥奪程度かと思っていたが、首も飛ばすべきか」

 ロードライトの言動には揺らぎが全くない。激昂した様子もなく、淡々と続けるその様子を、カレンもまた平然と眺めた。

 この王子は怒れば怒るほど冷静になるきらいがある。滅多なことがない限り、横にいるものが冷水を浴びせかけるような真似をする必要はないのだ。為政者向きの性格だ、と思う。自分のように徹底して冷たいわけではなく、情熱もあり、その力を適切な方面に向けることが出来る。――優しげな面立ちの裏にこういった一面がひそんでいることを知るものは、そう多くはないはずだ。

 まだ、今は。

「いずれは飛ぶでしょう。火炎石の違法採掘の指示は、それだけでも充分斬首に値しますわ」

 カレンの言葉に、ロードライトの形のいい眉が、ぴくりと跳ね上がった。

「……『いずれは』?」

「先ほど殿下御自身がおっしゃったでしょう。ダリアスは『三流だ』と。欲を出しすぎたために、切り捨てられたのでしょう。事の露見も、それから芋づる式に出てきた証拠も、今まで露見しなかったのが不思議なくらい、あっさり揃いましたし。――恐らくは」

 裏に、まだ何かがある――。言外にそう滲ませて、カレンは紅茶のカップを優雅な仕草で口もとに運んだ。

 柔らかな日が差しこむ、神殿の一室。会話の内容さえ顧みなければ、その光景は一枚の絵画のようにも見えることだろう。二人の間に流れる空気だけが、冷たい緊張をはらんで、ぴんと張り詰めている。

「……この一帯の土地は、向こう二十年は収穫を望めないでしょう。廃村せざるを得ない村がいくつあるか……考えたくもありませんわね」

 土地を離れざるを得なくなる民の生活を、どうやって保障するか。クラルテの領土は確かに広大だ。しかし、それは単純に「国土を見れば」の話なのであって、人が住めるように整備された土地はさほど余裕がない。村をいくつも、そのままの形で移動させるほどの土地をすぐに用意するのは、どう考えても不可能だ。諸侯達も、新たに森を拓くよりは住民を分散させるほうを選ぶだろう。故郷を追われ、分断される形になれば、どれほどの家族が嘆くことか。それに、火炎石の採掘に無理矢理借り出されていた労働者には、治療も必要だ。気づくことが出来なかった国や地星宮にも落ち度があるとはいえ、どこまで面倒を見切れるものか……。

 一気に自分の考えに沈み込もうとした寸前で、ふとロードライトは顔をしかめた。

「……そういえば、違法採掘された火炎石と堤を整備するための資金は、どこに消えている? この国の裏で出回っている総量は、さほど跳ね上がってはいないはずだが――」

「あら、裏の総量も国は把握していらっしゃるんですの? それで取り締まらないなんて、手抜きもいいところではないですこと?」

 一転して猫をかぶって余所行きの声を出したカレンに、ロードライトは特に動じることもなく肩をそびやかした。

「潰しても潰しても沸いて来るんだ。いっそのことある程度は泳がせて、目の届く所で行き過ぎないように監視しておく方がマシだろう。幸い、うちの懐刀は優秀だからね。適当に複数の勢力を泳がせて、互いがいがみ合って適度に力を削りあってくれるように、うまいこと働きかけたりもしてくれている。まさに至れり尽くせりだよ」

「やくざな商売ですわねえ」

「地星宮の人間に言われたくは無いな。『汚職といえば王宮と地星宮』。大昔からあるこの格言を、君は否定できるのかな?」

「権力と裏金は表裏一帯でございましょ。権力が集まる場所に余計なハエが寄ってくるのは、世の常ですわ。わたくし達は行き過ぎて根元から腐ることのないように、適当に追い払っておけばよろしいんですのよ。ご存知でして? 肉も果実も、その味が一番良くなるのは……」

「腐りかけるぎりぎりのところ、だろう」

 よく出来ました、と言わんばかりにカレンは婉然と微笑む。微笑んではいるが、瞳の剣呑な光は消えていない。

 その笑みはどこか凄みがあって、知的なゲームの駆け引きを楽しんでいるようにさえ見える。野心のある顔だ、とロードライトは思う。老獪な家臣だけが持つ表情は、まだ子供の面影さえ残る彼女の顔に宿れば、それだけでどこかアンバランスで目の離せない、不思議な色香をかもしだす。

