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4 コルネル中佐、仕事を完了す

「何だこれは!」


 ローズ・マダー大佐は機械のスイッチを思わず切っていた。傍らのコーラル中佐も、その表情は全く色を失っていた。


「…今のは何だ? 大佐… 貴官ではないのか?」

 セルリアン准将は眉をひそめて訊ねる。

「…如何にも私だ…」

「裏切り者?」


 熱血な中央の将官は声を低めた。ローズ・マダーは大きく首を振る。


「だが何のことだかさっぱり判らん!」 

「だが大佐、今の映像は、コルネル中佐の記憶そのものです。機械は正確だ。つい最近行った尋問でもこれは有効な」


 コーラルは声を震わせながらも、彼の上官に適切な意見を述べようと努力する。


「知らんと言ったら知らん! これは罠だ!」


 ローズ・マダーは声を張り上げた。するとインディゴ大佐は冷ややかな笑いを唇の端に浮かべた。


「罠! ほう、罠、というだけの何やら貴官には思い当たるふしがあるのですな?」

「仲間割れはいけませんぞ…」


 カドミウム大佐がおずおずと口をはさんだ。

 だがローズ・マダーは明らかに動揺していた。その様子は横で見ているコーラルにも一目で判った。彼も彼とて動揺していたのだ。

 この視点が誰のものであるのか、ローズ・マダーもコーラルも既に理解していた。この視点であの出来事を見られる人物は、たった一人しかいないのだ。

 だがこのことは、現在の「同志」たる治安維持部隊の将官には知られない方が良いことであるのは確かなのだ。

 彼ら二人は過去、惑星一つ巻き込んだ軍部の「反乱」に首謀格として参加していた。それは現在の状況と大して変わるものではない。

 だがその時は、充分な武力がクリムゾンレーキに常備されていなかったことから、事態はあっさりと帝国本軍への全面降伏という形に集束されていった。

 そしてそこにはスケープゴートが必要だった。その時にスケープゴートにした士官の名は――― 確か―――

 ローズ・マダーは扉を大きく開けはなった。そしてガラスの向こう側へ入ると、コルネル中佐に取り付けられていた装置を一気に取り外した。

 炎のように赤い髪がざっ、と揺れる。そしてぐっと彼の襟を掴むと、いきなり殴りつけた。ぼんやりと彼の目が開く。金色の目がぎらりと、ローズ・マダーを上目づかいににらみつけた。


「貴様は誰だ」

「…」

「答えろ」 

「…コルネル中佐。軍警コンシェルジェリ地区担当…三年前まではサルペトリエールの…」

「そんなことを聞いているのではない!」


 今度は逆方向からローズ・マダーの殴打が飛んだ。二度、三度と飛んだ。どうやら口の中が切れたらしい。唇の端から血が流れる。

 ちら、とコルネル中佐はガラスの向こう側を見て確認する。まだメンバーは変わっていない。きちんと、こいつを含めて五人居るよな。セルリアン准将、インディゴ大佐、カドミウム大佐、コーラル中佐、そしてこのローズ・マダー大佐。

 「五人組」だ。上手くひっかかったものだ。上等。

 だが妙な雰囲気が流れているのに彼は気付く。自分が神経拷問の装置にかけられていたことを思い出した。そしてその効果の程も。

 彼は普段、軍警でそれを使う立場だった。多少その機械のレベルがアップしたところで、根本的なところは変わるものではない。確かにいい効果だ。自分でなければギブアップしているだろう。

 だからそれがどういう映像を彼らに見せていたのか、彼はそれをよく知っていた。自分の今まで見ていた光景。

 奴らはそれを見ているのだ。済んだこととは言え、あの炎はやはりあまりいい記憶ではない。確かに思い出したくない記憶ではある。

 だが、わざわざ見せられたのなら、利用しない手はないのだ。

 奴らは、明らかに動揺している。


「…誰だと答えて欲しいんだ? ローズ・マダー」


 ふっと彼は笑う。ローズ・マダーはその表情に背筋が寒くなる。何だこいつは。

 そして次の瞬間、ローズ・マダーは信じられないものを見た。

 伸びている。

 金属の、拘束具が伸びつつあるのだ。

 それは、コルネル中佐の腕の動きにつれて、次第に広がっているのだ。


「…!」


 驚愕に、目が大きく開かれる。これは人間の力じゃない!

