終章
「さーて、面倒で厄介な仕事を切羽詰った事態になってから与えてくださったご先祖様。ご注文通りの術を組み上げて参りましたよ。少々遅くなりましたがね」
にこにこ笑いながら言われたトゲ混じりの言葉を、白い髪と赤い瞳を持つ鉱術師の魂は、心なしか引きつった面持ちで受け止めた。
静かに咲き誇るダリアの花々に囲まれた宮は、白亜の壁にその鮮やかな色を映していた。ロードライトの後ろには、赤ん坊を両手に抱いた茉莉が佇んでいる。
二年半という時を経て、子供をこの世に産み落としてもなお、彼女は周囲のものに背筋を伸ばさせる涼やかな空気をまとっていた。
小さな手が宙をかき、きゃっきゃと無邪気な笑い声があがる。
赤ん坊の髪の色は金ではない。とろけるような柔らかな白い髪が、ふわりふわりと風に揺れていた。
瞳の色はきらめくような琥珀色で、ふっくらとした顔立ちの中にも、どこかロードライトに通じるものがある。
「パール、と言います。東照語では……シンジュ、と。真の珠と書くので、字は違いますが、音は神樹に連なります。……鉱脈ではなく、貝が自らの体の中で育む、貴石です」
呪いの証を持たずに生まれた赤ん坊をいとおしげに撫でてから、ロードライトは娘を自分の腕に受け取った。パールの小さなふくふくとした手には、節くれだった小枝がしっかりと握られていた。
「同じ名をもつ貴石を、神樹が求めたのだそうです。鉱石の力を借りて、この枝を泉に根付かせ、新たな命を育むことで、ダリア女王の代わりとなるのだと。……東照にとんでもない借りを作ってしまった上に、あの国の女王から『茉莉を不幸にしたら国を挙げて滅ぼしに行ってやるから覚悟しとけ』とかいう書簡が届いたんですが、ちょっとぐらい恨み言申し上げても別にこれ不敬だとか無礼だとかにはなりませんよね?」
にこにこにこにこと、ロードライトはあくまで柔和な笑みを崩さない。けれど背中にうそ寒いものを感じて、カリナンは一歩後ろに退いた。
「い、いや、後半は私に言われても仕方がない気がするのだが」
「そもそもの原因は貴方でしょう。……まあ、感謝はしていますがね。……あ、こらパール、やめないか。それはおしゃぶりじゃないって!」
枝をくわえようとしたパールの手を取って、ロードライトは神樹の枝を、赤ん坊から取り上げる。返せとむずがり始めたパールの額に、茉莉のしなやかな手が触れた。途端にパールはこてんと体の力を抜き、すやすやと寝息をたて始めた。
寝顔をいとおしげに眺めた後で、茉莉はロードライトの頬に軽く口づけた。
「……そろそろ時間だ」
初夏の風が、ダリアの花園で息づく葉を揺らし、三人の服と髪を優しく撫でて通り過ぎていく。
カリナンが、ついと空を見上げた。風に乱されることのない服が、彼の動きによって新たな皺をかたちづくり、長い髪が肩から滑り落ちた。
太陽が、中天に差し掛かろうとしていた。
「……始まりますわね」
大司祭の冠も、衣装も、とにかく重い。刺繍糸で細かい衣装が縫い取られた布は、普通の布地の三倍近い重さがある。身動きをすればジャラジャラと飾りがゆれて、それもうっとおしいことこの上ない。本人はああうっぜえと思っていたが、十八になり、女性らしい柔らかさと気品を兼ね備えたカレンに、その服はあつらえたように似合っていた。
左手に握られた金色の杖が、リィーン……と澄んだ音を立てた。音は波のように聖堂内に響き、余韻を残して消えていった。
自分の中に流れ込んでく確かな流れを感じ取り、カレンは唇から涼やかな歌を紡ぎ始めた。
金色のまろやかな光が、地星宮の大司祭を包み込む。
神官たちが、壇上に佇む大司祭に向かって、一斉に頭を垂れた。
都の四方から、天に向かって四つの光の柱が上がった。
民は声も出さずに、ただじっと王宮の方にひざまづいて、祈りを捧げている。
光の柱はやがて、互いに絡み合いながら、王宮の中央、ダリア女王が眠る宮に向かって、網の目のように枝を伸ばしていった。
