旅の始まり
目標は、完結・・・。
僕のルーツと呼べるものはほとんどない。
ない、って言い方は正しくないかもしれない。
実際に、僕はここにいるのだから。
僕が知らないだけで、きっとどこかにあるのだろう。
だから、探そうと思ったのだ。
僕は両親のことを知らない。
いわゆる捨て子なんだろう。
孤児院にひろわれ、今の家に引き取られて、今の僕がある。
でも、ひとつだけ、その前の僕につながるかもしれないものがある。
写真だ。僕が捨てられたとき、一緒に持たされていたもの。
写真に写っているのは、10代半ばの少女。
母なのか姉なのか、はたまた血がつながっていないのか。
斜めのアングルでとられたそれは、決してプロがとったものじゃなさそうで、そんなにうまくはないのだが、多分、被写体の雰囲気みたいなものはよく出ているのでは、と思う。
本当にどうでもよさげな表情で写っているけど、印象的な美人だ。
漂泊してもなかなかこうはならないのではと思うくらい、白っぽい。
肌も、髪でさえも。
目だけが黒々としていて、全体のカラーリングは真っ白なのに、どこか影が濃くて、暗闇に溶けていきそうなくらいに真っ黒。
この変なカラーリングは僕そっくりだ。
この写真は小さいころから何度も見返していたし、考えれば考えるほど、ぞっとするくらい僕に似ていた。姿形が、というよりは全体が。
だから、あの子に声をかけてしまったのだ。
顔をフードに隠し、伏せがちにしていても、印象的な横顔は写真のあの人そっくりだった。
何気ない下校途中。いつもと変わらない乗り換えをする大きな駅で、彼女は立っていた。
そして、どこかに歩き去ろうとしていた。
「あっ、ちょ、待って!」
思わず追いかけていた。
今すぐ死んでもおかしくないような弱弱しい外見のくせして、そろオーラを裏切らず、すすすと消えるように案外早い速度で移動している。
華やかな表の通りから、裏路地に入ったところで、どうにか追いついて、少女の手首を反射的に握る。
初めて、少女が振り返った。
ぞっとした。本人か。他人のそら似にしては似すぎている。
ぞっとした。写真は14年も前のものだ。
そのままの姿で、10代半ばの子が14年も同じ姿でいるわけがない。
・・・ドッペゲンガー?なんてふざけた考えがうかんでしまったのも仕方ないかもしれない。
「なに?」
声をかけられて初めて気付いた。知らない子に声をかけるなんて。
まずい。
「ご、ごめ・・・?」
「私の知り合い?」
不思議とその声に恐怖はなかった。
「え、い、いや・・・でも・・・」
「でも、なに?」
僕の視線はなよいだ。
でも、覚悟、ってほどじゃないかもしれないけれど、一種の探究心が背中を押した。
彼女は、親族かもしれない。
「君が、僕の持っているとある写真の人にそっくりだったんだ」
「へえ」
すこし彼女の顔に表情が宿る。
「だからその・・・」
「私も見てみたい」
初めて彼女の目が僕をとらえる。
謎なまでの吸引力。
ぞっとするまでの美貌と掛け合って、一種の恐ろしさまで感じる。
よく、妹(義理だけど)に無表情で人の目を見るのはやめた方がいい、と言われるけど、確かにやめた方がよさそうだ。
「写真見せて?」
彼女にそう告げられて、あわてて僕は写真を取り出す。
僕から写真をうけとると、彼女はじっくりと眺め始める。
僕もそれを見ながら、そっと両者を見比べる。
見れば見るほどそっくりだ。
「確かに。これは私に似ている・・・」
「ね、ねえ、この人知ってたりしないかな・・?もう14年以上前の写真だから、もっと今の年齢は上だろうけど・・・・」
「あなたこそ知らないの?」
「うん、それで君が知らないかと思って、声、かけちゃったんだ・けど・・・・そ、それで・・・この人、知ってたりする・・・?」
「・・・さあ、知らない・・と思う」
ずいぶん頼りなげな言い方だった。
「そっか・・」
彼女は目を伏せ、そして短い思考のあと、静かに顔を上げた。
「情報交換をしよう」
その一言は、僕にとってとても魅力的な一言だった。
やっと、一歩目を踏み出せた、そんな感じがした。
「よろしく」
たぶん、ここまでで、何かが大きく僕らの運命を変えてしまった。
でも、今なら確信できるのだ。
これは今の僕が今の僕であるための必然の出来事であり、何度同じ選択を迫られても僕は同じ選択をするだろう。
たとえこれが僕の運命をどう変えていくのか知っていようと知っていなかろうと。