 ガラスの向こう側の四人は、何事が起きたか、と視線を集中させる。いきなり身体をのけぞらせ、恐怖と驚愕をいっぺんに顔に表した「同志」の姿。滅多に見られたものではない。

 その位置からでは彼らはコルネル中佐の腕までは見えない。


「全くひでえ記憶だ。俺は二度と焼かれたくはないね」

「…***!」


 ローズ・マダーは思わず記憶の隅に追いやっていた名を口にしてしまった。全身の血が逆流するのを感じる。


「ああそんな名の奴も居たっけな」 

「…いや嘘だ! お前はそうだ、…そうだ、心理作戦だろう! 奴の記憶を合成して、わざわざ私達を動揺させようと…」


 ぐにゃり、と次の瞬間、拘束具が細工のあめの様に曲がった。ローズ・マダーはその様子を見てとうとう悲鳴を上げた。

 そして彼は一気にそれを延ばし、椅子から引きはがし、頭から抜き取った。

 さすがにその様子は、ガラスの向こう側の四人にも理解ができたらしく、逃げるべきか、立ち上がって扉を開けようかと戸惑っていた。

 だが彼らは、意外と彼らの旧式の機械を信じていたらしい。神経拷問にかけた奴なら、五人も居れば、何かあったとしても、充分取り押さえられると思ったのかもしれない。

 それが間違いであることを、彼らはやがて身を持って知ることになる。


「動揺したのか、ローズ・マダー。お前にもまだそんな人間みたいな心が残っていたとはな」


 くくく、とコルネル中佐は笑う。


「だがな、俺はお前なんぞを動揺させるためにそんな細工をする程、暇じゃあねえのよ」

「…!」


 ばたん、と銃やサーベルを手にした四人が飛び込んでくる。


「俺はね」


 金色の目が光る。


「この瞬間を待っていたんだよ」


 目標が自分の至近距離に入るのを。

 それは一瞬のことだった。

 右手の、爪が、恐ろしく長く、伸びた。

 それが、残像を伴って、ひらりと。


 血吹雪が飛んだ。


 彼の爪の動線の位置に居た「五人組」の首は恐ろしく鋭い刃物でぱっくりと切り裂かれていた。


「…」


 仰向けに倒れたローズ・マダーは、何が起こったのか、理解できないまま、自分の身体が床に倒れる瞬間を感じていた。

 コルネル中佐は、顔にかかった血を汚げに拭い、伸ばしたままの爪をぴくついているコーラルの胸に突き刺した。

 まだ感覚があったのだろうか。一瞬ひっ、という声が飛んだ。だがすぐに動きは完全に止まった。

 彼はコーラルの死体を蹴転がし、部屋の隅へと押しやった。

 あいにくと用件はもう一つあるのだ。ぐい、と左手で倒れたローズ・マダーの襟を掴むと、上半身だけを起こさせた。切りつけられた首から、血が彼の左手にもだらだらと流れる。

 彼はローズ・マダーの腰のサーベルを抜くと、一度その身体を放り出した。放り出された拍子に、何処かの骨が折れた音がした。

 彼はそのサーベルで、改めてセルリアンやカドミウムの既に息絶えた身体を切りつける。そしてまだ息の残っているローズ・マダーの胸をぐい、と踏みつけると、二人の血の滴ったサーベルを目の前にかざした。