泉に光が降り注ぐ。
それは決して何者を傷つけるものでもなく、近くで見れば、金の光の霧雨なのだと確かめることが出来た。
泉に沈められた無数の貴石達が、水に溶かされるインクのようにくにゃりとかたちを変えた。それはゆっくりと溶け合い混じりあいながら、ゆるゆると渦を巻き始める。
すやすやと寝息を立てていたパールが、ふいにぱちりと目を見開いた。
「……あ、あー、うー」
言葉にならない言葉で、パールは王の手の中にある枝に向かって、じたばたと小さな手足を動かしはじめた。赤ん坊がものに興味を示したと言うより、自分の役目をまっとうしようとしている真剣さを感じさせる動きだ。ロードライトが、黙って彼女の手に枝を握らせてやる。枝を両手でしっかりと握ると、パールはついで足をジタバタと動かし始めた。
「あ、あー!!」
茉莉とロードライトが、顔を見合わせる。
互いに頷いて確認を取ると、茉莉がロードライトの腕に自分の手を添えた。
前の方に身を乗り出し、今にも泉に落っこちていきそうなパールを注意深く抱えたまま、二人は泉の中央まで足を進めた。光の柱は、入ってしまえば柔らかい光が体を包むだけで、まぶしいと言うことは全くなかった。
「うーっ!!」
パールの声の種類が変わる。娘の希望通りに、ロードライトはパールを抱きなおした。おなかの部分をしっかりと抱えられる形になり、パールは泉に足をつけた。ふんふん、と神樹の枝に鼻を寄せて、匂いをかぐ仕草をしてから、短い手を必死に伸ばし、神樹の枝を泉の中央にちょん、と落とす。
色の洪水が、その小枝に、渦を巻いて吸い込まれていく。
きゃあ、と言う無邪気な笑い声が、小さな神殿に響いた。
四方から広がってきていた光の網が、するすると王宮の中央に向かって収束していく。一瞬だけ、いつもの空が戻り、その次の瞬間、圧倒的な質量を持った光の柱が、今度は王宮の中央から上がった。
きゃあきゃあ笑いながらパチパチと手を叩く娘の姿が、まずロードライトの視界に入った。何がそんなに楽しいのだろうと娘の視線を追い、その先にあったまぶしいばかりの緑に、ロードライトは感嘆の声を上げた。
「神樹……」
「違う」
妻の声が、すぐ横で響く。慈しみを持った目で、茉莉は瞬時に若木に成長した木を見上げていた。
「神樹は、こんな形はしていなかった。これは、この国が育んだ鉱石に時間を分け与えられ、成長していく全く違う種類の木だ。そのうち、新しい名を授けなくてはな……さて」
茉莉の目が、樹を見上げている鉱術師の魂を捉えた。
その奥にある扉が、ひとりでに開かれる。
光が差し込む棺の間は、暗い印象とはおよそ無縁だった。
天窓から柔らかく差し込む光が、彫像のダリア女王を、光の化身のように浮かび上がらせている。
茉莉の腕の中にパールを託し、ロードライトは即位してから初めて、その中に足を踏み入れた。両手を組み、祈りを捧げている格好の、たおやかな女性の像。実際の人間よりもかなり小さいそれは、ロードライトの胸の辺りに頭が来ていた。
胸の前で組まれた手の上に、淡く輝く透明な珠があった。それを両手でそっと抱える。重さも温度も感じられない。それでも、胸の奥からこみ上げてくるものがあって、ロードライトはその場でしばし瞑目した。
「――長い間、お疲れ様でした。もう、よろしいのですよ」
子供をあやすように囁きかけると、魂がふわりと自分の手の中に納まる気配があった。上手く行ったようだと安堵して、ロードライトはそれを抱えたまま、足音を立てないように注意しながら宮から出た。
彼の両手に抱えられているものを確認すると、ひとつ頷いて、カリナンの姿が宙に解ける。
それと時を同じくして、ダリアの魂の横に小さな白と赤が混ざり合った光の珠が現れた。弱り、消えかけている魂を支えるように、光は何度もダリアの魂の周囲を回り、やがてふっとそれに溶け合ってひとつになった。
