2 コルネル中佐、とりあえず捕まってみる
生存反応は、と彼は通信機のスイッチを入れた。
防衛ラインに突入した10機のうち、どうやら機体自体が生きているのは4機らしい。それ以外はどうやら撃墜されたようだ。
クリムゾンレーキの領空星域から多少離れた所に中途待機組を残し、軍警の上陸隊は、一人乗りの戦闘機で侵入を試みた。ところが、相手の戦力の状態を見誤った。
いや、見誤った、と言うのは正しくないかもしれない。データの更新がされていなかった、というのが正しい。
クリムゾンレーキは、この春以来、「入り口」の鍵を厳重にしたらしい。それは治安維持部隊の改編と同時期に当たる。対空防衛ラインの戦力が春以前のデータの二倍三倍となっている。
『…はいアンバーです』
ようやく一人と連絡がついた。
「生きてたか。現在何処に居る」
『すみません。カーマイン郊外に墜ちました。そこから向かいます』
「…いやいい。他に無事な者は居るか?」
『ビリジアンとボルドウが。マゼンタもこの近くに』
「…では作戦変更。お前達は周辺の地元軍に警戒を回せ」
『と言うと』
「少なくとも全部が全部、今回の首謀者に従っている訳ではないだろう。…ああそうだ、カーマイン中央放送局を押さえろ。そこから近い筈だ。基本的手順は、最初のものと同じ。応用を効かせろ」
『はい。…でもよく御存知ですね』
「お前らは都市地図も見てないのか? それとも俺の部下はマニュアルがなければ動けない馬鹿か?」
『は…』
通信機の向こう側で恐縮している表情が見えるようだった。
「放送局を占拠し、管制塔以外の地区に、軍警が動き出したの旨を伝えろ。ここの連中は基本的に熱しやすく冷めやすい」
『はい』
「では行け。俺からの通信が48時間経っても、そっちか中途待機組に無いようなら、お前らがそっちに連絡しろ」
彼はそう言って通信を切った。
管制塔を押さえるのは自分一人か、と彼は改めて思った。
似たようなことは過去にも何度かあった。困難は困難だ。だが、それは逆に彼の本業の遂行のためには好都合な状況でもあった。
銃とナイフ、それに軍服の状態を確認すると、彼は自爆装置を三十分後にセットした機体から降りた。
*
カーマイン市は惑星クリムゾンレーキの首府である。だが「田舎」の惑星の首府というものは、「中央」の惑星の郊外都市ほどの規模がないことも多い。この場合もその例に漏れない。
生活水準は辺境の開発惑星に比べれば高いが、中央の都市部に比べれば格段に低い。
だから、そういう場所では軍備もそれに比例するのが普通である。ところがこの町には妙に軍人の数が多かった。
彼は肩と襟から軍警の印である黒星を外して歩いていた。それが無ければ彼はただの佐官としてしか見られることはない。
軍服が同じであることは好都合である。カーマインの中心部を堂々と歩いていたとしても、地元軍に紛れ込むことすら可能なのだ。
もっとも現実的問題として、に彼が人々の間に「紛れ込む」のはまず無理だった。
彼の特異な容姿は、否が応でも人々の目を引く。彼自身もそれを充分すぎる程よく判っていた。普段はそれを利用してもいるくらいなのだから。
そしてここでもそれは利用すべきものだった。
カーマイン市の中心街は、奇妙に浮き立っていた。建物の壁のあちこちに、走り書きのような字体の宣伝ポスターが張られている。屋外モニターからはひっきりなしに毒々しげなアジテーションフィルムが繰り返し繰り返し流されている。ろくでもない音楽が、語呂合わせにもなっていないコトバを乗せて流れている。