 お前はいったい誰だ、とローズ・マダーは出ない声で、それでも懸命に口を動かした。


「少なくとも人間じゃねえさ」


 くくく、と彼は笑う。ぺろり、と自分の爪についた血を軽くなめる。まずいな、と彼は嫌そうな顔になり、つぶやいた。

 助けてくれ、と大佐の唇は動いた。自分を踏みつけにしている相手に向かって、目にはひたすら哀願の情を込めて。

 復讐か? 復讐なのか? 唇は問いかける。


「違うね」


 彼は素気なく答える。


「そんなもの。ローズ・マダー、お前はあの時自分が生き残りたくてそうしただけだろう?」


 そうだ、と彼は目を大きく開ける。私は今回もだから生き残らなくてはならないのだ。


「生き残らなくてはならない? 馬鹿か。別にお前が生き残らなくとも、クリムゾンレーキの誰の害にもなりゃしないさ」


 何。


「だがなローズ・マダー。俺は別にそんなことどうだっていいんだよ」


 大佐の全身に恐怖が広がった。


「あいにく俺もな、ただ生きたいだけなんだよ」


 彼は大佐のだらりと投げ出された手を取ると、サーベルを握らせた。そしてそれを自身の半分切りつけられた首に突きつけさせる。

 ローズ・マダーの瞳は、恐怖に大きく開かれる。

 鼻の穴が、口が、穴という穴が、これでもかとばかりに大きく。

 コルネル中佐は容赦なく言う。


「今度はちゃんとてめえのやったことに責任を持ちな」


 手に力が込められた。



 捕虜を尋問すると言って閉じ込もった「五人組」からの応答が無い。兵士達は次第に不安になった。

 どうしたのだろう?

 様子を見に行くべきかな?