輝きを増した光から、ロードライトがそっと手を離す。魂は地に落ちることなく、一度彼らの頭より少し上あたりの位置で浮かび上がって動きを止めた。
「……善き旅を」
ロードライトの言葉に答えるようにちかちかと瞬いた後で、その魂は光の雨の中をゆっくりと昇りはじめた。
光の国に降り注いだ金の雨が完全に上がる頃には、その空は目もくらまんばかりの、鮮やかな朱金に染まっていた。
「ミランダ、見てみるかい、国の新しい礎を」
扉の前で国王を待っていた一の騎士は、困ったように首を傾けた。
「慣例はまだ変えられておりません、陛下。なにもかもを性急に変えようとすれば、要らぬ歪みが生じるでしょう」
二年という年は、少女から大人に変わりつつあるミランダに、驚くほどの変化をもたらしていた。伸びた髪はあの頃と変わらず、男のように後ろですっきりとまとめられている。しかし、彼女が身にまとっているのは、変わり者の洋裁屋が仕立てた女物の服だった。ドレスと言うには装飾性に欠けるが、横にいるカーティスが身につけている騎士服とは、形からしてまるきり違っている。
何よりも、それを身にまとったミランダの容姿が、見た者を振り返らせてしまうほどの可憐さと穏やかさを漂わせていた。
いまや、舞踏会に出れば、受ける誘いは数知れず、と言った状態なのだ。
カーティスがそれにやきもきしているのを見るのが、最近のロードライトの楽しみの一つになっている。
「みーあ、みーあ!!」
茉莉の腕から身を乗り出さんばかりにして、パールがミランダの方に手を伸ばす。王女の可愛らしい呼び声に笑顔になって、ミランダは茉莉の方に駆け寄った。茉莉の腕からミランダの腕の中に居場所を移されると、パールは上機嫌できゃらきゃら笑い声を上げる。みーあ、とはっきり繰り返すパールを見つめ、茉莉の肩に手を置いて、ロードライトは宙を仰いでぼやいた。
「なーんで最初の言葉がパパでもママでもなく、『ミーラ』なんだろうねえ。お父さんちょっと複雑だよ……」
「パールはミランダ殿がお気に入りだからな。『パールがミランダに憧れて、男物の服しか着なくなったら困る』と言って、ちゃっかりミランダ殿に女物の服を着せたのはどこのどいつだ」
「うーむ。それを考えればパールは父親に協力してくれるいい子というわけか……。小さいのに偉いぞ、さすがはわが娘」
うんうん、ともっともらしく頷いて、ロードライトはその横で複雑な顔をしているカーティスの脇腹をちょん、とつついた。
「で、進展はしたのか? ミランダからは相変わらず何の音沙汰もないんだが」
カーティスは苦いものを噛み潰したような顔をして、パールとじゃれているミランダに目をやった。その肩が、がっくりと落ちる。
「進展しようにも、王宮に上がるなりミランダ様はパール様に独占されてしまうんですよ……。帰り道でも、この服はパール様に似合いそうとか、この玩具はどうだろうとか、教科書になるような絵本はとか、そんな話ばかりで……」
「そうかやっぱりいい子だな、パールは」
「何でそうなるんですか! 少しは応援してくださいよ、陛下!!」
「僕が応援したからと言って、パールがミランダを離すわけじゃないだろう。大体、一歳児に負けるような男に、可愛い妹を渡せるはずがないね」
せいぜい頑張れよと心のこもらない激励をして、ロードライトはくすくすと笑い声を立てた。
せいぜい頑張れと言われても。
詰め所にまで絵本を持ち込んで、朗読の練習をしているミランダを、カーティスは情けない気分で眺めていた。
そろそろ十九に手が届くかという頃合のミランダは、体つきにも柔らかさが増し、以前にも増して穏やかな空気を身にまとうようになっている。
王宮に咲くスミレと貴族達の間では密かに呼び称され、カーティスはさらに彼女の警護に気を使わなくてはいけなくなっていた。本人は全く気づいていないが。