「素直に吐くとは思えませんが、恐らくダリアスも火炎石の行方程度は承知しているでしょう。最終的な行き先を知らないとしても、手がかりくらいはつかめるのではないかと」

「なるほど、それですぐに首を飛ばすわけにはいかないのか。……カレンはどう思う。ダリアスの裏には、何がいる? 推測で構わない、聞かせてくれないか」

 途端にカレンは、芝居がかった仕草で大仰に顔をしかめ、「怖い」と言わんばかりに自分自身を抱きかかえた。

「まあ、それで万一わたくしの推測が外れていたらどうなさるおつもりですの? 地星宮の不手際分のつけは払いましたでしょう? ここから先は、あなた方王族と議会の仕事でしてよ」

 大げさな仕草と同時に言われた言葉に、ロードライトは苦笑した。確かに、彼女の意見は的確なので、ロードライトはそれに知らないうちに重きを置いてしまう嫌いがある。

 この娘は、自分の言動の影響力をきちんとわきまえているのだ。その上で、突き放すべきところでは突き放す。けして全てのカードは見せない、お手並み拝見と行きますわ――と言わんばかりに、高みであぐらをかいて、仕えるべき者の技量を冷静に見極めようとしているのだ。将来の国王に取り入ろうという考えは、彼女の頭にはないらしい。彼女が何を欲してこういう立場にいるのか、それだけがロードライトにはよく分からない。

「――地星宮は引き続き、不法採掘されていた火炎石の行方を追ってくれ。国内であれ国外であれ、あれが僕らの知らない所で流通すればいろいろ面倒だ。これは、そちらの仕事のうちに入るだろう。どんな些細なものでも構わない。情報が手に入り次第、父上か僕に報告を。いいね?」

「勿論ですわ」

 頷いて、カレンはふっとロードライトから視線を逸らし、クッキーを手にとって、手の中で細かく砕いた。開け放たれた窓際に歩み寄って手を差し出せば、どこからか白い小鳥が飛んでくる。指先に止まった小鳥が、小さなくちばしでクッキーの欠片をついばむ。

 日の光が、法衣の上で柔らかく踊っている。

 粉のような欠片を窓際から放って手をはたきながら、カレンがロードライトの方に戻ってくる。表面だけならば、眼福な光景だったなあとやや場違いなことを考えながら、ロードライトは彼女を見上げた。

「……そうそう」

 背後では、小鳥たちが羽ばたく羽音がしている。白い羽が、秋晴れの青空にくっきりと映える。

「この近辺ではジェム金貨一枚を得るのに、レア金貨が八枚必要なのだとか。ご存知でして?」

 事実のみを告げるその声に、ロードライトは形のいい眉をすぐにひそめた。巫女の言葉が不快だったわけではない。その言葉から、瞬時に嫌な結論が頭に浮かんだのだ。

 ジェムはクラルテの金貨の単位、レアはダリアス領のすぐ隣にある、デリフェルという小国の金貨の単位だ。金の精錬技術や国力に大きな違いがあるため、ジェム金貨の質は周辺にある国のものとは雲泥の差がある。

 それでも、ジェム金貨一枚と交換するのに、普通はレア金貨五枚が相場と言ったところだ。

「……高すぎるね。レア金貨の質が落ちたか?」

「鉱脈が潰れたとか、金が採れなくなったとか言う噂は聞きませんが、落ちてはいるようですね。発行枚数は逆に増えているらしいので、その結果でしょう。もっとも、どちらかと言えば、時勢を不安に思い始めた向こうの商人たちが、争ってレア金貨をジェム金貨に換え始めているという方が大きいですわ」

 ロードライトの眉間に、露骨に皺が刻まれる。

「……デリフェルに出国している鉱術師の数を調べてくれ。出来れば秘密裏に帰国の勧告を。火炎石は鉱術師さえいなければ、ただの珍しい宝石だ。だが……」

「まだ、『そう』と決まったわけではありませんでしょう」

「最悪の事態に備えておくのに越したことはないだろう。……手勢はしばらくここに残そう。采配の権限は君に委譲する。当分、国境の監視を怠らないように」

「あら、護衛も持たずにどうやって首都にお帰りになられるおつもりですの?」

「ミランダがいれば、他の護衛は必要ないだろう。カーティスもいるし、査問官もついている。あれ以上の少数精鋭が、他にいると思うかい?」

 他の事を考え込みながらさらりと返事をしてのけたロードライトに、カレンは優雅に了承の礼をしてみせる。すっと下を向いたその口もとに、わずかに満足げな笑みが浮かんでいたが、ロードライトがそれに気づくことはなかった。


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