またか、と彼はつぶやいた。十二年前と同じだった。
この惑星の人間は、学習能力がないのだろうか、と彼は立ち止まり、ポスターを見上げながら思う。言葉の調子も全然変わっていない。
ふと彼は背中に視線を感じた。そろそろだな、と彼は思う。遠巻きに、自分が見られているのを感じる。
軍の衣服は、その人物の立場を一目で識別できるように作られている。彼がMPの印を外したとはいえ、佐官であることは多少なりとも軍に関係している者なら、一目で判るものだった。
…こんな佐官は居ただろうか。
そんな疑問をはらんだ視線を感じる。いい傾向だった。
例えば、10人で管制塔を攻め落とすのなら。その時はその時の方法がある。
だが一人となると話は別だ。外側から力任せに攻め落とすという訳にはいかない。それなりの方法というものがあるのだ。
視線の数が増えてきた、と感じた時、彼はいきなりポスターに手をかけ、大きく斜めにそれを破りとった。
途端に周囲の兵士が飛び出してきた。彼はゆっくりと振り向いた。傾いでいた帽子をかぶり直すふりをする拍子に、彼はその金色の目でぎろり、と取り囲む兵士をにらんだ。
険悪な雰囲気が辺りに広がった。彼はにやり、と笑う。
取り囲んだ兵士は、軽くつっ突けば飛び出してきそうな雰囲気だった。
壁を背にして、彼は人数を確認していた。30人は居るだろう。よくこれだけの人数が隠れていたな、と思った。そして彼は、そんな雰囲気にも構わず、ポケットに手を突っ込んだ。
一瞬周囲は、何をやらかすつもりだ、とざわりとうごめく。
だが彼は、シガレットとライターを出しただけだった。平気な顔で一本口にくわえると、両の眉を大きく上げ、破れたポスターに向かって煙を吐き出す。
密度を増した険悪な雰囲気の中から、一人の佐官が進み出た。肩と襟には、彼と同じだけの星が付けられている。
「中佐」
はん? と彼は呼ばれた方角に顔を向ける。
「今、貴官はポスターを破っていたようだが」
「如何にも」
「何故そんなことをする?」
「下手だからさ」
彼はあっさりと言う。
「…上手下手の問題ではなかろう、中佐… これは我々の主義主張の書かれたものだ。それを平気で破ることができる貴官の神経が判らん」
真面目なことで、と彼は内心つぶやく。
「だがひどいもんはひどい。色もレイアウトも字体も全くなってない。これじゃあせっかくのお題目が泣くというもんだぜ」
くくく、と彼は笑う。明らかに質問者は気分を害したようだった。
「…失礼だが貴官の所属は?」
「聞かれる前に名乗るのが礼儀じゃねえ?」
そう言われれば、ここの地元軍の連中は名乗る。妙なところで礼儀正しいここの風潮を彼は知っていた。変わっていなければ、の話だが。
何となく彼には、この男には見覚えがあるような気がするのだ。
「私はコーラル中佐だ。そう言って判らないのなら…」
彼は黙って軽く目を細め、煙草をふかす。
「貴官を逮捕せねばなるまい」
ざっ、とそこに居た30人程の兵士が、すっと挙げられたコーラル中佐の手の動きに応じて動き出した。
取り囲んだ30人は、彼に容赦がなかった。彼は彼で、一応反撃の真似をしてみせる。
だがもちろん30人の兵士に勝てる訳がないから、彼はあっさりと意識を手放した。
*
「…で、現在、そのセルリアン・ブルウと、彼が連れてきた二人の士官、それに当地のローズ・マダーとコーラル。この五人が現在向こうの権限を握っている訳よ」