ディーンがまた、ミランダの魅力をきっちり引き立てるような服ばかり仕立て上げてくるのだ。おかげでサロンの流行までもが、茉莉が身につけている服と、ミランダの身につけている服に似せた型のものに変わりつつあった。大仰なドレスに道をふさがれないのは喜ばしいことなのだが、ディーンが作る服は、当然ながらミランダに一番似合うのだ。それを思えば、ミランダが女物の服を着るようになったのは、いいことなのか悪いことなのか判断がつかない。
余計な虫を無駄におびき寄せる撒き餌になっている、とカーティスは思う。何せミランダは鈍い。二年前のあの件も、下手をすると彼女の記憶から消えてしまっているのではないだろうか。それ以降、期をつかみ損ねて何も言えずにいる自分も自分なのだが。
悶々と悩む気配を感じ取ったのか、ミランダがぱたんと絵本を閉じた。その格好のまま、テーブルの向こうでうんうん唸っているカーティスを見て、ミランダは頬に軽く手をやった。
「……まさか『一の騎士の任を務めるには、家族は邪魔だ』とか思っていらっしゃるとか、そんなことは……」
「うん、そんなことはないんだけどね」
独り言をはっきりと遮られる。カーティスがそのままの格好で固まったのを、ミランダは黙って見守った。
ぎ、ぎ、ぎ、と油をきらした歯車のようなぎこちなさで、カーティスが顔をあげる。
油石の柔らかい光の中で、ミランダは真顔でカーティスを見ていた。首をゆっくり傾けてから、ミランダはもう一度繰り返した。
「そんなことはないんだけど」
何を言われているのか、話題と話題が上手く繋がらない。
「え、えぇええと、その」
カーティスの声が見事にひっくり返った。つまり、その、ミランダは。
「……うん、そういえば、言おう言おうと思って、ずーっと機会を逃してたような気はするね……。横にいるのが当たり前になってたから、別に急ぐ必要もないかあって……で、もう三年かあ」
コックのダンとメイドのメイの子供ももう三歳かあ、と言う感慨にふけるのと同じ感覚で言われていることに、カーティスは頭を抱えたくなった。何かが、決定的に、違う。自分とミランダでは。
明日の天気を話すのと同じような調子で切り出されると、なんと返していいかわからないではないか。
「あのね、カーティス。私がこういう服を着るようになった理由、知ってる?」
さらにどうでもいいことのように話を変えられ、カーティスはこっそりがっくり来るのを感じた。そのくらい、いやと言うほど分かっている。九年ミランダの従者を務めてきた、その実績をこの人は何だと思っているのだろう。
「……パール様のため、でしょう?」
「違うよ」
「……?」
間違いないと思っていた答えをあっさり否定されて、カーティスはきょとんとミランダを見返した。それ以外の理由らしい理由は、特になかったように思えたのだが。
分かっていない風情のカーティスの視線に、何故だかミランダは頬を染め、おもむろに視線を窓の外に向けた。その反応に、カーティスは逆にぎょっとした。なんで、どうして今の会話の流れでミランダが動揺するのだ。
ぽそぽそと、およそ普段の彼女らしくない、歯切れの悪い声が、部屋の中に流れ始めた。
「カーティスの横に、並んで、恥ずかしくない女になりたいなあって思って。そしたら、カレンやディーンさんが、まかせとけ、って言うから……。出来れば、恥ずかしくない、じゃなくて、似合う、が良かったんだけど。でも……無理だよねえ、がんばってもこれだもん……」
はあ、と溜め息をついたミランダは、次の瞬間にカーティスの腕の中に納まっていた。
ぱたりと音を立てて、絵本が机の上に落ちた。
「――東方の光を得るだろう、か。それはあるいは、茉莉一人のことだけではなかったのかもしれないね」
小さな寝床で、すうすうと寝息をたてている娘の顔を眺めながら、ロードライトは感慨深げにつぶやいた。クラルテの金でもなく、東照の黒でもなく、白という、何にでも染まりえる色を持って生まれてきた子供。それは確かに、周囲に変化の兆しを感じさせた。