 そして通信を送ってみる。反応がない。五人も居れば、誰か一人でも何かしら返してきてもいい筈になのに。

 兵士達もさすがに、何やらただならぬことが起こっているとこに気付いた。

 尋問室を出たコルネル中佐は走りだした。

 敏感な耳は、大量の兵士が追って来ていることを正確に判断している。追手が皆銃を持っているたろうことももちろん。

 数名だったらともかく、二桁になると厄介だ、と彼は思った。少なくとも、条件を限定しなくては。

 そして彼は、兵士の姿が見えた瞬間、軍服の、襟に近いボタンを一つ引きちぎると投げた。

 それはカンシャク玉のような音を立てると、濃い赤の煙を放った。その赤の煙を識別して、兵士達は真っ青になった。引火性粒子の小型発生装置だった。


「銃を使うな!」


 事態を把握した下士官の声が聞こえる。彼らは何だかんだ言って、実戦の戦闘に慣れている訳ではなかった。

 真っ赤な煙の中、彼は管制室に向けて走った。爪は伸ばしたままだった。それを目にした兵士の顔には、見てはならないものを見た時の驚愕の表情が浮かんでいた。

 目撃されてはいけないものを見せながら走るということは、それを見た者を皆殺しにするつもりがあるということである。

 実際彼の行動はそれに等しかった。

 助走を付けて、兵士の上を飛び越しながらも、彼の手はひらりとその首をかっ切っていく。その姿を一瞬でも見た若い兵士は、奇声を上げ、その場から逃げていく。

 当然だ、と彼は思う。

 早く逃げろ、と思う。

 別に好きでやっている訳ではないのだ。

 言い訳ではなかった。

 俺はただ生きたいだけなんだよ。


   * 


 あの時。

 起きろ、と誰かが言っていた。

いや、言ったというのは正確には違う。それは頭の中に直接聞こえていた。

 誰だ、と彼は考えた。言おうとしても、声が出なかった。その相手を探そうにも、何も見えなかった。何も聞こえなかった。その「声」以外、何も感じられなかった。

 だが、考えた。伝えてくる誰かに返したかった。

 誰だ。


「私の声が聞こえるな? KZ152」


 何だそれは。


「それが今のお前の身体につけられたナンバーだ。私はお前の名など知らない。知る気もない。何故ならお前は既にこの帝国では死んでいるのだから」


 死んで? 彼は考える。死んでいるのか俺は。


「正確には、身体は死んではいない。だがこのままでは死ぬ。確実にお前は死ぬのだ」


 声は、穏やかだったが、話す内容は決して穏やかではなかった。そしてそれは、容赦なく続けられる。


「お前は確実に死ぬのだ。銃弾を全身に受け、火炎を浴び、既に身体の機能はほぼ停止している」


 ああそうだった。彼は思い出す。全身を火がくるんだ。

 ひどい熱。ひどい痛み。軍服を通して、全身に火が広がった。

 彼はその場に転がった。銃弾が全身に刺さる。弾ける。胸に。腹に。腰に。足に。手に。首に。顔に。


「だがなKZ152。あいにく私はお前を死なすのは惜しいんだよ」


 何。


「お前は何故戻ってきた? 逃げることはお前なら可能だったろう?」


 可能だったかもしれない。


「では何故だ」


 判らない。だが彼らもまた俺同様、スケープゴートにされたんだ。だから見捨てておけなかったのかもしれない。


「なるほど。それは優しいことだ。だがそれは甘いな」


 何。


「結局は誰一人として助からなかったではないか。そういうのを無謀というのだ」


 彼は返す言葉が見つからなかった。それは、正しかった。


「そしてお前とて基本的には死んでいるのだ。今のお前は生きてはいない。死んではいないというだけだ。そして私が一言言えば、お前は今この瞬間に、完全に、死ぬのだ」


 ―――だが人間はそういうものではないのか。

 彼は懸命に反論を試みる。

 自分が泳げなくとも、溺れている人間を見たら、水に飛び込んでしまうのではないか?

 相手の気配に嘲笑のようなものを彼は感じる。


「自分の出来なかったことを全体に置き換えて正当化するな」


 声は、彼の中に強く突き刺さった。


「それが一体何になる?」


 そうだ、と彼は思った。

 結局俺は、何にも出来なかったじゃないか。そして自分一人救えずにいる。奴らの計略にはまった俺の甘さのせいで。彼ら一人も救えなかった俺の脆弱さのせいで。


「だがまあ、そう自分を責めることもなかろう。確かにお前は分が悪かった。お前でなくとも、お前程度の人の良さを持っていれば、騙されもするさ。―――ところで、生きたいか? KZ152」


 え?


 彼は問い返す。その質問は唐突だった。


「これから先、何としても生きたいか、と言うのだ」


 …当たり前だ。


「だったら私はお前を生かしてやってもいい。ただし、今までのお前ではなく、別のお前として」


 …どういう意味だ?


「『MM』を知っているか?」


 聞いたことはある。反帝組織のか?


「そうだ」


 それがどうした。


「私は盟主のMだ。もしもお前が、私の銃となるのなら、お前を再び生の世界へ舞い戻らせてやろう。今までのお前ではなく、全くの別人として」


 …!


 一瞬のうちに自分の中で、盟主名乗る人物の言葉が、相反する二つの感情を呼び起こすのを感じた。

 だが、何も知覚できない状態は、相反する感情に答を出すのも素早かった。

 確かにそれを拒否する考えも、あった。

 彼の育ってきた環境におけるモラルが規定した、帝国への忠誠であったり、軍人としての規範だったり、そういった「守っていれば安全」なものだった。

 彼の思うところの「安全」は、ひどく抽象的だった。それは自分自身の精神の安定から、経済的な安定、そして人間関係の安定まで多岐に渡っていた。「それが無くては生きられない」と、それまで彼が思い、守ってきたものだった。

 だが、それは一瞬のうちに雲散した。彼は自分に問いかける。


 そんなものが何になる?


 彼は自分の中に、そんな後で植え付けられたモラルや善意や道徳よりも強いものがあることに気付いていた。


 俺は生きたい。何をしてでも、生きたいんだ。


 そしてそれを、強く考えた。


「よし」


 Mと名乗る「MM」の盟主はその時、満足気にうなづいた――― ような気が彼には思われた。


「ではお前。私の新しい銃には、新しい身体と新しい名と新しい立場を与えよう。何か好みはあるか?外見くらいならその望みをかなえてやろう」


 彼は戸惑った。突然話が奇妙に現実的になったのだ。新しい身体?

 ふっ、と彼の中で、その時よぎるものがあった。

 彼はふとそれを考えていた。


 赤に。


「赤?」


 前の俺は、死んだんだ。血に染まり、火にくるまれ―――


「なるほど」


 くっ、と笑う気配がする。


「ではお前の一番目立つ部分に、強烈に赤を使ってやろう。血の赤だ。そして今度は自分以外の血でそれを更に染めるがいい」



 彼が新しい身体と「仕事」に慣れた頃、クリムゾンレーキのカーマイン市のマンダリン街に残した家族についての調査結果が出た。


 ―――問い合わせの住所の家屋は焼失。住人及び嫁いだ娘とその配偶者の行方は不明―――

 ―――戸籍にその名は見当たらず―――

 ―――配偶者の家族は調査に当たった者に対し徹底した攻撃的態度―――


 彼は調査結果を握りしめた。泣こうかと思った。泣けるかとと思った。

 だが涙は出なかった。

 代わりに出たのは、笑いだった。


   *


 悲鳴が上がった。

 管制塔の中心部、コントロールルームの扉が開いた時、既に連絡をもらい、銃を手に構えていたスタッフは、侵入者の姿に恐怖し、思わず発砲していた。それが命取りになるとは知らずに。