それにしてもあんたはタフだね、とキムはつけ加えた。その感想にはコメントをつけ加えずに、彼はつぶやく。
「『五人組』って訳か」
「そ。昔むかしからそういう連中の呼び方って変わってないね」
「全くだ」
変わっていないのは呼び方だけではないだろう、と彼は思う。
「仲はいいのか?」
「さあぁ。歴史的に見てそういう集団が良かった試しある?」
「少なくとも俺は知らないな」
*
凶悪な程の色のコントラストをなしているだろう、ぬるつく床に両手をついて身体を起こした時、彼は自分の銃とナイフが無くなっているのに気がついた。
まあそれは予想されたことである。こんな時にまだそれが手元にあったら、その方がおかしい。
地下牢だな。
窓もなく暗く、空気もかび臭く澱んでいる。目をこらす。
光の入ってくる様子は何処にもないが、彼は自分の目の波長を赤外線に切り替えて、視界をはっきりさせる。
さすがに色は判らないが、壁のひび割れや水道管のゆるみは確認できた。
昔と変わらない。いや昔よりひどくなっている。十二年前よりひどい、ということは、直す気もねえな。
だが直されていない、ということは彼にとって好都合ではあった。
軍服の状態を確認する。どうやらそこには手をつけられてはいないようである。
ただの不平分子ではないことは見れば判るだろう。だが自分が自分と---軍警のコルネル中佐とは知られていないことを彼は確信した。
おそらくこれから調べるのだろう。そのあたりの対応が遅いのも変わらない。
彼は胸ポケットを探り、煙草とライターが兵士からも水からも無事であることを確認すると、フィルターの色を確認し、一本をくわえた。
壁に背をもたれさせて火を点けた。煙をふかしながら、彼は天井に入った四角い切り込みを見上げた。
地下牢の入り口と出口はそこ一つしかない。かつて自分はきっちりそこから脱出したものだ。
だが同じ手を使って出られるという保証はないし、当時の彼と違い、現在の彼には何かともう少し楽な方法はあった。
とりあえずは、上より横を選ぶことにしてみた。
牢の入口出口は、階上一つしかなかったにせよ、地下自体が他の目的で使われていない訳ではないのだ。
こん、ともたれた壁を軽く叩いてみる。材料費をケチったために腐食が始まっている鉄筋コンクリートの音だった。
彼はしばらく、何かを確かめるようにぬるつく壁に触れていたが、やがて一つの箇所でその指を止めた。そしてその場所を、やや加減して殴りつけた。
ぼろ、と腐食したコンクリートの一部分が欠け、こぶし大くらいの穴がそこに空いた。触れてみる。さすがに内部まで湿りとぬめりはさほどに広がっていないようだった。
彼はシガレットケースから、薄い赤のフィルターの一本を取り出すと、くわえずにその先に火を点け、先程空けた穴の上にそっと置いた。そしてゆっくりとその場から遠ざかる。
十秒後、壁は音を立てて爆破された。
彼はそれを確認すると、吸っていた煙草をぬるつく床に投げ捨てた。煙草は床の水気にじゅ、と音を立てて消えた。
案の定、蛍光灯の光がそこには満ちていた。彼は視界を可視光線に切り替えた。
クリーム色の廊下が長く続いている。人気は無い。基本的に地下は、「忘れ去られた」場所なのだ。
廊下のワックスのすり減り方が少ない割には、片隅にほこりが丸く固まって、まるで生き物のようである。地下牢ほどではないが、空気も湿っぽい。
だが全くの安全という訳でもないようである。階段をかけ降りてくる足音が聞こえた。どうやら爆発の音に気付いたらしい。
何人だ?