「東照からやってくる、民の件か」
「そう。今年は二百人を既に超えているそうだよ。クラルテ人との混血児の出生報告も、結構、ね」
小柄な妻を横から抱きしめ、その額に頬をすり寄せ、ロードライトは瞳を伏せた。
「将軍殿の預言が当たったわけだ。魂が神樹に引きつけられるように、東照の人間もまた、自然に茉莉や、ここに残った神樹の欠片に惹かれるのだろう……か」
鉱術とは全く違う術を操る東の国の民は、特に医学の面において絶大な量の知識を有していた。鉱石にある意味では頼りきりだったクラルテとは、明らかに違うそれをどう取り入れていくかが、新しい課題になっている。
他の国にも、もちろん彼らは招かれ、自分の意志で足を運び、自らの文化を広げ始めている。だが、東照とクラルテは、東の果てと西の果てにある、途方もなく遠い国だ。国交が開かれてからわずか三年足らずの間に、そんな国からこれだけの民がやってくるというのは、本来ならばありえない現象だ。
彼らは別段、茉莉に会うことや神樹を拝む事を目的にしているわけではない。その大半は商売のために手を広げようとしている商人や、クラルテの鉱術を学ぼうとする学者達だった。
――千年余りの時を経て、民が未知の世界に飛び出す。その背中を押すために、命はこの地に伴侶を定められたのでしょう。めぐり合わせとはそういうものです。
変化していく鉱石。きっと、鉱術を扱う側も、それにあわせて緩やかに変化していくのだろう。
「この子や、この子に繋がる血筋は、どのような国を描いていくんだろうね」
誰にも予測がつかない、純白の未来だ。いらぬ争いや戦乱も、起こってしまうだろう。
今はまだ、慣習の力が強く働いている。
あるいはパールは、そう苦労せずに、すんなりと王座に納まるのかもしれない。けれど、百年、二百年と経てば。
……前例がない未来には、何が待ち受けているのだろう。
「先のことは先のことだ。だが、変えた張本人はお前なのだから、基盤はしっかり固めておけよ。後の世に愚王と謗られたくなければな」
「手伝ってくれるんだろう?」
「それをあてにするんじゃない。私は力の加減が苦手だから、頼られすぎると暴走するかもしれんぞ」
「ああ、うん。そうだねえ。結局普段の警護はミランダの仕事のままだねえ。茉莉はうっかりすると、刺客を片付けるのに城ごとふっ飛ばしちゃったりするから……」
天井を見つめて遠い目をしてから、ロードライトは声を低めて、腕の中の茉莉に問いかけた。
「あれ、ほんとにどうにかならないのかい」
「昔はうっかりで山を消してしまったりもしていたんだ。それに比べれば……随分ましになったと思うのだが。少なくとも、生き物は巻き込まなくなったし……」
最後の方はどんどん尻すぼみになっていく。
本当にさっさと基盤を固めて、茉莉の出番をなくしてしまわないと、要らぬ出費が増えるばかりだと、ロードライトはしみじみ思ったのだった。
「――さて、皆様お立会い。今宵、素晴らしい夢の世界にあなた方をいざないましょう」
吟遊詩人がかき鳴らす調べは、どこか儚げで頼りなく、見るものを夢の世界に誘うような甘い響きがあった。痩身の吟遊詩人は、今宵の客に恋人たちが多く混ざっているのを見て取って、口許に笑みを浮かべた。
この間、王宮に招かれた時に伺った話。
あれを自らの口で初めて歌い上げるのに、これほどふさわしい夜もあるまい。
「逢瀬を見守る星空と言うのは、とても趣深いものです。ご存知ですか。あの白亜の宮殿に住まわれている、赤紫の柘榴石の名を持つ国王陛下は、このような夜に、異国の花に出会われたのです――」
数百年後まで語り継がれることになるであろう物語の、その一番最初の歌い手になれるのだ。
それをこの上もない幸せだと思いながら、男は朗々とした声で、物語を紡ぎ始めた。
(貴石の守護者・完)