 中佐は少し短めに出した爪を鋭く振った。銃弾が弾かれ、その場に落ちた。

 人間技じゃあない。その場に居た六人程のスタッフは、急に力が抜けたようにその場に固まった。

 侵入者は、手と言わず顔と言わず、既に幾つかボタンを飛ばしていたためにはだけた首筋と言わず、自身以外の血で染まっていた。

 そしてその髪の赤が、瞳の金色が、彼を余計に人間以外の者に見せる。

 軍人は、軍人という名目を持ってさえいれば、人間相手になら何処までも勇敢になれるのもかもしれない。残虐になれるのかもしれない。

 だが人間以外のものに対して、彼らは免疫というものがなかった。


「コントロールキーをよこせ」


 彼はゆっくりと近付いていく。スタッフ達は恐怖で動けない。そして動けないのに、目が離せない自分に気付いていた。

 中佐は同じ台詞をもう一度繰り返した。スタッフは機械のある部分を指した。彼はちら、とそれを確認する。確かにそれはまだ差し込んだままだった。

 あ、よせとその時声が飛んだ。まだなけなしの勇気、もしくは無謀さがスタッフの一人には残っていたらしい。銃を両手で掴んで、彼めがけて引き金を引いた。

 痛い! と固まっていた周囲のスタッフ達が銃弾がかすめていく衝撃に頬を、手を押さえた。

 だが、次の瞬間、撃った本人は信じられないものを見た。

 確かに、当たったはずだ。いくら後方仕様の銃だって、至近距離で撃てば…その位の威力は…

 だが目の前の者は。


「化け物…」


 撃ったスタッフは全身から血が引いていくのを他人事のように感じていた。めまいと耳なりが同時にした。

 コルネル中佐は、左胸の穴の開いた服に軽く指を突っ込むと、弾丸を取り出し、指で軽く弾いた。それは撃った当人の鼻先に命中した。

 そしてそれが何処に命中したのか、確かめるだけの余裕はもはや彼らにはなかった。

 最後の血溜まりを踏みつけると、彼は管制塔のキーを自動から手動に切り換え、全システムを自分の元に置いた。そしてビル内の全ての扉という扉を閉鎖し、その中に睡眠ガスを送り込んだ。それは最初の計画から決まっていた手順だった。

 全てのフロアにガスが行き渡ったことを確認すると、彼は通信回路を開き、中間待機の通信士官に向かって言った。


「聞こえるかアイボリー少尉? 作戦は何とかなったから、迎えに来い…」


 通信機の向こう側で、ご無事でしたか、と若い少尉の明るい声が聞こえた。


「ついでにカーマインを通って、向こうの放送局に居るだろう連中を引き取ってこい」


 はい、と弾んだ声が聞こえる。

 セルリアン准将の遺体を見たらこいつはどう思うだろうか、と一瞬彼の頭をかすめた考えがあったが、それは大して大きくは広がらなかった。

 髪から赤い液体がぽとん、と落ちた。ぬらぬらとして生臭い。最初に浴びた血は、既に服の上に黒く乾いていた。そして一番新しいものは、まだその出所からとろとろと流れ出している。

 出所は、自分を化け物と呼んだ。

 確かにそうだろう、と彼は思った。こうまでしても、既に自分には全く罪悪感などないのだ。

 無論、そんな行為で快感が得られる訳でもないが、かと言ってこれだけの血を浴びながらも、既にそれに関して感じる心は何処かへ行ってしまったかのようだった。


 化け物か。


 爪をぬぐって、彼はつぶやく。


 確かにな。

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