彼は耳を澄ませる。違うテンポが三つ、聞こえた。
物陰に隠れ、近付いてくる兵士達との間隔を測った。
階段の一番下の段に、着地する音。ほんの少しだけ響きが違う。
素早く飛び出して、順繰りに当て身を食らわせた。三人ともまだ若い兵士だった。踊らされているな、と彼は思った。だが同情する義理はない。彼は倒れた兵士達から銃とナイフを奪い、階段を昇り始めた。
治安維持部隊の建物は、田舎の惑星にありがちな十階建ての旧式なビルである。かつては地元軍の持ち物だったらしいが、現在は徴収されて中央軍の管轄となっている。
最上階が広くなっているその姿は、金槌やキノコと称されることも多い。
十階建てのビルは決して高いものではない。地盤がそう強固ではないこの地には、高層ビルを建てるのは困難であった、という理由もあるが、土地だけは有り余っているこの地においては、高層ビルは必要ではない、ということもある。
いずれにせよ、攻略すべき場所がそう大きくないことは、彼にとって好都合だった。
記憶と最新資料は既に頭にある。最も単純化するならば、表向きの大目標は、最上階。そして裏の目標は―――
三階に差し掛かったところで、追手がかかった。彼は手にしていた銃で反撃を開始した。
相手の数はやはり多かった。奪った銃には弾丸が大して入ってなかったらしい。それを確認しようとしていた所を、四人がかりで取り押さえられた。
彼は悔しそうな顔をしてみせた。すると陣頭にやってきたコーラルは無駄なことを、とつぶやいた。
「貴官が誰だか判明したよ。軍警のコルネル中佐」
「…」
「カーマイン郊外で爆発があったが、あれは貴官のものだろう?」
「…」
「黙秘権を行使するか。では仕方がない」
連れて行け、とコーラルはコルネル中佐を取り押さえている四人に向かって言った。彼はただ黙っていた。
*
「軍警のコルネル中佐だって?」
報告に対し、声を挙げたのはセルリアン・ブルウ准将だった。
「知っているのか?」
その場に居た佐官は訊ねた。
「知っているも何も… 軍警内でも凄腕として有名だ」
「さすがに中央の方は情報量が違うな」
何、とセルリアンは如何にも地方の名士を気取るような「同志」の一人をにらみつける。
「知らぬことを自慢にするな。ローズ・マダー大佐」
「これは失礼」
ローズ・マダーと呼ばれた大佐は、エリート然とした中央の准将に軽く礼を返した。
「だが我々の地元軍の手で落ちるくらいなら、大したことはないでしょう。買いかぶりではないですか?」
セルリアンは口をつぐむ。彼とて噂以上のものは知らないのだ。まあまあ、とその二人の間に、やはり中央からやってきた士官であるカドミウム大佐が入る。
「だったら皆で奴の尋問をご覧なされば良いでしょう。いずれにせよ、軍警が何を目的として彼を派遣しているのかは探らなければなりますまい」
それには二人とも了解できた。そして尋問室へと大の大人達はぞろぞろと歩いて行った。
当の尋問室には、気を失ったかに見られるコルネル中佐が、椅子に金属製の拘束具を付けられて固定されていた。
元々は第二放送室だったらしいそこの内部は、ガラスで区切られていた。
「…何だ貴官らは」
そこには既にコーラルと、そしてもう一人「五人組」の一人、インディゴ大佐が居た。
インディゴは、自分達の捕まえた奴に何か手を出すつもりか、と言わんがばかりの目で入ってきた三人を眺めた。
五人組が入ってしまうと、元々大きな部屋ではない尋問室は、ひどく狭くなり、他の兵士の入る余裕が無い程だった。
セルリアン准将は、尋問が終わったら後で処理のために呼ぶから、と兵士達に出ているように命令した。処理の意味を知っている兵士は、あまりいい表情はできなかった。
ブースにあたる方、すなわち尋問する相手の居る方には、やや旧式の尋問用の神経拷問装置が用意されていた。最近は良く使われるらしく、機械にほこりが積もっている様子はない。
「使い方は判るか?」
セルリアンは誰ともなく訊ねた。コーラルは自分の上官に視線を渡す。
「知らないことを自慢にするのかな?」
ローズ・マダーはブースに入ると、だらんと力が抜けた状態のコルネル中佐の真っ赤な髪の上に、機械の端末を取り付けた。
悪趣味な頭だ、とローズ・マダーはつぶやいた。まるで血の色だ、と。
「旧式だが、意外に有効だ。個人の過去の内、最も過酷な部分を増幅させて追体験させ、それを繰り返す」
ほお、とカドミウムは感心する。
「まあそれが基本なのだが、情報を映像化できる優れものでもある」
「旧式とは言えそうそうあなどれるものでもないという訳だな」
「そうだ」
ふん、とインディゴは鼻を鳴らした。
だがモニターに目をやった彼らは、次第に顔色が変わっていく自分達に気付いた。